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紅鎖  作者: 黒色 涙牙
第一章ーVal sideー
6/6

冷たい慈愛

◇◇◇

「タトス…デルタ…エトガーフ…3つか」

ヴァルは馬を走らせながらひたすらに思考を巡らせていた。

リュートが攫われた場所から中立軍ソロイン解放軍クラウスを経由せずに行くことのできる守護軍ガルディの領地。

 それが彼の挙げている場所の条件だ。中立軍ソロイン解放軍クラウスの領地内に入るには面倒な外交上の手続きが必要だ。戦力がほぼ均等に分かれている以上、守護軍ガルディが我が身を滅ぼしかねないような強引な策に走るとは思えない。それにヴァルという最大の不安要素があるので守護軍ガルディは一刻も早くリュートを「浄化」したがるはずだ。

 それは自惚れでも過信でもなく、彼が自体を客観的に見た上での判断だった。

そして今しがた挙げた守護軍ガルディの領地__タトスは人口も少ない農業中心の村。デルタは主に鉄鉱石の加工で栄えている街。エトガーフは三つの中で一番大きく、行商人の出入りが多い街だった。

軍の指揮を取る将軍でさえ、地図無しでは到底分からないような。そんな小さな村や街、正確な位置、更には主な特徴までをも寸分も違わずに彼が記憶している事を軍の人間が知れば今でさえ引く手数多な彼への勧誘が更に多くなることは想像に難くないだろう。


 けれども、彼は迷っていた。

幸いにも今いる場所から条件が該当するのは先ほどの3つのみだったが、この3つのうちの何処にリュートがいるのかが全くわからなかった。否、正確にはデルタとエトガーフのどちらかにいるという事しかかわからなかった。何故ならリュートは「石に望まれなか者」だ。つまり守護軍ガルディ側からしたら討伐の対象である。しかし守護軍ガルディの絶対の掟に「石に望まれなかった者は教会――石の前で殺さなければならないという絶対の掟がある。一つ目に上げたタトスには教会が無い。だから残る候補は先ほどの二つだけだという事は明白だ。しかし、それまでである。これ以上可能性を絞り込もうとしても何分情報が足りなかった。


どっちだ…


ヴァルの脳裏にふと、彼と同じ顔をした人物が頭をよぎった。

ヴァルと同じ銀色の髪

同じ真っ赤な瞳


そして自分にはない


真っ黒な狂気


「あるじゃねぇか…最大の手がかり…」

あまりの衝撃に忘れかけていた事が、今更ながら急速に現実味を帯びた。

スゥと体の中に冷気が生まれ、考えすぎてわずかに火照った頭を冷やしていく。その冷気は次第に体中を巡って新たな真っ黒い熱を生み出す。

 その熱に浮かされるようにヴァルはもう一度思考を巡らせ始めた。


自分が最も良く知り、最も知らない人物を思考の端に留めながら


◇◇◇

「やめろ、放せ、放せったら!」

叫べどもがけど幼い少年を拘束する手は緩むことを知らない。そのままリュートは祭壇前の台の上に放り投げられた。すぐに壊れそうな簡素な作りの木製の台はリュートの体重に悲鳴を上げて僅かに軋んだ。暗く冷たい石造りの教会は徐々に体温を蝕まれているような不快な感覚を絶え間なく与えてくる。


怖い


リュートは単純にそう思った。

 教会へはまだ流行病に侵されていなかった頃に数度行った記憶しかなかったが、ここまで冷たく恐怖を感じた覚えはなかった。

 主に石を積んで造られた教会の礼拝堂の壁には、様々な色の硝子によって描かれた巨大な絵がはめ込まれている。

 空に浮かぶ紅い石から空、大地、草木、動物、人が創り出されている絵だ。

 創世記が元にされたその絵からは見るものに希望と慈愛を与えてくれるはずが、外から僅かに入り込む光を歪め、きっとリュートが「石に望まれなかった者」だからだろうが、ますます寒々しい印象を受ける。

「本来ならばお前のような下賎な存在が見ることなど許されないような崇高なものだ」

突如教会内の冷たい空気を裂いて声が響いた。

 あまり大きな声ではなかったが、元々司祭の言葉を民衆に広めるために造られた建物なので、僅かな音でも反響させ鼓膜を震わせる。

華美な装飾の施された靴の踵を、壁と同じ材質の床で鳴らしながら一人の男が姿を現した。

 ほんの数刻前に少年を攫った男は元々厳しい顔を更に顰め、まるで視界にすら入れたくもないと言わんばかりである。

「ふん。この絵と言わずこの教会…いや、もはやこの世界に存在することすら許されないようなクズはこのような神聖な場所に入れてくださる石の寛大さに感謝するがいい」

「なっ…!勝手に連れてきたのはそっちだろ!!」

「貴様などあの御方の指示がなければ、奴と一緒にいなければ、事故に見せかけて馬に踏み殺させていたものを…」

苛立ったように腕を組みそう吐き捨てたガラードの言葉に違和感を持ち、リュートは投げられた際に体を支えるために立てていた肘から体重をかけるのを止め、台から身を乗り出した。

「奴って…もしかしてヴァルの事?」

 つい大きな声が出てしまい煩わしく反響した声に鼓膜を揺らされ嫌な顔をしたガラードだったが、リュートの言葉を理解すると同時に顰めていた顔を緩め、どことなく満足そうにも見える笑みを浮かべた。

「そうだ。偉大なるあの御方の忌々しき片割れ、この世に残る最初にして!最大の!!そして最後の汚点だ!!!」

ガラードは話しながら段々と恍惚そうな表情を浮かべ、感情を高ぶらせていく。耳を塞ごうとリュートが片方が無い腕を持ち上げると同時にガラードがリュートの方を向いた。行き場をなくした片腕はは静かに元あった場所へと収まる。

「そうだな。今日は気分がいい。お前のような餓鬼が喜びそうな昔話を聞かせてやろう」

 リュートはむっとして言い返しそうになったが、なんとか言葉を飲み込んだ。

 理由は至極単純なことで、憤りよりも好奇心の方が勝ったからだ。

 今語られようとしていることと自分の窮地を救ってくれた人物が無関係ではないことくらい、幼いリュートにも十二分にわかる。

リュートが口を閉じて静かにガラードの一挙手一投足に刮目していると、ますます気を良くしたガラードはリュートの前にあった祭壇に立った。

まるで司祭にでもなったかのように堂々と胸を張り祭壇に立つ一国の将校ははある意味とても滑稽に見えたが、尚もリュートが黙って聞く姿勢を見せると、ガラードはようやく話し始めた。

「そうだ、これは歴史であり、昔話であり、伽話だ。あるところに一人の男がいた。男には子供がおらず、その事をいつも嘆いていた。しかし男は毎日石へと祈り、善行を重ねると、ある日石は男の元に二人の子供を与えた。創世記に伝わる石のように紅い瞳と、全ての純粋さを混ぜて色になったような銀色の髪を持った子供だ」

そこまで話したところでガラードは急に歌うように語るのを止め、入口の方に目を向けた。

リュートも釣られるように目を向けると、片方しか無い目がこれでもかというほどに大きく見開かれた。

「祭司の話は遅れずに聴くものだぞ」

「ハッ。生憎祭司様の長ったらしい話は嫌いでな」

「ふん。まぁいい。昔話を断片的にでも聞いた感想はどうだ?自分の事だろう、ヴァル・ストライズ・ザグニア」

 醜く歪む笑みと壁の絵にある石のような冷たい視線がまるで対照的に空中で交差した。

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