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Is here.

魂さえあれば、ただの肉塊だって鉄屑だって、人間と呼べるよ。

――……御家族の方で。……成程、ご友人ですか。……彼女の状態なのですが、下半身は損傷が激しく、生命維持に必要な臓器もいくつかはその役割を果たせていない状態で……義体保険の適用、ですか?……いえ、それが……私達も、彼女が契約していたと思しき保険会社に確認したところ、先月に解約をしたばかりとのことで……ええ、残念ながら保険は利きません。ですので、義体化については全額自費で行っていただくしか……




 MCA-220。機体後部に格納庫が設えられた、多目的輸送攻撃機(Multimission Carrier-Attacker)。

 戦闘機動に耐えられない生身ではない特殊兵員の他、弾薬や兵器なんかを搭載して、単機で敵支配空域へ進入し、電撃的展開を目的に設計・開発された機体。確実な輸送を実現させるために、機動性よりも耐久性、生存性を重視した造りになっており、パイロットなら普通の人間でも務まるのも特長の一つらしい。

 というのが、どこかの資料に載っていたこの機体の概要。

 輸送用であって送迎用ではないため、貨物室内部は退屈極まりない。窓はないし、内装やら配管やら諸々剥き出し。それに、載ってる物と言えば軍用の模倣義機エミュレータが三機だけ。

 その内の一つ、私の右隣にある流線形の外観を持った、二足二腕の人型模倣義機――最近発表された最新型だ――が、隊の共有通信リンクにボイスチャットを送る。


「――いやー、やっぱ戦闘前ってのは緊張するもんっすね」


 送信されてきた音声データは、ノリの軽い青年の声を見事に再現していた。


「どうした、怖気づいたか?」


 今度は左隣、四脚を器用に折り畳んで固定装置に収まる模倣義機が、その軽口に応える。こちらのチャットも“本来の”彼通りの、渋く頼りになる、それでいてにやりと笑ったような中年男性の音声を再現していた。


「いやいやいや……いや、それもあるんすけどね。やっぱ暇じゃないっすか、こうやってただボーっとしてるのって。っていうかっすね、それよりなにより、気になることがありまして」


 右からかすかな駆動音。見れば、人の顔と同じ配置にあるアイカメラが、私へと向けられていた。


「……アンタのそのボディ、ヤマテツの数世代前のモデルじゃないっすか?」


「…………そうだけど」


 私としてはぼんやり過ごすのも好きなんだけど、ここで無視するのもこれからの仕事に支障が出るかと思い、おざなりではあるが返事をしておく。あまり無駄口を叩く気分じゃない、と曖昧ながらも明確な線引きをしながら。

 けれども伝わらなかったか、その気がないのか。喜びを示すように人型義機の青年は、カメラを発光させると、一層興奮して私の気分にお構いなしに喋り続ける。


「うっわー、やっぱり!! 最近全然見かけない超レアじゃないっすか! 直線形の無骨なボディ! 信頼できる分厚い装甲! そしてなによりロマンの詰まった履帯! いいなー、カッコいいなー」


「……どうも」


 そして、その二機ふたりに挟まれた、三四山鉄鋼みしやまてっこう――通称ヤマテツの第二世代型模倣義機「ヤマツミ」のボディの私。青年が興奮してまくし立てる点には共感するところはないが、この機体との付き合いは長く、愛着の湧いてきた私には褒められて悪い気はしない。


「でも、そっちのは最新モデルでしょ? 私はその方が良いと思うけど」


「あ、そっすか? まー、これもニンジャなんて仰々しい名前らしく、素早いのもいいんすけどねー、やっぱり男としてはアンタのも捨てがたいというか。こう、ガッシリドッシリ立ち向かう、的な?」


「まあね……言う通り、機動力はないけど耐久力はお墨付き。まだ前線でも活躍できるくらいに」


 まだ戦場に慣れておらず、後方支援や拠点防衛なんかが主な任務だった頃、奇襲を受けることが何度かあり、でもその度にこの重い装甲に救われてきた。

 その内に、旧世代とされるこの機体だけでなく、私自身にも前線への適性があると判明したので、こうして前線に赴くようになったのだった。

 輸送機に詰め込まれ、生き死にがころころ転がる前線に。


「さて、通信テストおしゃべりは済んだか? そろそろ降下地点だ。各自、機体と武装をチェックしとけ」


 四脚型義機の隊長が言う。名残惜しそうな雰囲気を漂わせる青年は放置して、自己診断プログラムを走らせる。機体の各駆動部、内臓武装、全てオールグリーン。降下用の機体制御プロセスも正常。準備は万端といったところで、パイロットから通信。


『三十秒後にハッチを開ける。全員降下後、こちらは一旦空域を離脱する。迎えが必要になったら、また呼んでくれ』


 通信が切れてからきっかり三十秒後、貨物室後方のハッチが開け放たれ、風が流れ込んでくる。この風は、きっと冷たいのだろう。鋼鉄の肌になった私には知る由もないが。

 そんなことを考えていると、まずはハッチに一番近い青年が固定装置を解除して、親指を立てて飛び降りた。人型を活かした、スカイダイビングみたいな格好で。

 次は私の番だ。

 履帯を回す。風の音に負けないくらい騒々しく走り出して――墜ちる。

 見下ろす世界は夜に染まり、月に照らされ朧気に、しかし確かな影を持っていた。




 魂の在処ありかがはっきりとした時代に、友人かのじょはその所在を失おうとしていた。

 なんでも交通事故に遭ったと担当医は言っていた。居眠り運転の乗用車に突っ込まれたのだと。

 別段、知人友人が事故に遭うなんてのは珍しい話じゃない。問題なのは、彼女の肉体はどうしようもなく壊れてしまって、元通りにするにも代わりのからだを用意するにも、莫大なお金が必要になるということだ。

 両親を早くに亡くし、頼れる親戚もおらず、将来を誓い合った恋人もいない友人。

 そんな彼女に手を差し出す人間は私以外にいなかったから、私はこの手を――いや、手だけでなく体全部、魂以外を然るべき機関に差し出した。

 今や、人間が持ち得る中で最高の自己証明アイデンティティ――魂は、明確にどこそこにあると、特殊な方法で観測される、それぞれに異なる振動数によって断言され、それと同時に物のように移し替えたり、保存したりする技術も確立された。

 だから、既に肉体は肉体としての意味と価値しか持たず、臓器はおろか、手足や脳髄すらも機械に置き換えることは、一般的な感覚として社会に浸透していった。眠らなくてもいい体を手に入れることも、足らない頭を補うこともできるまでに。

 昔で言うアレだ、「親から貰った体にタトゥーを入れる」。必要な金額を別にすれば、それよりも気軽に、身軽に。

 とにもかくにも、私はお金のために義機兵として軍と契約し、この模倣義機――充分な演算性能スペックを持った機械に魂を複写し、その在り様を再現させる機械――を手に入れたのだ。

 とはいえ、今この機械の中で私のように思考し、行動し、発言するわたしは私ではない。

 このわたしには、魂が無いから。

 わたしを“私”と認め、また認められるには、魂の有無だけが観点となる。故に、魂が宿っていないのであれば、正常で真っ当な人間の肉体であっても人間にあらず、宿っているのであれば、単純な機械であっても人間として扱われる。その辺りは、最近整備された法律にも明文化されていることだ。




 ニンジャの彼はしめやかに軽やかに降り立ち、四脚の隊長は各脚部の使い切りのスラスターを吹かして速度を殺して着地、私は――全重量をなす術もなく大地にぶつけた。要は、落ちた。

 すぐさま機体チェック、及び暗視装置を作動、周囲を警戒。他の二機も、何も言わずに互いに背を預けて死角のない配置に着く。とはいえ、降下地点は市街地の外れ。隠れられるような物陰も少なく、しばらくしてから臨戦態勢を解く。

 その上空では私達を運んできた輸送機が右方向へ旋回しつつ、対空火器のレーダー照射を受けたのか金属片チャフをばら撒きながら飛び去っていった。


「……歓迎はないようだな。とはいえ、俺達の接近はバレてる。当然、待ち構えてやがるだろうから、気ィ張っていけ」


「了解」

「了解っす」


「ここから南にちょっと行けば幹線道路に出る。そこを辿って目的地に向かうぞ」


 目的地――ある企業主体で開発の行われていた産業都市。だが、情勢悪化や内紛で計画は頓挫、今では無人となったその一帯に潜む、「魂は生来の肉体と共に在って魂足り得る」という思想を掲げ、魂に関する技術に積極的な先進国を標的にする武装勢力の殲滅が、今作戦の内容だ。

 敵の拠点があるとされる中心部へ針路を取り、ニンジャの彼を先頭にして、整備されなくなって久しい荒れ切った道路を進んでいく。人間が持てる程度の銃火器では模倣義機を活動停止に追い込むことは難しいが、地雷とか爆弾とかは流石にちょっと痛いので、ニンジャのセンサを頼りに罠を解除、時には起爆させていく。仕留められると思っているのか、それとも勝ち目はないと知りながらか、どちらにせよ、崩れかけた建物の影から現れた貧相な装備の人間を巻き込んで。

 夜の市街に、銃声と爆音が響き渡る。


「……しっかし、なかなか慣れないもんっすねー……」


 彼がくたびれたような声を上げたのは、四度目の襲撃を退けた後だった。


「何が?」


 右腕の装甲を開いて、内蔵されたマシンガンの排熱を行いながら私は尋ねる。殲滅が目的のため、密やかに、ではなく誘き寄せるように派手に銃火を撒き散らしているけれど、やり過ぎたかな。残弾数が心許ない。


「いや、人間の死体っすよ」


「俺はやっとこさ慣れてきたがな。まあそれでも、嬢ちゃんほど平気ってワケにはいかねえが」


 隊長は笑うように機体を揺すりながら、私に頭部を向ける。その言葉を聞いて、相変わらず先頭を任されていた彼が興味深そうに振り返った。


「え、アンタ全然平気なんすか。……元からグロとかスプラッタとか、趣味だったとか?」


「いや、そんなことはないけど……だって、別にネットとかでグロ系画像って出回ってるし。私にはそれらと同じように感じるだけ」


「うへえー……女性はそーゆーのに強いって言うけど、なんかすごいっすねー……」


 どうだろうか。元から流血とか銃弾を受けて破裂した死体とかに抵抗はあまりなかったけど、それ以上に魂の性質が知識としてあるというのが、一番大きい気がする。

 研究によって明らかにされた、宿る物にどんな負荷を加えようと「魂そのものが破損することはない」という特性。この世界から流出することはあっても、魂そのものは決して傷ついたり損なわれたりはしない。肉体が潰れようが飛び散ろうが、魂は不変にして不滅。私がいくら手を加えようと弾を当てようとも、その人の本質が消え去ることはない。その事実が、私の感覚を軽くしている。

 中には、自分が殺した誰かの、生き延びることで得られるはずだった、何かしらの機会に思いを馳せて行動不能に陥る人もいるけれど。私には、そこまで考えられるような長い気はない。それは、私の持つ前線に対する適性でもあった。

 今の御時世、義機兵ならば血の滲むような訓練も何も不要。機体が支援してくれるから、射撃の腕前だって要らない。必要なのは、機会を逃さず銃を撃ち、敵を殺し、死体に怯まず、なお目的を達成するために突き進む。そういう心構えというか、在り様だけなのだ。


「オレは今回のも、死体にはモザイクかけてフィードバックさせるつもりっすよ」


 そんな他愛ない会話をしながら、私達三機の進軍は続く。敵の襲撃も続く。

 作戦中なのにこんな無駄口を叩けるのも、隊長が咎めることなくむしろ参加しているのも、敵の戦力が想定より一回り以上貧弱なものだったから。持ち出されるのは、活動資金に乏しい武装勢力にありがちな、耐久性と低コストが売りの銃、更にその模造品。一昔前に流行ったパワードスーツでも出てくるのかと思いきや、そんな余裕すらないようだった。

 だからか、全員が少しばかり気を抜いていた。


「……っと? ちょっと先の十字路に出待ちっぽいす。ちょいと、偵察行ってきますね」


 彼のセンサに反応でもあったか、右手をぴっと挙げてステップを踏み出す。生身の全速力に近い速度で、でも足音はほとんどない。数十メートル走ってから、跳躍。ガラスのない窓枠からビルに入り込む。建物を抜けていくつもりなのだろう。ニンジャの名に相応しい素早い機動に見入っていたら、彼から通信。


『左の陰に三人、右には二人。通りを挟んだビルの二階に一人いるっす。全員、自動小銃持ってるっすね』


「了解。じゃあ、私が先行して引きつけるよ。隊長は後から彼と一緒に援護、お願いします」


「おう、任せとけ」


 隊長の返事を待ってからエンジンを吹かす。道路に跡を刻み付けて十字路の中央に飛び出し、超信地旋回(360°スピン)。照準補正プログラムの力を借りて、ぐるりと回る世界の中で正確な射撃を実現する。敵方は演者の突然の登場に、一瞬遅れて反応する。

 交差する射線。弾く銃弾、貫く銃弾。私の装甲はだには掠り傷をつけるだけの物が、標的のからだを抉り削り爆ぜさせる。コンクリートの無機質な壁が、赤く色鮮やかに汚れるそまる

 タイヤを転がして後詰めとして来た隊長が、止めとばかりにサブマシンガンを掃射。その明滅する銃火の上で、ニンジャの彼が空中を滑るように向かいのビルへと飛び込んでいった。

 撃ち返される弾が無くなり、銃声が止み、吐き出される空薬莢の音も止み、最後に上から短い断末魔が降ってきて、元の廃墟に相応しい静寂が戻ってきた。

 ふう、と溜息をつく代わりに装甲展開、排熱。隊長は弾倉の再装填。それらが終わる頃、彼が高所から無音の着地を決めて戻ってきた。右手には刀身の汚れたナイフを持っている。


「これでここは片付いたっすね。……さー、さっさと次、行っちゃいましょうか」


 彼は得意気に振る舞いながらも、死体から露骨に目を逸らして先を急かす。その姿に、私と隊長は顔を見合わせ肩を揺する。そうして続こうとした矢先、彼は不意に立ち止まって振り向いたと思うと、走り出した。

 助走なしの全速力。そのスピードに首を向けるだけで精一杯の私の目が捉えたのは、積み重なった死体、その一つが起き上がる光景。

 けれどゾンビなんてオカルトじゃなくて、単なる死に損ない。仲間が盾にでもなった後、死体に紛れていたのだろうと、すぐに気付く。

 同時に、体に巻き付けられた大量の爆薬にも。

 瞬時に狙いをつけるも躊躇する。胴体には撃てない、誘爆する可能性がある。この距離、私は平気かも知れないが隊長達が巻き込まれる。なら手を狙う? だとしても起爆スイッチはどこに?

 まとまらない思考が駆け巡り身動きの取れない私を置いて、誰よりも早く反応していた彼は何の躊躇いもなく――敵兵に抱き着いた。

 直後、光、音、衝撃。

 麻痺した目にようやく風景が戻り、まず映ったのが爆心地に投げ出されるようにして俯せに倒れている彼の姿。近づいて引っ繰り返せば、手足は千切れかけ、機体前面が黒焦げになってしまっているのが分かった。

 頭部も損傷は激しいが、辛うじて、といった具合に目を光らせた。


「……いやー……やっちまいましたね……」


 発声機構に損傷があるのか、途切れ途切れに、雑音ノイズとともに発せられる彼の声は、どこか笑っているように感じた。


「……どう……すか。オレ、かっこよかったっすか……?」


「……いや、あの程度なら、多分私の装甲なら大丈夫だと思ったけど」


「俺の方も、ギリギリだったかもしれんが、離脱は間に合ってただろうな」


 私も、いつの間にか横に並んでいた隊長も、貨物室での会話のようなごくごく軽い調子で言う。戦友が今にも息絶えようとしていても。


「うぇー……無駄死に、っすか……オレ、帰ったら、結婚しようかとおもって、たんすけど……」


「え、そうなの。式の日取りは?」


「おいおい、そういうことは早目に言っといてくれよ。こっちだって都合ってモンがだな」


「冗談っすよ、冗談。……あーあ、せっかく、ヤマツミにお目に掛かれたのに……フィードバック、できないとか……ついてないなー……」


 そして彼自身にも、自分の状況を悲しんだり取り乱したりする素振りは見られない。

 当然だ。私にも他の二機にも、その金属の内に魂はないのだから。多くの義機兵がそうであるように、抱えているのは飽くまで魂の複写体。わたし達は私達ではない。わたし達の死は、私達の死には成り得ない。


「あんたと次会う、時は……初対面からになるっす、けど……まあ、またこんな感じ、で……よろしく、お願いするっすよ……」


 自己を構成する魂がないのだから、この機体が得た情報や経験は外部記憶装置ストレージに保管された――私達の場合は、契約をしている軍所有の記憶装置にある――本来の魂へとフィードバックする必要がある。だが、彼のように機体が損なわれれば、情報を還元して魂を更新することはできない。だから、彼とは初対面を繰り返す。


「それじゃあ、後は任せ――『融解処理を開始します。危険ですので、五メートル以上離れることを推奨します』」


 彼の言葉を遮って、機体内部で厳重に保護された機密保持プロセスの開始を流暢なアナウンスが告げる。機能停止に陥った模倣義機の回収を防ぐため、どの企業が製造した軍用機体だろうと、必ず搭載されるものだ。腐食性のナノマシンを展開してどうのこうの、という話らしいが、一種のブラックボックスとなっているため詳細は分からない。

 ともあれ彼だった、いや、彼らしく振る舞っていた機械は、これで跡形もなく消え去る。

 物理的にも彼自身にも何も残らないが、私達にだけは残る。そこら辺に転がっている死体と同様に。無くなりきるまで。




 一機を失うことになったが、敵戦力はやはり大したものではなく、私達は難なく市街中心部のあるビルへ辿り着いた。

 私と隊長は、それぞれの装備や残弾を確認しつつ顔を突き合せる。


「さて、ようやく敵さんの拠点に着いた訳だが……この周りにもまだ残っていやがる。中は俺がやるから、お前さんは外を頼む。その脚じゃあ階段は無理だろう」


 確かに、私の履帯あしでは傾斜ならまだしも、階段は上れない。適材適所、とはちょっと違うけど、ここは四脚の隊長に任せる他ない。


「適当に片付けてさっさと帰るぞ。アイツのせいで、報告書が面倒になったからな」


「了解です。……良ければ報告書作成、手伝いましょうか?」


「いや、必要ねえ。ちょいと、奴さんのヘマを面白おかしく書き足すくらいだろうからなあ」


 隊長はぼやきながら、堂々とビル内へ踏み入っていく。ああして毒づいていても、彼の評価ができる限り下がらないように頭を捻るのだろうと考えながら、私は私で周辺の残存勢力の排除に向かう。

 キュルキュルと騒がしい音を立てて、一人きり――ではないとしても、私だけの道路を進む。口笛でも吹けたら良い囮になるのだろうけど、この機体からだではできない。精々騒がしく動き回って、ここに居ますよ、とアピールをするしかない。

 放置されて錆びついた自動車、ガラスのなくなった空っぽの窓、古くなって所々崩れた建物――押し殺した殺気ばかりで、人影のない静かな街。

 そして、時折現れる殺気の大元。

 それらを苦もなく蹂躙するわたし。

 これが現代の戦場の、一般的な光景だった。先進国の豊かさを示す酷く高価な機械が、持たざる者達をリスク無しに圧倒する。蹴散らしていく。

 とはいえ、持たざる者なのは私も同じ。高貴とされる魂の居場所が、技術の範疇に落ちたと言えど、本当に自由自在に扱えるのは、一握りの階級の人間だけだからだ。

 私は、そう、ほんの少し運が良かっただけの人間。

 静寂を掻き乱し、弾をばら撒く。陰から闇からわらわらと湧いて出た敵に向かって、演算によって得られた結果通りに、この上なく正確に、効果的に。

 総攻撃、と言えるだろう。右を倒せば左から現れ、左を処理すれば前にも後ろにも。だけど誰一人私を止められない。この鋼鉄にわずかな傷しかつけられず、生を終える。

 敵の射線を真っ向から受け止め、時には走り抜けながら突破する。この勢いのまま行きたかったが、無情にも弾切れアウトオブアモーの警告表示。

 攻撃が止んだことで、こちらの弾切れを察知した敵兵が、好機を逃すまいと一斉に弾幕を浴びせかける。無論、痛くも痒くもないが鬱陶しい。


「ったく、もう」


 エンジン全開、一気に距離を詰める。右腕部と違い、武装が内蔵されていない左腕の擬手マニピュレータを固めて拳を作り、唐突な接近に退こうとしていた敵兵の顎目掛けて、速度を乗せた渾身のアッパー。作業用についているだけで頑丈ではないため、こういう使い方はあまりしたくないけれど。

 意識を失ったか、ぐらりと倒れようとする敵兵から銃を奪い取り、そのまま仕留める。ついでに周りの数人も撃ち抜いてから振り返れば、ああ、参ったな、ロケットランチャーを担いだ敵兵が見えた。

 思えば、私達を運んできた輸送機がチャフを使ってたっけ。小銃以外にも、結構火力のある武器を持ってたのか。あれをまともに喰らえば、この後の作戦行動も恙なく、とはいかないだろう。

 向こうは既に射撃体勢、あとはトリガーを引くだけ。遅れて私も銃を構える。離れた場所からの撃ち合い。その刹那の風景は、まるで西部劇の決闘のようだった。得物は互いにスマートじゃないけど、決着は同様に一瞬だ。

 演算、計算、結果を出力。照準は、そう――あの砲身の中。

 撃ったのは私が先だった。飛び出した銃弾が筒に飛び込んで、射出寸前の砲弾に命中、砲手の意思に反して勝手に爆発。熱と衝撃を間近に受けて、ばらばらに飛び散る何かしら。

 生身では不可能な高速演算。この無慈悲なまでに正確な射撃は、機械ならではだ。

 ……これで、最後だろうか。

 まだ敵兵は残っているだろうか。念の為、残弾数を確認したほうが良いだろうか。

 そんなことを考えていたら、すぐ近くで呻き声が上がる。見下ろせば、さっきついでに撃っていた中で、運悪く生き残ってしまったのだろう、歯を食い縛り赤黒く染まった腹部を必死に押さえつけている兵士がいた。


「…………忌まわしき……機械人形、め……」


 無駄に苦しむのは辛いだろうと銃口を向けた私に、兵士は心底忌々しげに吐き捨てる。本能は体に開いた穴を塞いで生き残ろうとしているのに、その眼は迫り来る死と目前の私に抱く憎悪で濁り切っている。その姿は、私には少しだけ醜く見えた。


「お前、には……お前らには……罰が……神の裁きが、怒りが……下るだろう……!」


 苦悶の表情を浮かべながら、血を吐いてまで一体この人物は何を言いたいのか。私は気紛れにその先を聞いてみたくなった。「楽にしてくれ」でも「殺してくれ」でもなく、今際ですら呪いを吐き続けるその先が。


「――どうして、神様が怒るの?」


 私の問い掛けに、彼はある種純粋な瞳でこちらを捉えた。自分の信仰によって諭すべき相手を見つけた、傍目からすれば狂っていると呼べる、迷いのない真剣な眼差しで。


「当然……だ……この魂も、肉体も……神が与え給うた神秘……だからだ……それを、人の身で暴く、などと……」


「でも魂は、こうして人の手に落ちた。存在も確かに証明された。神様の言葉なんかじゃなくて、人の言葉で。なら、神様も許可してるってことじゃないの。ダメだったら、こんなことできないんじゃないかな」


「……それが既に! 傲慢だと……禁忌だと、言うのだ……! 触れてはならぬ領域に……足を踏み入れるなど……!」


 ――ああ。

 分かっていたけれど、私達の会話は平行線を辿った。

 さもありなん、というものだろうか。でなければ、生きるためでもないのに、単なる意見の食い違いで見ず知らずの他人を殺し続けることなど、できやしないか。

 今の時代は良い時代だ。生まれ持ってしまった不便も障害も、大半は代替、修正できるようになった。科学は魂を理由に、人の身体における倫理を踏破した。人は不自由ながらも、その中から出来得る限りの自由を得られるようになった。

 それなのに、この人達は神様を理由に否定する、拒絶する。不自由に生きよ、不平等に生きよ、劣悪なる者は劣悪なまま生きよ。

 死すべき者は死せよ、と。

 悪いところは良くなるよう置き換えてきたのが、人間なのに。


「神は……お前らを赦しは、しない……神の理論を蔑ろにし、神の領域を、犯す、お前らには……必ずや……裁き、が……!」


 充血した眼が転げ落ちそうなくらいに見開いて、しかし焦点は既に私に合っていない。誰もいない空間を睨み付け、誰かしらを呪い続ける――機械。血塗れの。

 それは、この世界は、人間は、魂は神の手によってつくられたのであり、それらは人間が触れてはいけない特権であると奏で続ける。

 しかし、神様というのはそこまで偏狭で偏屈な存在だろうか。世界を作って、人間を作って、魂を作って。

 そして、私達を放り投げた存在。

 特定の神様を信じない私には、きっと理解できない雑音ことば

 だから私は、こう返すことにした。


「――でも、今いるのは、人間だけだし」


 私の言葉が聞こえたかどうか。銃弾を撃ち込む前に、それは血の塊をごぼりと吐き出して、その機能を停止した。

 役目と行き先を失った小銃に目線を落とし、少し考えてから放り投げる。と、タイミング良く隊長から通信が入る。向こうも今片付いたようで、この後は降下地点まで戻って輸送機の回収を待つとのこと。隊長はそれだけ伝えると、通信を切った。

 武装勢力は全滅。再び無人の廃墟となったこの街で、私以外の他に動くものは何もない。あるのは、魂のないものだけだ。人間は、ここには誰一人としていない。

 ――さあ、帰って私にわたしの情報を還元しよう。そのあとは――

 このあとを過ごすのはわたしでも、私でもないけど、私ではあるから。

 想像して、鼻歌を歌う。機械らしく、正確な音源で奏でながら。




「ただいまー」


 久々に帰ってきた自宅のドアを開けて、友人かのじょに声を掛ける。

 ヤマツミとは違う生活用模倣義機は軽く、全ての動作が滑らかだった。その差は仕事を終えてこの機体を使う時、いつも驚きを持って感じられる。

 その軽やかな足取りでリビングに行って、テーブルの上に置かれた金属製の小さな黒い筐体――“彼女”を、気安く肩に触れるように起動タッチする。電源ランプが点灯し、彼女が目覚めたことを伝える。


「ただいま、今日からしばらく休暇だってさ」


『うん、そうなの?』


「だからさ、どこか近場にでも出かけてみようか」


『へえ、そんなことがあったんだ』


 ぎこちない、というよりも不自然な会話。けれどそれは仕方ない。

 肉体を失った彼女の魂はこの筐体の中にある。だけど、その魂を十全に活かす機体性能スペックがこれにはないのだ。

 複写された魂ならば通常の模倣義機でも事は足りる。だが、それはその機体や用途に適合するよう複写体に制限を掛けているから。

 魂を肉体でなく機械に宿らせ、それを人間のように振る舞わせるには、並の模倣義機では性能が足りない。単調な“らしい”応答、行動を模倣するだけだ。宿る肉体が異なれば、同じ魂でも異なる能力や人格を発揮するように。

 魂とは一種の入力装置、いや、入力者でしかない。絵筆を持たされれば絵を描き、ペンを持たされれば文章を綴る。それが簡単な計算しかできない装置であるならば、そういう風に出力――表現するしかない。

 けれど、市場に流通している機種で、人の脳に匹敵する性能の機体を購入するには、私のような一般市民の稼ぎでは手も足も出ない。

 今の模倣義機わたしが私らしく振る舞えるのは、軍と契約し相応の機体が与えられているからに過ぎず、彼女も同じようにできれば良いのだけれど、契約には本人の明確な意思が必要で、それを表明する手段のない彼女には、そういった機体を宛がうことはできない。

 だから、取り敢えずは彼女の魂を保存できる、ストレージ機能だけはついたこの筐体を買うしかなかった。勿論、情報を魂にフィードバックする機能はない。でも、それで良かったと思う。

 彼女らしく在ることができないのは、きっと苦しいだろうから。彼女なら、きっとそう思う。でも同時に、私に「そこまでしなくてもいいよ」と笑う。だから私は、彼女が引き下がれない所まで、勝手に話を進めようとしている。

 お金を稼いで、最高級の模倣義機、それか元通りの肉体か。どちらかを用意して、それから、彼女を起こす。彼女は怒るだろうか、呆れるだろうか。もしかしたらその両方かも知れない。

 でも、その時が楽しみで仕方ない。

 更新されない魂は、時間から切り離されて眠っているようなものらしい。その眠りから覚めた彼女が、何を思い、感じ、言うのか。それが、とても。

 自己を、人間を証明する魂。それは今のわたしにはないけれど、それでも私で在り続ける。彼女もまた、人間とはかけ離れた姿になっているけれど、それでも彼女で在り続ける。


「――ああ、今日は良い天気だね」


『そうだね――それが良いと思うよ』


 彼女は、ここにいる。


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