フェンリルVSホッキョクグマ=
「貴様に与えられた未来は、二つだッ」
虹は左手の青白い光の鉤爪を2本立てて男子生徒に見せる。男子生徒の顔は、みるみる内に恐怖に貶められていく。
「まず一つ、そのまま覚悟を決めて一撃の下に沈むこと……」
虹の光の爪が、1本折り畳まれた。そして右手の光の爪を1本立て、左手に添える。
「そして二つ、必死に足掻き回り狩られる恐怖をじわじわと楽しむこと。さぁ、選べよ」
2本の光の爪から覗く虹の笑う顔は、遊びで狩りをするような獣にあるまじき表情。虹の言葉を受け戦々恐々とする男子生徒の姿を見た虹は、困ったようにフェンリルに提案をした。
(フ、フーちゃんっ……あの人、怖がってるよっ。なんか可哀想だし、仲良くしてあげようよ、ねっ?)
虹自身も、フェンリルの態度には少しだけ恐怖心を抱いていた。可愛らしい姿をした子犬が、こんなにも厳しいことを言うなんて思えなかったからだ。
奈良野との一件より迫力のあるフェンリルの振る舞いに、虹はどうにも控え目な語調になってしまう。
(大人の女性になるためには、心も綺麗でいなくっちゃ……だから怖い顔するの、やめよ?)
「……貴様、自ら進んで特別授業の見本まで勤めたクセに、なにも理解しちゃいねぇんだな。興が醒めちまう、もうその役に立たねぇ口を開くなよ?」
虹は鋭い目と爪で、殺さんばかりに男子生徒睨む。それは〈気〉となり、向かい風のように男子生徒に当たり散らす。
虹からの圧力に一方的に気圧される男子生徒は、暗い表情を浮かべた。
「く、そぉ……。初っぱなから幻獣が相手なんて、最悪だぁ……。でも、もしかしたら……やれっかもしれないよなぁぁぁーッ!」
意を決したように、男子生徒は四つ足で虹に駆け寄ってきた。その細身からは想像できないくらいの地鳴りを起こし、大口で吠えながら突進を繰りだす。
「二つ目で、決まりだなッ!」
虹の姿が、廊下から突然消え去った。
バシャシャシャァァーンッ――!
けたたましい音が響き、廊下に沿って取り付けられている窓が矢継ぎ早に割れていく。連なるガラスの砕ける音が聴覚を支配し、男子生徒は急ブレーキをかけて耳を塞いだ。
「ぐっ……な、なんだぁっ?」
「演出だよ、演出。じっくりと……遊んでほしいんだろう?」
男子生徒の背後に、見下ろすようにニタニタと笑う虹がいた。男子生徒は恐怖に顔を歪ませ振り返るが、すでにそこに虹の姿はなかった。
「ククク、右脚もげてんぜぇ?」
虹が、ガラスが無くなった窓枠に腰かけ、笑っている。男子生徒は慌てて右脚を確認すると、灰色の光を失っていた。
「い、いい……いつの間にっ?」
男子生徒は虹を見るが、またしても虹の姿は消えていた。
「派手に動くと、姿が血塗れになっちまうぜ」
虹の次なる声を認識した男子生徒は、すでに天井を見上げていた。左右にだらりと伸びた腕からは灰色の光が消え失せていて、床に散らばるガラスの破片が姿の生身に刺さり血が出ている。
「わ、喚くなッ! お、俺だってこえぇんだからよぉっ……!」
男子生徒は、虹ではない誰かに叫んだ。虹はジャリジャリとガラスを踏みにじり、大の字に倒れる男子生徒を覗き込む。
「あとは……頭と胴体と左脚か。なぁーんか、もう飽きちまったな。ダリィから、まとめて魂崩壊してやるよ」
幼い女の声で、虹は禍々(まがまが)しいセリフを吐く。そして、虹の顔を覆う青白い光が……狼の顔のように形を変え、がばりと牙を剥きだした。
(フーちゃんっ! なにしてんのっ? この人ケガしてるんだよ、早く手当てしてあげよーよっ)
異様過ぎる光景を目の当たりにした虹は、フェンリルに訴えかけた。しかし虹の動きは止まらず、男子生徒の身体が、徐々に虹の視界を埋めていく。
(フ、フーちゃんってばっ! ちょっと、もぉぉーっ、ヤダよぉーっ!)
苦悶と恐怖の表情を浮かべる男子生徒に近づいていく自分。そんな光景など見たいはずもなく、虹は目を瞑りたくなった。
しかしその想いは叶うことなく視界は良好で、虹本体の口は男子生徒の胸元辺りで……ガチンと歯をぶつけて閉じた。そしてそれと同時に、青白い光の牙が男子生徒の身体中を串刺しにした。
「ぐぁっ……あぁあぁぁぁあぁぁッ!」
男子生徒は嗚咽して涎を垂らし、白目を剥き、びくびくと痙攣を起こすと……ガクリと全身の力を失った。そして、残っていた灰色の光はスーッと消え失せていく。
(え……な、なにこれ……。ちょ、え、えと……もしもし? い、生きてますよねぇー……?)
虹は恐る恐る伺うように呟く。もちろん、相手には聞こえていないが。
「騒ぐんじゃねぇよ、小娘。全身魂崩壊して、気ぃ失ってるだけだ……ん?」
男子生徒の臀部の辺りに、灰色の光が灯っている。床に転がっている男子生徒のスマートフォンを見ると、部位に〈尻尾〉という項目があり、その魂源のゲージは満タンのままであった。
虹はそれを見つけると、黒く長い髪を邪魔くさそうに掻き上げてため息を吐いた。
「尻尾があったか、小細工しやがって。んな役に立たねぇモン隠してまで生き残ろうとすんじゃねー……よッ」
虹は左手の爪で男子生徒をパシンと弾く。すると臀部に隠れていた灰色の光は、ボッと音を立て消え去った。
(ほ、ほんとーにだいじょーぶなのぉ……? ケガの手当てくらいした方がいいと思うし、保健室に連れてってあげよぉー?)
虹が提案するも、虹はまるで相手にせず虹のスマートフォンに見入っている。
「レベルにもランキングにも変動なし……チッ。雑魚じゃ足しになんねーぜ、なぁ?」
虹は、仰向けに倒れている男子生徒に吐き捨てるように言った。
「次は、幻獣とよぉ、やりにいくかぁー……?」
虹はニヤリと笑い、ガラスのない窓枠に手をかける。次に足をかけ、空を見上げた瞬間――。
キーンコーン――……。
廊下に、チャイムの音が駆け抜けた。そしてそれに続くように、亜東先生の声が響き渡る。
『皆、ご苦労様。今日の特別授業はこれで終了よ。生き残った魂たちは、近くの個室倉庫にて帰還しなさい。回収人は、全身魂崩壊した姿の回収をお願いします』
虹は足を収めると廊下のスピーカーに向けて左手の中指を突き立て、唾を吐きつけた。そうして教室の中へ戻ろうとすると、再び亜東先生の声が耳を打った。
『それと、地下学園闘技場の施設をみだりに破壊しないように。修繕には費用も時間もかかるし経費の計算もしなきゃいけないしそれに併せて書類も提出しなきゃならないし……』
亜東先生はくどくどと文句を垂れ流す。虹は(フーちゃん、怒られてるよっ!)と囁き、虹は顔にまとわりつく髪を振り払い「っせーよ、ババア」と毒づく。
虹は、ガンッ! と壁を殴りつけ……教室にある移動個室に、乗り込んだ。
バトルって感じじゃなかったかも……?
読んでくださって、感謝です!(。-∀-)




