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6話:かけがえのない『人』

「あー、きっつ」

翌日、昼間際に起きたルアンの一声はそれだった。

「調子に乗って飲みすぎるからでしょう?」

「調子は乗ってない。酒が美味いのがダメなんだ」

唸りながら起き上がり、シーヴァルが作った昼ごはんを勝手に摘む。

「料理の腕も上げたねぇ」

しみじみと語るルアンは、シーヴァルがよそってきた汁を啜る。

「ルアンさんの料理は胃の中に詰め込めればいいって考えで作るからでしょう」

「実際そうじゃないか。ただ、わたしは味付けが良い料理も好きだがな」

そういって、揚げ肉を再び摘おうとしたルアンから皿を取り上げる。

「ケチ」

「まだ出来上がってないので待っててください」

そういって、皿を取り上げられたルアンは机に肘をついて調理しているシーヴァルの背中を見つめた。

──大きくなったなぁ。

ボクも、アナタみたいに強くなりたいと言っていた彼は遥か遠い過去。

「俺だって成長しますから」

「えっ」

「声に出てますよ」

シーヴァルは振り返らずに指摘する。

「成長したんですから、俺だって旅のお供としては役に立つでしょ」

寂しさが滲み出た声に、ルアンは呆然として、笑った。

「何を笑って……」

「いやぁ、まるで捨てられた猫のような声を出すから」

「……」

シーヴァルは黙ってしまった。

ルアンは席を立ち、シーヴァルの隣に並ぶ。

「大丈夫だよ。心配しなくたって」

「一体何の心配をしてるというんですか」

そういったつかの間、隣に並んだルアンは盛り付けられたサラダの赤く熟した実を口に含んだ。

「ふふっ、こういう心配だよ」

シーヴァルは深いため息をついた。

「こういう心配は確かに尽きなさそうですね」

呆れた声を出したシーヴァルの表情は満更でもない様子だった。



強風が吹き荒れ、砂が舞う中、二人は砂に足を取られながらも進んだ。

見渡す限り広がる黄金のように煌めく砂漠は、遮るものも何も無く、二人の体力をじわじわと削っていく。

長く旅をしてきた中で、今日という日の緊張感は初めてかもしれない。いつもは冗談交えて砂漠を横断する二人の間には無言の間が続く。

──砂嵐が見つからない。

噂を語る口ぶりは確かに通ったことのある者の口ぶりだった。

──ルアン、緊張するんじゃない。これは酒屋で聞いたただの噂だ。都合の良すぎる話なんてない。半信半疑でかかるべきなのだから、ないことだってもちろん有り得るだろう?

己の心に語りかける。

そんな時のことだった。砂で埋め尽くされた足元から巨大生物の呼吸のような地鳴りが聞こえる。

砂は雪崩て足元が歪む。

数秒間の間、ルアンとシーヴァルの頭上には陰がかかる。

「なんですか、あれ……」

「巨大なワーム……?いや、あれは」

長い胴体。砂をかく爪のような額当て。流れに沿ったヒレ。

「……竜」

それは竜だった。

まるで、蛇のようなその伝承で伝わる生き物は、二人の前に姿を表し、そしてまた砂の中に潜っていく。

「シーヴァル、走るぞ!」

ルアンは一言告げると砂漠の中を走る。

先程まで立っていた場所は、竜が出てきた穴により崩れ窪みへと砂が落ちていく。

「ルアンさん!」

竜が潜ったルアンたちから見た左側に不自然な盛り上がりができると、竜の上部だけが砂から露出する。

それを見たルアンは急に立ち止まる。

次の瞬間、竜はルアンの目の前に通過し、再び元いた方向の砂に潜ると足元の砂が崩れ始める。

シーヴァルに腕を引かれて下がるルアンは足がすくんでいることに気がついた。

──こっちを見ていた。

竜の視線に殺意が孕んでいたのか、そうでないのか。

ルアンはそんなことを考えている余裕がなかった。

「ふふふ……」

「ルアンさん……?」

突然笑い始めたルアンにシーヴァルは心配そうな声で名を呼んだ。

「あれが竜。そうか……。大方、楽園の守護者ってことなんだろう」

剣を抜いたルアンは逃げられないことを悟る。

あれはただ、楽園に近寄るものを排除するための装置に過ぎない。

「かつて、幼い頃。母がとある物語を読み聞かせてくれたことがあった。竜は守護者であり、守護するものに危機が訪れる時、永き眠りから醒めてその力を奮う、と」

「守護者……」

「ふふっ、怖いなら逃げ帰ってもいいんだぞ?」

「ご冗談を」

シーヴァルは盾を精製し、その綺麗な姿勢で構える。

「貴女があの竜を倒すと言うなら、俺も共に戦います」

「よく言った」

再び砂の底から浮き上がり、胴を捻らせ、口を大きく開けて剣を構えるルアン目掛けて飛んでくる。咄嗟に間に入ったシーヴァルが魔術を使い、竜の口より大きく広がった盾を砂漠に突き立てると、竜は盾に向かって牙を立てて、その動きが止まった。

「くっ……!」

「無理をするなよ……!」

シーヴァルが停めたこの動きをルアンは見逃さなかった。竜へ向かって右回りで砂漠を駆けて跳躍すると傾いている竜の頭へと飛び乗った。

竜に押されたシーヴァルは背後の傾斜に足を滑らせ砂の窪みへ転がり落ちる。先ほどまで全身で押さえていた盾は魔力源であるシーヴァルの手から離れて、光の塊となって砕け散る。

ルアンは再び動き出した竜の頭にある柔らかい部分に刃を突き立てて、振り落とされないようにしがみつく。

「こ……のぉっ……」

刃をより深く食い込ませると竜は左右に揺れ、足元の砂漠ではなく天へと登る。

しかし、突然ルアンは宙に投げ捨てられた。

手についた砂で手を滑らせたルアンは、柄から離れていく。早く柄を握り直そうと空を掻くが、竜の体は天へと登って柄はみるみるうちに遠ざかっていくばかりで、ルアンの体は完全に宙に浮いていた。

「ルアンさん!!!!」

──頭の下からシーヴァルの声が聞こえる。

ルアンは身体を捻って眼下を見るとなぜか、シーヴァルの泣きそうな顔が鮮明に見えた。

──あれ。

ルアンの視界は影がかかる。

痛みでもがいていた竜もまた、ルアンと共に落ち、その柔らかな肉に牙を立てようと口を大きく広げていた。

ルアンの下半身は竜の口内に入り切っており、腹に尖った牙を突き立てられている。

「やめ……!」

シーヴァルは無意味ながらも縋るように手を伸ばした。

しかし、彼の視界に見えた景色は、最後に微笑んで手を伸ばして食いちぎられたルアンの身体が墜落していく様であった。

「……ぁ……」

シーヴァルは落ちてくルアンの身体を追いかけた。

足元が掬われそうになりながら、真っ逆さまに下落していく彼女の体だけを瞳に映している。

彼女の力ない上半身は、竜が掘り起こした砂の穴へと吸い込まれるように落下していく。シーヴァルは砂の斜面を滑り落ち、彼女の元へと向かった。

──ボクは。

「僕は、貴女の行く先について行くって決めたんだ……!」

穴に落ちる寸前のところでルアンの腕を掴み、シーヴァルはルアンの身体を抱きしめた。

「貴女が死ぬなら、僕も死にます──ずっと、一緒にいましょうね」

シーヴァルは目を瞑り、暗闇の中へと落ちていった。

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