フェンリル
ブォゥワッ――!
虹の青白い光の爪は、空間を切り裂くほどの圧で空を切った。
「チィッ!」
なず愛は翔び上がり、天から虹を見下ろしていた。そして右脚に力を込め、虹に目標を定めると空を駆けるように勢いよく急降下を繰りだす。
空振りからまだ体勢を整えられていない虹は、なず愛の右脚から放たれた力を、直撃に近い形で受け取ってしまった。
ドッ――ゴォォォォオンッ!
「ぐッ……ぉぉおッ!」
虹の左脚の光が弾け飛んだ。主戦力を失うことを危惧した虹はガードという手段をとらず、寸でで上体を反らし的を脚に犠牲にしていた。
スッ――、と足をコンクリートに降ろすなず愛。跪いて眉間にシワを寄せる虹に向かい「ふぅ……」とため息を吐き、突き刺すような声色で語りだした。
「想いに迷いがあるな。いまのお主の信念は、復讐劇の完遂なのだろう? ならば、それを成し遂げるよう貫きとおせッ。己が信念を貫けぬようでは我を倒すことは叶わぬからな。さもなくば、いま一度……姿と心を繋ぐのだッ!」
虹は冷たいコンクリートに膝をへばりつけたまま、瞳を震わせ頭を抱えた。
「うっせんだよ、貴様……黙れよ……それ以上余計なこと言ってみろ、貴様を姿ごとブチ抜くぞ……!」
「虚勢を張るなッ! ……本来のお主は、個人主義などではないだろう……。最後のラグナロク、いまこそ姿を受け入れろ――フェンリルッ!」
なず愛の咆哮に、虹の鼓動がずくんと波打つ。
直後――えずきだした虹は口元を押さえ、顎が外れたように息を漏らした。
「……黙れっ……てんだよッ! クソッ、黙れ黙れ黙れ黙れだまれぇぇぇえッ! 俺は決めたんだッ、もう……もう二度と、姿と馴れ合ったりしねぇんだッ――……俺は……俺はぁぁぁぁぁあッ!」
虹の幼い肢体を振り乱し叫ぶその姿は、もはや気が触れてしまったよう。喉が切れて血の味が滲むほど、その高い声を悲鳴の如く撒き散らす。
スレイプニルの言葉に、封じていた感情や遠い昔の記憶を呼び覚ますフェンリル。それは、下を見ないようにしてひたすら歩き続けてきた細い細い崖のような道をガラガラと崩し……フェンリルの足元を掬った。
支えを失ったフェンリルは、奈落の奥底にある闇にまとわりつかれるように堕ちてゆく。
フェンリルはすがるように必死に足掻いてみるが、そこに掴むものはなかった。
信じ、貫いてきた全てを奪われてしまいそうで……喚き、抗った。そしてもう一度だけ、足掻いてみようとしたそのとき――。
一つの声が一筋の光のように、フェンリルをすくい上げた。
(フーちゃぁーっん――!)
光が闇を振り払い――拾い上げられたフェンリルが乱暴に投げだされた新しい道は……歩いてきた道とは毛色の異なるものだったが、少しだけ広く、明るく見えた。
すぐ隣には、いままで歩いてきた道が見える。だがそれは、いま置かれた道より酷くボロボロで、歩くにはとても辛いものだった。
まだ……そちらへ飛び移ろうと思えばできるだろう。しかし、フェンリルは虹が拾い上げてくれた道に、とりあえず居てみることにした。
「――……るせぇんだよ……。貴様も……だ、黙っ……ぐ、えほっ」
(やだっ! わたしはフーちゃんと一緒に戦うって決めたんだもんっ。そんでさ、わたしさ、ぜったいさ、なず姉との約束守るんだもんっ!)
いまにも泣きそうな声で訴える虹。青白い光を収縮させ、背中を丸め拳を突きゲホゲホとむせ返る虹は、ギッとなず愛に視線を飛ばした。
「……案ずるな、なず愛殿。我に任せてくれ。なぁフェンリル、お主の姿に話してやったらどうだ。理解し合う、いい機会じゃないか」
この道を進んでしまえば、もう戻れなくなる。しかし崩落していく元いた道を眺めたフェンリルは、覚悟を決め、いま転げている道を踏みしめることにした。
「……だったらよ……貴様が、語れッ……!」
両腕と右脚に力を込め、ようやく身体を起こす虹。向かうなず愛は、呆れたように笑った。
「ハッ、まったく……お主という奴は。だが仕方ない、その決意を讃え――我の口から話すとしようか」
なず愛は、虹の身体の奥にしまわれた虹を透かすように視線を刺す。それを受けた虹も、なず愛の身体の奥にいるはずのなず姉を探すようにフェンリルの視界にかじりついた。
「虹殿……と言ったか。よく、聞いてほしい。――あれはもう、何百回も前のラグナロクのこと。フェンリルと我が、ともに戦いに身を投じていたときの話だ……」
わざとらしく輝く太陽に似せた光と、白々しいほど青い空のような空間に、遠く古い記憶が雲にも似ついて流れ始めた。
ちょっと何言ってるかわかんないすね




