幻獣、覚醒
「なんかメッセージきてるかなー?」
ある夜更け――。
占奏学園初等部に通う五年生、迅狼寺 虹は、風呂上がりにドライヤーで乾かしたばかりの長い黒髪をジャマくさそうに二つに結い、ピンク色に白い水玉模様のパジャマ姿で自室のベッドに飛び込んだ。白いシーツを敷いたふかふかのベッドにどさりと体を預けた途端、シャンプーの香りが漂った。
ベッドの上からは、物がごちゃごちゃと置かれてすっかり狭くなった部屋を見渡すことができる。教科書より漫画や雑誌がたくさん置かれた机や好きなアニメのポスター。それに、そこら中にぬいぐるみや洋服が散乱している。
片付けしなきゃ、またママに怒られる……などと考えながらも、虹は思わずベッドに置いていたスマートフォンを弄りだす。それというのも、同じ初等部に通う仲の良い友達といま人気のアプリでメッセージのやり取りをしているからだ。
「あ、りなちゃんからメッセージがきてるっ」
虹のスマートフォンに、クラスで仲良しの鞍蛇 璃奈からのメッセージが映し出された。虹は慣れた手つきで返信し、一息吐いた。それからごろりと仰向きに寝転がり、璃奈からの返事がくるまでスマートフォンを弄っていようと思い画面を見た。
「ん? なにこのアプリ?」
虹のスマートフォンの待受画面に、先ほどまでなかったアプリがインストールされていた。そのアプリの名前は――。
「……げんじゅー、ずかん?」
見たことも聞いたこともないアプリ。アイコンの表示もなんだか可愛くない犬のような動物が映っていて、こんなものをインストールしているなど友達に知られてしまったら、きっとクラスで笑い者にされてしまう。虹はそう思うなり、慌てて〈幻獣図鑑〉なるアプリをアンインストールしようとした。
しかし――。
「あれ、アンインストールの項目がない……」
虹は幻獣図鑑のアンインストール項目を探すが、影も形も見当たらない。虹は益々焦り、苛立ち、スマートフォンを枕に叩きつけた。暫くベッドで頭を抱える虹だったが、一つの妙案が思い浮かび顔を上げた。
「そ、そうだっ。検索したらなにか方法が見つかるかもっ」
ナイスアイデアだっ! 自画自賛も程々に、枕につっぷしたスマートフォンを拾い上げる。
虹はすぐさま画面を見る……が。
「き、起動しちゃってるっ!」
間違えてタッチしてしまっていたのだろうか?
既に幻獣図鑑は起動されており、虹のスマートフォンに、凶暴そうな犬のような動物が現れていた。
「わぁっ! な、なにこれ……こわっ……」
虹は再びスマートフォンを手放そうとした。しかしその瞬間、聞き覚えのない声が〈頭の中に〉鳴り響いた。
『おい……、聞こえているのだろう? 小娘……』
それは酷く低い声で、消えそうなくらい掠れていた。それでも、虹の頭にはしっかりと届いていて、思わず硬直して動けなくなってしまった。
『……そう、恐がるこたぁねぇ。俺ぁ、貴様の味方だ』
俺……って誰っ?
味方って、なにっ?
様々な思いが虹の頭を駆け巡るが、遂には混乱してしまい思考は停止した。
『……まったく、こんな小娘が俺の姿に当たっちまうなんてなぁ……今回は、ハズレだったか。まぁいいや、一度しか言わねぇからよく聞いておけよ?』
謎の声はそう言い、少し間を置いてから、虹の頭にもう一言だけ押し付けた。
『貴様に未来を選ばせてやる――』
その声は、虹の頭に深く侵食していった。