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紅鎖  作者: 黒色 涙牙
第一章ーVal sideー
5/6

白影

10/16

戦闘シーンを加筆しました

「あと四刻ほど歩けばトナス平原だ。この調子じゃ予定通り夕刻までには着く。一旦休憩するか」

ヴァルのその言葉で、二人は一度休憩を挟むことにした

中立軍ソロインの教会を目指す小さな旅は思いのほか順調で、リュートが拍子抜けするほどだった。実際ヴァルは比較的歩きやすい道を進み、リュートが疲れる前に休憩を入れてた。故に体力のないリュートでも容易に旅路を進むことができたのだ。

「おい」

「っ、わ」

ヴァルが急にリュートに声をかけ何かを放ってきた。突然のことに慌ててそれを受け止めたリュートは、手の中の物を見た。

「木の実…?」

「さっき森で見つけた。食えるやつだから安心して食っとけ」

そう言って自分の分の木の実に齧り付いたヴァルに習って、リュートも木の実を齧る。

「あ、甘い」

丁度良く熟れた木の実は思っていた以上に甘く、若干疲労していたらしい足から疲れが取れていくような気がした。しかしリュートは食べながらふと、先ほどの言葉に疑問を覚えた。

「森なんて…通らなかったよね?」

 森は足元が不安定で獣もいるので進み辛く、体力を消耗する。だから極力避けられて歩いていたはずだ。


ってことは…これって…


少し離れたところで木の実を齧りながら、おそらくこれからの旅路をどうするかについて考えているヴァルを横目で捉えた。


わざわざ採ってきてくれたんだ


短い時間だが、一緒に旅をしているとヴァルという人間について少しずつわかってきた。

それは死霊と呼ばれていることが不思議なほどに優しいことだ。態度や言葉はそっけないが、今の木の実のように細かいところで気を使ってくれているあたりからその優しさが滲み出ていた。そんな彼が姿だけで死霊と物騒な呼ばれ方をしているのかと思うと少し引っかかるのだ。

まるで、態と死霊と呼ばれるように仕組んでいるような、そんな違和感…

「そろそろ行くぞ」

そこまで考えていたところでヴァルに声をかけられ、リュートは果実の種を捨てると立ち上がった。


考えてもわからないんだ。今はとにかくこの人についていこう。


そう自己完結させると、リュートは明るい声音で答えた。

「うん、わかった!」


◆◆◆


「…なにか…おかしい」

「え?どうしたの、ヴァル」

ヴァルはそれまでほぼ順調に進めていた足を止めて目を凝らした。なにかが、おかしい。もう暫くでトナス平原に着き、後はすぐにでも目的地に到着するはずなのだが、何かがヴァルの歩を止める。日が昇りきった天気の良い平原にはおよそ似つかわしくないほどのピリピリした空気。

 例えるならば獣の皮を力いっぱい引いたような、ギチリと音が鳴りそうな――そんな空間が目の前にある気がしたのだ。


 その時、ヴァルの目が遠くから聞こえてくる無数の影を捉えた。その影は次第に形をはっきりとさせ、リュートの目にもハッキリと映った。

守護軍ガルディ…の、兵士…!?」

「テメェ、何かやらかしでもしたのか?じゃなきゃ…」

ヴァルとリュートの前方から現れた小隊は次第に二つに分かれ、気が付けば一分の隙もなく二人を取り囲んでいた。


――その数、およそ100から150。


「一人の石に望まれなかった者、ましてやまだ年端も行かないガキを連行するには多すぎるだろ…」

「してない…僕、何も…」

周りの兵士に流石に怯えているのか、リュートがすがるようにヴァルの上着の裾を掴んだ。ヴァルは面倒くさそうに頭の銀髪を掻き回しながら顔を上げて周りを見渡す。騎兵が60、騎槍兵が40、槍兵と歩兵がそれぞれ25といったところか。

「揃いも揃って歩兵(俺)の苦手な奴らかよ」 

「紅銀の双極、死霊のヴァル・ザグニアか?」

相手の戦力を確認していたとき、敵将と思われる騎兵が前に出てきた。いかにもといったような厳しい顔つきをしており、ひと目で守護軍ガルディとわかる白を基調とした鎧を着ている。鎧には上官の証か他の兵士とは違った、少し凝った細工がしてあった。

「俺がここを通るって、何でわかった?」

あくまで周囲への警戒を怠らずにヴァルは男に尋ねる。

「あの御方は我々が到底及ばないほどに聡明なお方だ。きっとそれくらいの事など取るに足らんのだろう」

「なるほど、どうもそいつについては教えてくれそうにねぇな。で?貴様らの狙いは俺とガキこいつのどっちだ?」

ヴァルがリュートを親指で指しながら問いかける。ヴァルはどの軍にも所属していない傭兵ということで、時々軍に狙われる時があった。他の軍への特攻や上官の暗殺用の為の秘密兵器としての利用価値がその理由だろうが、ヴァルは今のところどの軍にも飼われる(・・・・)気はない。だから普段そういった輩が来るときは上手い具合に巻いている。これがもしヴァル一人なら自分が狙いだろうということで納得していただろうが、今はリュートも一緒だ。相手の目的によって戦闘時の作戦が変わってくる。念のために言っておくが、ヴァルの中にリュートを見捨てるという選択肢は無い。そんなことをするくらいなら、最初から見捨てている。彼を守る理由など、それだけで十分だった。

その一方でヴァルにそう聞かれた敵将は真っ直ぐにリュートを見据えた。その視線にリュートはますます怯えてヴァルのそばに隠れようとする。


成る程、こっちか。


「死霊、石に望まれなかった者を引き渡してもらおうか」

二人を取り囲んでいた兵士たちが一斉にヴァル一人に武器を向ける。狙いはあくまでもリュート一人だ。


わざわざ俺と一緒にいるこいつを狙うのには理由があると思ったんだが…


「まぁいいか」

「ヴァル…?」

そう呟いたヴァルに向かって怪訝そうな表情を向けて来たリュートにヴァルは短く指示を出した。

「絶対離れるな」

そう言うと同時にヴァルは背中に掛けていた大鎌デスサイズを一気に抜き放つ。

 それは確かな交戦の合図だった。戦場というものに全くと言っていいほど慣れていないリュートにも分かるに位周りの空気が一変する。それまでの空気を切れかけの糸と例えるなら、今はまさに鋭利な刃物。ひとつの動きが、油断が、思考がすぐにでも自分の命と直結するような、そんな空気。

 さっきまで前に出ていた上官も、気がつけば隊の後ろで静かに時を待つ。


最初に動いたのは

真っ黒な死霊


 比較的地面に近い位置で大鎌を振るうと前衛の槍兵と歩兵の体がいくつか砕けた。大量の血飛沫と飛び散った肉片がその周りにいた兵士たちの鎧を紅く染め上げる。そうしてようやく今の状況に気がついた者たちがヴァルに向かって槍や剣を振るう。何十もの刃が彼を刺し貫こうとするが、彼の大鎌と同等の攻撃範囲を持つのは長槍のみだ。四方八方から襲ってくる槍と刃を易易と振り回した大鎌で弾いていく。リュートを守りながら全ての攻撃をいなすことはできず、いくつもの槍や刃がヴァルの腕や腹、もしくは足を掠っていった。それでもヴァルが倒れることがないのはヴァルが瞬時に判断し、的確に致命傷となりうる攻撃、そしてリュートへと向かう武器を弾いていくからだ。

「ヴァル!」

その時、突然リュートが声を張り上げた。リュートの隻眼にはヴァルと自分の左右から剣を持った騎兵が捨て身のように声を上げて挟撃しようとする姿が映っていた。

「絶対動くんじゃねぇぞ」

ヴァルはそうリュートに命令すると大鎌を何度か振った。周りにいた兵士たちが次々と絶命していく。歩兵の上半身が吹っ飛びリュートの目の前で内蔵を飛び散らせた。騎兵や騎槍兵は馬の足が切れて落馬する者がほとんど。挟撃しようとしていた二人の兵士がヴァルとリュートの周りにいた兵士がほぼ全員が一瞬にして戦闘不能になったことに気づく。しかし彼らが止まるよりも僅かに早くヴァルは跳んだ。向かって右側の兵士の首が地面に落ちかけるのを見た瞬間に左側の兵士の首も落ちる。

ヴァルはその後もほとんど移動せずに両の手の中で器用に大鎌を操りながら、着実に周りの兵士の数を減らしていった。しかしヴァルに全員を殲滅する気は毛頭無い。求めているのはたった一つの好機チャンス。求めているのは勝利ではなく、たった一つの命の無事。

 ヴァルの大鎌が空気を切り裂く。その刃が一人の騎槍兵の馬を切り裂いた。刃は馬を絶命させた後上に乗っていた兵士の右腰から左肩を一直線に結ぶ。俗に逆袈裟斬りと呼ばれる一閃を放った時だった。


確かに、確かに聞こえてきた。敵将の笑い声と小さな呟き。


昔々の失われた日々に聞いた言葉と酷似したその科白。

「袈裟斬りを放った際に切っ先とは逆の方に隙ができる…あの御方の言った通りか」

『袈裟斬りをした時に切っ先とは逆の方に隙ができるのはヴァルの悪い癖だね』

「!!ヴァン!?」

「ヴァル!!助けて!!」

一瞬意識が彼方に消えたヴァルがその声と共に現実に引き戻される。真っ先に見たのは、敵将に抱えられ段々と小さくなっていくリュートの姿。


拙い


そう思ったときには既に馬がなければ到底追いつけないところにリュートはいた。恐らく特別な駿馬を用意したのだろう。そこらの馬とは比べ物にならないほど速い。しかし迷っている暇はなかった。ヴァルは近くにいた騎兵の馬の首に手をかけ、その手に体重をかけて一気に飛び上がると、ついでとでも言わんばかりに軽い動作で上に乗っていた兵士を地面に叩き落とす。刃の背を使ったために直接的なダメージはほとんど無いが、鐙に足が掛かった状態で馬から落とされればまず頭から落下する。首の骨を折って絶命した兵士を横目に捉え、ヴァルは主の居なくなった馬の鐙に足を掛ける。

 死霊はその大鎌で兵たちを切り裂きながら、その骸道を一人の少年を助けるために駆けていった。


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