占奏学園教員の仕事
うわぁ……。ヒドイ説明回だ……
「迅狼寺さん、奈良野くん、ありがとうございました。特別授業は、いま見てもらったように魂と姿が二心同体となり行います」
西田先生は奈良野の手を掴んで起こし、背中を押して皆の方へ返した。虹も戻るように指示されるが、クラスメイトたちから漂う警戒心のせいでなかなか動けない。
「れ、虹っ! こっちおいでよっ」
璃奈が思いきって声をだして、虹を手招きしている。
虹は逃げ込むように璃奈へ駆け寄った。虹が璃奈の横にピタリと貼りつくと、その周りからクラスメイトは皆離れていってしまい、そこにはアイホンを弄る萌衣乃だけが残っていた。
「れいれい姫、おっつんビーム。ちょーカッコういーむで、ムニ萌えっしたっ」
萌衣乃はアイホンから顔を上げて、虹にヘラヘラと笑いかけた。虹は璃奈に隠れたまま、こっそり小さくピースして見せた。
「特別授業は七時限目にヴァルハラにて毎日行います。必要に応じて一時限目から六時限目に食い込むこともあれば、八時限目以降までかかることもありますが」
西田先生はクラスの様子には一切興味を持たず、眼鏡を直してから淡々と必要な話だけをする。
「……そう言えばレベルの話が出ましたが、それは特別授業で勝てば上がることがあり、敗ければ下がることもあります。ですが必ずしも……という訳ではありません」
虹のスマートフォンの画面には、レベル10と表示されている。そして奈良野のスマートフォンの画面には、レベル1と表示されていた。
「またステータスというものがあり、それは魂の強さを表す数値となっています。ステータスは……レベル、勝敗数、倒した相手の数に依存して数値が変動します。
要は勝てば勝つほどステータスは上がり、その分、魂の能力も高まっていくということです。中にはステータスが上昇することで新しい力に目覚める者もいます。また成績優秀者は、その分授業を免除していきます。ですから皆さんも日々鍛練して、高いステータスを目指して頑張りましょう」
西田先生は話を終えると、眼鏡の奥の両目を濁らせて脱け殻のように黙ってしまった。
「えー、ちょーおもろんじゃーん。せんせぇ、でばっぐちゃんは、いつでもウチとラブりんコ?」
萌衣乃がアイホンの〈フェニックス〉と表示された画面を見て聞いた。すると西田先生は、目に光を宿して口を開く。
「……装着ができるのは、特別授業のときだけです」
「ウチ、トリのつごうイイなかよしなんっ? ウチそれけーべつ。てか、ヴァルぴーはずっとウチらに愛まみれ?」
萌衣乃のセリフはなんとも暗号的だが、西田先生はすぐに解読して返答する。
「ヴァルハラに入館できるのは、特別授業の時だけです。また、現時点で大学部に所属している生徒と初等部の四年生までの生徒は、ヴァルハラには入館禁止としています。あれは試験的に特別授業を行っている施設と説明していましてね。今朝の学園集会に参加した生徒だけが、ヴァルハラへの入館を許可されているのです」
萌衣乃は、「ぷーっ」と唇をつんとする。西田先生は構わず話を続けだす。
「なので特別授業の中で一番下の学年は皆さんのままで、現時点での高等部三年生の生徒が一番上の学年のままとなります。高等部の生徒は卒業してしまったら、大学部からの参加をしてもらいます。もちろん、来年の初等部五年生も特別授業対象外です」
萌衣乃は少々飽きてきたようで、アイホンを弄りながら質問する。
「てかさ、ままりんぱぱりんに会話っちゃう子もいたりいなかったり?」
西田先生は、少し驚いたような顔をした。それから、ゆっくりと口を開いた。
「……蜜鳥梅さん、あなたはとても賢い。さすがは……いえ、とりあえず質問にお答えしましょう。このことは、口外できないよう契約に組み込まれています。特別授業の詳細を知らない者に、情報を書いて見せたり話したりといったことができないようになっているのです。皆さんは契約した時点で、そういう体質になっています。ただし、姿同士での情報共有は可能です」
萌衣乃はもう興味が完全になくなってしまったようで、アイホンの画面を虹に見せては笑い合っていた。璃奈だけは、西田先生に神経を向けて話を聞いているが。
「それと、リタイアもできないようになっています。特別授業は、現時点での高等部三年生が大学部を卒業するまでの5年間行われますので、その間は嫌でも参加してもらうことになります。頑張ってください」
西田先生は未だおののくクラスの生徒たちに浴びせかけるように、全員の顔をひとつひとつ見ながら話をする。
「最後におまけの話です。魂は、特別授業のことを知らない人間の前では現れません。しかし起動は常時しているので、アプリを介してメッセージや通話での意思疏通は可能です。私の話は、これで終わりです」
キーンコーン――……。
西田先生が最後の話を終えたところで、一時限目の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「では皆さん、席を元に戻してから休み時間にしてください」
西田先生は、そう言い残して、教室を去っていった。
「奈良野くん、へーき?」
休み時間になっても泣き止まない奈良野を囲うようにして、クラスの生徒たちは慰めの言葉を並べている。奈良野は声をかけられる度、泣き声を悪化させていた。
「なんで負けたほうが人気かなぁー……。てかわたし、悪いことしてないよね?」
虹は同じような文句を、もう5回は繰り返し話していた。
「悪いことはしてないと思うけど……虹、雰囲気がいつもと違ってて、なんていうか、その……」
璃奈も、同じような返しを5回はしていた。そこに、アイホン弄りを終えた萌衣乃が割って入る。
「れいれい、ノン姫ちゃま神いけめんだったじゃん? 青わんぴー、れいれいにムギュッて、れいれいになりりんぐ?」
萌衣乃に言われた虹はようやく、違うセリフを吐きだした。
「むーん……まぁなんか、そんな感じだったよ。意識はあるんだけど、身体が勝手に動いちゃうし喋っちゃう。なにが起きてたのかも見えてたんだけど、なんてゆーか……テレビ観てる感じってか、他の人が見てるものを見せられてる的な……わかるかなぁ?」
「青い子犬が虹に変わって虹を動かして、虹はそれを意識の中で見てた……ってこと?」
璃奈は萌衣乃の助け船により、虹の体験したことをおおまかに推測できた。しかしそれを聞いた虹は、頭を抱えて唸りだしてしまった。
「説明ムズかしいーっ。先生の言ってたこともわかんなぁーい。てかフーちゃんオバケだったってことぉ? わたし呪われたんなら、お祓いしなきゃー……」
「私たち、なにさせられちゃうんだろね……。先生すごく奇妙な感じだったし。それにいきなり七時限目なんて言われても、お母さん心配しないかなぁ」
璃奈も、虹と同様に頭を抱え込んだ。なんとも辛気くさい二人とは対照的に、萌衣乃は再びアイホンを指でなでながらヘラヘラと笑った。
「ぷに、やばウケーっ」
萌衣乃のアイホンの画面には、【汝よ、余の姓名はフェニックスである。断じて〈ぷに〉ではないっ!】と表示されていた。
***
「皆さん、一日お疲れ様でした。帰る前に、特別授業についてのプリントを配布します。忘れず保護者の方へ渡してください」
西田先生は、教室の端から一人ずつプリントを配った。クラスの生徒39人全員に、手渡しで。
「忘れず渡してください。忘れずです。では皆さん、さようなら」
西田先生は教卓の前へ立つと、さっさと帰りの挨拶をして教室を去っていった。
朝の一件以来、普通に授業が行われた。しかしクラスの中には相変わらず不穏な空気が漂っていて、面倒な授業からようやく解放されたという雰囲気ではない。
虹を除いて……であるが。
「終わったぁーっ! りなちゃん、めいっぷ、遊びいこーっ」
「あっぷーぅ、ウチ撮りあるっしょ……。くるまくるくる、ソッコーばいにゃーじゃん?」
虹の誘いに萌衣乃は、彼女なりに残念そうな様子で答えた。
「そうなんかぁー。りなちゃんはー?」
「あ、わ、私も今日はやめとくよ。妹のお迎え行かなきゃだから……」
二人の期待外れな返事に虹は、今日はテンションが下がることばかりだとひどく落ち込んだ。
「そっかぁー……。そんじゃわたしも、雑貨屋寄ったらすぐかえろー」
三人は、少し暗い雰囲気を引きずりながら教室を後にした。
昇降口をでて、肩を並べて歩く虹と萌衣乃と璃奈。その見映えは身長差のせいもあり、三女と次女と長女といった感じである。
「……なんかわたし、小さいよね。せめて、めいっぷくらいの身長はほしいなぁー」
「んー、れいれいちびマムなのがムニ萌えだし? ウチのプチふとっぴー体質ならあげるんるんっ」
「めいっぷぜんぜん太くないしっ! んじゃそのムネちょーだいよっ」
萌衣乃の揺れる胸元を、虹は手をわきわきと動かして凝視する。
やがて学園の門からでると、萌衣乃の迎えらしき車が停まっていた。
「めいっぷさん、お疲れ様です。どうぞ」
ピンク色の軽自動車の中からスーツ姿の大人の女性が降りてきて、萌衣乃に声をかけてきた。黒髪ボブヘアーの、スラリとした高身長の女性だった。
「おっぷー。ならウチかえりんコ。あいラブ二人とも、ばいっぷばいっぷーっ」
萌衣乃は虹と璃奈に別れを告げ、ヌイグルミが大量に乗ったピンク色の軽自動車に乗り込んだ。
二人はその車を見送り、シャトルバスの停留所に向かい歩きだした。
お疲れ様でした。いや、ほんとうに。
お詫びのショートコーナー
「部活」
璃奈「そう言えばさ、特別授業って部活やってる生徒はどうなるんだろね?」
虹「そ、それはどーなんだろねっ……。その話題、触れない方がよさそうじゃない?」
萌衣乃「部活なんてなかった」
虹璃奈「なん……だと……?」




