虹//璃奈//萌衣乃
「……のヤロウ、ぜってぇ狩ってやる。余裕かましてんじゃねぇぞ、クソッ」
ブツブツと、学園長に対し悪態を吐きながら高等部の校舎を徘徊する虹。廊下の窓に映るその顔は、牙を剥きだしにした獣のようである。
(フーちゃん、シワ寄ってるって! もぉー、せめて笑顔でいてよぉーっ!)
虹の心の叫びを聞かされた虹は足を止め、その身体を覆う青白い光を怒りの炎のように揺らめかせた。
「……あーッ? 貴様、まだ調教が足りてねぇらしいな……」
(ふーっん! もう見せパンはいてるからだいじょーぶだもんねぇーっ。あっ、でも脱いじゃうのは反則だからナシだよぉーっ!)
大きく意見を主張する虹。
仲良くしろと言われ、虹もそうしたいと思う気持ちは持っているが……やはりフェンリルと口を利くと、どうしてもケンカになってしまう。乙女心を理解しようとしないフェンリルに、どうにももどかしさを感じてしまうから。
「チッ! よりにもよって最後のラグナロクで姿がこんな小娘たぁ……最悪だぜッ」
小娘――という言葉にはムッとしてしまうが、フェンリルの勝つことに対する並々ならぬ気概を感じ……虹は、一美に言われた〈他人を思いやれること〉という言葉を思い出した。
(……ねぇフーちゃん。フーちゃんはどうして、そんなに敗けたくないの?)
虹に言われた虹は、顔をしかめたまま吐きつけるように溢し始めた。
「…………。俺はな、敗けらんねぇんだよッ。この最後のラグナロクを勝ち抜き力を手に入れて――目的を果たすまではなッ!」
(目的って? 敗けなければ、フーちゃんの願いが叶うってこと?)
虹は、フェンリルを少しでも理解しようと問いかける。しかしそんな虹の気持ちを知ってか知らぬか……虹は天井を向き一人でニヤニヤと笑いだしてしまった。
「……――ッ! 小娘、悪ィが話は終いだ。ククク、わざわざ出向いてきやがったぜ、貴様の……恋人がよォッ」
虹は四つ足になり、廊下を駆けて階段を飛び登る。そしてその先にある錆びた鉄扉に向かい、青白い光の爪を振りかざし――。
バッ――ガァァァアーッンッ!
回転しながら勢いをつけ吹き飛んでいく鉄扉。当たれば怪我では済まない凶器と化したその鉄扉は、屋上に一人佇んでいた存在へ……直撃した。
グワァッシャァァァァアー――ッ!
虹が狙った的へ直撃した鉄扉は、二つにへし折られて宙を舞う。
ガシャァァーッン――とコンクリートの床に落ち、それを見た虹は嬉しそうな顔をすると、飛ばした鉄扉を〈蹴りつけ〉へし折った存在を睨みつけた。
「よぉー、アホ馬ァ……! 貴様に、未来を選ばせてやるッ」
回し蹴りの余韻で片脚立ちのままでいるなず愛は、「ふぅ」とため息を吐いた。
***
バキッ、ガキィィーッン……。
灰色の光を帯びた白色の制服の男子生徒と、茶色の光を帯びた橙色の制服の女子制服が、一進一退の攻防を繰り広げている。光の色からして、恐らくどちらも百獣だろう。そんな風に、二階の本棚の陰からそっと戦いを覗く璃奈は思った。
ここは、様々な資料や文献もしくは娯楽本を貸し出している〈第二書物館〉。学園には第一から第五まで書物館があり、第二書物館は高等部の校舎の近くに大きく存在を置いていた。
「うひゃぁー……。皆、気合い入ってるなぁ。ボ、ボクも戦わなきゃぁ……」
第二書物館は四階建ての構造で敷地面積も広く、戦いの場として最適である。しかしそれだけではなく、ズラリと並ぶ本棚が隠れ蓑としても最適であった。
漆黒の光を宿した璃奈は、書物館の中で戦う数十体の二心同体を眺めて戦う相手を見極めようとする。あっちにしようか、それともこっちの……と脚を進めたり退いたり、何度も繰り返す。
(ねぇ、ヨルムンガンドくん。ラグナロクってさ……結局なんなの? 私たちは、なにに巻き込まれそうになってるの……?)
黙って様子を伺っていた璃奈が、少しキツい調子で璃奈を問いただそうとした。先ほど生徒指導室から一度教室に戻った時分……萌衣乃に西田先生に気をつけろと言われ不安を煽られていたため、虹と萌衣乃から離れての間ずっと考え込んでいたからだ。
「…………。えぇーとぉ、それは、ですねぇ……」
聞かれた璃奈は、なんとも煮えきらない様子でモジモジと答えだす。蛇のように、クネクネと身体をよじって。
「ボクたちは、ラグナロクを行うことで……その、なんといいますかぁ、えっとぉ」
(…………)
璃奈は璃奈の振る舞いに痺れを切らしそうになるも、あえて無言で解答を待つ。そうしてゆっくりと璃奈の口からでてきた言葉は、璃奈にとってあまりに意外なものであった。
「……――復讐、しようとしてるんですよぉ」
(……っえ?)
うわずった声で、驚く璃奈。西田先生の話から復讐などという単語に繋がりはしなかったため、それ以上の言葉がでなかった。
「ボクたちは、ボクたち〈獣〉……あ、魂を見捨てた創造主に……復讐しようとしてるんですぅ」
(どういうこと? 創造主って……なんなの。そ、それに復讐するためならどうして仲間同士で争ってるの? それなら協力した方がいいんじゃないっ?)
「……あはは、ボクも、そう思いますよぉ……」
どことなく悲しそうに笑う璃奈。その顔面を、横から飛んできた白色の制服の女子生徒が、膝をぶち当て凪ぎ飛ばした。
「――……ぁっ!」
ドンッ――!
本棚に打ちつけられる璃奈の身体。それと同時に本棚はギシギシと揺れ、書物をバサバサとへたり込む璃奈に浴びせかけた。
「うきゃきゃっ、なんだなんだ、幻獣とかいうからツヨイのかと思っちゃっタ! そんなでもないゾぉーっ」
欄干の上をピョンピョンと跳ね回る、灰色の光を帯びた女子生徒。
璃奈は気を確かに持ち、攻撃を受けた衝撃でポケットから落ちて床に転がってしまったスマートフォンを取り戻す。
「えっとぉ……魂は、〈シシオザル〉ですかぁ。れ、レベルはぁ……」
(ちょっとヨルムンガンドくん、そんなこと言ってる場合じゃなくないっ? な、なんかほら、他にも増えちゃったみたいだしさぁー……)
欄干の上の女子生徒に加え、本棚の上や陰から五体の二心同体が姿を現した。
いまだ立ち上がることすらできていない璃奈。それを取り囲むように見下ろす濁った六つの光。
どの光をたどっても行き着く先は地獄なのだろうと……璃奈は叫ぶように笑ってやりたくなった。




