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紅鎖  作者: 黒色 涙牙
第一章ーVal sideー
4/6

祖石戦争

「…」

「……」

「………」

「…………」

 素晴らしいほどの沈黙が虚空へと消えていく。目の前には草原、聞こえるものといえば風が草を撫でて通り過ぎて行く音だけだ。ヴァルとリュートは遠くもなく近くもなくという微妙な距離を保ちながら歩いている。


◆◆◆


「なんで…?そんなことしても、ヴァル…さんは、何も得しないでしょ?」

「言っただろ。勝手に助けたのは俺だ。責任は取る」


 狼共を撃退した後、リュートと名乗った少年はそう言った。少年――リュートは疑問と不信感を半々に混ぜてヴァルの顔をおずおずと見上げる。そんな彼にヴァルは相変わらずの不機嫌そうな顔で、無愛想に答えた。リュートは納得は行かなかったようだが、とりあえずは信じることにしたらしい。小さな声でありがとうと呟く声が聞こえた。

「…さて、問題はテメェを何処に連れて行くかだ。何処か宛はある…まぁ、単純に考えればそうだな」

ヴァルの言葉の途中で明らかに表情が曇ったリュートを見て察したヴァルは、考え込むように暫く口を閉ざす。

「…守護軍ガルディ中立軍ソロイン防衛軍クラウス…どれだ?」

「…え?えっと…?」

突然質問され、拍子を突かれたように戸惑うリュートに、ヴァルはもう一度尋ねる。

「三つの軍の、どれに所属してるのか聞いている。とっとと答えろ」

「が、守護軍ガルディ……」

守護軍がルディ…やっぱりか…」

突然ヴァルが一人で考え込んでしまった。暇になったリュートは彼を本当に信用していいのか図りかねていた。


 助けてくれたのは感謝している。けれども村での扱いが扱いだっただけに無条件には信じられなかった。その上相手は良い意味でも悪い意味でも、有名人だ。しかも、自分のような辺境の村に住む子供までもが知っているような相手。リュートでなくても警戒するだろう。


 かと言って、逃げても宛がないし。どうせ捨てようとしていた命なら、捨てる時くらい僕が決めたっていいよね?


「ぃ…おい」

「せめて母さんに胸張って顔合わせられるように立派な最期を…」

「そうか、そんなに死にたいならとっとと言えばよかったものを」

「ってぇ~!!何してんの!?」

少し自分の世界へと飛び立っていた間に死霊を無視していたらしい。リュートの喉元にヴァルの大鎌の切っ先がピタリと当てられていた。

「あ、あああああ危ないじゃん!」

「返事をしないテメェが悪い」

そう吐き捨てられると、リュートは一瞬苦い顔をした。

「確かに返事はしなかったけどそんなに怒ることじゃ…」

「宛は無いって言ってたよな。それなら、守護軍ガルディへの未練はないだろ?」

こっちの話を聞こうとせずに続きを話し始めたヴァルに呆れるよりも、彼の言った言葉の内容に引っかかったリュートは大人しく耳を傾けた。ヴァルの言わんとしている事がなんとなくわかってはいたが、にわかには信じられなかったのだ。


まさか、まさか…ね


「テメェを、中立軍ソロインの教会へ連れて行く」


◆◆◆

「はぁ」

リュートは思わずため息をついた。なんだか胸の中心あたりが酷く重い気がしたからだ。

 しかしいくら体内の空気を外に出そうと、一向に胸が軽くなる気がしない。最初は必死に間を持たせようと会話を試みてはみたが、どれも苦し紛れの言葉なのでどうにも繋がらない。故に会話はほぼ一往復で終わってしまう。

 とんでもない人に助けられてしまったという僅かな後悔と焦燥が頭の中を掻き回すが、その一方で仕方ないという諦めもあった。「石に望まれなかった者」と一度呼ばれてしまえば、それは確実に守護軍ガルディの耳に入るだろう。そうしたら最後、命の保障はまずない。森で狼の餌にしようとした村人たちも、どちらかといえば良心的な方だったのだ。


――嬲り殺されたくなければ自害しろ――


 それは守護軍ガルディの支配下の領地に住む者たちの暗黙の了解であり、掟だ。

仕方がないのだ

それは御伽が実在したから故の歪

力を求めての殺し合い

[祖石戦争]

それが三軍が偽りの大義名分を掲げて争う戦争の名前だった。


 今から約18年前、とある小国の小さな地域を治める領主が祖石が存在するという証拠を各国の主な権力者たちに公開した。その証拠は厳重に管理されており、限られた者しか見る事を許されなかったという。しかし、それでも祖石が存在するということが大陸中に広められるほどに決定的で、確かな証拠だった。


祖石があると大陸中の権力者たちが認めた。

 

 それだけで祖石があるという話が瞬く間に人々の間を駆け抜けた。そこから先は、ごく単純だ。手に入れたものはどんな願いも叶えられるという石がどこかにある。そんな夢のような甘言に惑わされた者たちが村や町を襲い、そんな恐ろしいものに手を出すなという者たちが反抗し、そして自分たちは高みに上り争いごとに巻き込まれたくないという者が傍観する。

 そんな地獄のような日々が続き、次第にそれぞれは3つの軍となった。


 求めるものは石の「守護ガルディ」を


 争いから守るものは「防衛クラウス」を


 属さぬものは「中立ソロイン」を

 それぞれがそれぞれの大義名分を掲げ、大陸中の村や町はそれぞれ同盟を組んだ。


 しかし村や町は移動ができない。故に敵対する軍に所属する所同士が隣り合う場所は争いが絶えず、ますます酷い環境の中での生活を強いられてしまった。

 そこで各軍の中の良識のある権力者同士が会談し、いくつかの決まりができた。


 正式な戦争でない限りの争いは禁止する。これを破った場合、非のある方はその他二つの軍によって攻撃を受ける


 尚、判断は第三者の軍によって行われ、判断のつかない場合は両方が攻撃を受ける


 中立軍ソロインは他の二つの軍に等しく武器、食料を供給する代わりに、毎年一定量の貿易を約束される


 というものだった。他に策はないとしてこの決まりが適用され、今もその方法が取られている。


 リュートの村が所属する軍、守護軍ガルディは他の2つの軍よりも非道とされ、目的を果たすためならどんな手段も厭わないものだった。更にこの軍には石を絶対と崇める「祖石教」の熱狂的な信者が多く、「石に望まれなかった者」とされた者は守護軍ガルディの本拠地が設置されているアステラスの街への出頭が義務付けられていた。アステラスの街へ行った「石に望まれなかった者」たちは兵たちによって「浄化」という名目で嬲り殺しにされ、死体を森に吊るして獣たちに食わせるらしい。


 だからリュートは守護軍ガルディから逃げ出し、他の軍の配下にある所へ逃げ別の人間として生活しない限り生きる術はないのだ。


「…ねぇヴァル」

 沈黙に耐え切れなくなりリュートが口を開いた。最初はさんを付けて呼んでいたのだが、呼び捨てていいと言われたのでありがたく呼ばせてもらうことにしたのだ。

「何だ」

相変わらず話を続ける気がなさそうな端的な口調で答えるヴァルにリュートは構わず、ふと思った疑問を口にした。

「ヴァルは、元々どの軍にいたの?」

「……」

とたんにそれまで順調に進めていた足を止めて口を噤んだヴァルに、リュートは危うくぶつかりそうなった。

「う、わわわ。急に止まらないでよ!」

「……」

リュートはふと不信感を覚えた。ヴァルは会話を繋げはしないが、聞いたことは答えてくれたしわからないときはそう答えた。そんなことは殆どなかったが。そんな彼が初めて口を閉ざしたのだ。

 何気なく聞いた質問だったが俄然興味が出てきたリュートはもう一度畳み掛けるように聞いてみた。

「ねぇ、どの軍だったの?」

「……なんというか…無かった」

「えっ?」

 

 同盟をどことも組まなかったということなのだろうか。それとも生まれた時から今のような生活をしていたのだろうか。しかしどことも同盟を組んでいない所などあればすぐに標的になるだろう。ということは後者なのだろうか。そう尋ねようとした時、ヴァルはフードの下の銀髪を掻き回した。

「俺の育ったところは…不思議・・・とどの軍からも標的にされなかった。だが確かにどの軍にも所属していなかった。だから、無い」

言葉を細かく区切りながらヴァルはそう答えた。彼自身も若干戸惑っているようだ。

「知らなかっただけってことは無いの?」

なおも信じようとしないリュートに少し苛立ちつつもそれも仕方がないと諦めたヴァルは嘆息吐く。

「自分を過信してるわけじゃない。けど、どうしてもありえねぇんだよ」

そう言った後にヴァルは何かをつぶやいたが、リュートがそれに気付くことはなかった。

「へぇ…そうなんだ。不思議だね」

「…今はそんなことどうでもいいだろ。明日の昼頃には着きたい。とっとと歩け」

「え、あ、ちょっと、待ってよ!!」

急に歩き出したヴァルに置いて行かれないように、リュートは小走りで後を追った。


◇◇◇

「本日の夕刻過ぎ、石に望まれなかった者を隠匿しているという密告のあった村へ行きましたが、既に逃げられていました」

「コレド村、だったっけ?逃げ足速いんだねぇ。確か子供じゃなかった?」

「はい。まだ10にも満たない子供のはずです。しかも話によるときつく縛って森に放置したとか。全てを信じるわけではないですが、その場合は何者かが逃がしたかと」

「コレド村か……あいつは、確か……まさかねぇ。まぁいいや。で?その村ちゃんと消しといた?」

「はい、命令通りに村人も含め、確かに焼き払いました」

「ん~、じゃあ御苦労様。今日のとこはそれでいいよ」

広い部屋の中で部下の報告を聞いていた人間が窓の外を覗いた。

「その代わり、明日の明朝にトナスの辺りに陣敷いといて。数はそうだなぁ…150位かな。歩兵はあんまりいなくていいよ。その代わりに弓矢隊と白槍隊多めにしといてね。指揮は君に任せるよ、ガラード中尉」

「了解しました、副将軍殿」

ガラードが敬礼をして部屋を出る。副将軍と呼ばれていた人間は窓の外を眺め続けながらポツリと呟いた。

「相変わらず…お人好しなのかな…?」

目を細めながら、懐かしそうに、嬉しそうに、彼は笑った。

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