かつて聖女召還された世界に転生した平民です~私の中二病履歴が心を抉ってくる~
「聖女様召喚祭……」
買い出しに来た商店で、そんな祭りごとがあると聞く。なんじゃそりゃ?と思いながらも、いやなんか聞いたことがあるぞ…と思う。
ただの平民、ミリア十五歳。一瞬にして前世を思い出した瞬間であった。
もうぶわーっと、頭の中に前世の記憶が溢れかえったのだ。
私は普通の中学生で、なにか取り柄があるわけでもなかったのに、ある日突然『異世界に召喚された』。中世ファンタジーっぽい世界の、神殿みたいな建物が背後にそびえ立つ、清らかな感じの広場に、ぽん、と私は連れて来られたのだ。
神官みたいな人が説明してくれた。その世界では「聖女」が必要で、一年の役割を終えたらちゃんと帰してくれるって。しかも、元の時間に戻れるらしい。へぇっと思って、それならいいかとちょっとわくわくした。
だって私は小学生の頃、アニメ『天翔ける魔法天使ミリー』にはまってたのだ。
子供向けのアニメ番組で、毎日夢の中だけ異世界に召喚されて、その国の危機を救って帰るお話。ほのかな恋心が芽生えていた王子とお別れしてしまう最後が、ちょっぴり切なくて。
いいよって答えた。困ってるみたいだし、それなら仕方ないか、と一年だけ滞在した。聖女のお仕事を頑張って。
で、ちゃんと日本に帰るつもりだったんだけど……。
初☆恋。
十五歳のピュアな煌めき。
目の前には、魔法天使の恋の相手にクリソツな王子様が居たのだ。
甘酸っぱい初めてのそれを経験してしまった私は、お仕事を終えても帰る気になれなくて、なんなら残るからお嫁さんにして欲しいとまで言ったのだけど、返って来た答えは……
――『好きではない。君を王妃にすることは出来ない。帰ってくれ』。
泣いた。もう、池が出来るのではないかと思うほど泣き続けて、泣いたままに日本へ帰った。
……若かったよね。
国の王子様が、ショートボブで日焼けした、可愛さも色気もない、なんでもない私なんかを好きになるわけなんてないのに。
聖女の役目を担わせている間だけ、敬ってくれていただけなのに。
親しくなれたんじゃないかって勘違いして。好かれてるんじゃないかって浮かれて。愛し愛されるんじゃないかって期待して。
……木っ端みじんになった、私の、初めて人を好きになった心。
ああああ、思い出したら腹が立ってきた。
あれから恋も出来なかった。怖かったんだよね、男の人は何かの打算で近付いて来てるんじゃないかとか。トラウマになってたんだろうね。
高校卒業して、大学に入って、まわりは合コンや恋人の話題だらけだったけど、私には縁がなくて。
母が病気で亡くなって、同時に就職もして、忙しくしていたころ、ドカンと事故に遭った。
多分、死んだ。
んで、だから今、新しい人間ミリア十五歳(平民)になっている気がする。
……なんで?
広場に貼られている『聖女様召喚祭』の文字を読むと、これは、私がかつて召喚されたあの日の日付が入っているように思える。
んんんんんん?
首を傾げて考える。
この祭りごとは、100年に一度行われるもので、私が来たとき以外だって行われているはずなのに、日付があの日である。おかしくない!?
仮に、一度死んで転生したのだとしても、なんで今ここにミリア十五歳?
パン屋の娘、兄二人いる、かなり普通のミリア十五歳。生まれてからの記憶をずっと持ってる。だから憑依とかじゃないと思う。
しかもなんで転生した?
聖女は召喚されるんだろうし、私が今ここに居ても何も意味がない。
というか、召喚祭誰が来るの?私????????
「ミリア、食べるか寝るかどちらかにしなさい」
父が言った。食卓の席で動きが止まっていたらしい。決して寝ていたわけではない、考えていたのである。
「食べる!!美味しいよ。いつもありがとう」
パパのパンは世界で一番!パパンがパン!!
「どうしたんだ?食事中に寝るなんて初めてじゃないか?」
「お前……食欲以外のものあったのか?」
兄たちが酷すぎる。
「どうしたの?なにかあった?」
ママは優しい。これが私の家族。
街中にある小さな家。明るくて楽しくてあったかい人たち。
……本当にどうして、私ここに生まれて来たんだろう。
「うんしょっとぉ!!」
さてさて。聖女様召喚祭(笑)の日である。
そびえ立つ教会を背後にした、聖木の広場でやるんですよね。知ってます。
元聖女の私は教会への隠し通路も把握済!任せて!
裏庭や隠し通路を潜り抜け、なんとか遠くから召喚祭が見える場所へとたどり着く。
さぁってと。誰が来るのか、今日という日を見定めてやんよ!
何か無駄に気張った気持ちになりながらドキドキとその瞬間を待つ。
……。
待ち時間が、長い。神官や王族たちが儀式を行っている。
もしも。
もしもだけど。
誰も来なかったら……もしかして、聖女は私、ミリアってことになることもあるんだろうか。いやいや、まさかそんな、ね。そんなことを……少しだけ考えてしまう。本当に少しだけだけど。もんもんと。
広場にぱぁっと明るい光が広がり、見知った制服を着た小柄な少女が現れた。ショートカットの、どう見てもまだ子供の日本人。ぷっくらした頬が、子供のそれだ。
(……私、あんなにも子供っぽかった?)
驚いた。だって、王子様に一目惚れして、恋愛始めた歳だったのに。
確かに私なのだろうけど。二十歳を越えた記憶を持っている今、十五歳の私は幼過ぎる子ザルだ。
「え、ここどこ?」
怯えた様子のその少女に、王族の装いをした青年が、魔法使いたちとともに近付いていく。
輝く金色の髪に、天使のような相貌の、第一王子イヴァンだ。
十八歳を迎える少し前の彼は、人形のように整った顔立ちと、均整の取れた体躯で、見る者を見惚れさせた。
この世の美と富を凝縮したような青年に手を差し伸べられて『聖女』は戸惑っている。
驚きながら頬を染めて。
いやマジで彼は本当に麗しい。映画の中にもいないような美少年を具現化したみたいで、さらには日本人好みの西洋人顔なのだ。アニメの王子様みたいに。というか魔法天使の王子様に似てる。この上なく、私の好みのツボを付いてくるお顔立ちだったのだ。
ここからではよく見えないけれど、柔和な笑みを浮かべて、一瞬で聖女を惚れさせたのを知っている。
そうして、それは彼が意図的にしたことであり、腹の中はものすごく黒いことも知っている。
「え、あ、あの、ここは?」
戸惑う少女に、彼らは自己紹介などを行っている。
「どうか聖女様のお名前を教えて下さい」
「せ、せい……?名前は、泉。森脇泉」
かつての私、泉は、まだ状況が分かっていなくて素直に答えていた。
「あの、私、早く帰らないといけないの。ママが帰るまでにスーパーでね、カレーのルーを買ってくるって約束したの。あとチョコ。うちは隠し味に入れてるの」
わ~~~!なんだその説明はぁっ。
子供過ぎる。こっちが赤面する。自分のことじゃなけりゃこんなにも気にならないだろうけど……。
「聖女様、此度は召喚の儀が行われたのです。100年に一度の祭典です。聖女様には一年後にお帰り頂けます」
「え!?」
「私どもも、神がお返し下さる日まで、聖女様をお送りすることは出来ないのです」
「え!!!」
「どうか、私どもにお力をお貸しください」
泉は近寄ろうとしてくる神官たちの手を必死に追い払って、逃げようとしている。
「いや、やだ、帰して。やだ、やだ」
本気で捉えようとしているわけではなかっただろうけど、神官たちも困ったようにわらわらと集まって来て泉を囲む。
そうして泉は、もうパニックになっていた。
「いやぁぁぁ、やだぁあ」
怖くて、必死で、泣きながら地べたに座り込んだのだ。
「うわあああぁぁぁぁん、うわあん、うわぁあぁっ、うわぁあぁぁ」
――え。私、こんなだった?
だって、まるで幼児のように泣いている。
広場中に絶叫するような泉の声が響き渡ると、騒めいていた会場が静まり返った。
息を呑むような人々の中心で、ただ『子供』が泣いている。
「おかあさあぁぁん。おとうさあん。怖いよぉぉぉ、おかあさああああん」
なんか、なんか。
見てたら思い出したよ。私、泣いたんだ。泣き叫んでいたんだ!
もう見てられない。本人としては恥ずかしすぎる。恥ずかしすぎて記憶を消去してた……多分。
こんな子供が一丁前に、恋をしていたと思っていたなんて。ぷっくら子供頬した、色気のない子供が、一体何を求めていたんだろ。
「おかあさあぁぁぁぁん……!!」
恥ずかしいよぉぉぉ。
どれくらい続いたんだろうか。羞恥プレイ辛い。
私は初めて、自分が泣いていたときの式場の様子を知った。
痛ましいものを見つめるように、困惑した人々が泉を見守っていた。
第一王子イヴァンも、泉から目を離さず、硬直したように立ち尽くしている。
彼が笑顔を消す時はいつも少し素になっているように見えるときだったなって思い出す。
泉はまるで赤子のように、純粋な悲しさを泣き声に乗せている。
イヴァンは煌めく笑顔を再び浮かべて泉に手を差し伸べた。
「聖女様、お身体が冷えてしまいます。どうか、別室に移動いたしましょう」
そこからの展開はもう知っている。
詳しく話を聞いて、聖女のお勤めを終えたあとは、一年後に神様の力によって、ちゃんと召喚された時と同じ時間に戻れるのだと教えてもらうのだ。
『困っているなら力になりましょう』そう泉は魔法天使ミリーと同じ台詞を気障っぽく答えて、その後のお勤めを果たしながら王子との愛を育んでいった。多分私だけがのぼせてたんだけど。まるで主人公にでもなった気分でさ。ああああぁぁあぁ。もう、全てが黒歴史。若気の至り。胸が痛い。
よじ登っていた木の上から、ひょい、と降りると、伸びをする。
――聖女召喚で、『森脇泉』がやってきた。
つまり私は、泉の記憶を持ってるだけの、ただの転生者。無関係なんだ。お勤めは聖女が果たしてくれる。うん。
帰ろ。
もう関係ないじゃん。
んじゃ、これからも優しい家族に囲まれてのハッピーライフを過ごして行けばいいんだよね。うへへへへ!嬉しいな。あ~帰って美味しいパン食べたーい。
「『泉』」
「うひょい!?」
急に聞こえて来た旧名に驚いて振り返ると、足元に小さな動物がいた。
ふさっふさの長い白毛に覆われた気品のある猫のような生き物だ。毛の中で光の粒が虹色に煌めき続けているので、普通の生き物ではないことが一目で分かる。
「なななななななな、な、な、なんで聖獣様が……」
「久しぶりだね。泉。元気にしていた?」
「なななな、な、なんのことかなー?」
待て待て待て待て。なぜ、まだ『泉』が出逢ってもいないはずの聖獣様がー?
「僕が呼んだからだよ」
「心読まないでー?」
「ふふっ泉は本当に面白い」
それにしても、嫌まさか本当に、聖獣様が呼んだの?あーうー、辻褄が合ってしまうのが怖いー。
「ほら、最後にさ、帰るときに泉が願ったじゃん」
「え?」
「『愛する人たちがどうか幸せになりますように』って」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「そうならなかったから、本人に来てもらおうと思って」
「ど、どういうこと?」
動揺が抑えられない。帰るときって、日本に帰国するときだよね。え、私失恋したくせに、愛する人の幸せを願って帰ったの?そんな気がしないでもない。
だって、アニメの魔法天使がそうだったんだもの。
きっとその気障な台詞を、恰好を付けたえせ笑顔で言ったに違いない。自分に酔いながら。
あああああああ、中二病怖い。不治の病怖い!!
いや待てそんなことより?
「時間の概念どうなってるの?」
まだ聖女は来たばかりなのに、未来を知っている聖獣様がいるとは?
「僕は、分かりやすい言葉で言うと調整者だから」
「調整者?」
「均衡を整える者。聖気と邪気を整える手助けをするのが聖女だろう」
「うん」
「聖女だけが僕と繋がれるから、君が召喚された」
「うん」
「僕は、時間や空間の均衡を整える役目を担う者。時空なんて越えられるんだよ」
「何言っているのか分かりません????」
思えば、聖獣様はいつもこうだった。
フレンドリーかと思えば、唐突に理解の出来ないことを語るのだ。
「イヴァン王子が、この先坂を転げ落ちるように不幸になっていくんだよ」
「なんでまた……」
「これと言って何かあったわけじゃなかったはずなんだけど、何をやっても上手くいかないでいるうちに王太子の交代劇が起こって、婚約者にも陥れられて、でも返り討ちにして、再び支持を得て王位継承しようという段階にまでなったのに、なのにもう、『本当の笑顔』で笑うことは一度も無くなった」
「へ……」
「泉が言ってたじゃん『やっと本当の笑顔で笑った』って」
「!!!!!何故知っている!?」
「何でも知ってるってば」
「コワイ」
「王子は、泉の言った『キラキラの笑顔を張り付けた何を考えているか分からない王子様』として五年生きた」
「……プライバシーを守りたい」
「別に良いけど、どうしたもんかなー、と思ってたらそっちの世界で君が亡くなって。ちょっと聞いたらこっち来てもいいって言うから連れてきたんだよ」
「あの……情報量多すぎです……聞かれた覚えないですし……」
「そっちで言う臨死体験?とかそういう世界の話になるのかな?記憶には残らないんじゃない?」
「はぁ……」
「どうやらイヴァン王子は、君がいないと、幸せじゃないみたいなんだよ」
「……」
「悲壮感漂ってたしもしかしたら死相が出てたかもしれないし」
「そこまで!?」
そんな馬鹿な。なら、なぜ、世界を捨ててまであなたといたいと告白したのに。「好きじゃない。帰ってくれ」彼はそう言ったのだ。お別れの時にも、彼は側に居なかった。
「まさか。ないないのないです。何かの誤解です……私は、振られた王子にまた振られる自分を眺める為に転生して今を迎えているようです。なんですかこれ?」
「まぁ、僕もどっちでもいいんだけど。折角来たんだから、ちょっと見ていけば?」
「ゆるーい。なんなのこの聖獣様……」
「友達だろう?そう言ってたじゃないか」
「言ったかも……」
魔法天使がいろんな精霊と『友達』になっていくのが好きだった。
この聖獣様はとても言葉が堪能で、なんでも受け応えしてくれるノリの良さが楽しくて、アニメのノリで友達みたいだね、って言ったことはあった。あと、聖獣と友達なんてカッコイー☆とかも思ってたのかもしれない。特別感に憧れるお歳ごろだったからさー。
「ミリア。十五歳です」
「ん?」
「もう、泉ではありません。お友達ならちゃんと名前で呼んでください」
「ミリア、よろしくね」
「わ~~~~~ん、聖獣様~~~~~~ん!会いたかったです~~~~~~~~!」
両腕で抱きしめて、白いモフモフを堪能しまくる。首も背中もあんなところも撫でまわす。聖獣様は本当に気持ち良さそうな表情をしてくれるから、まるでペットを飼っている気持ちになれたのだ。そう、実は日本に帰ってからもこの毛並みを撫でたくて撫でたくて仕方がなかった。やっと撫でられたー!ふさふさー……っ。良い匂いー……っ。
「あああ、可愛い。好き。大好き。癒されます」
「君の熱量が嫌いじゃなかったんだよ、僕は」
昔から聖獣様は私に好きなだけ撫でさせてくれた。嫌がってはいないようだったから、もう好き放題撫でまくる。
「ねぇ、ミリア。どうも僕が見てる君たちと、君が見てる人たちは違うみたいなんだ」
「うん?」
「自分を見ててどうだった?」
「子供だった」
「君はもう大人なのかい?」
「……ううん」
「もう一度、あの時のことを見てごらんよ。見えなかったことが見えるかもよ」
「……」
「僕ねぇ、聖女の巡礼地まで連れていってあげるよ。毎日ぴゅんと、魔法で瞬間移動できるから」
「え、なんでそれ、聖女巡礼の儀式でやってくれなかったんです……?」
「移動も儀式の一つなんだよ。人々の心をつなぎ合わせるための」
「あ……その知識たぶん現代まで継承されていないですね。聞いたことないです」
そんなわけで、聖獣様をお供に、毎日旅行気分でお出かけをすることになりました。
何というのか、望んだわけじゃなかったけれど、こうなったからには少しは向き合ってみたくなった。
自分が思った以上の子供だったことを知ったように。
二十歳を越えた記憶を持つ私より、彼は年下になってしまった。
もしかしたら三つ上の彼も……本当は思ったより大人じゃなかったのかもしれない。
それに、神官も貴族たちも。当時の私は、大人たちの真意を汲めていなかったかもしれない。
今の私の目線で、当時を感じ取ってみたかった。
「ほら、お昼のパン包んでおいたわよ」
「お母さんありがとうー!」
美味しそうなサンドイッチを受け取って学校に行く。平民も通える学校があるのだ。
今の生活が幸せだ。自分を守ってくれる家族がいて、学べて、鞄の中には両親の愛情が詰まってる。それがとても嬉しい。
かつての私はその全てを失って、世界にただ一人になった気持ちを知っている。
脇道で、ぽんっと聖獣様が現れる。
「やぁ、ミリア」
「おはよ~ございます!」
「今日から巡礼の旅がはじまるけど。連れて行こうか?」
「そーですねぇ……」
泉は召喚されたあと、城に一月ほど滞在し、この世界のこととか国や宗教、常識などを学んだ。準備が整ってから巡礼の旅に出るのだ。各地のほころびを見つけ、最後に教会で神様に報告して任務終了。
城に居る間が一番王子とは疎遠で、それは彼が巡礼前の公務で忙しかったからなのだ。
「学校の昼休みでもいい?」
「いいよ。じゃあお昼に」
「うん」
聖女の巡礼の旅の初日。泉は、早朝から出立し、馬車に長時間揺られたかなり気分が悪くなっていた。慣れないことだったからだろう。
そのお昼、馬車を停め皆がご飯を食べる中、泉はぐったりと座り込んでいて、その時イヴァン王子から声を掛けられたのだ。
「大丈夫ですか?何か食べられそうなものがあるならば、用意させましょう」
笑顔も気遣いも、そこに嘘臭さはなくって、泉は力なく微笑んだ。
「大丈夫です。だいぶ落ち着いてきました。ありがとうございます」
「何かあったら、いつでも言って欲しい」
「はい」
泉の台詞は魔法少女ミリーの鉄板「私は大丈夫」の台詞から来ている。もうここからアニメキャラのつもりだったのか、泉……。
この時の私は、王子は良い人なんじゃないかしら。
――そんな風に思っていた。
聖獣様の生み出す結界のようなフィールドに隠れながら見守っていると、イヴァン王子は他の部下たちと離れた場所の、自分の側近たちの元に戻ってから本音を漏らした。
「聖女は、私には距離を置いているな」
側近たちが言う。
「そうですか~?」
「イヴァン様の笑顔でも落ちませんか」
「そんなわけないですよ。慣れないからじゃないですか?」
王子が呆れたような顔をする。
「……なんだそれは」
側近たちは渇いた笑い声を上げた。
「人形のように美しい、我が国一番の宝石イヴァン様。その笑顔で落ちない女性はいないと皆が言っていますから」
「分かっていらっしゃるでしょう?」
「あなたの笑顔には中々逆らえないですから」
王子は皮肉気な笑みを浮かべた。
「それが私の役目であるならな。笑顔くらいいくらでも浮かべてやるさ」
「いつもそうされてますでしょうに」
「そうだな。いつものように、お願いをしたよ。上手く回すためにな。だからこそ、分かる……聖女は、靡いてこないな」
――何言ってんだこいつぅ。むかつくぅ!!!!!!!!!
ゼイゼイ、はぁはぁ。
様子を見守っていたけれど、見るんじゃなかった。辛い、しんどい。
ぴゅんと学校に帰してもらってから、私は聖獣様に言った。
「ほらぁ!公務を遂行するためだけに、私に優しくしてんじゃん。もう分かったじゃん。答えあったじゃん」
「えー。僕にはよく分からないなぁ。人の心なんて理解出来たことないんだよねぇ」
「聖獣様人の心ないの……」
「だってさ、すぐに、気が変わるじゃないか。一瞬前と別のことを考えてる。とても理解出来ない」
「……」
「もうやめる?」
「一応……続けようかな」
何で止めたいと思わないんだろう。ムカつき過ぎて気になっちゃうのかも知れない。
数日後の夜。
聖獣様が寝ようとしていた私の枕もとに現れた。
「ミリア」
「ひぇ」
「今から行くー?」
「え、今?……え、もしかして、あの日?」
「王子と接触する日だよー」
「うー、行くか」
聖獣様にぴゅんと飛ばしてもらった。
夜も更けた頃、泉はその夜寝付けなくて、野外テントからこっそり抜け出した。少し外の様子が見たかっただけだ。
見張りの人たちの横にキラキラとした存在を感じて、目を向けると王子と目が合った。
イヴァン王子は泉の元に駆け寄った。
「眠れませんか?」
「はい……」
「飲み物でも飲みますか?それとも散歩が良いなら、付き合いましょう」
「少し歩きたいです。お願い出来ますか?」
「ええ」
イヴァン王子とともに森の中を少し歩いた。
暗いけれど、イヴァン王子は魔法の道具を持っていて、足元を照らしてくれている。少しすると川辺に辿り着いて、大きな岩の上に二人で座った。
二人きりになれることなんてなかったから、何を話したらいいのかも分からなくて、泉は一番思っていることを聞いてしまったのだ。
「イヴァン様は、寂しくないですか?」
「寂しい?」
「私は、ママに会いたくてずっと寂しい。もう会えないけど、天国のパパのことも思い出すと寂しい。家族が恋しくてしかたないんです。イヴァン様は大丈夫ですか?」
王子は虚を突かれたような顔をして泉をじっと見つめた。
「…………」
あまりにも長く沈黙が続くから不安になって来たころ彼は言った。
「……寂しい、か。俺は考えたこともなかったな」
「だってまだ子供なのに」
「子供か」
「違うの?」
「成人はもうすぐだな」
「じゃあ子供じゃん」
「そうだな。子供かもしれないな」
ハハッ……と楽し気に笑い出して、その顔にはえくぼが出来ていた。
すぐ隣で花咲くような、無邪気な感じの笑みに、私は心臓が高鳴るのを感じた。
カッコいいとは思っていた、美しいのは知っていた。だけど、胸キュンを感じたのはこの時が初めてだった。
「子供同士だから、イズミでいいよ」
「そうか。ならば、イヴァンと」
いつの間にか口調が崩れていて、二人とも、子供のように笑い合った。夜更かしして、沢山の話をした。この日から、二人の距離は少しずつ縮まっていく、最初の日。
私は知らなかったけど、木陰にちゃんと護衛が隠れてたみたい。
二人の取り止めのない会話を見守っている。
「パパはね、もう亡くなったけど。病気になってから、毎日病院にお見舞いに行ってね、その日の出来事を沢山話したの。そうしたらパパも楽しそうにしてくれて。『いつも楽しそうにしてる泉が好きだよ』『もっと聞かせて』って言ってくれて」
「うん」
「だから、パパが亡くなったあと、凄く寂しかったけど、毎日楽しく過ごすことに決めたの」
「そうか」
「ママと毎日楽しく過ごすって決めて……だけど、ママに会えなくて。今、やっぱり寂しい」
「……すまなかった」
「ううん。いいの。帰れるんだもんね」
「ああ。絶対に、イズミをご家族の元に帰すよ」
「えへへ。約束だよ」
ベッドの上にぴゅんっと帰って来て。
「なにあれ……」
「ん?」
「え?わけわかんない。もしかして私、もう約束してない?絶対に帰してもらうって」
「人の言う約束という契約の効力をどこまで求めるのか分からないけれど……」
「ええ????あんなこと、大人が約束してたら、破れなくない!?」
もうすぐ成人を迎えるイヴァン王子。小さな少女との約束を、きっと守るのであろう。
そうしたら。そうしたらー?
「私、確定事項として、振られてた!?」
愛とか恋とかそういうのでも、最初からなくて。
保護者的な立場の人が、ちゃんとおうちに帰してくれただけっていう。
恋のトキメキすら一方通行だったって言う。
あれ、それは理解してたけど。でもなんか、思ってたのと違う?男女のそれではなくて、大人と子供の関係って言うか。えええー??
それからの日々も、要所要所で聖獣様にぴょんと連れて行ってもらい、泉たちを見守った。
最初の巡礼地では聖獣様に出逢った。
「うぅわぁぁぁ、可愛い~~~~~~~~~!」
「ま、待て聖獣様に手を出さない方が良い。撫で過ぎだイズミ」
「あ、ごめんなさい。聖獣様」
「いいよぉ。なんだか気持ちが良いし」
「わぁぁぁい」
「ん~」
「いいのか?」
聖獣様をもふり尽くす泉に王子は呆れていた。
その後もずっと聖獣様を胸に抱えて撫で繰り回しながら巡礼を続けていると王子に言われた。
「その……距離が近くないか?抱える必要はあるのか?」
「あのね。すっごく軽いんだよ。なんだろうこれ?魔法なのかな?重さを感じないの」
「僕は君たち生き物とは別の存在だからね」
「それにね。なんでも話してくれて。優しいの。多分ね本当に『白い聖獣様』なの」
「白い聖獣様?」
「アニメの……物語の中にね、可愛い見た目だけど最悪のラスボスになる黒い聖獣様が出てくるんだけど、この子はきっと、本当に白いの。綺麗な聖獣様なの」
「……」
そうは言ってもイヴァン王子は聖獣様を訝しむように見つめ、二人は時々何とも言えない視線を向け合っていた。気のせいだろうけど、睨んでいるんじゃないかと思うこともあった。
二つ目の巡礼地では町を見下ろせる丘で、イヴァン王子とたくさんお話をした。
「この世界には、聖獣と会話を出来る者などいないんだ」
「なんででしょうね?」
「さぁ。聖獣なら分かるかもしれないが」
「知ってる?」
「君の世界は僕の世界と少しだけ近いからだと思うよ」
「『君の世界は僕の世界と少しだけ近いからだと思うよ』だそうです」
「神と、近い世界か」
「普通の人しかいないけど……」
「けれど、君の心を、ないがしろにすることになってしまった」
「……」
「邪気が増え続けると、魔物を生み出し、人間が襲われる。かつて、そうして多くの人たちが亡くなって行った。人は神に祈り続け、神託を受けた。邪気を正すことが出来ると。けれど、神へ伝えるための使者がいると」
「使者?」
「聖女のことだ。神託を信じ、神事を行い、初めての聖女が召喚された。恐らく千年は前のことだ」
「そんなに……」
「長く続いた因習を断ち切ることは難しい。けれど、考え直さねばならぬ時が来たんだろう。それを教えてくれたのはイズミだ」
「……私?」
「ああ。再び君のように悲しむ者が出て来ぬように」
二人は毎日、友達のように旅を楽しんでいた。
途中からは見ているのが辛くなった。当時の気持ちにどうしてもシンクロしてしまうのだ。
イヴァンは、気位が高く、上品で、行いも考え方も、全部が綺麗な人だった。
時々(聖獣様に向けている眼差しとか)冷徹で、合理的で、判断が早く、無くてもいいものなら切り捨てて行こうとするところはあったけど、それはきっと、一国の王になるには必要な気質なんだろう。普段は完璧なのに、時折シニカルな言葉を吐くところも、彼の魅力だと思う。
二人きりで過ごす時だけ、彼の瞳は柔和に変わる。
ただ楽しそうに笑い、気やすく話してくれる。ただの男の子みたいだった。
優しくて格好良くて、私を大事にしてくれて、ずっと一緒に笑ってくれる人。
そんな人を、どうして好きにならずにいられるんだ。
「わぁぁ~~!すごくカラフルな街です。可愛い!素敵!住んでみたい!」
どんな小さなことでも泉は大きなリアクションをしていた。
「イヴァンは将来どんなところに住みたいですか?」
「俺に城以外の選択肢を考えさせたのはお前が初めてだな」
イヴァン王子も呆れるようにしながらも付き合ってくれた。
王子は無邪気に笑う時、いつもえくぼが出来る。
泉はそれを見るのが好きで好きで、しまいには本人にもそれを言ってしまっていた。
「イヴァンのその笑顔好き!本当の笑顔って感じがするの」
「本当の?」
「いつものキラキラの笑顔は、何を考えているか分からない王子様って感じだったから」
「……」
「ちょっと怖い」
「怖かったのか……」
「うん。でも、今は好き。大好き!イヴァンが好き!」
「……」
ところ構わずそんなことを言ってしまう泉に、王子はいつも頬を朱に染めてから、はにかむように笑った。それも、本当の笑顔って感じがして嬉しかった。
「俺もイズミと居ると、子供になれる気がするんだ」
「子供!?」
「多分ね。普通の子供がどういう風に暮らしているのか分からないが。一緒に居ると、楽しくて、幸せだよ」
笑顔でそんなことを言うから。
だから私は勘違いしたのだ。好かれてるんじゃないかって、愛されてるんじゃないかって。帰国しなくてもいいと思ってしまったのだ。ママにはちょっと早くお嫁に行ったと思ってもらおうって。聖獣様も手紙を届けられるって言ってたしね。
そしてもう一つ。
聖獣様と隠れて見守っていたから気が付いたことがある。イヴァン王子は、暗殺未遂に遭っていた。
巡回最後の聖地で、伯爵の館に泊っていた時に、王子が暗殺者に襲われていた。
護衛と魔道具、そして王子の剣技で退けていたけれど、そんな危ない目に逢っていたことなんて、泉は全く知らなかった。
だって王子は何喰わぬ顔をして、伯爵の館の最後の晩餐に現れたのだ。
食後に二人で、星の見えるテラスで語り合った。
「旅も、もう帰るだけだね」
「ああ」
「寂しいな」
「……」
「来たときは家族に会いたくて寂しかったのに」
「イズミ」
「今はイヴァンと会えなくなるのが寂しい」
泉が涙を湛えて王子を見上げると、二人の影がゆっくりと重なっていく。
「イヴァンが好き。大好き……」
もう触れそうなほどに唇が近寄った。だけど、触れ合わなかった。それを知っている。
見守っている私は、聖獣様とずっとおしゃべりをしていた。
「聖獣様ー?暗殺者の派閥分かりますー?」
「あれは第三王子派の刺客だねぇ」
「聖獣様のお告げでタレコミ出来ますかー?」
「僕ぅ?んー、考えて置く」
不安の芽は摘んで置く。暗殺や反対勢力が原因でイヴァン王子が不幸になったのかもしれないし。
後日第二王子派の刺客も現れたのでタレコミをお願いした。まぁ、そのタレコミは神託として教会経由で石板に文字として浮かぶんだそうだ。国の脅威が現れたときとかにお告げがあるそう。便利。
これでイヴァン王子のストレスは減るであろう。
大人たちの思惑に私は当時何も気が付かなかった。
純粋な優しさを向けてくれたように思えた神官たちは、それでも王子のようには私の心に寄り添ってはくれなかった。召喚の儀式への疑念を抱いていない。敬ってくれた城の兵士たちも、護衛も、その派閥や意志や行いの意味も。複雑に絡み合うそれを、旅人のような私にはなにも分からないまま終わった。私自身、興味もなかったんだろう。
例えば私は、この時イヴァン王子に、婚約者候補たちがいたのを知らなかった。旅が終われば彼は伴侶を選ぶことになっていた。王子と側近たちの会話から知ったけれど、そんな当たり前のことを考えもしなかった。自分がなんだか恥ずかしく思えた。
惚れた腫れたで小娘とくっついたりしないだろう。
あと……余談なのだけど……。
聖地巡礼しているうちに、私にまで聖女の加護の印が体に浮き上がるようになってしまった。
「聖女って二人もいるものなんです?」
「別に何人居たっていいんだよ」
アバウトだなぁ。
「おかあさーん、買い物行ってくるー」
「はーい、お願いね」
良い天気の日。温かい日差し。澄んだ朝の空気。
そして私は、元気で健康で、優しい家族に囲まれて愛情いっぱいに育っている。
「今日は帰還の儀式の日だよ」
「……はい」
もうすぐ、泉がこの世界に来てから一年が経つ。
早かったなって思う。
聖獣様も毎日のように来てくれて、楽しいことだらけだった。
ぴゅんと飛ばされて、教会を背にした、聖なる広場へ。
真ん中の円陣の中心に、泣きはらした目をした泉が立って居る。このほんの少し前に、イヴァン王子に振られているのだ。あの当時私は悲劇のヒロインの気持ちになっていたけれど、今こうしてみると、ただの中学生にしか見えない。
「ミリア、ほら来るよ」
「ひいいぃぃぃ」
『愛する人たちがどうか幸せになりますように』
魔法天使の台詞ー!!恥ずかしいぃ!!
泉はエンジェルスマイル(アニメに準ずる)を浮かべながら広場を見回してから消えて行った。
国として召喚した聖女が消え去ると、人々は安堵したように、やっと広場にざわめきが戻って来た。
そんな中、背の高い美しい容姿の人影が円陣の中に駆け寄ってきた。イヴァン王子だ。
驚く。彼はすぐ近くにいたのか。もちろん、自分が帰ったあとのことなんて知らなかった。
王子は円の中心で立ち尽くすと、空を見上げた。晴れた青空に白い雲が浮かんでいる。
彼はくしゃりと苦しそうな表情を浮かべてから、唇を動かした。
『いずみ』と。
声には出さなかった。だけどそのまま立ち尽くした。護衛達が戸惑っている。まるで泣いているようにも見えるからだ。
だけど、きっと泣いていない。彼は、一国の王子で、小さな子供の頃から大人であることを求められて来た人だから。
聖獣様に連れられて行き来したから知っている。彼が子供のように笑っていたのは……本当に、泉の前でだけだったのだから。
時間が、過ぎていく。
神官たちが片づけ始め、それでも立ち尽くす王子に護衛達が声を掛ける。
やっと、王子が返事をし、彼はいつもの笑顔を浮かべた。
その姿は、『キラキラの笑顔を張り付けた何を考えているか分からない王子様』。
――ズキン。
胸が痛い。苦しく、切なくて、彼に駆け寄りたくなる。
この気持ちはもう泉のものじゃない。
私の中に膨らんでしまっている、ミリアの心。
「ねぇ。ミリア。いいの?」
何がいいのだか、聖獣様が聞いてくる。
「この先五年、この顔だったよ?」
暗殺ルートを潰したから違う未来もあるかもしれないじゃない。
「僕の加護は、君にもあるのに」
もしかしたら聖獣様は、今この瞬間を迎えるために、私をここに連れて来たのかもしれない。
「ねぇ。思い出しなよ」
☆☆☆
「はれ?聖獣様ー?」
「やぁ、久しぶり、泉」
「んん?私事故って……もしかして死んだ?」
「そう。もうすぐね。死ぬ前に会いに来たんだよ」
「わ~~~~!嬉しいです。会いたかったです~~~~~~」
「本当に僕のこと好きだよねぇ」
「可愛いしあったかいし癒されるし……好き」
「僕も好きな気がするよ。良く分からないけど」
「分からないですかー」
「君の向けてくれた好意がね、多分僕をここに呼んだんだよ」
「はい?」
「その想いが、僕と君を繋ぎ続けてくれた」
「???」
「家族を亡くして愛する者が少なくて……だから出逢ったほんの少しの対象にだけ、その想いを強烈に向けたんだろうね」
「はい?」
「君のその暴力のような好意の熱量を浴びせられたことを、忘れられなくなったんだ。でもそれは、どうやら僕だけじゃないみたいなんだ」
「ほへー??」
「イヴァン王子が君を恋しがってる」
「へ?」
「ずっと忘れられないでいるみたいだよ」
「……ふふ。夢?」
「僕は人の心が分からないけれど。君のことが忘れられない彼の心は、分かるような気がしたんだ」
「またまたー」
「本当だったらどうする?」
「あれかー、死ぬ前に欲望が夢を見させているのか―」
「君は死んじゃうところだけど。最後に会いに行ってみない?」
「行く行くー!私だって本当はもう一度会いたいよ!死ぬ前に、一目でいいから彼に会いたい!!」
☆☆☆
一瞬で思い出す、臨死体験中の聖獣様との記憶。
会ったらどうしたいってわけでもなかった。
でも死んじゃうその時に、会いたいと願った。思い残すことがただそれだけだった。好きだったあの人を、もう一度この目で見たいって。ただそれだけ。
「聖獣様……」
「ん?」
「ありがとう……好き好き!大好き!愛してるぅ!!」
聖獣様を思いきり抱き締めて言う。
「僕はいいから。ミリア。君の思うがままに」
思えばこの聖獣様は、私をずっと見守ってくれた。家族はみんないなくなってしまったのに。まるで親のように、私に寄り添ってくれていた。
気が付かなかっただけで、私は沢山の愛情を貰えていたのかもしれない。聖獣様も、もしかして、彼からも。
「ああ、どうしよう。覚悟しないと、駄目だぁ。お父さんお母さん。わが身を投げ出す行為をお許しください。あとで、沢山謝りますから!」
思えば森脇泉は、いつも寂しさを抱えた子供だったなぁと思う。
息を吸うだけで、胸の奥がチリっと痛かった。
パパが死んで悲しくても、ママも亡くなって孤独を知ったときも、イヴァン王子に振られたときも。沢山泣いたあとには笑っていた。あれはただの、空元気だった。
だけど、今は違う気がする。
もう胸は痛くない。
守ってくれる家族たちに、愛情いっぱいに育てられたから。
そうして知らないうちにも、沢山の気遣いや愛情を受け取っていたから。
胸にぽっかり空いていた穴は、もうない。
埋めなくちゃいけないものも、手に入れなくちゃいけないものも、もうない。
泉の頃は違ったけど。必死に心の傷を埋めようとして、無理に楽しんで、痛々しくも笑って、愛されたいから愛したのだ。そんな私の気持ちに聖獣様もイヴァン王子も巻き込まれて……それでも、楽しそうにしてくれていたのが、嬉しかった。
あの頃の泉は、彼の人生に、どんな影響を遺したんだろう。
「王子、良かったのですか」
「引き留めることも出来たのでしょう?」
側近たちの問いにイヴァン王子は美しい微笑を浮かべた。
「俺は自分の役割を、忠実に果たすだけだ。最善の道を選び続けているよ」
「王子……」
結界を解いてもらった私は、ふっさふさの毛先を煌めかせた聖獣様を抱えたまま、広場に現れた。
「な、なんだ!?」
「聖獣様……!」
「あの少女はなんだ!?」
警備兵や王子の護衛達の緊張感が増す。
「近寄るな!」
「馬鹿め、武器を向けるな!聖獣様だぞ」
「いやだが……」
警戒しながらも彼らは判断を迷うように王子を見つめた。
彼は息を呑むようにして私と聖獣様を見つめていた。
私は少しでも、と彼に近付く。
「イヴァン」
「!」
「聖獣様が連れて帰ってくれたの。生まれ直したから、もう姿は違うけど。でも、私なの」
私がそういうと聖獣様はその体から眩しい光を輝かせ、私の首に聖女の刻印を浮かび上がらせた。
「聖女様!?」
式場が騒めき、イヴァン王子は驚くように目を瞠り、そうして小さく呟いた。
「イズミ?」
そう言っているように聞こえた。
彼は私の元に駆け寄ると、私に手を伸ばしてくる。けれど、触れそうで触れないところで動きを止める。いつだって彼はそう。絶対に越えない、その一線。
聖獣様が輝き出し、私たちの周りに結界が張られた。それを見て、私は叫んだ。
「ば馬鹿ぁ!バカ、バカバカァ!!私、振られたって思ったのに。好かれてないって思ったのに!!」
何を言ったらいいのか分からない。
「聖獣様が違うって言うの。私のことをずっと忘れられないんだって」
涙が馬鹿みたいに溢れて止まらない。
「何がなんだか分からなくて、私、私……」
「……イズミ、なんだな?」
「そうだよ。私、生まれ変わったんだよ」
「聖獣か」
「うん」
「確認したいことだらけだな」
「ねぇ、なんで、帰したの?」
「……帰すと約束したから。国の為に一年も尽くしてくれた。これ以上引き留めることなど出来ない」
「私のこと本当に好きじゃないの?」
「……」
「私、戻ってからも貴方のことが忘れられなかった。他の誰も好きになれないまま、死んじゃったの。でも、聖獣様がこっちの世界で生まれ変わらせてくれた」
「……死んだ?」
「五年後」
「……」
「私、知りたいの。死んでも死に切れないくらい。分からないことが苦しいの。もう二度と会えなくても、いい。何も望まないから。最後に、どうしても教えて欲しい」
彼の瞳をまっすぐに見上げて言う。
「イヴァン。大好き。世界で一番好き。貴方は、私のことが好き?」
彼の瞳が潤んでいく。
「帰すのが、君の一番の幸福だった」
「うん」
「それしか、なかったじゃないか?なのに、どうして、俺の一番欲しい言葉を持って戻ってくるんだよ!」
彼はその両腕で強く私を抱きしめた。ぎゅうっと。初めて彼の体温に包まれた。
「イズミ、君が、世界で一番好きだ」
「……うん」
「君だけが、俺に喜びも、幸福も、教えてくれた」
「ん……」
「愛してる」
「ぶわぁか!もっと早く言ってよね」
私の言葉に、彼が笑う。
「君だけが欲しい。けれど俺は、国を継ぐ。俺自身は、何も持たぬ者だ。君を隣に置くには、相応の覚悟がいる。本当に、いいのか?」
「いいの。私もあなただけが欲しい。一緒に生きて行きたい。他に何もいらない」
「そうか、なら、俺と結婚してくれるか、イズミ。いずれ、王妃になってくれるか」
返事をしようとしてから、私は困ってしまう。
王妃?え、結婚?いいの?急に冷静になってしまう。
「……私の今の名前で、もう一度結婚の申し込みしてくれる?」
「え?」
「私の名前は、ミリア。平民の、パン屋の娘。本当はあなたと口なんてきける身分じゃないの。聖女の力はあるみたいだから、何か役立てるかもしれないけど。イヴァンが、好き!大好き!だけど、私結婚なんて出来るのかしら?平民だし、容姿も平凡だし、私……とりえがあるわけじゃないし。もう召喚された異世界の少女じゃないし……」
おどおどとまくし立てると、彼が笑った。楽しそうに声を上げて。えくぼが出来ているのがとても可愛い。
ふわり、と聖獣様が私の胸の中に帰ってきて、幸せそうにその頬を私の胸に擦り付けてくる。
「ミリア。俺と生きて欲しい」
イヴァン王子はそう言うと、今度は片膝を付いて、私に手を差し伸べて来た。
懇願する彼の手の平に、私の手を重ねた。
「喜んで」
私は、未来を、今度こそ、新しい家族たちと紡いで行きたいのだ。
END
異世界転移が大好き過ぎて自給自足してます。もっと増えますように。
*魔法天使の概念を普及させたとかしないとか……
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