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引き金をもう一度

作者: 川崎真人

 アクセスありがとうございます。

 九月二十九日。今日わたしは拳銃を拾いました。大きくて重くてとても使いにくいです。誰が落としたのかは知りませんけど、どうやら人を殺せるみたいです。

 とりあえず人を殺すのはもうやめにしました。それはいけないことだと思うからです。だからわたしが考えたのは、ロシアンルーレットというものです。ちっちゃいころお兄ちゃんに教わった遊びです。すごく怖いです。苦手な人はごめんなさい。

 拳銃には弾が六発入ります。その内の五つを空にして、どこに弾が入っているのか分からないまんま頭に突きつけます。打ちます。死ぬかもしれません。怖いです。

 だけどやります。生きていたくないからです。いじめられてつらいから学校とか行ってません。誰も助けてくれませんでした。お父さんもお母さんも私のこと嫌いみたいです。わたし死んだ方が良いです。決まってます。

 それでロシアンルーレットなんですけど、やる前にこれを書くことにします。そして書き終わったらこれをアップさせていただきます。私が脳漿ぶちまけて死ぬところは書いたげられないんですけど、更新がなくなったらわたしが死んだってことです。

 すっごくわがままなんですけど、これ読んだ人はこれからもずっと読み続けてください。一人で死ぬのは嫌です。誰かと一緒に死ねるなら一番良いんですけど、それは考えてません。本当です。だからせめて見守っててください。お願いします。

 それじゃあやります。やりました。怖くなかったです。


 ここから始まって、十月二日の今日、日記は四回目の更新を行っていた。文章を書きなれていない人間が、人差し指でぺこぺこと文字を入力する様を思わせる、どこかしまりの無いその日記を、俺は今日まで追い続けている。

 俺が来ていることなんて知りもしないで、妹は隣のベッドであどけない寝息を立てていた。パソコンの電源をオフにして部屋を去る時に、思わず妹の顔を覗き込んでしまう。俺が言うのも難だが結構可愛くて色っぽい。

 床屋を嫌って自分で切り捌いた散切りはそれでも長さがある。それは一度毟り取られてからそれなりの月日が流れたことを示していた。家に閉じこもっていても少女らしさを捨てなかった妹に、俺は自分でも良く分からない安心感を覚えたものだった。

 そっと妹の部屋を出る。俺が来たことなんて知りもしないだろう。そう考えれば、俺の心にある種のもどかしさが募った。こんなことをして良いのだろうか。

 別に悪いことではない。妹の部屋に無断で入ることなんてもう数え切れないし、それを知っても彼女は眉一つ動かさない。俺たちは仲の良い兄妹で、それ以外の何者でもない。だから妹の寝顔を覗き込んだのもその頬や髪に触れたのも、別に何ということでもない。

 明日がある。俺ももう寝た方が良い。

 そう思いながら部屋のベッドで横になった。


 妹が良く蹴り込まれていた男子トイレで用を足してから、俺は何人かの下級生の少女達に遭遇した。群れを成した彼女らは、獲物を追い詰める狼のような動きで俺を壁の方に押し遣って、それから聞いた。

 「妹さんの様子は、どうですかぁ?」

 唾液に濡れた飴玉の不快な甘さが鼻をついた。俺はその女達を殴りつけることも、怒鳴りつけることも、睨みつけることもできずに、ただ曖昧に媚びるように笑って曖昧に返事をする。何とかやり過ごそうとする俺をバカにして女は言った。「もう死んだのかと思ってました」そして愉快そうに笑い返した。「このままじゃ次はお兄さんかもですよ、なんて妹さんにメールしましょうか?」

 女達は去って行く。俺は暴れだしたいような泣き出したいような、そんな気持ちになった。あの時も俺はこんな風に媚びるように笑っていた。この男子トイレであの時も。

俺の知っている中で、死ぬべき人間がいるとすれば、それは俺自身なのかもしれない。


 家に帰った俺のただいまの声に、反応する妹のおかえりがなかった。俺の全身から汗が噴出される。全身の血が逆流して心臓が潰れそうになった。俺は妹の部屋に飛び込んでから、勢い余って壁に頭をぶつけた。それでもすぐに飛び上がって部屋中ゴミ箱の裏まで見回したが妹の姿は発見できなかった。

 無我夢中で妹の姿を探している内に、俺は妹の部屋を荒れ放題にしてしまった。気がついた時、俺の手に握られていたのはずしりと重たい拳銃で、全身を取り巻いた二つの感情に俺は嗚咽を漏らした。これがここで見付かった以上妹はまだ生きていて、これが部屋にある以上は妹が命の危険にさらされていたことは事実になる。俺は膝を折って泣いた。

 妹が部屋に帰って来た。部屋で立ち尽くす俺の姿を見て驚いた妹は、手に持っていた安っぽいビニール袋を取り落とした。からりと音を立てて銀色の料理包丁が転がった。それは新品同然の輝きで、血も肉も張り付いていなかったので俺は安心した。妹はやっぱり優しい子だった。日記に何も嘘は書いていなかった。

目を見開いた妹が拳銃の方に手を伸ばすので、俺は取り上げられまいとそれを振り上げ、妹の方に向けた。妹は動きを止めた。そして信じられないような顔をした。俺は一瞬頭が真っ白になって、自分の間違いに気付く。こいつに銃を向けるなんてどうかしてる。

 俺は自分に銃を向けた。「来るな!」絶叫する。我ながら何を言っているのか分からない。妹は訳の分からないことを叫びながら飛び掛った。その剣幕にただでさえ錯乱していた俺は正常な判断力を全て失い、妹と二人絶叫しながら、ただ夢中で引き金を引いた。

 あ。しまった。

 そう思ったのは、金属が擦れ合う音が部屋に響き渡った後だった。そして次の瞬間に妹の手は俺の手から拳銃を叩き落していた。俺と妹の二人は呆然として、床に転がった拳銃を見詰めるばかり。

 沈黙が続いた。だが俺と妹は同じタイミングで顔を上げると、それからお互いに目は空さなかった。そして妹が沈黙を破る。

 「今日は二分の一の日だった」

 一瞬意味が分からなかった。

 「どうして引き金を引いたの?」

 妹が言う。目を充血させて息を荒げて、上目遣いに俺に迫って来る。俺は少しの間逡巡して、それから確かな本音を語った。

 「おまえの為だよ」

 俺がそう言うと、妹は花が咲くように笑った。その笑みに、俺のこれまでの何も良いことのなかった屈辱ばかりの人生が、全て報われたような気がした。

 「あの、じゃあ、お兄ちゃん」

 妹は甘えた声で言った。こんな風に切り出されると、兄としては弱い。

 「お願い。わたしの為に、引き金引くのを、もう一回見せてよ」

 俺は頷くと、黙って妹の言うとおりにしてやった。

 読了ありがとうございます。

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