七十話 誘い
―――― パ ァ ン !
「うわわわわ、来てるです! 近くまで来てるです!」
「そうするように仕向けておるのじゃ。火炎の導を用いてな」
アルエの放つ水の一端が、ついに二人にも届き始めた。しかしそれはむしろ好都合な事態である。
ママ達爆弾魔が見つけた対精霊使いの最後の手段。
それは爆弾の密集地帯に誘い込み、相手がその地点を通ると同時に起爆すると言う所謂”地雷”トラップであった。
爆弾魔側にとって現時点で考えられる最上の一手であるものの、そのリスクも非常に高い。
一斉起爆で爆弾の大部分を消費してしまったがため、残る爆弾はわずかな個数がまばらに残るのみ。
その残った爆弾が運よく誘爆を免れ密集する箇所。それは二人のいる場所と”目と鼻の先”なのである。
「……おおと。そっちではない」
「精霊屋さん、ちゃんと来てくれますかねぇ」
「そこはわっちの腕の見せ所じゃ……っと!」
―――― ゴ ォ ウ !
「くそ、火が……!」
『うっとうしいのう! いちいち足止めされるこっちの身にもなって欲しいわ!』
「邪魔だ……水玉ァ!」
「コポ!」
アルエは爆弾魔にたどり着くべく、真っすぐ二人のいる地点に突き進む。
すぐ近くにいるはずなのはわかっている。
このまま最短距離で向かいたいのは山々ではあるが、活発に動く炎がそれを許さない。
立ちふさがる炎に対しある時は迂回し、またある時は水で直接消火する。
無駄な消耗を抑えたいと言う当初の理想は文字通り煙に消え、今は温存よりも煩わしい気持ちが、アルエの心中を広く覆う。
「あーくそ! あっつい!」
『そろそろお薬タイムやな』
「ハァ…………うっ! やっぱこれ苦ぇ~」
『だから細切れにしてから飲み込めって』
熱気と疲労を感じたアルエは、二回目の回復。すなわち”竜族の魔草”を豪快に一口で飲み込む。
強烈な苦味を感じながら助言も聞かず丸々一つ消費するのは、「その方が効きそう」と言う至極単純な理屈である。
処方量はただの勘ではある物の飲み込むと同時にみるみるうちに体が軽くなって行くことから、アルエはやはり一枚丸ごと飲んだ方がイイと無意識に感じた。
「ふぅ…………ん?」
ァァァ…………
疲労の重荷から解放された直後――――一息つく間もなく”新たな重荷”が頭上から飛来してきた。
クァァァァーーーーッ!
「――――ブッ」
『うお、ちょ!? UMAやUMA!』
「UMAじゃねえよ! ありゃあそっち系の奴じゃなくて……」
思わず、吹き出さずにはいられなかった
甲高い雄たけびを上げながら飛来するそれは、未確認生命体とはある意味で正しい物のある意味で間違っている。
アルエが言いたいのは、そう言った未知の生き物の類ではなく――――
「ひ、火の鳥!」
――――神話の、存在。
「どうじゃ! 世にも珍しい、炎で象った”不死鳥”じゃ」
「いつ見ても綺麗ですぅ」
「ふふ、どうする精霊使い。そいつは水で消そうが風で吹き飛ばそうが、周りの炎を使って何度でも蘇るぞ?」
「フェニックス! 超かっこいいです!」
ママの生み出した不死鳥は無論神話の世界からやってきた物ではなく、ママのイメージから象ったあくまでも似非である。
しかし視覚的効果は抜群そのものであり、例え似非と知った所でその華麗さは見る物全てを魅了する。
精霊使いの”同調”とは、こういう事である。
使用者の想像を寸分違わず発現できる共有度数は、イコール職人技のような造形美を形作る事を可能にするのだ。
クァァァーーーーッ!
『あああ、あっちいけボケッ! わいらミミズやないねんど!』
「しつけ……このぉ!――――【水蛇】!」
――――
「ほぉ、お前さんは”蛇”と来たかえ!」
「鳥さんのエサです!」
(……ん?)
この不死鳥と比べれば、アルエの織りなす”水蛇”のなんと単純な造形である事か。
同じ精霊使いであるはずのアルエに無く、ママにある物。それは精霊を使役してきた経験である。
経験の差はすなわち技量の差。
技量の差がが織りなす確かな造形に、水を掛ければすぐ消えるはずの炎の塊が、思わず逃げの一手を取らざるを得ない程の”迫力”を生み出した。
「そのまま我らの導を辿るがよいわ!」
「ひぇぇぇぇえーーーーッ!」
”水蛇”を用い火の鳥から逃げるアルエを、上空から見る火の精霊。
その姿は、まるで静かに流れる小さな川のように見えた。
――――
「ハァ……ハァ……もう……巻いたか……?」
『これで間違いないな。爆弾魔は火属性魔法に長けた奴や』
「オーマが言ってたなんとかかんとかの法って奴か……?」
『わろてまうくらいの再現度やったわ。CGかっつの』
「笑ってる場合かよ……」
火の鳥は、不意に向きを変え去っていった。
まるで逃げ出した猛獣に対面したかのような心中であったアルエに、ひと時の安堵が身を包む。
安堵ついでに三回目の魔草。足を止め、三度あの苦い草を、願掛けのように丸々一枚口に入れる。
キツい苦味が安心感と被る。しかしその安心感こそが、回る思考を”鈍”らせた。
今しがたの火の鳥の襲来を”ママの誘導”と感づけるほど――――アルエに余裕はなかった。
「……うっ! にげえ……」
『だから丸々飲むなっての』
「にしても……そろそろ見つけてもいい頃合いじゃねえのか?」
『わいもそうやと思うねんけどな……途中から電波が途切れてん。もしかして、”逆探”してるのバレたか?』
アルエが爆弾魔の位置を補足できた理由。それはスマホに搭載された”探知アプリ”によるものであった。
某有名冒険漫画のレーダーを模したもの。幽霊が探知できると言うオカルトな触れ込みの物。異性を運命の相手かどうか判断する、所謂占い的な物等々……。
これらは無論信ぴょう性など皆無であり、言ってしまえば単なるジョークアプリの一種である。
が、これらのアプリは一つの共通点があった。それは通常とは異なる物を”拾う”機能。
例に挙げるならば――――近くを通る”無線電波”等。
「バレたってまだこんなに半径あんじゃねえかよ!」
『わいに当たんなや……最初よか大分絞れとるやろが』
起爆の際に発せられる電波を感知したスマホが、それを元に逆探知を仕掛ける。それがアルエの”特定”であった。
しかし皮肉にも自分が爆弾を悉く躱してしまったが為に、逆に相手に爆弾を使わせないと言う選択を取らせてしまった。
スマホの言う通り、当初よりだいぶ特定半径は狭まっている。
だがこの炎とガレキの中で、人相も知らない女二人を見つけ出すには、まだまだ範囲が広すぎる。
「爆弾ひっこめて火の魔法に切り替えたのか……? だったらお手上げじゃん! 場所、わかんないままじゃん!」
『もーほんまうっさいのー。わあったわい。何とかやってみるわい』
「コポ?」
スマホの画面には、画面を一杯に横切る赤いシークバーが表示された。
そして赤いシークバーが少しずつではあるが、左から緑に変わっていく。
この緩やかな進行が、アルエにネットサーフィン特有のイライラを思い起こさせた。
特に動画の視聴の際に顕著に起こる現象――――重い。
『んんん……やっぱこれキツイぞ……』
「はやくはやくはやく~~~~ッ!」
「コポポ~~~ッ!」
『やっぱ無線ってのが……いやていうか、テロリストの癖になんであんなカスみたいな弱電波……』
『設備投資くらいせえよ……最新機種にとって、旧世代機との互換が一番難しいねんど……』
『ああもう、やっぱりその辺のおもちゃ無線や……こんなもん、ドンキで腐るほど売っとるわ……』
(う、うるせえ)
NOW・LOADING代わりのスマホの愚痴が現在の進行具合を示す。
愚痴の量に比例して進行が速くなっているように思えるが、それは単に気のせいである。
不快な愚痴を長々とを強制的に聞かされながら、逆にそれが待ち時間の退屈さを紛らわしてくれた。
『ハァ……ハァ……で、出たぞ……』
「やっとか!」
『こ、ここまで絞れたらもう後は自分でできるやろ……』
「おしおし、十分十分!」
『一応言っとくけどな、それはあくまで予想や……爆発の時に感知した無線の履歴を片っ端から解析して、誤差とかをなんやかんや修正したもんや……』
『だからもし外れたからって……わいのせいに――――』
「おし、行くぞ水玉!」
「コポォ!」
『聞けや……』
――――
「ふん、なるほどな。起爆スイッチから辿ってきていたのか」
「ぐぬぬ……ドナちゃん一生の不覚です」
スマホの解析が終わった一方で、爆弾魔側も特定材料の存在に気が付いてしまった。
気付いたのは先ほどの火の鳥を放った際の、上空からの視点。
火の鳥から逃走中であるにもかかわらずスマホを握って離さない姿に違和感を覚え、ママはアルエが大事そうに握るスマホをよくよく注視してみた。
そして見つける。その画面には、ハッキリと映っていた――――円形と十字が重なった、レーダーのような物が。
「しかしこんな電波も掴めるとはな。”すめぃとほん”とやら……わっちも段々欲しくなってきたわい」
「ケータイ以上に複雑だと思うですよ?」
「まぁ、そこは……触ってれば慣れるじゃろ」
「だといいですけど」
「何かトゲがある言い方じゃの……しかしそれなら、また爆弾を起爆させれば完全にわかってしまうのでは?」
「それはないです。位置情報を送ってるんじゃあるまいし、何回押そうがただの起爆信号でそこまでわかるはずないです」
「じぇいぴーえすとか言うのとは違うのか?」
「GPSです。全然別物ですぅ。えと、何て言ったらいいかな……こう、お見舞いに行こうと地図を開いても、その病人さんが病院の”何号室”にいるかわからないのと同じですぅ」
「おおっ、なるほどの」
「つまり単に電波を拾ってるだけなら、そこまでハッキリわからないです」
「ふむふむ……”大まかに”しかわかっておらぬと言う事か」
「はいです。つまり――――」
「逃げるには絶好の機会」
「――――でもそれをすると今度は”巨大トカゲ”さんです」
「……全く、のう?」
タネがわかった以上、二人の選択肢に”逃走”の二文字が浮かび上がった。
しかしそれはイコール地竜とのエンカウントを意味する。
この商業区全体を人数にかまけ、広範囲を散策する山賊の集団に見つからず抜け切るのは至極困難。
かと言って火でまとめて焼いてしまえば、今度は怪獣のような生き物が仇討ちにやってくる。
水の術者は火の術者にとって本来絶対に避けるべき相手だが、地竜の場合は素の耐久性で火に耐える。
二人の脳裏に逃走の二文字が更新された。戦うべきは「水」か、もしくは「地竜」か――――
「わっちの答えは……こうじゃ!」
――――ボォウ!
「……はぁ?」
アルエは目の前の光景に、思わず疑問の声を漏らしてしまった。
辺りを包む炎が不意に二手に割れ、まるで迷路のような壁となったのである。
一瞬。アルエは火の鳥の時と同じく自分を脅かそうとしているのかと判断したが、それはすぐに見当違いとわからさせられる。
それは二手に分かれた炎の壁の一部が、迷路の根本を覆す”矢印”に形を変えていった為――――
「なめてんのか……」
『挑発、やな』
「コポポ……」
「……来いって、事だよな?」
『やっぱ逆探バレてたんやって。せやからコソコソすんのはやめてタイマン張れみたいな』
「一番隠れてたくせによくやるわ……」
――――
「ここまで付き合っておいて、今更浮気なぞ……淑女の嗜みとして、いかがなものかと思うのじゃ」
「ママさん一途ですぅ!」
「段々と興味が湧いてきたわ。ここまで我らを追い詰めた、水の精霊使い様にな」
「こんな事なら一緒に写真でも撮っとくのでしたです」
「勿体ないのう……一度会ったはずなのに。目を掛けた無名役者が将来銀幕の看板を飾る。よくある事じゃ」
「ドナちゃんも”推し”作るです……」
――――
『いやでも、どう考えても罠やろ。爆弾仕込んで起爆させまくるような奴やで?』
「罠、か……」
『爆弾に火。わかりやすすぎるボンバーマンや。火力UP系アイテムでも使ってるのかもしらんど』
「…………」
この炎の道が挑発なのか罠なのか。または単なる足止めなのかをアルエは知る由もない。
突如現れたこの不可解な道の真意。何が目的なのか判断付かず、しばし迷う。
「レディの誘いを断るか? 精霊使い」
「…………」
爆弾。炎。火の鳥。電波。道……今まで辿った軌跡を一から順に思い出し、相手の真意を見抜こうと思考を巡らせる。
人さし指を鼻の下に置き、ただただ黙って迷い続けるアルエ。
このたった数分の迷いが――――近い”未来の軌跡”を決定づける事を、今はまだ知る由もなかった。
「……乗るわ」
『えっまじ!? いやいや、絶対罠やん!』
「だからこそだよ。こんな露骨な案内をするなんて、僕を”確実に仕留める”自信があるって事だろ」
『じゃあ余計にアカンやろ……』
「コポォ……」
「でも逆にこうも言えるだろ?――――”乗り越えられたら”こっちの勝ちだって」
『なんか……思いついたんか?』
「まぁな」
『ほほぉー、してその勝算は?』
「神のみぞ知る」
『アカンやんけ!』
「実際にやってみないと、わからないのさ」
『とか言いつつその自信に満ち溢れたドヤ顔はなんやねん』
「ふふん」
何かを思いつき自信に溢れる表情を見せるアルエ。
その一方で――――自信に溢れているのは、アルエだけではなかった。
「ママさん……本当に大丈夫なんですか~……?」
「正直不安じゃがの。やるしかあるまいて」
「こんな所で、まさかまさかの事態ですぅ……」
「安心せい。万が一にもおんしが被害被る事はない」
「もしわっちがやられたら、ドナちゃんは被災者の振りをして帝国に保護してもらえ」
「……」
「なぁに、どさくさに紛れて逃げ出せばええ。わっちがダメになっても英騎がきっと”迎え”に来る」
「……」
「お返事は?」
「……はいです」
「よろしい」
アルエはメイスを両手でスライドさせ、ママは広げた扇を口元に当てた。
二人には一つ、共通の思いがあった。それは、この水面下の攻防にいい加減”飽き飽き”としていた事。
両者共にそろそろ幕引きと行きたい言う願いが通じたのか。あぶれる火の音が、終わりの始まりを告げているように思えた。
そして両者共に――――覚悟を決めた。
「見事水面から釣り上げてくれるわ」
「全部飲み込んでやるよ」
――――
「「……いくか」」
つづく
すいません唐突であれなんですが、地図作りたいと思ってます。
何かよいアプリはないでしょうか。教えていただけたら幸いです