願い
ちょっと長いですけど、分割するような内容でもなかったんで投稿しちゃいました。飛ばしていい回です。
「あ、えと、あっと、うんと……こ、こちらこそお誘いいただき、ありがとぉーございますっ」
虹はなず愛に向かい、ガバッと頭を下げた。垂れ下がったツインテールの間からなず愛をチラリと覗くが、やはり妄想と目の前にいるなず愛は少々ズレて見えてしまう。
それは、きらびやかなドレスやカッチリとした服装とはほど遠いが……清楚と言えば清楚だし、おしとやかと言えばおしとやかに見えなくもない格好だった。
「あの、なんかわたし、気合い入れすぎちゃいましたかねっ。近所にくるだけなのに、なんか変ですよね……」
頭を上げた虹は、なず愛の服装と自分のキメキメの格好を見比べなんとなく恥ずかしい気持ちになってしまった。
なず愛は、白いボタンシャツに黒いカーディガンを羽織り、花柄のロングスカートを穿きその上に子馬の毛布をかけているだけの、なんとも控え目な風貌をしていた。
「わぁ、虹ちゃんオシャレさんだねぇっ。私はオシャレに無頓着だから、尊敬しちゃうなぁ」
くすくすと笑い笑顔を絶やさないなず愛。とどのつまり、なず愛は服など着られればよいという感性の持ち主なのであった。
「いやいや、やっぱりなず愛さんは美人だからどんな格好でも似合っちゃいますよっ。……あっ! いや、別になず愛さんの格好がオシャレじゃないと言っているわけではなくてですねっ、えーと、うーっと、ぬわぁーっ……!」
頭を抱えて悶える虹。なず愛は重ねてくすくすと笑い、黒いレバーを倒して車椅子を虹に寄せた。
「虹ちゃん、とっても可愛いよ。その髪型もすごく似合ってるし、虹ちゃんのトレードマークって感じがするなぁ」
虹の髪に手を伸ばし、さらりと触れるなず愛。虹はその行為にやはりドキドキしてしまい、少しうっとりもしてしまった。
よく見れば、地味めな格好に車椅子が加わることで病弱で儚い女性といった感じを演出している。虹は改めてなず愛の柔らかい雰囲気を間近にして、完璧に心を奪われた。
「虹ちゃんお腹空いてない? 軽くなにか食べながらお話しようよ」
なず愛はそう言うと、車椅子をクルリと回転させてスッと前進し始めた。
虹はなず愛に着いて歩き、いつの間にやらチェーン展開しているハンバーガーショップのカウンター席に腰を落ち着かせていた。
「しょ、食事にまでむとんちゃくさんなのかぁー……」
虹はなず愛に聞こえないよう小声で呟き、ガックリとうなだれる。先ほどまで妄想していたカフェテラスやレストランが、100円のシェイクと350円の野菜たっぷり健康志向のハンバーガーになり変わってしまったからだ。
「私お小遣い少なくてさ……こんなのしかご馳走できなくてごめんねぇ」
「あ、やっ……てかむしろご馳走になっちゃってすみませんっ」
虹はなず愛がもくもくとかじるドロドロソースのハンバーガーを見て、いかにも肌に悪そうだと目を閉じる。
するとなず愛の穏やかな声が、すぅっと耳に流れ込んできた。
「あのね、虹ちゃん。できればなんだけど……〈さん〉って付けて呼ばないでほしいんだ。あとね、敬語も使わないでほしいかも」
なず愛は食事の手をピタリと止め、並んで座る虹の顔を見る。虹もなず愛の顔を見ると、ドロドロソースのハンバーガーを食べているにも関わらずなず愛の口元に汚れはなく、行儀のよい女性なのだと感嘆した。
「え、でも、呼び捨てはできないですしぃ……な、なず姉とかってどーでしょ? ……あっ、ど、どうかなぁ」
一人っ子である虹にとって、年の近い目上の存在に生意気するなど初めてのこと。なんともサマにならない口振りで、必死になず愛のお願いを叶えようとする。
「ふふっ、ありがとう。なず姉……かぁ。それ、妹がおんなじ呼び方してくれてたんだ。虹ちゃん、なんだか本当に妹みたい」
ちゅぅーっ……とメロンソーダをストローで吸い上げ、目の前のガラス壁から景色を眺めるなず愛。そのガラス壁に映る虹の複雑な表情を見て、なず愛は少しばかり焦ったように話を続ける。
「……って、妹に投影してばかりでごめんね。虹ちゃんは虹ちゃんだよね」
「う、いぇ……あ、ううん、違うんです……だ。そうじゃなくて、せっかくこうやって仲良くしても、また戦わなきゃいけないのかなぁって思って……」
虹は弁解し、萎縮するように語尾を先細りにしていく。そんな虹を見たなず愛はハンバーガーをプレートに戻し、膝の上に両手を添えた。
「…………。今日こうして来てもらったのは、やっぱりもう一度ちゃんとお願いしようと思ったからなんだ。ごめんね、虹ちゃん……」
「……話してくだ……話して、なず姉。わたしは頭がわるいからわかんないかもしんないけど……」
虹も手を膝に置き、ガラス壁から見える街並みに視線を移して身構える。
「私ね……妹がいなくなってから、そのショックで色んなことに消極的になっちゃったんだ。入院中の記憶なんてほとんどないくらい、脱け殻みたいになってた」
なず愛はゆっくりと過去のことを語りだし、微かに呼吸を乱す。膝に添えた両手が、膝かけをキュッと握りしめた。
「脚のリハビリもやってはみたけど、すごく辛くて……結局すぐに諦めちゃって、車椅子での生活を選んでしまったの。だからもう、自分の脚で歩けることなんてないと思ってた……」
なず愛は次第にうつむいていく。虹はそっと横目に見るが、なず愛の顔はサラサラの髪に被われていて、表情はまるで読めなかった。
「でも特別授業が始まって、その考えは変わってしまったの。特別授業の間、私は速くて強くて風のようで……誰にも敗けないんだ。それでそのとき、ガラス壁に映った自分の姿を見て思っちゃった。私はいま……立ち上がって動いているんだって」
なず愛は顔を上げ、いま目の前にあるガラス壁に映る自分の姿を見て、顔をしかめる。
「……それは、自分の脚がやれたことじゃない。そうわかっているのに、それでも嬉しい気持ちになっちゃう私がいたよ。車椅子を使わずに動けることが、本当に夢みたいでさ……」
虹は黙ってなず愛の話に耳を傾ける。なず愛の放つ悲壮な空気に、そうするしかなかったから。
「いや、あの自分は夢で幻なんだよね、きっと。だからね、虹ちゃん……夢を見て歩いた気になった私を、強くなった気になった私を、倒してほしいのっ。夢にすがって……満足してるんじゃないって――!」
なず愛は心を吐きだすように、小さく叫んだ。暫しの沈黙が二人を包み……次に口を開いたのは、虹であった。
「なず姉の想いはわかったけど……どうして、わたしなの? あのとき、たまたま植物園にいたから?」
虹は、純粋に思ったことをぶつけた。それは、できることならなず愛を倒すという願いなんて避けたかったから。
「スーくんにね、フェンリルくんがとっても強いんだって教えてもらったの……。よく知ってる間柄でスーくんを倒せるのは、フェンリルくんぐらいなんだって」
「フーちゃんとスーくんは……友だちってこと?」
「……それなんだけど、私も気になってスーくんに聞いてみたんだ。そしたらね、昔、一緒に戦ってたことがあるんだって話してくれたよ……」
フェンリルとスレイプニルは戦友だった……それを知った虹は、ふと違和感に捕らわれた。
「あのさ、それってさ、もしかしてさ。あのとき話しかけられたのって、偶然じゃない……ってことだったり?」
「……うん。私も虹ちゃんのことは知ってたから、狙って近づいちゃったんだ……。虹ちゃんは、いっつも元気爆発じゃない? 学園祭のときとか体育祭のときとか、他にもたくさん元気爆発な姿を見かけてたから、よく知ってたの」
どこでも目立とうとする虹は、良いか悪いか学園内では有名人だったのだ。
なず愛は「ふぅ」と一つ息を吐き、覚悟を決めたように虹の顔をじっと見て、他に抱えている想いを白状し始めた。
「それと虹ちゃんにお願いしたい理由、まだあってね。妹によく似た虹ちゃんを見るたびに……リハビリをやめたこと、後悔してたからなんだ。だから虹ちゃんがフェンリルくんのパートナーだって知ったとき、お願いするなら虹ちゃんしかいないって思っちゃったの」
虹はなず愛の潤んだ瞳に意識を吸い込まれそうになっていたが、寸でで魂を取り戻して首を横にブンブンと振ってみせた。
「……虹ちゃんのこと、私の勝手な考えに巻き込んじゃって、最低だよね。やっぱり、こんなお願いしなければよかったね……。ごめん、忘れてもらえるかな……?」
「あ、いや、えっ……とぉ」
なず愛が「……いこっか」というセリフを発した、そのとき――。
虹はカウンター席から飛び降りるなりなず愛に向かい、顔をキリッとさせて言い放った。
「いいよ、なず姉っ。わたし、なず姉のこと、倒すよっ!」
突然、大声で車椅子に乗る少女に〈倒す〉発言をつきつける虹。当然のように周りにいた客はざわつき、痛い子を見る視線を虹に注いできた。
虹はそれでも気にすることなく、なず愛にだけ、全てを向ける。
「……りが、とっ……!」
なず愛は歯を食いしばり、青い髪を揺らして虹から顔を逸らした。
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