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虹、《大人の女性になる計画》実施中

 ピコピコピコピコ――。

 耳元で耳障りな音が鳴り、(れいん)は慌ててスマートフォンに手を伸ばす。枕に顔を埋めたまま画面を見ずにコツコツと何度もタッチすると、音は満足したように鳴り止んだ。


「ふぁー……。アラームの音、もっと可愛くしよーかなぁ……」


 時刻は午前5時、虹の朝は早い。学園へ行く前に、ポスターと共に壁に貼り紙した〈大人の女性になる計画(プロジェクト)〉を実施しているからである。そしてそれは、朝はきちんと自分で起きることから始まるのだった。

 虹は目をぐりぐりとこすりながら身体を起こすと、そよそよと心地好い風が頬をなでた。


「あれ、窓が開いてる。なん……あたっ」


 虹はベッドから降りようとしたが、脚に鈍痛を感じ思わずうずくまってしまった。いきなりだったので驚いたこともあり、すぐには動けずそのまま身体を丸めて痛みが収まるのを待った。


「いたた、昨日の100メートル走のせいかなぁ……」


 虹は昨日、体育の授業で仲良しの璃奈(りな)と競い合うように走ったことを思い出す。結果は虹が敗けだったことも思い出し、なんとなく悔しい気持ちになった。そして昨日といえば他に思い出すべきことがあるような気もしたが、虹の忙しい朝にそんなことを取り入れている余裕はなかった。


「なんかあったような……まぁいいや、シャワー浴びよっと」


 朝から身体を綺麗にしておくことも、計画(プロジェクト)の一つ。虹はベッドにあるスマートフォンと壁にかけてある制服を取ると、それらを持って二階の自室から一階の脱衣室に移動した。

 虹はシャワーを浴びるためピンク色のパジャマのボタンを外し始める……となぜか、ボタンがいくつか無くなっていて、パジャマの所々に穴が空いていることに気づいた。虹はこのパジャマがお気に入りだったので、かなりのショックを受けて動きが止まってしまった。

 更にはなぜだか手足が汚れていて、私はそんなにも寝相が悪いのかと自己嫌悪にも(おちい)るハメに。

 虹は溢れそうになる涙をこらえながらもパジャマを脱ぎ、水色の女児用肌着をさらす。すると虹は自分の胸元をひとなでし、ため息を吐いた。


「りなちゃんは、もうブラしてるのになぁ……」


 虹は呟き肌着を脱ぎ捨てると、長い髪をお団子の形に束ね、浴室へと入った。





 シャワーを浴び終えた虹は、その真っ白な肌がはじく結晶のような水滴をふかふかのタオルで拭き取る。そして化粧水やボディーローションをたっぷりとつけると、脱衣室に置いていた制服を手にして、またため息を吐いた。


「うちの制服って、なんでこんなセンスないかなぁ? わたしが学園長だったら、もっと可愛い制服にするのになぁー」


 ほぼ全ての面積が白色に占拠された初等部の制服と、虹はにらめっこをする。女子の制服にはほんの少しだけピンク色の模様をあしらっているものの、やはりセンスがないと虹は表情を曇らせた。


「学園長、若くてイケメンなんだから、もっとティーンズ誌とか読んで勉強したらいいのにぃ」


 しかし制服のカスタムは校則で禁止されているため、虹は仕方なく、スカートを少しだけ短くした制服で身を包んだ。



    ***



「いってきまーすっ」


 シャワー、肌のお手入れ、朝食、歯磨き、ヘアーブラッシング……と、毎朝のルーティンを済ませ、はちみつの香りのリップクリームを塗ってママの香水をひと振りしてから、ママに挨拶をしてパパと一緒に家を出た虹。

 パパとは道が違うため、家の前ですぐに別れることになる。スーツを着て会社に行くパパの姿を見送るのが、朝の日課の締めくくりだった。

 虹は大きく手を振りパパの見送りを終えると、学園へ行くために振り向き歩きだす。春の陽気を全身で感じながら、虹は空に腕を伸ばした。それからふと時間が気になり、スマートフォンをポケットから取り出す。それは画面が消灯していたため、電源ボタンを押した――。


「……あ、思い出した……」


 ごちゃごちゃとアプリが並ぶ待ち受け画面に、ひときわ目立つ"幻獣図鑑"と書かれたアプリが表示されている。虹は足を止め、昨夜の記憶を甦らせようとした。しかし青い毛並みの子犬と遊んだことしか思い出せない。

 虹が「こいぬ……こいぬぅ……」とぶつぶつひとりごとを発していると、誰かが突然、背中をぽんと叩いてきた。


「おはよ、虹。なにひとりでしゃべってんの?」


 振り向くと、クラスで一番……いや、学園で一番仲の良い、幼なじみの鞍蛇(くらだ) 璃奈(りな)が立っていた。

 璃奈は虹よりも背が高く、発育もいい。肩口で揃えた茶色いストレートヘアや綺麗な顔立ちが大人の雰囲気を(かも)していて、幼い顔の虹と並ぶと、まるで姉のように見える。

 急に話しかけられた虹はギョッとして、慌てふためく。というのも、幻獣図鑑なる変なアプリを見られたくないためで、すぐさまスマートフォンを鞄にブチ込んだ。


「えっ、なぁに? わたしなにもしてないし、変なアプリとかインストールしてないんだけどっ!」


 ひきつった笑顔で璃奈に返事をする虹。会話の内容はまったく噛み合っていなかったが。

 しかし、璃奈は虹の言葉を耳にするやいなや、真顔になりスマートフォンを取り出し虹に画面を見せてきた。


「……ねぇ、虹。変なアプリってさ、もしかして……これ?」


 璃奈の綺麗に整頓された待ち受け画面に、幻獣図鑑のアイコンがあった。それを見た虹は、目を丸くしてフリーズした。


「ちょ、ちょっと……虹?」


 璃奈の声に、ようやく意識を取り戻す虹。ハッとしてすぐ、「よく見せてっ!」と璃奈からスマートフォンを奪い取る。画面を見ると、幻獣図鑑のアイコンは恐い顔をした〈蛇〉のようなキャラクターで作られていた。


「うわぁ、ちょい違うけど、これだぁ……」


 虹はげんなりとしてから、璃奈の幻獣図鑑を起動させようとタッチしてみた。

 しかし、アプリが反応することはなく、ほどなくして璃奈のスマートフォンは璃奈の手により奪還された。


「昨日の夜さ、虹とメッセージしてたじゃない? そんとき、いきなり待ち受けに表示されたんだよね。それでタッチしてみたんだけど……」


 言いかけ、璃奈は黙ってしまった。虹は小首を傾げ、璃奈の顔を覗き込む。


「りなちゃん、どしたん?」


 虹が上目づかいで見つめると、璃奈は神妙な面持ちで話し出した。


「あのさ、虹の変なアプリって、これだよね? ……起動した?」


「んー……とね、起動したってか起動しちゃってたってか……まぁ結果的に言えば、起動したよねっ」


 虹は、にーっと笑って答える。


「そっか……。それで、なにかあったりした?」


 相変わらず表情がいまひとつな璃奈とは対極的に、虹はパァッと明るい顔になり手足を振って昨夜のことを語りだす。


「それがさーっ! 聞いてよ、璃奈ちゃんっ。なんとね、可愛い子犬が部屋にいて、そんでふさふさで、なんかちまくて、可愛くて……えーとねっ!」


 虹はくるくると踊りながら話をする。まだ続けようとする虹を、璃奈は制するように割り込んだ。


「そ、そっか、ありがとう。そういや虹、算数の宿題やった?」


 璃奈の言葉を聞くなり、虹の顔は青一色に染まった。


「……り、りな様ぁ……その、ノ、ノートを、お借り、なんてぇー……」


 虹が言いきる前に、璃奈は鞄からノートを出してくれていた。


「りなさまぁーんっ。ほんと神すぎるよっ! 今度、必ずお礼するからねっ」


 虹は璃奈からノートを受け取り、涙を流して歓喜した。


「もー、授業始まる前に、ちゃんと返してよ?」


「だいじょーぶっ、バスの待ち時間と乗ってる間に写しちゃうからっ。あ、先にバス停に並んでおきますですっ!」


 虹は璃奈に敬礼してみせると、ノートを大事そうに両手で抱えて、ぎゅんと音を鳴らしてダッシュしていった。

 璃奈は苦笑いをしてから、ゆっくり歩く。気づけば周りには占奏(せんそう)学園の制服を着た学生がたくさんいて、皆それぞれ友達と話をしていたりヘッドホンで音楽を聞いたりしている。


「んー、私も急ぐかっ」


 璃奈は、虹を追うように走りだした。


お疲れ様でした!

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