ひとり
キャラを生かしきれないです。
「今日は六時限目がないため、七時限目の特別授業まで教室で待機していてください。いまから充電器を支給しますので、お手持ちの端末を充電しておいてください。それと……」
西田先生はセリフを中断し、眼鏡をクイッと直すとクラスの生徒たちを見回した。
「この待機時間の間に勝手に帰宅しないように。体調の悪い人、どうしても外せない用事のある人のみ私に言ってもらえれば、配慮はしますが」
五時限目が終わり、いつもであれば帰りの会が始まる時間。しかし特別授業が七時限目に控えているため、虹たちは教室での待機を命ぜられてしまった。
「りなちゃーん、勝手に帰っちゃダメだってさぁ。じゃーさ、んとさ、えーとさ、体調わるいことにしちゃう?」
虹は璃奈の座る席に飛びつき、まくし立てる。昼休みが明け、二人が口を利くのはこれが最初だった。あれだけの大爆発をみせてしまった璃奈としては、虹と萌衣乃をすぐには受け入れづらい。それでもいつもと変わらぬ態度の虹に、返事くらいはすることにした。
「……そう、だね。なんか先生に先手打たれちゃった感じだよね。どうしよっか……」
璃奈は虹と目を合わせずに答える。そんな璃奈の態度に、彼女が腰をかけている空間はなんとも寄りつきがたい雰囲気を醸してしまっていた。
「れいれい、りぃにゃ、ごめりんにゅー。ウチ、着せ替えっコでパシャパシャりん……。車くるじゃん? 帰宅せよ?」
困り眉毛になった萌衣乃が、アイホンの画面を見ながら話しかけてきた。それから萌衣乃は教卓に座る西田先生に許可申請をし、虹と璃奈に手を振り教室を後にした。
「めいっぷはめいっぷりん星に帰ってしまったぁー……。わたしらどーしよ? もうこのまま……特別授業、でちゃおっか?」
「…………」
「なんてねぇ……」
特別授業を受けたくないという璃奈の気持ちを理解したいと思うも、虹の中にはなず愛の存在が絶えずちらついている。
虹としても、肌が傷つく危険性のある特別授業を受けたくない気持ちは当然ある。しかしそれを覆してしまうほど、なず愛は虹の〈なにか〉に影響を与えていた。
「……うん、それでもいいかもね」
璃奈は顔を伏せた。それを見た虹はとっさに声をかけようとしたが――。
ブーッ、ブーッ……。
璃奈のスマートフォンが、璃奈の机の上で震えた。璃奈はゆっくりと起き上がり、画面を見る。
「……虹、ごめん。私も帰んなきゃいけなくなった」
璃奈のスマートフォンに、【咲季が熱だしちゃったみたい。すぐ迎えにいって】と母からメールが届いていた。
「えっ? あ、そうなん? ありゃ、そっかぁ……」
ガタリと席を立つ璃奈。それから虹に視線をくれることなく教卓へ出向き、西田先生と話を始める。
璃奈は西田先生に一つ頭を下げると、虹に振り向き、すぐ目を閉じて教室からでていってしまった。
バタンッ――。
扉を閉まる音を聞いた虹は、出かけていく主人を見送る犬の気持ちが痛いほど分かった。
「えぇーとぉ……。あはは……」
いつもクラスで目立とうとする虹であるが、特別人気者という訳ではない。むしろ奈良野との一件以来、クラスメイトからは距離を置かれている感じすらあった。
行き場を失った虹は、最前列にある席に戻り、椅子に腰かけクラスメイトに背を向けた。
***
『ただいまより、特別授業を開始します。皆さん、頑張って勝ち残ってください』
亜東先生の声が移動個室の中に響き、ガタンと揺れると視界が真っ黒に染められた。
やがて、一筋の光が徐々に視界を支配していき――。
気がつくと、虹の目の前には〈植物園〉と書かれた建物があった。
『無事に到着したでしょうか。それでは移動個室から降りて、装着してください』
亜東先生の指示に従おうと、虹はガラス扉が開いた移動個室から降り立ち、スマートフォンを制服の中から掴んで取りだす。画面には【装着】の二文字が浮かび、早く押せと言わんばかりに光を放つ。
虹は画面に指を触れようとするも、一度指を畳んで手を引き、グッと瞼を閉じて指に力を込め――装着した。
「……!」
青色の風に巻かれる虹。ゴウゴウと音を立て怒り狂うような青い風は、やがて虹を覆う青白い光に姿を変えた。
「……チッ、すぐ装着しろってんだアホタレッ」
目つきを鋭くした虹の表情は、怒りで満ちている。植物園の扉のガラスに反射して映る虹の顔は眉間にシワが寄っていて、虹の心をざわつかせた。
(ちょっとフーちゃん、変な顔しないでよー! シワになっちゃうから普通にしててっ!)
「っせぇッ! 姿ごときがゴチャゴチャぬかしやがって……貴様は黙って見てりゃいいんだよッ」
(もーっ、やっぱり帰っちゃえばよかったぁー!)
頭の中にガンガンとこだまする虹の声への苛立ちを表すように、虹は植物園の扉をバガンッと蹴飛ばしズカズカと中へ侵入する。すると突然、虹は立ち止まりニヤリと怪しく笑い虹に語りかけ始めた。
「ククク……。貴様に未来を選ばせてやる」
(えっ、ちょ、ちょっとフーちゃんっ? なに言って……)
虹は、花壇に向けて唾を吐いた。
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