璃奈×璃奈(ヨルムンガンド)
時間が巻き戻り、璃奈の初戦です。
璃奈の移動個室のガラスが、左右に開いた。そしていの一番に璃奈の視界に飛び込んできたのは、水泳の授業用の屋内プールであった。
『皆さん、無事に到着しましたか? いまあなたたちは、学園のどこかに排出されました。……と言っても、本当に学園へ移動したわけではないのですが』
急に聞こえた亜東先生の声に驚きつつも璃奈はしっかりとその説明を聞いて、指示に従い移動個室を降り、スマートフォンの画面を見る。
「装着……。これ、押したら……」
璃奈の脳裏に、目つきの鋭い虹の顔が浮かんだ。それは、昨日教室で虹が奈良野を泣かしたときのものだった。
璃奈は頬に冷たい汗を感じ、思わず息を呑む。そして震える指を、【装着】の文字にそっと乗せるように……触れた。
シュバァァァァッ――……!
なにかが這いずる音が蠢き、漆黒の風が璃奈の周りを滅茶苦茶に取り囲んだ。
「やっ……! なんなの、これっ……」
漆黒の風は璃奈に巻きつくようにグルグルと舞って白い制服をグチャグチャに乱し、やがて、その先端を璃奈の胸元に埋め込んだ。
「うぐっ……!」
璃奈が一瞬苦悶の表情を浮かべると、漆黒の風は止んだ。そしてその中から……漆黒の光を全身に宿した璃奈が現れた。
『ここからは、魂に説明させた方が早いかしら。それじゃ魂たち、あとはよろしく頼むわ』
亜東先生は言い終えるなり、ブツリとマイクの切れる音を響かせる。その音は屋内プールの場内全域に響き、璃奈の肩をビクリと震わせた。
「ふ、ふぅー……」
璃奈は一つため息を吐く。それから相変わらずおどおどとした態度で、屋内プールにある飛び込み用プールの周りを徘徊し始めた。
(わっ、なにこの感じ。どうなってんの……?)
「あ、そ、それはですねぇ……。いま璃奈さんはボクの姿として、意識の中にしまわれているんですぅ」
璃奈は、脳内に流れる璃奈の声に話しかけた。璃奈の言葉を聞いた璃奈は、虹の言っていた〈他人の視界を見ている感覚〉というものを思い出す。
(あ、あなたは……)
「あ、きちんとお話するのは初めてでしたね……。ボクは、璃奈さんの魂を務めるヨルムンガンドと言いまして……」
璃奈は璃奈に、いま璃奈が置かれている状態のことや地下学園闘技場について、そして特別授業に関するひとしきりの知識を伝授した。
(そうなんだ……。なら私は、とりあえず見ていればいいの?)
「まぁ、いちおうそうなっちゃいますかね……? でもボクあまり強くないんで、もしかしたら、すぐ頼ることになっちゃうかもしんないですけど……」
璃奈は身体をくねらせて、しょぼしょぼと表情を萎ませていく。その動きは、顔やスタイルが整っている璃奈だからギリギリ許せるが、普通の女子にはなかなか似合うことはないだろうものであった。
(虹のフーちゃんって子とか、奈良野みたいな狂暴な動きはできないってこと? なら私は、その方がいいんだけどね……)
璃奈の言葉を聞いた璃奈は、こんな常軌を逸した状況の中に少しの救いを見いだせた気がした。どうもこのヨルムンガンドという存在は、戦うことを好ましく思っていない様子。なら、自分で動けるようになったときは、逃げてしまえばいいのだ。
そんな風に考えた璃奈は、更なる安全策をヨルムンガンドに提案してみることに決めた。
(ならさ、時間まで隠れてようよ。どうせ敗けたって怒られたりしないんでしょ? あなたも戦うの嫌みたいだし、わざわざ痛い思いすることないじゃんっ)
璃奈は、こんなにも怯え震えるヨルムンガンドなら、必ず二つ返事で快諾してくると思った。
嫌なことなんて、無理してする必要はないのだから。どっちつかずでその場を凌いでしまえば、物事は時間が解決してくれる。それが、世の理のハズだから。
璃奈はそう思い、ヨルムンガンドの答えを待った。
しかし――。
ヨルムンガンドの答えは、璃奈の期待からはっきりと外れたものであった。
「いやぁ、その……ですねぇ。いちおうボクも、戦わなくちゃいけないんですよぉ。確かに嫌だし怖いんですけど、世の中には〈ルール〉というものがありましてぇ……」
璃奈のセリフに、璃奈は唖然とした。こんな末成りな人物(姿形は自分であるが)に、まさか説教をされるなどとは思っていなかったからだ。
璃奈は一瞬言葉を失ったが、すぐに正気を取り戻してヨルムンガンドに訴え始める。
(いやいや、無理してなんになるの? 戦うだけが生き残る道じゃないんじゃない? 言われたからって、なんでもやれば良いってワケじゃないじゃんっ)
璃奈は必死にヨルムンガンドに言葉を浴びせる。それでも璃奈は首を横に振り顔を上げ、屋内プールの隅にある更衣室を見つめた。
「璃奈さん……なんていうかぁ、あの、貴女の意見を尊重できなくてごめんなさいぃ。えと、ちょっと怖い思いもさせちゃうかもしれないんですけどぉ。ボ、ボクも頑張って耐えるからぁ……一緒に戦ってもらえると嬉しいかも、なんてぇ……」
璃奈は全身をガクガクと怖じ気づかせている。なぜなら視線の先には、既に戦うべき相手を捉えていたから。
更衣室から、黒色の制服を着た男子生徒が出てきた。その生徒は茶色の光を帯び、茶髪をツンツンに逆立てピアスやネックレスなどのアクセサリーで着飾っている。風貌からして、俗に言う〈不良〉というやつだろうと璃奈は思った。
その不良風の男子生徒は、璃奈を睨みながらニヤニヤと笑いだした。
(うっわぁ、だっさぁー……ってそんなこと言ってる場合じゃなかった。ヨルムンガンド……くん? このプールの出口はね、あの先を右に曲がった……)
璃奈はヨルムンガンドに道案内をしてあげるも、それは意味をなす前に璃奈に遮られてしまった。
「……ボクも、正直逃げたいですよぉ? でも多分、ボクの出口はそこじゃないと思うんでぇ……本当にごめんなさいぃ」
冷や汗をかき謝る璃奈の視線は……話をしている間、ずっと不良風の男子生徒から離れることがなかった。
(なんでよ、どうしてなの? そんな怖がってるクセに……なんで逃げないのっ?)
臆病な璃奈の行動は、怖がりの璃奈には理解することができなかった。




