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花園

「りなちゃんりなちゃんりなちゃんりなちゃんりなちゃん……!」


 璃奈(りな)の名前をひたすら呟き(れいん)は駆け回る。その加速した勢いを止められる者など、この学園に居はしないだろう。むしろ、本人すら止めることが困難な状態であった。


「うわぅっ! 行き止まりだぁー!」


 気づけば虹は〈植物園〉と書かれた建物の直前に迫っていた。そしてその茂みに、ぼすんっ! と身体を埋め込んだ。



「……わぁ、生きてたぁー……」



 虹の顔は、植物園の壁すれすれで動きを止めていた。それから、ずぽっ! と茂みから身体を引き抜くと、中等部の建物が目についた。

 あー、こんなとこまできちゃったかぁー。などと考えながらも、虹はハッとして制服のポケットの中を手でまさぐり始める。


「てか顔に傷とかついてないよねっ? えーと、鏡ぃー……」


 虹はコンパクトミラーを探り当てると、顔を映して肌の隅から隅まで状態の確認をする。するとその内、鏡の端に黒色の制服を着た生徒の姿が映り込んだ。


「わっ」


 少し驚いた虹は、すぐに後ろを振り向いた。


「あ、驚かせちゃったかな。ごめんね。えーと、初等部の子かな? こんにちは」


 虹に話しかけてきたのは、中等部の女子生徒だった。その声はとても穏やかで、女子生徒が持つほんわかとした雰囲気によく合っている。


「あ、わっ、んーとぉ……。こ、こんにはっ!」


 虹はその女子生徒を視界に入れてから、実はすでに何度も驚いていたため、挨拶すらまともに返せなかった。

 女子生徒の澄んだ声や青みがかったサラサラの長い髪、可愛さを残しつつも大人びた表情をする気品のある顔。女子生徒が持ちうる容姿の全てが、虹の憧れそのものだった。

 しかしそれらも然ることながら、なにより虹の目を奪ったのは……女子生徒が乗っている車椅子の存在であった。


「ん? ……これ、やっぱり気になるかな?」


 女子生徒は笑顔になりながらも、そこには物憂(ものう)げな感情が宿っていた。


「えとぉ、んとぉ、えぇーとぉ、そこまでのことはないですはずですぅ?」


 虹は意味の分からない日本語を使い弁明してみせる。それを聞いた女子生徒は「くすっ」と笑い、その笑顔を惜しみなく虹に向けた。


(うっひゃぁー! きれーなヒトだなぁー……)


 虹は女子生徒を見れば見るほど魅了されていく。虹は顔をみるみる紅潮し、憧れてるのか惚れてしまったのか自分でも理解できないような感情を芽生えさせた。


「あの、あなたがよければなんだけど……ちょっとお話していかない?」


「うぇっ? えとんとあと、あ、は……」


 虹は「はいっ!」と大声で叫び挙手までしてみせたかったが、寸でで璃奈のことを思い出しとどまった。


「なにか用事があるのかな。呼び止めちゃって、ごめんね」


 女子生徒は申し訳なさそうに笑う。それを見た虹の方がなんだか申し訳ない気持ちになり、頭の中で葛藤(かっとう)を始めた。


 璃奈はとても大切な親友。しかし目の前には、自分の理想とも言えよう美しい人物がいる。もしかしたら、美の秘訣を聞きだせるかもしれない。でも璃奈を放っておくのはしのびない。されど、この女子生徒ともう会えないという可能性も拭いきれない。だが璃奈の……。

 悩む虹は、チラリと女子生徒を見る。見られた女子生徒は微笑んで返し、その端麗な髪を風に乗せ、たおやかな肢体を植物園という場所によく映えさせている。車椅子や(ひざ)にかけた馬柄のタオルケットさえも、備えているのが美人というだけで悔しいくらい絵になってしまう。

 虹は、顔を真っ赤にして目を閉じた。



 そして、璃奈と美容を天秤にかけた結果――。



 璃奈には教室でも会えるだろうという結論に達した。





「私は、馬久原(まくばら) なず()。なず愛って呼んでね。あ、学年は中等部の三年生だよ」


 車椅子に付いた黒いレバーを倒し、自動でタイヤを転がし植物園の中を徐行するなず愛と名乗る女子生徒。

 虹も植物園には理科の授業で何度か足を運んだことがあるが、そのとき感じた印象といま感じている印象とでははっきりと異なっていた。植物園とは、こんなにも色彩豊かで甘い香りのする花園だっただろうか……と。

 なず愛の後に続く虹は、植物園の中で受粉して回る蜂のようにキョロキョロと視線を飛ばしている。レンガ調の建物にあしらわれたステンドグラスや、100科1200種あると言われる植物が織り成す彩飾はなかなかのもの。天井も吹き抜けになっていて、射し込む陽の光が空間に陰影をつけ森の奥深くにいるような演出をしている。

 そんな植物園の空気と薄幸の美少女といった存在感のなず愛が相まった神秘的な雰囲気に圧倒された虹は、窓に映る自分の姿を見て夢から覚めたような感覚に(おちい)った。


「……あっ、わ、わたしは迅狼寺(じんろうじ) (れいん)って言います。れ、虹って呼んでください。それと学年は、初等部の五年生ですっ」


「虹ちゃんっていうんだ……可愛い名前だね。名前だけじゃなくて、お顔もすっごく可愛いけど」


 言われた虹は、顔から煙を吹いて失神しそうになった。しかしそのような話を振られたからには美の秘訣を聞くならいまがチャンスと思い、気を確かに持ち即座に返答した。


「ま、毎日手入れはかかしませんからね! てかなず愛さんなんてすごく美人じゃないですかそれは毎日手入れしているからですよねどんな手入れをしているのか教えてくれませんかっ?」


 チャンスを生かしきるため、息が切れるギリギリまで言葉を吐いた。ゼーゼーと呼吸を荒くする虹を見たなず愛は、一瞬きょとんとした顔になり、それからすぐにくすくすと笑いだした。


「私、美人じゃないし、お手入れなんてなにもしてないよ? ()いて言うなら、化粧水つけてるくらいかなぁ。それより虹ちゃんは、そんなに気をつかってるんだね。すごいなぁ、尊敬しちゃう」


 柔らかく笑うなず愛。その言葉と笑顔を受け顔を再燃させた虹は、もうなにも言えなくなってしまった。


「お肌綺麗だねぇー、触ってもいい?」


 なず愛はレバーを操作して車椅子をくるりと回し、虹と向き合う。虹の背が低いせいもあり、顔の位置が非常に近い。

 なず愛は、純白と呼んでも過言ではない色の繊細な腕を虹の頬に伸ばす。なず愛の手があと少しで触れそうというところで虹はどきりとして、なんとなく悪いことをしているような気分になった。

 外からは生徒たちがはしゃぐ声が聞こえるが、植物園の中には自分となず愛の以外の気配は感じられない。どきどきとときめく気持ちを育みながらも、知識の乏しい虹はこの状況や心情を表す言葉を持ち合わせてはいなかった。


「わぁ、すべすべで柔らかいね。虹ちゃんが妹だったら、毎日でも触っちゃうかも」


 そっと上品に虹の柔肌をなでる細い指。それがするりと()がれる瞬間、虹はぞくりという刺激に襲われた。


「…………っ!」


 虹は、果たしていま自分がどんな顔をしているのか分からなかった。璃奈に飛びついたりと他人に触れることはあるが、他人に触れられることはなかった虹。いや、他人に肌を触らせるなど虹にとってありえないことである。

 しかしなぜか、なず愛の手には触れられてもいい……むしろ触れてほしいという気分にまでなってしまった。


「わ、ごめんね。嫌だったかな?」


「い、いやいやいやいや……! あ、イヤじゃなくて、た、たいへんよい心地でありましたぁっ?」


 虹は目を回してわたわたと混乱する。虹の様子を見たなず愛は、やはり、そっと笑うのだった。


「ふふっ、やっぱり可愛い。虹ちゃんを見てると、なんだか妹を思い出しちゃうな……」


 なず愛は、しんみりとした顔になる。虹は「ふぇー……」と息をはき、なず愛の言葉を復唱した。


「妹を思い出す? って、どゆことでしょう?」


 なず愛は車椅子を少しばかり後退させ、虹から距離を取る。そして、ゆっくりと記憶を声に変えてみせた。


「……一年前に、事故でいなくなっちゃったんだ。二人で買い物してたときに、たまたま()かれちゃったの。それでそのとき、私の両脚も、妹と旅にでていっちゃったみたい」


 なず愛は(ひざ)にかけている馬柄のタオルケットをどかし、車椅子の足かけに乗せた両脚をぽんぽんと叩いてみせる。両脚の姿形は健在であるが、それはまるで役目を終えたようにくたりとして着いていた。


「妹はね、虹ちゃんと同い年だったんだ。いまは、虹ちゃんの方がお姉ちゃんだけどねぇ」


 なず愛は膝かけを整えると、くすりと笑った。

 虹はもうなんと申し上げたらよいのか見当もつかず、ただあくせくしている。するとなず愛はもう一度くすりと笑い、言葉を続けた。


「虹ちゃんもさ、やっぱり……特別授業(スローン)にでてるんだよね?」


 なず愛の顔は、先ほどより(わず)かだが真剣なように見えた。


読んでくださり、感謝いたします。

バトルっぽい展開はしばらくありません。人間模様を書いていきます。

この作品、本当はガチガチのバトルモノにする予定だったんだけどなー( ´△`)

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