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地下学園闘技場

「それでは皆さん、この六時限目が終わるといよいよ特別授業(スローン)です。端末の充電は大丈夫でしょうか。アプリは常に起動(レイン・アップ)していますが、端末の充電がなくなると一時的に適用されませんので気をつけてください」


 (れいん)の小さな心臓は、西田(さいだ)先生の言葉で大きく跳ねた。なぜなら、虹のスマートフォンは充電が切れかかっているからだ。


「……と言いましても、恐らく皆さんの端末は充電が不充分でしょう。この時間の内に、各自充電しておいてください」


 西田先生は言うなり、電池式の充電器が大量に入った箱を教卓の上に置いた。

 西田先生の合図を皮切りにクラスの生徒たちは教卓の前に列を作り、各自の端末に合う充電器を取って席に着いた。


「六時限目は道徳の授業ですが、冒頭に少し時間を設けて、この後の特別授業(スローン)についての補足をします。特別授業(スローン)は、昨日お見せしたように戦うことです。そして戦いには、ルールがあります。そのルールを説明しますので、よく聞いてください」


 虹は受け取った充電器をスマートフォンに差し込み、生き返った気分になった。そして、萌衣乃(めいの)がやっていたようにフェンリルとメッセージのやり取りをしたい衝動に駆られた……が、西田先生に睨まれているような気がして、止めることにした。


「ルールは簡単です。特別授業(スローン)の時間が終わるまで、ヴァルハラ内にてサバイバル形式で戦うだけ。ただし、途中で全身魂崩壊(オール・ディフェクティブ)してしまったら退場となりますが」


 璃奈(りな)は西田先生の話を聞き、表情を歪ませてスカートをくしゃりと握ると、「やだな……」と呟いた。


「退場……と言いましても早く帰れるわけではないので、手は抜かないようお願いします。そして時間内であれば、部位(ヴァイタル)が一部でも残っている限り戦い続けられます。またヴァルハラ内で目についた存在は、全て戦えます。クラスメイトでも友人でも、特別授業(スローン)においては標的だと思ってください」


 西田先生は銀縁の眼鏡をグッと上げる。萌衣乃はそれを見ずに、鼻歌混じりで道徳の教科書を見ては登場人物のファッションチェックをしていた。


「……それと全身魂崩壊(オール・ディフェクティブ)しますと、再構築(リィンカーネーション)するまでに一日はかかるのでその日はもう戦えません。魂崩壊(ディフェクティブ)した部位(ヴァイタル)も同様で、翌日まで使い物にならないと覚えておいてください」


 西田先生は言葉を締めると、レンズを触らないように再度眼鏡を直し、道徳の教科書を教卓に出してパラパラとめくり始めた。


「では、道徳の授業を始めたいと思います。教科書の36ページを開いてください……」



    ***



「わぁー、なんか緊張するねぇっ。中等部も高等部もいる授業なんて、初めてじゃないっ?」


 六時限目が終わり、特別授業(スローン)を行う施設であるヴァルハラに向かう虹と璃奈と萌衣乃。校舎の外は桜並木がアーケードのように道を作り、桜の花びらがひらひらと舞っている。無数に舞い散る花びらを、虹はぴょんぴょん跳ねて掴もうとしていた。


「確かにねー……、ほんと緊張するよ……」


 ヴァルハラの方面へ、ぞくぞくと生徒たちが歩いていく。白色の制服、黒色の制服、橙色の制服を着た生徒たちが斑模様(まだらもよう)の波を作り、先へ先へと流れる。そんな光景を見た璃奈は胃の辺りに痛みを覚え、右手でギュッと押さえ込んだ。


「あ、なんかみんなグラウンドに並んでるねっ。初等部は……あっちだっ」


 虹が指差す方を見る璃奈と萌衣乃。そこには、初等部の他のクラスの生徒や先生たちがいた。その中には西田先生の姿もあり、クラスメイトもちらほらと並んでいる。


『並び順は適当で構いません。クラスごとに集まってください』


 グラウンド中に、マイク越しの亜東(あとう)先生の声が響いた。それを聞いた三人は少し早足で、西田先生のところへ向かった。



 キーンコーン――……。



 七時限目の始まりを知らせるチャイムが鳴った。

 チャイムが鳴り終わると、新しい施設の横にあるグラウンドに整列し終えた初等部から高等部までの生徒たちに向けて、亜東先生の声が降り注いだ。


『皆さん、ご苦労様。それでは只今より、七時限目を始めます。初等部より順に、施設の中へ入ってください』


 亜東先生が合図をすると、ヴァルハラ側面の黒い壁に備えられた橙色の巨大な鉄扉が開きだした。


 ギィィィー……。


 と、(きし)むような音を立てて橙色の扉が手前に向かって左右に開く。その中は明かりが点いているようだが、薄暗くも見えて少し不気味だった。


「では、行きましょう」


 西田先生はクラスの生徒たちに促し率先してヴァルハラに向かうが、生徒たちの歩みは異常なほどに悪い。しかしこれをチャンスと思った虹は、我先にと駆け足ぎみで西田先生を追った。

 胸を張り腕を振って、ズンズンと進む虹。照らす紫外線には少々の苛立ちを覚えるが、長い髪とスカートをなびかせてくれる風と桜吹雪の演出には相当ご満悦だった。


「あっ、虹っ! 萌衣乃、私たちもいこっ」


 璃奈はアイホンを弄る萌衣乃に一声かけ、いそいそと虹の背中を追いかける。

 クラスメイトたちは一瞬ぽかんとしてそれを見送るが、誰かが慌てだした途端に皆も慌て、誰かが歩きだすと皆も歩きだした。





「さぁ、入ってください」


 生徒を30人くらい横に並べてたとしても、そのまま通れそうなほどに巨大な入り口。新しい施設と学園との境に西田先生は立ち、集まったクラスの生徒たちに一言放つと先に入館していった。

 クラスの生徒たちが黙り込んでいる中、やはり虹だけは心の突撃準備を整え足踏みをしている。


「りなちゃん、めいっぷ、わたしがクラスで一番乗りだかんねーっ!」


 二人に向けてにーっと笑い、新しい施設に入っていく虹。それに続けず躊躇(ちゅうちょ)する璃奈に、萌衣乃はヘラヘラ笑ってみせる。


「れいれい、おひとり突撃隊? ノンおひとり。ウチらのこと見て、ミサイルぎゅーんっ」


「……わかってる。虹がいつでも私たちを気にしてくれてるってことくらい。ただ、私が臆病者なだけだから……」


 萌衣乃は「ぷーっ」と息を吐き、璃奈の前に立ち顔を覗き込む。


「りぃにゃ、ゆっくりにょろにょろりー。れいれい、ぎゅぎゅーんボンバー。ウチ、普通。ウチが二人と握手ぎゅぎゅって歩いたら、ちょうどピッタリ進みんぷーっ」


 萌衣乃は璃奈の手を取り、璃奈より前を歩いた。





「うっわぁ……ひろっ、デカっ!」


 薄暗い施設へ入館した虹は、幾つかのライトが設置されているだけの簡素な天井を見上げて言い放つ。そしてその声は鉄の壁に反響し、施設中にこだました。

 学園の体育館は生徒を軽く1000人は飲み込んでしまう広さを誇るが、そんな物では太刀打ちできないような広さの施設だった。

 そしてなにより虹を驚かせたのは――。


「わぁーっ、なんこれ? なんの機械っ?」


 見渡す限りに散らばる無数の、大人を一人だけ収納できそうなガラス張りの円柱型機械。それは床に根づくように設置されていて、回線が複雑に何本も配線されている。虹は、なにかの映画で見た〈人間を冷凍保存する機械〉を思い出した。

 虹は見るもの全てに興味を示し、くるくる回りながら辺りを探る。すると入り口の方から、萌衣乃が璃奈の手を引いて歩いてくる姿が見えた。


「ねーっ! これすごくなぁーいっ? わたしが思うにねー、これ人間を冷凍保存しちゃうやつだよっ!」


 虹は世紀の大発見でもしたかのようなテンションで、大きく叫ぶ。その声は施設の中に大きく響き、やがて消えていった。


「わっぷーっ! ウチら、初等部ふぉーえばー?」


 萌衣乃と璃奈が虹と合流を果たすと、後からぞろぞろとクラスメイトも入ってきていた。

 すると虹たちの後ろに、いつの間にか西田先生が(たたず)んでいた。


「わぁぁっ! ……あ、すみません、先生……」


 璃奈は思わず驚いてしまい、そしてすぐにそれを()びた。しかし西田先生は特に気にする様子はなく返事もせず、ただ佇んでいる。

 そしてクラスの生徒が全員揃ったところで、西田先生はようやく口を開いた。


「ではこれより、ヴァルハラにて特別授業(スローン)を行います。まず、この〈移動個室(クロス・ポッド)〉に乗ってください」


 そう言って西田先生が指し示したのは、虹が皆に〈人間を冷凍保存する機械〉と知らせた物だった。だがそのように虹が大声で吹聴(ふいちょう)してしまったせいか、クラスの生徒たちは表情を曇らせ誰一人として近づこうとしない。


「わったし、やるぅーっ!」


 高らかに手を挙げ、自分を指差して立候補する虹。目立ちたがりもここまでくると才能なのだと、璃奈は怖がりな自分を叱責(しっせき)するように思った。


迅狼寺(じんろうじ)さん、まったくあなたには頭が上がりません。お願いします」


 西田先生は虹の背中を押し、移動個室(クロス・ポッド)に近づけた。そして移動個室(クロス・ポッド)の横にあるボタンを押すように指示し、虹は躊躇(ためら)うことなくそれを押した。それも、二回、三回、四回……。


「迅狼寺さん、一回で大丈夫です。壊れます、やめてください」


 西田先生は眼鏡を直してから虹の肩を掴み、その奇行を制止する。すると移動個室(クロス・ポッド)の正面ガラスが、シュッと自動ドアの如く左右に開いて後ろに回った。

 西田先生は「どうぞ」と虹に耳打ちし、促された虹はすぐさま移動個室(クロス・ポッド)の中へと入った。


「おわーっ、なんか……」


 シュッとガラスが正面を遮り、虹のセリフは途切れてしまった。しかしガラスの中の虹は、くるくる回り相変わらず(せわ)しなく口を動かしている。その姿はまるで、なにかの実験用動物のようだった。


「怖がることはありません。皆さんも、迅狼寺さんのようにやってみてください」


 萌衣乃はヘラヘラ笑い、璃奈に視線を残しながら虹の隣にある移動個室(クロス・ポッド)へ近づきボタンを押す。萌衣乃が開いた移動個室(クロス・ポッド)の中へ入ると、やはりガラスはシュッと閉じた。

 そしてそれを見た璃奈は顔にグッと力を込め、唇を噛んだ。


「……私も、やればいいんでしょ。あんたたちに嫌われないように、あんたたちみたいに笑ってやれば……いいんでしょっ!」


 噛んだ唇はぶるぶると震えている。璃奈は、グッと握りこぶしを作り足をゆっくりと引きずり、萌衣乃の隣の移動個室(クロス・ポッド)のボタンを押した。中へ入ると自動的にガラスが閉まり、璃奈は閉じ込められる形となった。

 隣のショーケースの中でアイホンを弄るマネキンのような萌衣乃と、その隣のガラスの檻で暴れる虹を見て……自分は他人(ひと)からどんな風に見えているのだろうと、璃奈は考えてしまった。


「ほ、本当に大丈夫なの……? ねぇ萌衣乃、虹っ。なんか、答えてよ……」


 璃奈は、か細い声で〈友達〉の名前を呼んだ。しかし二人からの返事はなく……自分の姿なんか、本当は見えていないんじゃないかという思いに駆られた。もしかしたら自分一人だけ、ガラスではなく漆黒の闇の中に幽閉(ゆうへい)されているのかもしれない。

 璃奈は、がたがた震える腕を……全力で擦った。



『生徒の皆さん、移動個室(クロス・ポッド)の乗り心地はどうでしょう? それでは全員が乗り込めたようなので、これより移動(クロス)を開始します。椅子に座りベルトを締め、手すりにしっかりと掴まってください』



 移動個室(クロス・ポッド)の中に、亜東先生の声が入り込んだ。それは、個室(ポッド)内の天井のスピーカーから流れている。

 虹、萌衣乃、璃奈……そして特別授業(スローン)に招かれた生徒全員が、移動個室(クロス・ポッド)内の椅子に座り腰に黒いベルトを巻いた。


『……よろしいですか? それでは、特別授業(スローン)、開幕です!』


 亜東先生の声に合わせるように施設内の全ての移動個室(クロス・ポッド)が、プシュー……と音を立てて煙を吐きだす。

 その直後、移動個室(クロス・ポッド)の姿は……一つ残らず消えていた。


「ふっ、ふふふ……。ようこそ、そしていってらっしゃい。ラグナロクの舞台、〈地下学園闘技場(ヴァルハラ)〉へ……」


 ヴァルハラの〈入り口〉に残された西田先生は、眼鏡を曇らせ薄ら笑いを浮かべていた。



お疲れさまでした!

次回より、少しの間バトル展開やります( ´∀`)


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