七十五話 明快
『貧民区か……ちょっと遠いな』
「距離何てかんけーねーよ! 急ぐぞ水玉!」
「ゴボォ!」
水蛇の速度を最大限まで引き上げ、一路目指すは貧民区。
貧民区は成り立ちからして帝都でもやや特殊な場所であり、その証拠として地図に載っていない。
スマホが落とした帝都の地図には、それらしき箇所が辛うじてわかる物のハッキリ「貧民区」と記されているわけではない。
よって大体の場所までは、自力でたどり着く必要があるのだ。
「確かええと、あの時は……」
『開発区の留置場。昨日山賊の連中を迎えに行った所や』
「そこだ! そこの場所わかるか!?」
「勿論……っと、あった。ここや」
目印となる留置場にスマホがマーキングを付けてくれたおかげで、薄らとだが思い出してきた。
釈放に手続きが必要だからとその時はそのまま山賊を置いて外へ出た。
その直後、僕の財布をスっていったガキを追いかけ回し、気が付けば貧民区に着いていた……と。
こうして思い起こせばまるでちょっとしたホラー映画のような辿り着き方だが、それはあの貧民区の小汚さから連想される物だろう。
確かにあそこは帝都の中でも異彩を放つ土地ではあった。煌びやかさとは無縁の、昼でも薄暗いスラム街。
そんな貧者の巣窟が、今この帝都のどこよりも”綺麗”なのはちょっとした皮肉である。
『貧民区は……お、戦火の外や』
「だから貧民区を選んだのか……」
『あの王子はんの言う通り、あそこに行きゃなんかあるんやろ。急ぐで!』
「言われずとも!」
加速が、時間が増すごとに増えていく。
貧民区は戦火の外。すなわち水を阻害する火が貧民区に近づく事に薄くなっていると言う事であり、おかげで余計な水分を飛ばす事なく全力で水流を生み出せる。
王子と別れた地点はすでに遥か遠い。
所々焼け焦げて入る物の、さっきまでいた所に比べると大分マシになってきた。
このまま水の直行便と行きたい所なのだが、街並みはマシとは言え、その”中身”まではまだ無事では済まなかった――――
『あ、おいあっこ!』
「――――た、助けてくれェ……」
「ちっ……水玉!」
「コポ!」
せっかく加速の付いた水蛇をゼロまで落とし込むハメになってしまった。
街の中身。すなわち住人を発見してしまったからである。
今助けを呼びかけた住人は、どこかを負傷したか地べたに座り込んだまま苦しみもがいている。
見つけてしまった以上、見捨てるわけにはいかない。
完全回復とまではいかないが、とりあえず歩けるくらいまでには応急処置をしてやろう。
「もう、これ以上誰も苦しんでほしくはない」。それは綺麗事ではなく、本心から出た思いだった。
「――――はい、これで大分楽になったでしょう?」
『いけるか?』
「うう……死ぬかと思ったぁ……」
水のシャボンによる応急処置を済ませ、彼の安否を見届けた直後である。
一瞬、「立ち止まらなければよかったのかもしれない」と言う思いが脳裏に過ってしまった。
一刻も早く貧民区に向かわないといけないのに、足を止めてしまったが為に聞こえてしまった。
――――助けを求める住人達の、か細い声が。
「「こっちも……精霊使い様……助けて……」」
「ま、まだこんなにいるのか!?」
辺りを見渡せば、そこには無数の負傷者がいた。少し薄くなった戦火がハッキリ彼らを浮き立たせる。
先ほどと同じく地べたを這いずる者。ガレキに持たれ腹を押さえる者。
どこかを傷つけたか明らかに出血をしている者等々、その種類は様々である。
『おいおいせやかて、全員助けてる暇なんてあらへんど』
「速くしないと王子が……でも……」
「…………水玉!」
少しばかり二の足を踏んだ後――――やはり、見捨てる選択肢を選ぶことは、できなかった。
「「ああ――――助かった――――ホントに死ぬかと思った――――怖かったぁ……」」
「「ありがとう、精霊使い様」」
「ハァ……ハァ……どういたしまして……」
『お前……』
「だって……しょうがねーだろ! 見捨てるなんてできねーよ!」
「コポォ……」
『まぁ、せやの。あいつら放置してたらそれでこそ王子はんにキレられるわな』
「だろーがよ……」
『でも、ちょっと止まっただけでこれや。多分この先”まっだまだ”怪我人おりよんで』
言われずともそんな事は大体想像できる。
むしろ、今こうして立ち止まるまで、何人か見逃してしまっているはずかもしれない。
目の前で死にかけている人がいる。見捨てる事はできない。……しかし、立ち止まるわけにもいかないのもまた事実。
「じゃあどうすりゃ……どうすりゃいいんだよ!」
答えの見えない究極の選択に葛藤が強く心を縛る。
いつかどこかで見た「親と恋人どっちを助ける?」と言う問いかけ遊び。
あれがもし現実に起こったとしたら、自分は一体どっちを選ぶのだろうと誰しも悩んだ事があると思う。
答えなんて――――見つかるはずがない。だってあの手の問いかけは元々、正解なんてないのだから。
「うう……くそ……」
「コポォ……」
『うーん、やっぱ山賊連中ここに呼ぶか?』
「そうだな……やっぱ、それしか……」
(――――……ゥ)
「……ん?」
スマホが代替え案を出した、その直後の事である。
僕の周囲の、数字にして半径数メートルと言った所か
その半径数メートルの範囲に、うっすらとだが”別の呻き”が聞こえ始めた。
ォォォォ…………パンッ…………パンッ…………
「……なんだこれ」
『なんか、聞こえんな』
薄ら聞こえるこの音は、「オオオオ」と言ううめき声に聞こえなくもない。
だがそれは人声と言うよりも、油切れの滑車を無理やり力づくで回したような音である。
その証拠に「オオオオ」の後に必ずパン、パシ、ボボッっと何かが軋むような音が聞こえる。
何か硬い、無機物同士が合わさるような音。生き物の類ではなく、何か”機械っぽい”音である。
ォォン!…………パンッ……パンパンッ!
「うるせっ」
しかもこの音、何故か段々大きくなってきている。それもものすごいスピードで。
もしかして、新手か? その可能性は十分考えられる。
近づく音に段々と不安を覚え、万が一を考え少し身構えた。
――――その時。”音の主”が眼前のド真ん前を割り込んできた。
バ ル ゥ ン !
「 い ぃ ! ? 」
「「ヒャッハーーーーーッ! 精霊使いでてこいやぁーーーーッ!」」
『え!? ちょ、何!?』
(バイク!?)
突如眼前に飛来してきた物。それは普段帝都の空を飛び交っている魔導車の二輪バージョン。
すなわち”魔導二輪”であった。
警察24時よろしく一目で違法改造とわかるやたらトゲトゲしいデザイン。
そしてその魔導二輪に搭乗している者も、ドキュメントのテンプレをなぞったわかりやす過ぎる”特攻隊”である。
「「オラオラオラーーーーッ! ちんたらしてると轢いちまうぞォーーーーッ!」」
『ぼ、暴走族?』
「え、いや、でもなんでこんな所に!?」
上空より突如飛来した魔導二輪の特攻隊は、数に任せて僕らの周りをグルグルと回り出した。
この光景、どこかで見た事ある。世紀末世界に置いて明日の麦を奪おうと目論むあいつらだ。
消音の要素が一切ないうるさすぎる排気音が、この辺一帯の周囲を何周もグルグルと回る。
戦火に感化され走りたくなる衝動に駆られたか……にしてもうるさい。うるさすぎる。
ここまでくればもはや、これは自然災害の一種と呼んでも過言ではない……気がする。
「オイゴルァ! 精霊使いってどんな感じのアレな奴なんだよ! あぁ!?」
「どこのどいつさんなんだよコノヤロー! 誰を”詰め”りゃいんだコラ!」
「ちょっと待ちやがれバカヤロー! なんか……なんか。見るだけでぶん殴りたくなるような面してる奴だってよ!」
「見るだけで……殴りたくなる面だぁ……?」
実に、実にひどい言われようである。
彼らの排気音にも負けない怒声から聞こえるのは「精霊使い」の四文字。
この事から、ほぼ間違いなく僕に用事があって来たのはわかった。
しかし僕があっけに取られているのと同時に、向こうさんもその精霊使いが誰かがわからないらしい。
それもそのはず。彼らが元気よくグルグル回るこの周囲。
ここらには今しがた治療した被災者が、僕同様突然の登場にただただ唖然としているのである。
「「なんだこいつら……うるせえな……邪魔だよ……どけよ……」」
「あーもうめんどくせえ! だったらもう”全員”引っ張っちまえ!」
(はぁ!?)
ヒュン――――
ヒュン――――ヒュン――――ヒュン――――
「「きゃーーーー! う、うわわわ! は、離せェーーーーッ!」」
「こんだけ捕まえりゃ一人くらい混じってるだろ! 全員”拉致”っちまえ!」
「「オウヨ!!」」
この帝都に突如現れた珍走部隊が織りなす光景。それは西部劇でありがちな”人攫い”の現場である。
奴らが投げる縄が逃げる人々を瞬く間に捕え、そして捕まった人はそのまま魔導二輪に引きずられ姿を消していく。
いよいよもって24時だ。今時カウボーイも使わないそんな輪状の縄を一体どこから持ってきたのだろうか。
こんな目の前でこれほどの大規模誘拐現場。スクリーン越しでもめったにお目に罹れない。
そしてそれを間近に見ている僕も、もちろん拉致の対象の入っていると言う事であり――――
「おめーも来るんだよ、オラッ!」
「な……ッ!」
ヒュ――――人を攫う事に特化した形状の縄が、案の定僕の元へも投げられる。
怒気交じりに「精霊使い」の名を連呼しながら、荒々しく集団で拉致を仕掛ける二輪集団。
客観的に見て、これらの事を統合した結果導き出される答えは一つである。
「俺達の邪魔をするな」――――つまり”新手”の可能性である。
「――――ッ! 捕まってたまるかよ! 水玉!」
「ゴボッ……ボボッ!」
「てんめぇ! 逃げんじゃねぇぇぇぇ! 何”イモ”かましてんだゴルァ!!」
「はぁぁ!? いきなりやって着といて何がイモだよこのドキュソがぁ!」
『ええ加減にせえよこの珍走! ただでさえ忙しいのに、迷惑なんじゃ!』
「コポ! コポコポ!」
このアウトローど真ん中の連中に威勢よく文句が言えたのは自分でも意外だった。
が、言えた所どうにかなるわけではない。理不尽を当然のように要求してくるこいつらは、やはり嫌いにしかなれない。
そしてこの手の連中の嫌いな所その二――――やたらと”数”が多い所である。
「おいちょっと来てくれよ! 一人抵抗してくる奴がいるぜッ!」
「あん!? 水……もしか、こいつなのかコンチクショウがッ!」
「”せーれー野郎”ゴルァッ! 大人しくガラ躱させろやぁッ!」
いつの間にか「包○野郎」と同一の発音になっていた事にややイラっとくるものの、珍走の集団の狙いは完全に僕一人に向けられた。
バレた――――僕こそが、彼らの探している精霊使いその者であると言う事が。
そして標的を見つけた珍走共が次に行う行動は、もちろん。
「「 や っ ち ま え ~ ~ ~ ~ ッ ! 」」
――――大量の捕縛縄が、僕の元へと投げ込まれた。
「この腐れドキュソ共……水玉! やるぞ!」
「ゴボォ!」
……こういう時の僕の、なんと間の悪い事か。
危害を加えようとしてくる連中に当然黙って棒立ちをしているわけもなく、瞬時に珍走を迎撃する体制を取る。
その際。空に浮かぶ魔導二輪の集団を視界に捕えるべく、ずっと首を上に向けていた。
そのせいで気づかなかった――――僕は”すでに捕まっていた”
「いぃ!?」
「シャオラッ!! ”縛り”決めてやったぜ!」
いつの間に踏んでいたんだ。
彼らの内の誰かが投げ、外れた縄。そのちょうど”輪の真ん中”部分を。
『アホかお前ェーーーーッ! 何自分から捕まっとるねぇーーーーんッ!』
「えっうそ!? ちょ、いつの間に!?」
「ゴポポポポ~~~~ッ!」
そして無事獲物を捕らえた珍走の、次に取る行動は一つだけである。
「うっしゃあ! じゃあこれから”出発”すっぞ!」
「「オウ!!」」
バォウン! バババババ――――ボボボボ――――!
「はぁ!? なんだよお前ら!? わわわ、ううう動き出した!」
『はよ縄切れェーーーーッ! 市中引き回しの刑に合うどーーーーッ!』
「ちょっ、ちょちょっ、うわったったっとっとォ!」
「ゴボボボボボボ~~~ッ!」
……今思い起こせば、この時冷静になって水玉を操れば縄の一本や二本スッパリ切れたんじゃないかと思う今日この頃。
だがそれができなかったのは、連中がホント急にやってきた事。ミスって自分から捕まってしまった事。
逆さ釣りにされたせいで頭に血が上った事。そして……
なんだかんだでやっぱり”怖い”と言う事。
「「ヒャッハー! 精霊使いの生け捕りだぁーーーーッ!」」
「んなぁ~~~~ッ! 離せ! は~な~せ~よ~!」
――――
……
「うぐぅ……!」
「噂通り、本当にタフな奴だな……」
――――アルエが二輪の集団に引きずり回されている一方で、王子は山男の足止めに注力していた。
結論から言うと、王子の”圧勝”である。
魔装具を装着する事で六門剣を三本も構え、かつ秘めた魔力もオーマ並である王子。
帝国内に置いて確かな実力者である次期王に、いかに異界の武装を駆使する山男とて手も足も出ず、今はただ膝を地につける事しかできずにいた。
「諦めろ。そんな状態じゃもう俺には敵わねえ」
「ハハ……何言ってんだこの王子様……まだまだ……これからだろうが!」
山男の持つ砲台は当の昔に細切れにされた。
愛用する殴打棒も一切通用せず、片方は砲台同様スッパリ斬られ、もう片方はただの姿勢維持用と化している。
残されたのはもはや自慢の肉体と、奮い立つ気力のみである。
「これから? お前に、そんな時間が残されているのか?」
「……は?」
対して王子は、戦いの最中で余力を十分残し、その余力を持って男の挙動を余す事無く注視していた。
この男がただの蛮族の類なら力づくで取り押さえて終わる話。
しかし男は何を隠そう英騎に繋がる一員の一人であり、その事実が男に少しばかり口を効く猶予を与えた。
「お前のそのドを超えたタフさ……もはや体格だけじゃ説明がつかねえ」
「何か、秘密があるんじゃないのか? いいやあるはずだ。それも――――英騎に繋がる秘密がよ!」
王子が疑念に感じていたのは、やはり山男の異様に秀でた”耐久力”である。
山岳宿舎襲撃の報告は無論王子の耳に届いており、かつ実際に撃退した当人からも情報を得た。
話の通り、山男はいくら切りつけようが依然として立ち上がろうとしてくる。
この時点ですでに山男の全身には無数の裂傷が走り、治そうと思えば長期療養は必須。
にも拘わらず男の意思は折れる事がない。
根性。気力。タフネス。見るからにそんな言葉が似合いそうではあるものの――――
それでは説明がつかない事が、山男にはいくつもあった。
「六門剣……お前らも知ってるはずだ! 六門剣の持つ強力な”魔力吸引特性”!」
「お前はそれに斬られたんだぞ!? なのに、何でそんな斬り傷”しか”できねえ!」
六門剣は剣の形こそしている物の、本来は剣ではなく祭具である。
次期王にふさわしき者を選別する為に使う物あり、適正でない物が握ると忽ち魔力を吸い取られミイラと化してしまう。
貧民区の少年のように、少し触れただけでも多大な影響を及ぼす六門剣。
その斬撃をいくつも浴びて”普通の斬り傷”程度で済むのは、本来ありえない事なのである。
「……王子様。先に断っておくが、俺は本当に何も知らねえぜ」
「知らないだ? とぼけんな。お前んとこの首領だろ?」
「いや、そこはマジなんだ。正確に言うと……”わからねえ”ってのが正しいな」
「……どういう事だ」
「だって聞いてくれよ。どいつもこいつも小難しい屁理屈ばかりでよ、何度聞いてもさっぱりわからねえ……だからもう適当に聞き流してんだよ。その辺は」
山男曰く、英騎は今回の襲撃の為に入念な準備を行ったとの事。
それが爆弾であり、バズーカ砲であり、狙撃であり、内通者であり――――
聞けば当たり前のような話ではあるが、王子は山男の話の中で一つ引っかかる言葉を見つけた。
元々、山岳隊の襲撃は他の者の役割であったのを自分が勢いに任せて割り込んだ。
だから、自分が前回精霊使いに敗れたのは――――英騎から”補充”を受けなかったからであると。
「一つだけわかるのが、英騎は俺に暴れる時間をくれるって事だ。俺に、楽しい時間を延ばす猶予をくれるんだ」
「それ以外は何もわからねえ。ていうか、ハナから聞く気がない」
「英騎が……お前に何かしたのか?」
「やったんだろうが、何をどうってのも俺にはわからん。補充だの充電だの呼んでいるが……一体何を? ってなもんだ」
「だからまぁその辺は、英騎に直接聞いてくれ。俺は知らん」
「じゃあその英騎は……どこだ!」
王子からすれば、男の無知ぶりは至極”適当”な感じに見受けられた。
反乱分子にあるまじき把握のなさ。ただ暴れればそれでイイと言いたげなその態度に、王子の怒りがふつふつと登り出す。
無論情報漏えいを防ぐ為、「あえて教えなかった」と言う可能性も無きにしも非ずではある。
だが、無念の内に命を落とした者の事を考えれば、「そんなふざけた理由で殺されていったのか」となおさら王子の怒りに石火を落とす。
「民は玩具に非ず」――――王子は山男にそう、吼えた。
「……小難しい、小難しいね~王子ってやつは」
「んだとコラ……!」
「政治だ法律だ、民だ発展だと、なんだかんだややこい仕事をやらされる……俺なら10秒でバックれるね」
「権力の代償。奉仕滅裂ってやつか? いや~、実に小難しい」
「質問に答えろ! 英騎はどこだ!」
「一言”国をよくしたい”でいいじゃねえか。突き詰めると思いはそこなんだからよ……あんたもそう思わねえか?」
「何を………」
「気に入らんから殴る。戦いたいから戦う。助けたいから助ける。そこに小難しい理由はいらねってんだ」
「物事はもっとシンプルに扱うべきだ。だろ?――――おたくら”帝国のように”よ」
王子の叱責に対し山男が答えた持論が、なおさら王子の不愉快さを増していく。
国、どころか一集団の思想にすら値しない極度の自己中心的な発想。
将来国の治める立場にいる王子にとって、この会話は議論にすらなっていない。
山男の言い分は、ただの暴論である。
「帝国はそんな単純じゃねえ! 国を侮辱するな……!」
「侮辱じゃねえよ。やたらと屁理屈つけて小難しくしていったのはお前らだ。帝国はいつだって帝国のままなのに」
「そうやって無駄に歴史だけ重ねて、もはや何がしたいのかもわからなくなってるんじゃねえの?」
そしてそんな暴論を、帝国のあるべき姿と言われたからには――――
怒りが臨界を越えるのは、当然である。
「知った風な口を……聞くな!」
「知ってるから聞いてるんだよ!」
ガチャリ――――
その時。男の持つ棒がまるで鞘から抜いた刀のように外周を沿い、そして中身を露わにした。
(仕込み――――?)
露わになった中身は、棒の中に納まる程度の、長い鉄。
鈍い黒の反射を見せるその鉄には一つ特徴がある。
それは、先端に”二股の穴”が空いている事。
「物事はもっとシンプルでいいんだよ――――こんな風に!」
「しま…………ッ!」
パ ァ ン
――――飛び散る”散弾”が、王子の体を貫いた。
つづく