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羨望のリフレクト  作者: モイスちゃ~みるく
精霊使いの逆襲
103/169

七十一話 再生

 

「……」


『マジで行くんか……』


「コポォ……」



 示された炎の道を、一歩。また一歩と歩を進める。

 この道の先には何があるのかをアルエは知る由もない。

 罠か、誘いか――――しかしどちらにせよ進まねば爆弾魔ボマーにたどり着けない。

 例え終着点が、地獄の窯の蓋であろうと。



「――――! 真っすぐ近づいてくる!」


「乗ってきたですぅ!」


「ふん、意外と怖いもの知らずじゃの」



 ママは示した炎の道をやや”露骨”過ぎたかと後悔していたが、こうしてアルエが歩を進めた事でその疑念は払しょくされた。

 アルエの予想通り、炎の道は罠である。辿った先に待ち受けるのは密集した爆弾群。

 そんな事に気づけない程愚かではない事は、今までの攻防でよくわかっている。

 ともすればこの歩みは、水が炎の恐怖までも洗い流したか。或いは”罠と知りつつ”辿っているか。

 


「うう……緊張してきたです」


「安心せい……ママがついておる」


「はい……」


「カウントはわっちがしよう。ドナちゃんや。おぬしはただ……ボタンを押すだけでよいのじゃ」


「……はい!」



 奮起と焦りが混じる二人の女の心中をアルエは知る由もない。

 ご丁寧に矢印が設置された炎の一本道を、ただただ見るががままに突き進む。

 おそらく決着がつくのはそう遠い未来ではない。数十分。いや、数分後。

 炎の視界が捉える物は――――水に溺れる女か、粉みじんとなった少年かのどちらかである。




 パ ァ ン ! 




「――――ッらァ!……おお?」


『一応、ここが逆探の真ん中やけど……』


「あー……こりゃまた隠れやすそうな」



 アルエは炎の道の終着点を、己を鼓舞させるかのように荒々しく水で掻き消した。

 そして直感する。「間違いなく、爆弾魔ボマーはここにいる」と。

 炎の道を辿りたどり着いた先。そこは倒壊した建物が織り重なる”ガレキの三角地帯”であった。

 大きなビルの倒壊を細かなガレキが支え、遠巻きに見るとまるで直角三角形のような空間になっている。

 辺りにも同様に大きいガレキと小さいガレキが混ざり合い、所々に空白ができていた。

 子供ならかくれんぼでも始めそうな、まさに”隠れるに最適”の場所である。



「なんか……粉っぽいな」


『灰かなんか舞ってるんやろ。アホほど爆破させよったからの』


「コポ……」



 たどり着いた途端にアルエは、鼻にひくひくと不快な違和感を感じた。

 辺りに漂う妙な煙たさが、鼻に焼け焦げた臭いと異物感を同時に吸い込ませる。

 しかしアルエは、大して気には留めなかった。

 初体験ならゲホゲホむせ返りそうな、明らかに人体によろしくなさそうな不浄空間

 この空間に対してうろたえる事無く余裕を見せるのは、実はつい最近。同じ空間を”経験済み”だったである。

 


(君達、大丈夫か!?)


(煙を吸ったかもしれない……タンカあるか!?)



 それは、自身をこの異世界に連れて来た張本人。「モノクロ」と初対峙した際の事であった。

 突如教室に現れ、実にハタ迷惑な火災を巻き起こしていったあの気味の悪い白黒の生き物。

 この場所を見てあの時の事をふと連想してしまう。

 そんな無意識のデジャブを感じている頃――――目の前に人影が見えた。



「誰かいる……?」


爆弾魔ボマーか!?』


「コポッ!」


(モノクロ……? な、わけないわな)



 アルエはほんの一瞬だけ、人影をモノクロと錯覚してしまう。

 それは目の前の人影の輪郭が、妙にボヤけて見えるからである。

 このブラシを吹きかけたような中途半端な境目が、モノクロが身に着けていた黒マントの揺らめきと、少し似ていた。



「――――」



「……お前が爆弾魔ボマーか?」



「――――」



「無視かよ」



「――――」



「まぁ話たくて来たわけじゃないけど……」


「――――”覚悟”……できてんだろうな……!」





…………





「アンポンタンが。そりゃこっちのセリフじゃ」



 威嚇を口走るアルエを、遠巻きから覗き込んでいるのが”本物の”爆弾魔ボマーである。

 アルエが今対峙しているのは爆弾魔ボマーではなく、炎を人型に象っただけの物。本体は今、崩れたガレキの合間にいる。

 徹底して姿を見せない姿勢を貫くママ。相手が相性最悪の”水”である限り、直接対峙は最も避けねばならない事態とママは理解していた。



「レディがそう易々と肌を見せてなるものか」



 唯一本物なのは、ママの視界である。

 ママは物陰からこっそりと見ていた。今度は炎越しではない。直接、自分の目で。



「ま、ママさん……」


「……よし!」



 ママは口を紡ぎ、ドナに向けて開いた掌を見せつけた。

 直に、指を一つ折り曲げる――――カウントの開始である。




 5




『火を纏ってる……んか?』


「またかよ……どれだけ姿見られたくないんだよ。もしかして全身大火傷とかそんな感じの奴か?」


「コポ……!」



「――――ゴォウ!」



「コポォ~~~~コポポポポポ!」


「な……!」




 4




「なんだ……これ……!?」


『ちゃうこいつ! こいつ人じゃない! 単なる火ぃや!』



「――――ゴォォォ!」



「は!? タイマン誘っといてこれかよ!?」


『なわけないやろ!? 絶対罠やぞと言ったろうが!』




 3




「いやいやいやいや、ほんとマジどんだけ姿見せたくないんだよ!」


『お前、わかってて乗ったんちゃうんか!?』


「こいつだけはマジで……オイ爆弾魔ボマー! お前それでも金玉ついてんのかよ!」



(ついとるか、そんなもの)



「――――ゴォウ!」



「……くっそォ~~~~!」




 2




(さて、ではお勉強の時間じゃ……水の精霊使い殿。日用品も実は一定条件で爆弾になりうると、ご存知かな?)


(そう、例えば……我らが毎日口にしておる、”麦”なんかがの)




 カ ッ ――――その時、一つの爆発が起きた。

 その余波により直角三角形の上辺に当たる大きなビルが、アルエに向けて倒壊してくる。



『うあったぁーーーーッ! 上のビルが崩れてきたぞ!?』


「爆発した……ここに誘い込んで叩き潰すのが、爆弾魔ボマーの罠か!?」


『いやでもおかしいぞ!? 爆発したのに”電波”を感知できんかった! 遠隔起爆ちゃうんか!?』


「なんでもいいよもう! そう簡単にやられてたまっか……」


「――――水玉!」



 頭上から自分達に向けて巨大なビルが崩れ落ちる。

 それに黙って潰されるわけもなく、アルエは水玉を用いてがっしりと受け止めた。

 崩れるビルの質量に対し、水玉の”圧”がやや優る。これが爆弾魔ボマーの罠ならば、このビルを支え切れればアルエの勝ちになるのだが――――

 


「ぐぎ……重い……」


『アホ! 泣き言言うな! 粘れ粘れェーーーーッ!』


「お前だってさっきさんざん愚痴ってた癖に……」


『ええから支えろ! 潰れてまうぞ!』


「くっそ……水玉ァーーーーッ!」




 1




(……やはり、水で支えおったか)


(じゃが残念。今のはわっちが起こした爆発じゃ……ちょうどここは食事処だったのでな)


(わっちは爆弾魔ボマーなぞではない。故に、”粉塵”を使わねば爆破なぞできぬ)



 精霊は使役者とは独立した物。故に確かな”意思疎通”がなければ動いてくれない。

 その点に置いて、アルエと水の精霊の意思疎通は見事なまでに同調シンクロしていた。

 その様子は今の状況からしっかりと見て取れる。


 自分達に振り落ちるビルを支えるべく、術者と精霊が見事”同じ一点”を向いている。これは精霊を使う上での絶対条件である。

 同じ精霊使いから見ても、水の精霊使いは”本物”である。もはや疑う余地もない。

 精霊と人間が見事なまでに同じ方向を見ている――――だからこそ、”自分達の勝ち”であると。




(本物は……こっちじゃ!)




 そして、最後の指が折られた――――






 カ チ







「え――――」


『ちょ――――』






 0






――――アルエの視界を、真っ白が閃光が包んだ。






――――





……





「……やったか?」


「直撃……直撃です! 今度こそ、有無を言わさず直撃なのです!」



 爆弾を確実に当てさせるべく、ママの取った方法は「別の脅威に目を向けさせる事」であった。

 崩れるビルが自身に降りかかれば、きっと精霊を使い支えようとするだろう、と。

 以下に密集した爆弾群であろうと、いきなり仕掛ければ水の精霊が防いでしまう。

 精霊が危機を察知した場合、術者を守るべく自動で動く事をママは知っていた。

 だからこそ確実に”同じ方向”を向けさせたかったのである。

 粉塵で、爆弾を偽装してまでも。



「~~~~ぷはぁっ! やっと、やぁっとやっつけられたです!」


「やれやれ、じゃの……」



 ママは、少しばかりの寂しさを感じていた。水の精霊使いに情が移ったわけではない。

 あれだけの抵抗を見せた者が、「たった一瞬の閃光」で消え去ってしまった事に何とも言えない切なさを感じていた。

 「命と言う物の、なんと儚きかな」――――ママは、心の中でそっと唱えた。



「どれ……」



 念には念を。ママは火の精霊に命じ、水の精霊使いの遺体を確認させる。

 辺りに広がった火の中を潜り、ゆっくりとアルエの元までたどり着く。

 そして火の精霊を通じ、その場の光景を見る。

 そこには、確かにあった――――”人の形をした黒炭”が。



「……確かに、有無を言わさず黒焦げじゃの」


「変な汗が……すんごい出てくるですぅ~」


「これで、我らの役目はもうない。後は合図があるまで、適当に爆弾を起爆し続けて仕舞じゃ」


「伝統区はまだですよね?」


「ああ。今しがた商業区を一斉爆破したばかりじゃからの。間をおかずに伝統区までやれば帝国に”疑問”を持たれるやもしれぬ」


「ちょっと、疲れたです……休憩するです」


「おう休め休め。後は……”ドクター”次第じゃ」


「奴は火が、勝手に葬ってくれる……」


「……」



 ママのどことなく悲しげな表情をドナは何となく感づいた。その原因が、あの黒焦げの遺体による物だとも。

 ドナに現在のママの心情は理解できないものの、ふとした事で消えてしまう「命の儚さ」は理解できる。

 そしてドナは無意識に呟いた。いかなる者であれど、「命の価値は皆同じ」と思っている為に――――



「精霊屋さん……安らかにお眠りくださいです」


「精霊に見初められし者。その勇敢さたるや確かに我が目で見届けた」


「確固たる強き思いに敬意を表して、鎮魂を捧げよう…………」


「……」




 【黙とう】――――二人は黒い遺体に、祈りを捧げた。




――――




……





「――――捕まえた!」



「ゴォウ!?」



「「な――――ッ!?」」



 その時、突如として遺体が動いた。その事実に二人は極度の混乱に見舞われる。

 これから火葬されるはずのアルエの声が、目を瞑り祈りを捧げる二人の耳に、確かに届いたからである。



「ええ!? なんか、なんか動いてますよ!?」


「そんなバカな! 爆弾は確かに直撃したはずじゃ!」



 そんな二人をよそにアルエは悠々自適と立ち上がる――――メイスに燃え移らせた、火と共に。 



「なるほどな……監視カメラじゃなくて、火そのものが目だったんだ」


「コポォ!」


『そういう魔法があるんやろな……ほんま、なんでもアリやな』


「ゴォウ!? ゴォウゴォウ!」


「なんとなくうろたえてるように見えるんだけど……こいつもしかしてアレか? 召喚獣的な奴?」


「コポォ……コポ!」




――――




「――――なぜ!? 何故奴は動いておるのじゃ!」


「そ、そんなぁ……ですぅ……」


「避けられたのか……!? いやしかし! じゃあなんで”黒焦げのまま”立ち上がっておるのじゃ!」



 二人が最も混乱に至る理由。それは立ち上がったアルエもさることながら、悠長に話しているアルエが”黒焦げのまま”動いていると言う事であった。

 「躱された」二人の脳裏にその可能性が浮かび、そしてすぐさま消えた。

 寸前で躱したのならああはならない。爆発の確かな直撃を浴びた事は、あの”黒”が証明している。



「――――おい水玉、もう解いていいぞ」


「コポ!」



 「解いていい」その言葉をキッカケに、アルエを包む黒がキラキラと水しぶきになって消えていく。

 頭から順に色を取り戻していくアルエの姿は、第三者から見るとまるで脱皮のようである。

 この場合における第三者。それはすなわち、火と視界を共有できるママその人である。



「な、中から奴が……」


「あ、あの人も不死鳥なんですかぁ~~~!?」




――――




「ふう……これ、変身みたいでかっこいいけど、前が見えなくなるのが難点だな」


『まぁ全身にペンキ塗ってるようなもんやし』


「グラサンでもかけようかな……っと、”火”くん。変な動き見せたら速攻で消すから、そこんとこよろ」


「ゴォウ!?」



 精霊が”精霊にない能力”を持っている。

 この衝撃は同じ精霊使いであるママに取って、天地がひっくり返る程の衝撃であった。

 水玉は”暗色のみ”に限り色を変化させる事ができる。それは水玉の中にもう一つ、悪霊と呼ばれる物が混じり溶けているからである。

 水玉がアルエになついているのはこの悪霊の要素が大きな要因を示している。

 そんな事は、この場で対峙したばかりのママは知る由もなかった。



「なんじゃあれは!? 精霊に【色調変化】の性質なぞ、聞いたことがないぞ!?」


「ペンキ……? 塗り絵をやってたって事ですか……?」


「あ、ありえん……精霊にそんな力なぞない……」




 アルエが罠と知りつつ炎の道を辿ったのは、ワケがあった。

 ママの思惑通り、爆発を防ぐ事自体は簡単な事である。

 水をその身に包み込みバリアの類でも張れば、山賊の時と同様瞬く間に爆風は相殺される。

 故にママは粉塵爆発を用いて爆弾を偽装し、別の脅威に目を向けさせた――――このママの読みは、あながち的外れでもなかった。



「爆弾でトドメを刺そうとしてくるのは、まぁわかってたんだよ……なんてったって爆弾魔ボマーだからな」


「でも僕が片っ端から”無効化”しまくれば、爆弾魔ボマーは諦めて”逃げて”しまう可能性があった」


「こんな時まで隠れようとする奴だからな。逃げるのは十分ありうる……でもそれは、困る」


「逃げられる前に”絶対に”一目会いたかった。だから……押させたかったんだ」


「”電波”を発する起爆スイッチをな!」

 

 

 アルエは爆弾魔ボマーに居所を完全に特定するべく、もう一度だけ電波を発せさせたかった。

 その為にあえて罠に飛び込み、そして爆弾の直撃を”自分から”食らいに行った。

 ビルの倒壊には少々面食らったものの、その実多少の想定外イレギュラーはどうでもよかった。

 炎の道を辿り始めたその時点で――――薄ら透明な【水の膜】が、アルエの全身をすでに包んでいたから。



「ほらいるじゃん。火事の中を、バケツの水被って突っ込むオッサンがさ」


『ドラマでよくあるワンシーンやな』


「死んだと思った奴がいきなり足首掴んできたりとか」


『それはホラー映画』


「その二つ合体させたら、”フェニックス”って奴にならね?」


『……ああ!』



 奇しくも、アルエがこの発想に至る要因になったのはママが放った火の鳥であった。

 不死鳥伝説――――それは自ら火の中に飛び込み、その遺灰の中から再び小さな幼鳥が現れるという古い伝承。

 アルエがそんな古い伝承を知っていたのは、自身がよくやる”ゲーム”世界において、度々登場してくる使い”古”された設定だったからである。

 


「わっちが……ヒントを与えたのか……?」



 そんな再生の象徴である不死鳥も、見方を変えればただのしつこい”ストーカー”とも言える。

 ホラー映画に置いて頭を吹き飛ばしたはずの怪人が、何度も再生を繰り返し要所要所に現れる。

 無限に復活する怪人の目的は映画によりけりだが、事アルエに関しては一つだけ。

 たった一つだけの”明確な”目標が備わっていた――――



「”狙撃手スナイパー”は逃したからな……今度の爆弾魔ボマーは、絶対に捕まえる……」


「そして、教えてもらうぞ……”英騎”の居場所……!」





 「執念」。

 思いを寄せる男の執着心は、ママら爆弾魔ボマーの想像をはるかに凌駕していた――――





「……目が繋がってるって事は、耳も繋がってるって事だよな?」


「ゴォウ!?」


『お、出るかお前の得意技』


「コポポポ!」


「あーあー、マイクテストマイクテスト。もしもし聞こえますかー?」




――――




「は、話しかけて来た!」


「うう……きっと怒鳴り散らされるに決まってるです」



 ドナはこれから向けられるであろう怒号に怯え、ぎゅっと耳を塞いだ。

 対照的にママは掌を耳に当てる。アルエの訴えを確実に聞き取る為である。

 しかし数秒先の未来。ママは思い知らされる――――「聞かなきゃよかった」と。



『言ったれ言ったれ!』


「コポォ!」


「――――おい、火を通してみてる奴。聞こえるか? 聞こえるな?」


「何度も人をチャーハンみたいにしてくれやがって。僕は中華じゃねーぞ? あ?」


「てめえは米と中学生の区別もつかねーのかよ。ぷっ、爆弾の作りすぎで脳に火薬が詰まったんじゃねーの?」


「ここからでも臭ってくるんだよ、ボケ。火薬と、バカ特有の”低能”なかほりがな」


「臭い付きの爆弾なんて聞いた事ねーよ。それ必要か? 製造工程からやり直せよ」


「あ、すまん。臭いはお前自身から出てるものだったな。すまんすまん。爆弾じゃなくてお前が臭いんだった」


『で、出た~! 必殺の煽り芸や~!』


「コポポポポ~~~~ッ!」




――――



 

「なんて……言ってるですか……?」


「…………」


「ママさん?」



 見えないが故に好き放題言える。これはアルエが普段から”よくやっている”事である。

 日常茶飯事的に行うが故に、偏った語録がこれまた無限に湧き出てくる。

 そしてまだまだ――――聞くに堪えない”煽り”は止まらない。




「お前が勝手に臭くなるのは構わんが、それを嗅がされるこっちの身にもなってくれな? 公衆衛生の問題なんだよそこは」


「あ、テロリストだもんな。まともに風呂とか入ってなさそう。周りがみんな臭いからそれが当たり前に思ってそう」


「言っとくけど、それお前らだけだからな? 周りは危険人物だってすぐわかるから。お前の臭いで」


「存在そのものがきたねえんだよ。カスが。いい加減自分が異常者だって気が付けよ」




 フェミニズムの観点から見て絶対タブーの単語を連呼したあげく、語尾に必ず人格否定を入れるのがアルエ流。

 普段言い慣れてる分、スムーズかつ心に刺さる強烈な”毒”を相手の耳に確実に届ける。


――――ママのこめかみが、ひくひくと脈打ち始めた。

 目上に対するなんとやら。もはやそれ以前の論外的な口ぶりに、ママの顔も微弱ながら”色調変化”を起こし始めた。

その様子を間近で見せられるドナも同様。戦々恐々とした顔色に変化していく。




「かわいそうだから……”シャワー”貸してやるよ!」


「ゴォウ! ゴゴゴゴォウ!?」


「受け取れ――――水玉!」




 パ ァ ン 




「きゃっ!?」



 メイスに灯った火が、【水風船】により跡形もなく掻き消された。

 その際飛び散った飛沫が、ドナの頬にピチャリとかかった。

 ドナはその水を即座にふき取り、直後こっそり、ガレキの合間からアルエの方を覗き込んだ。


 

「……うわ!」




 そこには――――”自分達にメイスの先を向けている”、アルエの姿があった。




「う……ママさん! 完全に見つかっちゃってるです! もう、逃げるしかないですぅ!」


「一旦どこかに隠れましょお! あの”毒舌屋”さん、絶対ここに来ますよぉ~~~~ッ!」


「…………」




 ママはドナの狼狽に無言を貫いた。

 慌てふためくドナに対し、ママは焦る所か微動だにしない。




「……ママさん?」




 静と動。真っ二つに分かれた二人の心中が時の間隔にズレを生んだ。

 激しい焦燥を起こすドナに取って、途方もない時間に感じられる数秒の間。

 その果てに――――静を維持する相方ママが、ようやっと口を動かした。






「…………”餓鬼”ィ……!」




「ひぅ!?」






 唇を、激しく震わせながら。




                           つづく 



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