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紅鎖  作者: 黒色 涙牙
第一章ーVal sideー
3/6

石に望まれなかった者

 大きな街で仕事と情報を探す為に食料などを調達しておこうと、ヴァルは最寄りの村に寄ることにした。

 非常時の場合は動物などを狩ればいいが、存外動物が嫌いではない彼は極力そういった類のことは避けたかった。故に村や町ではなるべく食料調達の為に立ち寄ることにしている。


 もちろん傭兵の仕事などしていれば他の命を奪う事を目的とした仕事などごまんと来るが、それでも無駄な殺しを避けようとするのはただ単純に動物を好んで殺す理由が無いという事の他に、自分と自分が恨んでいる人間は違うという事への僅かな意思表示でもあった。

 無論〈奴〉がこの事を知るはずもないが、例えそれがただの自己満足であろうと、こうでもしなければ自分と〈奴〉の違いがだんだんと不明瞭になってくる気がするのだ。8年前に自分以外の全ての家族を虐殺した、自分の片割れとの違いを――――


 その時だった。どこからか獣の唸り声が聞こえてきた。ふとそちらに目を向けてみると、そう遠くないところで狼の群れが獲物を取り囲んで今にも飛びかからんとしている所だった。


狐か鹿でも追い詰めたのか?


 ふと気になって獲物の方に目を向けたヴァルは、次の瞬間乗っていた馬から飛び降りた。馬は乗り手が急にいなくなったことに戸惑い、辺りをぐるぐると周ると森の中へと駆けて行く。


 しかしヴァルはそんな事など全く気にしないかのように駆け出した。同時に背中に背負った大鎌を右腕一つで抜き去る。そのまま柄を握った右手を緩め、手の中で大鎌を滑らせた。刃が手を切り落とす前に再度右手を握って柄と右手の位置を固定する。

 左手で上向きの刃の側面を押し下げて柄の部分を半回転させるのと、確かに人間の形をしている生き物に狼が一斉に飛びかかるのはほぼ同時だった。ヴァルの腕力をそのまま柄に伝え、僅かながらの遠心力を乗せてそれは一匹の狼の腹を確かに捉えた。当たる少し前に肘を軽く曲げて反動を和らげ狼を飛ばす。そのまま僅かな時間差を作りながら飛びかかってくる狼一匹一匹を正確に柄で飛ばし、更に刃がどこにも当たらないよう注意しながら動いた。

 そして全ての狼が文字通り尻尾を巻いて逃げ出した後、ヴァルは大鎌を背に背負い直し、いつの間にか脱げていたフードを被り直した。彼の後ろには怯えの混じった表情でこちらを凝視している子供がいた。まだ10にはなっていない位だろうか。

「ったく…ガキじゃねぇか」

子供は少し苦手だ。決して愛想のいい性格ではないので、すぐに泣かせてしまう。いくら紅銀の双極などと大層言われていても、誰かを泣かせて優越に浸るほど彼の性格は歪んではいない。

 無論、そう呼ばれているもう片方の事は知ったことではないし興味もないが。

「ついあいつら追っ払っちまったが、助けなかった方が良かったか?」

無意識のうちに動いてしまった自分に内心呆れた。こんな事ではいつかロクでもない死に方をする。

 しかしやってしまったことは今更どう仕様もないので、ヴァルは早々に後悔するのをやめた。後悔は長く続けないほうがいい。それよりも犯してしまった過ちをどうやって次に活かすかの方が数倍重要だ。

「死霊…」

囁くような、呟くような声が聞こえ、ヴァルは我に返った。目の前の少年が現状に気づいたらしい。

「生憎だが俺はまだ死んでねぇよ」

そう皮肉を返すと、少年は驚いたかのように片方しかない目を見開いた。

 よく見ると少年の左目は包帯で覆われ、丁度眼窩の部分が少し凹んでいる事が月明かりの下からでも辛うじてわかる。その上少年の左袖からは腕が出ておらず、夜の風にはためいていた。周りには腕らしきものなど落ちていないし、第一血が一滴も流れていないので先程負った怪我ではないことは明白だ。

「お兄さん、本当にこーぎんのそーきょくなの?ものすごく強いっていう、あの」

珍しいもの…まぁ実際珍しいわけだが、そんなものを見るような目で尋ねてくる少年は、見たところ狼に襲われてできた怪我は無さそうだ。

「自分からそう名乗ったことは一度たりとも無いがな」

相変わらずぶっきらぼうに返すと、少年は不思議そうな顔をした。自分の置かれている状況がよくわかっていないのだろうか。少年の目はどこか虚ろに星明かりを反射していた。

「で?テメェは何でこんなところで狼の餌になりかけてたんだ?」

「……」

少年は言っている意味がわからないかのように首をかしげた。

 どうせ楽しい理由じゃないことはわかっているが、こういった反応をされるとは思っていなかったため些かバツが悪い。聞かなかった方が良かったかと思いかけた時だった。

「…僕は石に望まれなかったんだ…」

突然、少年は話し始めた。


 石とは、この世界の創世記に出てくる万物の祖だ。一般的にこの世界は祖石と呼ばれる石が創ったとされている。石はグラード大陸と呼ばれる海に囲まれた巨大な大陸を創り出し、祖石の創った生き物たちを住まわせた。その後力を消耗して長い眠りについた石は、今も世界のどこかで眠り続けながら自分の創った世界を見守っているとされている。その教えは古くから大陸に根付き、祖石教として現在も信仰の対象となっていた。

 つまり石に望まれなかった者とは、祖石から望まれずにこの世に生を受けた者とういう意味だ。大抵が外見や内面、もしくは生まれに他とは違う点があり、迫害の対象となっていた。おそらくその目と腕が原因だろう。

「僕が…僕だけが流行病から生き残っちゃって…」

「流行病?」

「指の先とかから壊れてっちゃうんだ…黒くなって。この右腕も、目もそれだったんだけど、途中で治ったみたいで…村の人たちは僕が病気の原因だって言って、縛られて、ここに」

すると少年は急に顔を上げてぼんやりと笑う。

「でも、いいんだ。お父さんはいないし、お母さんも僕の所為で村の人からいじめられて、最期は病気で死んじゃったし。僕なんか…いない方が…村の人たちは幸せなんだ…これは…僕の所為…だか、ら…」

 だんだんとその笑顔は崩れて少年の声は掠れだした。一つだけの目には涙が溜まり、落ちる前に少年は服の袖で目を覆って上を向く。

 よほど泣きたくないのか、泣く権利はないと思っているのか。その姿は見ていてとても孤独だった。

「だからお兄さん、ありがとう。助けてくれて。でも、僕はここで死ななきゃだし帰る場所もないから。僕のことは一層忘れて。さよな…」

「テメェは生きたいのか?死にたいのか?」

「え…?」

笑顔で死ななければならないと笑う少年の言葉を遮った。呆気にとられる幼い顔の顔を見下ろしてヴァルは嘆息を吐く。

「勝手に干渉したのは俺だからな。後味悪ぃから生きたいなら俺が勝手に手伝ってやる。さっさと答えろ」

少年の半開きになった口は次第に真横に結ばれ、しばらく目を泳がせたあと少年は口を開いた。

「生きたい…」

ヴァルの目をまっすぐ見て答えた声は、まだ少し震えていたが、少年は確かにそこにいた。ヴァルは面倒臭そうにフードの下の目立つ銀色の髪を掻き回す。

「最初からそう言え。ガキが背伸びして強がってんじゃねぇよ。」


別に手を伸ばしたわけじゃない。


ただ…


そう胸の内で言い訳していると、少年は右手を差し出していた。

「僕はリュート。お兄さんの名前、教えて?」

「…ヴァル」

短く答えると、ヴァルはリュートの手を無視して心にもない思いを隠すかのように背を向けた。


ただ


俺の贖罪に利用させてもらうだけだ


 ヴァルの耳に、どこかで鎖が擦れ合う音が聞こえてきた気がした。



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