前夜
これは『気ままに。』の番外編となります。本編を読んでいない方は、先にそちらをご覧ください。今回はリア視点の過去話です。
「……明日で12か。早いな」
僕、リアは一年ほど前にここの道場の師匠に拾われた。そしてついひと月前にここの師範代を任された。というのも、僕の前に師範代を務めていたトーマさんが放浪癖の治らない師匠に嫌気がさしたのか、フラッと消えてしまった。そして僕の兄弟子であるミカゲさんは師範代になるのが相当嫌だったのか、師匠が何か言う前に何処かへ行ってしまった。つまり、僕は順当に繰り下がった結果、この道場で史上最年少の師範代となったわけだ。
トーマさんはフラッと消えたといっても時々フラッと戻ってきては僕たちの稽古の相手をしてくれる。ミカゲさんは時々師匠のところには会いに行ってるみたいだけど、僕たちの前には一切現れなかった。ちなみに師匠がミカゲさんに会ったことはすぐに分かる。恐ろしく機嫌が悪くなるからだ。
「あの日、師匠に拾われてなかったらどうなってたんだろ、僕」
僕は生まれつき、ちょっと特殊な能力を持っていた。でもこの力のせいで、僕は友達からも、兄弟からも、親でさえからも気味悪がられた。そして、一年前にとうとう捨てられた。
師匠と出会ったのはそんな時だった。雨が降っていて、でも帰るところなんか無くて、木の根元でうずくまっていた。そんな僕に、師匠は手を差し伸べて、にっこり笑ってくれた。僕が力のことを話しても、変わらずに接してくれた。
僕は何よりもそのことが嬉しかった。
「よう、リア! こんなところで何してんだ?」
「トーマさん! 帰ってきてたんですね。そろそろ夕飯にしようと思ってたんですけど、一緒に食べていきます?」
「おう、そうさせてもらう」
「じゃ、僕は夕飯の支度があるので先に行って待ってます」
そう言って、僕は道場内にある居住スペースへと走って行った。
台所に入ると、そこには普段いない人がいた。
「師匠! 久しぶりですね。今度はどこまで行ってたんですか?」
「ちょっと西の森まで。それよりも見て、リア。これ食べられると思う?」
そう言って師匠が後ろから取り出したのは、たぶん並んだら僕の肩まで届くであろう大きさの魚だった。……これを調理するのは骨が折れるぞ。
「んー、できないことはないですけど、時間かかりますよ? 明日でもいいですか?」
「うん。じゃあ、明日楽しみにしてるわ」
師匠は上機嫌で鼻歌を歌いながら台所から出ていった。……手伝う気、ゼロか。
「じゃ、ご飯にするから、みんなこれ運んで!」
僕は台所で待機していた自分よりも年下の子どもたちに次々と指示を出す。僕がここに来る前からも結構な人数がいたが、僕が来てからの一年でも確実に増えている。僕は頭の中で貯蔵庫の中の食料の量を今のペースで子供が増え続けた場合、何日保つか計算してみた。……もって3日か。
「ま、でも今日はトーマさんもいるし、明日トーマさんに頼んで子供たちと狩りに行ってもらうか」
僕はこの一年で、一通りの家事をこなすことができるようになった。というのも師匠も兄弟子たちもこのことに関しては一切頼りに出来ないからだ。師匠に関しては、
「リアが家事してくれるようになってから道場の中がきれいでいいわ」
とまで言っている。僕が来る前の道場を想像すると恐ろしいが、そこは会えて考えないことにする。
ここにきてから、僕はいろいろなことを学んだし、できるようになった。自分の身一つも守ることができなかった一年前の僕ではない。
「明日はせっかく僕の誕生日だし、あの魚あるし、ちょっと贅沢にしてみようかな。トーマさんにも頑張ってもらって、みんなにお腹いっぱい食べさせてあげよう」
普段何かと我慢が強いられる道場の暮らしだ。まだ幼い子供(自分もだが)にはちょっとした息抜きも必要だろう。
明日のメニューを考えながら、僕は軽くスキップする足を押さえきれずに、師匠たちが待つであろう食堂に向った。
番外編で連載、ごめんなさい。短編にするつもりが、書いてたら止まらなくなりました。もう一話続く予定なので、よろしければお付き合いください。リア君は本当に道場のみんなが大好きです。