白馬のお姫様
キャラの使い分けが非常に難しい(/´△`\)
「いちおうは、でるよーに言われてますけど……。でももうでたくないって、友だちと話してて。だからもしかしたら、今日からサボっちゃうかもです」
なず愛の問いに、虹は少々ためらうように答えた。それは、なず愛の期待するような答えをだせそうにないことや、わざわざ正直に答える必要もないことを分かっていたから。
しかしなず愛の放つ甘い香りを前にして、いい加減な言葉を連ねることが虹にはできなかった。
「そっかぁ。サボっちゃうなら無理にとは言えないんだけど、一つお願いをしてみてもいいかな?」
「お願い……ですか? えーと、んーと、あーっとぉ……」
特別授業の関係するお願いだと、聞くことが難しい。そう思った虹は、上手く返答できずどぎまぎしてしまった。するとなず愛も、虹に合わせるようにぎこちない様子になり口を開く。
「あのね、虹ちゃん。無茶なこと言ってたらごめんね。もしよかったらなんだけど……」
なず愛は視線を泳がせ、ようやく白色の制服を着た少女を捉えると……スッと真剣な顔になった。そうして出した言葉は、虹に今学期一番(と言ってもまだ始まったばかりだが)の衝撃を与えるものだった。
「今日の特別授業で……私を倒してほしいの」
「えぇーっ! いや、でも、そのぉ……」
虹はツインテールを逆立て驚き、続いてそれをしおらしくすぼめてモジモジとし始めた。なず愛のキラキラとした視線を受け、いつもと大きく振る舞いを変える虹。
その様子を見ていた〈ある者〉が突如、呆れたような声で両者に言葉を浴びせかけてきた。
「それは無理だ。相手を狙って戦うなんてのは、効率が悪すぎるからな」
虹の足元から、四つ足で歩くフェンリルがひょっこりと姿を現した。その表情は早くも威嚇するようにこわばっているが、小さく愛くるしい見た目がそれを緩和してしまい迫力はいまいちである。
「わ、フーちゃんっ。ムリ……って、どーして?」
虹の言葉にフェンリルは顔を上げ、睨むようにして言い放つ。
「そういう戦い方すんなら、まず移動個室でバラバラに打ちだされた互いの存在を探さにゃならん。だが特別授業の限られた短い時間の中で、んな無駄なこたぁしてらんねぇ」
フェンリルは睨みつける視線を虹からなず愛に移し、ゆっくりと言葉を吐く。
「……なにより俺は貴様の魂と馬が合わねぇんだ、わざわざそんなことしてやる気が起きない。よぉ、ここにゃ俺たち以外に誰もいねぇんだ。出てこいよ……幻獣スレイプニル」
フェンリルが〈スレイプニル〉という名を呼びつけると、なず愛の膝の上にポンッとケムリが発生し――その中から白い子馬のような動物が現れた。
「久しいな、スレイプニル。……さて貴様ら、なにを企んでやがる? 自ら倒されたいなんて、どんな弱虫だって望みはしないぜ」
なず愛から更に視線を移し、スレイプニルなる白い子馬に見入るフェンリル。スレイプニルはなず愛の太股に身を置き、目を閉じる代わりに口を開いた。
「…………。これは、我の望みではない。我が姿である、なず愛殿の望みだ」
スレイプニルは少年のような声をしているが、そこには雄々(おお)しさや風格も入り交じっていた。
「チッ、どっちだろーと変わりゃしねぇよ。また貴様がそうやって、姿の望みだ願いだとか言って飼い慣らされてんならよ」
フェンリルは、プッと花壇の土に唾を飛ばす。すると……フェンリルの頭上から、鋭い眼差しが降り注いできた。
「ちょっとフーちゃんっ! ツバなんて吐いたらダメでしょっ? お花が可哀想だよっ」
突然降って湧いた虹の真面目な調子に、フェンリルは思わず顔をひきつらせる。しかしなんとも反論しづらい気分にもなり、虹を無視して話を続けることにした。
「……貴様は姿をツールとしてみようとせず、パートナーとしてみてやがる。それが貴様の実力を潰しちまってるってこと、惜しく思わねぇのか?」
「……姿の願いは、魂の願いだ。我の契約とは、一心同体となること。それよりお主……」
「あ?」
スレイプニルのセリフに不服そうな面持ちになるフェンリル。敵意を剥きだしにするその表情に、スレイプニルは「ふぅ」とため息を吐きかけた。
「その姿が言うように、やはり草木に唾を垂らすというのは……いささか理解に苦しむぞ」
「……はぁ?」
フェンリルは予想だにしないセリフをぶつけられ、思いもよらぬダメージを受ける。そして更なるダメージが、間髪いれずフェンリルに襲いかかってきた。
「虹ちゃんとスーくんの言うとおりだよ。私もそういうの、よくないと思う。虹ちゃんきちんと注意できて、立派だよ」
〈スーくん〉ことスレイプニルとなず愛から称賛を授かった虹は、頬を赤く染めてデレデレと照れだす。それから虹はフェンリルに向かい、じと目で持論を説き始めた。
「ツバを吐くのは行儀の悪いことなんだよ? お外で行儀よくできないなら、フーちゃんもうでてこないでよっ!」
「……貴様、調子に乗るんじゃ……」
キーンコーン――……。
昼休み終了5分前の予鈴が、植物園の花や葉を揺らす。たくさんの花や葉を擦れたチャイムの音にいつもの無機質さはなく、ほんのりと艶やかささえ感じた。
「チッ! おい貴様、絶対に特別授業から逃げるんじゃねぇぞッ。必ず地下学園闘技場に出向け、クソッ!」
フェンリルは声を荒らげ、ケムリの中へ消えていった。
「やれやれ、お主の実力を見込んでの頼みであるというのに。……ではなず愛殿、我も失礼させてもらおうか」
スレイプニルもフェンリルと同様にケムリを生み出し、その中へ姿を眩ませた。
互いの魂が去ったことで、二人取り残された虹となず愛。ここで虹は、ふと思う。
清楚で可憐ななず愛に、そっと寄り添っていたスレイプニルという白馬。対して恐い顔をして乱暴な言葉遣いで振る舞い、ついには唾まで吐いてしまったフェンリル。確かにフェンリルの方が見た目は可愛らしいものの、その圧倒的とも言える性格の差に虹は羞恥した。
「な、なんか恥ずかしいとこ見せちゃいましたねっ……。ほんとすみません、外ではいい子にするよーにいっときますんでぇ……」
自分の教育が悪いのか、それとも元々の性格が悪いのか……。後者であれば、もっと優しく思いやりのある子と一緒に特別授業を受けたかったと、虹は思ってしまった。
「ううん、虹ちゃんが悪いわけじゃないんだから謝らないで。私が変なお願いをしたから悪いんだよ……」
なず愛は申し訳なさそうに笑い、表情を沈める。なず愛の〈お願い〉という言葉に、虹はフェンリルに遮られてしまった想いを甦らせた。
「あ、そうだ、なず愛さんのお願いなんですけどっ。わたし、やっぱり今日の特別授業でるかどーかわかんないです。だから、その、えと……お願いは、聞けないかもしんないです……」
虹のセリフを聞いたなず愛は、くすりと表情を崩す。
「元気いっぱいの虹ちゃんを見て、妹といるような時間を過ごせたよ。それだけで充分。聞いてくれて、ありがとうね」
すでに予鈴が鳴っていることもあり、なず愛は植物園の出口を目指して車椅子を動かし始めた。虹は通り過ぎてゆくなず愛を一度は見送ったが、ハッとするなりなず愛の前に回り込んだ。
「なず愛さん! あの、その、えと、よかったら今度、遊びにいきませんか? メッセージアプリとかやってたら、ID交換しましょうよっ」
虹はスマートフォンをポケットから取りだし、にーっと笑いなず愛に提案する。なず愛は一瞬目を丸くしてきょとんとするも、「ふふっ」と笑い、同じく黒色の制服のポケットからスマートフォンを取りだした。
お疲れさまでした。




