虹と璃奈と萌衣乃(これ少女漫画だっけ?)
璃奈がバス停に着く頃には、そこはすでに占奏学園の生徒が行列をつくっていた。なぜならそこは、占奏学園行きシャトルバスの停留所だからだ。
璃奈は少し気まずそうな顔で行列を横目に歩き、虹を探す。するとすぐ先に、両手を挙げてぴょんぴょんと飛び跳ねる少女がいた。
「りぃーなぁーさぁーまぁーっ、こっちだよーっ!」
虹が満面の笑みで璃奈を呼び込んでいる。呼ばれた璃奈は赤面し、下を向いて足早に虹に近づいた。
「様とかって呼ばないでよっ、恥ずかしいじゃんっ! でも並んでくれてありがとぉっ!」
璃奈は怒っているのかなんなのかよく分からないテンションで虹の横に並び、後ろの黒い制服を着た中等部の人に一つ頭を下げた。
占奏学園は、虹たちの住まう〈あざらぎ県〉で一番人気の学園であり、初等部から大学部まで外部受験禁止の一貫教育を行っている大規模な学園。そのため全校生徒の数は、2万人を越えている。
そのためシャトルバスは5分置きに何台も運行されているが、少し時間が遅くなると乗るまでに30分はかかってしまうのだ。
「えーと、どこまで写したっけ……」
虹は待ち時間を利用して璃奈のノートを写す。やがて自分たちが先頭になり、次のシャトルバスに乗り込むことができた。
シャトルバスに揺られること20分。某テーマパークよりも大きいのではないかと思われる敷地面積を誇る占奏学園の校舎が見えてきた。
「あ、虹っ、見てみて。建設中だった施設の足場が外されてるよ。そう言えば、今日お披露目みたいな話、先生してたよね」
璃奈は窓の外を眺め、黙々とノートを写す虹に話しかける。璃奈の視線の先には、昨日まで足場が組まれていた新しい巨大な施設があった。大きさ的に、多目的ホールだろうか? それとも図書館だったり? 理由はわからないが施設の詳細を伏せられていたため、璃奈は様々な予測を立ててわくわくした顔で話す。
しかし、虹からはまったくといっていいほど反応がなく、璃奈は虹の肩を揺すって声をかけ直した。
「ねぇ、虹っ。聞いてるー?」
「……う、うげっ」
「うげ?」
虹の微妙な応答に、璃奈はおそるおそる様子を伺う。
「酔ったぁ……」
「えぇーっ! ちょ、も、もう少し……我慢してぇーっ!」
虹は、宿題は外でやるものではないと改めて学んだ。
***
「もぉー……。虹、大丈夫?」
教室の一番前にある自分の机にふせた虹は、隣の他人の席にかけた璃奈に背中をさすられていた。なにかを出したりこそなかったものの、気分の悪さは相変わらず続いている。
「すくだい……すくだい……」
虹は左手にシャーペンを持ちながら、死んだような目で〈宿題〉と呟く。
「わかったから……。あとは私が写しとくよ」
璃奈は虹の頭をくしゃくしゃとなでると、ノートを書き写し始める。それに対して虹はお礼を言うでもなく、すぐにクラスの皆が話している内容に耳を集中させた。大人の女性になるためには、常に流行りに敏感でなければならないのだ。
後藤さんのところのグループは……なにかのアプリの話だ。高橋さんのグループは……アプリの、話? 伏見さんのところ、も、アプリの話ぃ?
虹は勢いよく、起き上がった。
「な、なに、どしたの?」
璃奈は急に起き上がった虹に驚き、まさか出そうなのではと思った。しかしその予想は的外れなもので、虹の口からはまったく違うものが出てきた。
「……りなちゃん、皆、あのアプリの話してる……」
虹は言うなり、また机にふした。
「アプリ……って、朝のやつ?」
「たぶん……」
璃奈は、物怖じしない虹にそれを詳しく調査させたかったが、調子が悪そうなのでやめておいた。
自分で調査しようとも思ったが、まだ四月も半ばでクラス替えしてから日が浅い。社交的な虹に比べ少し内向的な璃奈は、まだクラスの皆とはとけ込みきれずにいた。そのため積極的に動くのは、ちょっと気恥ずかしいのだ。
「おっはー、ばかっぷる。おっ、れいれい元気ないじゃーん? ウチはハイパーはいてんしょーんっ」
突然、顔色の悪い〈れいれい〉こと虹と、二度目の宿題中の璃奈に、アイホン片手に話しかけてくる人物がいた。その人物の見た目はとにかく派手だった。髪は金に近い茶髪でパゆるいウェーブがかかっていて、耳にはピアス、まつ毛にはエクステ、ネイル、化粧、短いスカート、白のルーズソックス……と、校則違反の見本市のような格好をしている。
「おっ……うぇー」
「なにそのアイサツ、ちょー新しいじゃんっ。ウチもつーかおっ。おっうぇー」
ヘラヘラと笑うケバくはないが派手めな人物に、璃奈は苦笑いしながら話しかける。
「おはよう、萌衣乃。髪、いい感じじゃん。デジパー?」
萌衣乃と呼ばれたクラスメイトは、明るい髪をくるくると弄って笑った。
彼女は蜜鳥梅 萌衣乃。父は県議会議員で、母はモデル。そして萌衣乃も、読者モデルをやっている。派手な見た目が特例的に認められているのは、そのためだった。にしてもやりすぎだが。
萌衣乃は一年生の頃から二人と仲がよく、三年生の前半辺りからこんな格好をするようになった。
「うんにゃ、アイロン。傷みまくりんぐでパーマとかムリっぷー。つか、いまコテ巻きのが流行ってるし。てかさなんか、きのーの夜、やばっパないことあったんだけど」
萌衣乃は手にしていたデコレーションだらけアイホンを机に置いてみせる。それを璃奈は手に取り見てみると、待ち受け画面には、やはり〈幻獣図鑑〉のアイコンがあった。そのアイコンは、炎をまとった鳥のようなキャラクターでできている。
「このトリ、めら燃えてんよねーっ。じゅー……直火焼き? ナマヤケ? マイとっつぁんに見せたら、ツマミみたいだーとかって、それゲラウケっしょ」
「いや、その表現はどーなの……」
璃奈は萌衣乃を見上げる。そしてその隙に、手からアイホンが奪われた。
虹が回復を果たし、参戦してきたのだった。
「うっわぁ、これこれ、わたしもインストール〈した〉よっ。やっぱりカリスマ読モの〈めいっぷ〉もしてんだねー。これ、クラスの皆もやってるみたいで流行ってるもんねぇーっ!」
めいっぷとは、萌衣乃の芸名である。萌衣乃はティーンズ誌の表紙などを華々しく飾っていて、虹の憧れでもあった。
「え、それ真相報道? こんなん流行りんだっしゅなん? てかなんかさー、それタップしたら変なトリがでてきて……まぁそっから記憶喪失系女子なんだけどぉー」
萌衣乃の言葉に、璃奈は勢いよく萌衣乃を見た。その璃奈の表情に、萌衣乃は少し引いた。
「なに、りぃにゃ。ぶるこわなんだけど……」
〈りぃにゃ〉こと璃奈はハッと我に返り、困り顔になる。
「あ、ごめん……私もさ、なんか同じようなことがあって、驚いたというか……」
萌衣乃は、「ぷーっ、つながりんぐラブ?」と言うと虹からアイホンを取り返して、弄りだした。
キーンコーン……――。
チャイムが鳴ると、クラスの皆は自分の席に着いた。そして、少し遅れて担任の先生が教室に入ってきた。