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4話:二人の関係性

腹ごしらえが済んだ二人は借りた部屋へと足を踏み入れ、ルアンは相変わらず、シーヴァルへ個室を譲って自身は大部屋に等しいリビングにある寝台を占領した。

「前々から思ってたんですが、どうして個室を使わないのですか」

寝台に座って武器の手入れをしていたルアンがへっ?、と情けない声を出す。

「個室の方がのびのびとできるでしょう?」

「シー坊もいい年頃だろう?個室の方がいいんじゃないかと思ってわたしなりの配慮だよ」

そう発したルアンはシーヴァルと目線があっていない。長年彼女と共に居たシーヴァルはため息を吐く。

「目線、あってませんよ。冗談なんでしょう?本音は?」

「バレバレってか……」

ルアンはそういって頭を搔く。

「あ〜まぁ、怖いんだよ、狭いところが。

闘士だった時代は身分が低い奴隷とか……まぁ、言ってしまえば王者に狩られたり獣に食われる餌役は暗くて狭い部屋に大人数で寝てたんだ。手足を欠損したもの、大怪我を追って辛うじて生き残ったやつも朝になれば息絶えていたり、漂ってくる腐敗臭が拭えないまんま大人になっちまった。

だから、今もできるだけ人の気配がする明るい場所で寝ていたい」

彼女が育った闘技場が果たして劣悪な環境だったのか、それとも当たり前なのかは分からない。しかし、確かに言えることは彼女はそのせいで抱えることになった悩みもあるということだった。

「そういう事情が……すみません、変に首を突っ込んで」

「まぁ、いつかは聞かれると思っていたさ」

頬を掻く彼女は、窓の外を向いた。

外は暗い。しかし、まだ月明かりが零れ、寝具の周りは照らされている。

「わたしは、生き残ってよかったんだろうか」

不意に溢れたルアンの言葉は、どこか寂しげで。

シーヴァルは一瞬言葉につまる。脳裏にはいつもふざけているようで明るく懸命に生きている、太陽のような彼女が笑う。

「なんて……」

「ルアンさんの事情全く考慮しなければ……俺は、貴女が生きていてくれて嬉しい。あの日、あの街で、あの場で、あの瞬間。ただ、死ぬだけだった俺に生きる希望と権利をくれたのは貴女だから」

「シーヴァル……」

シーヴァルの本音に、彼女は笑い飛ばした。

「なっ……」

「ふふっ、すまない、バカにしてるわけじゃないんだ。

お前が生きる希望と権利も、最初からお前が持っていたんだ。

わたしは、ただ、出会ったあの日のお前の目に映る光があまりにも綺麗だったから、手を取っただけなのに、こんなにも思っていてくれたんだなってね」

「……だとしても」

シーヴァルがぽつりと呟いた言葉は、目の前にいる太陽のような彼女には届かない。

──だとしても、貴女が手を取ってくれなければ、俺はあの場で死んでいたのだから。

聞こえていない、笑い飛ばしていた彼女はすっかりいつも通りであった。

「まぁさ。そういうわけだから、シー坊が構わないなら個室を使っておくれよ」

シーヴァルは分かりました、と一言答えると、個室へ戻って荷解きをし、いつも訪れる夜と同じように眠りについた。


日が頭上を過ぎる頃、ルアンとシーヴァルは人の波に紛れて歩いていた。

「どこへ向かっているんでしょうね」

「ふぁぁ……」

昼手前まで寝ていたルアンを起こして、昨日見かけた住民と同様の身なりをした者を探そうと大通りに来た二人が見た光景は、白い服を纏う住民たちがこぞって列をなし、一方の方向へ向かう光景だった。その列に紛れて二人進む。

「街の中心へ向かってるみたいだが……」

欠伸し終わったルアンはそういいながら、中心へと視線を向ける。視線の先には街の雰囲気に合う、薄い黄土色の石でできた宮殿が存在感を放っている。

「ふふ、旅のお方。参拝されるのは初めてですか?」

そう声をかけたのは、列の隣に並んでいた二人組みだった。

フードで頭を覆い、仮面をつけ、ゆったりとした白と黄土色を基調とした衣類を纏う参拝者は、見た目だけでは性別はおろか個人すら見分けがつかない。

ルアンはその不気味さを感じつつ、「あぁ」と頷いた。

「その、参拝とはなんだ?」

「参拝とは、土の精霊王ロウディ様の教えを信じる者──ロウディ教の教徒が、ロウディ様がこの世に舞い降り、我々に救いを与える天啓をくださった日である『天啓日てんけいび』に聖地サウドットのパルダルン宮殿へ訪れ、天啓宮で祈りを捧げることです」

「偉大なるロウディ様を信じ崇める敬虔な信者は多いですから、天啓日だけではとても参拝しきれないので、天啓日の前7日間から参拝がなされるのですよ」

二人組みは教徒にとってはきっと失礼であった問いに対しても構わず答えてくれた。その瞳には慈愛が込められ、この信徒たちにとって、生活だけではなく、性格や考え方といったところまで、教えが浸透しているのだろう。

「ロウディ様の教えは偉大なのですね」

シーヴァルは余所行きの作り笑顔を顔に貼り付けながらそう述べた。二人組みの内手前の女性らしい信徒は「えぇ」と微笑んだ。

「私たちの基盤となるものですから。

ロウディ様の教えの中の一つには、『隣人には慈愛を、迷う者には道標を』と告げられております。ロウディ様は迷う者……罪を犯すものにさえ、手を差し伸べろと説いているのです。

その他にも『笑顔を咲かし、人を憎まん』等、教えは多岐に渡りますから、ぜひ、宮殿で教えを聞いてみてください」

仮面から見える目元は、細めて微笑んでいた。

「ありがとうございます。

その、もう一つだけ良いですか?」

シーヴァルの問いに信徒は頷く。

「皆さんがつけてらっしゃる仮面やその服もまた、ロウディ教の?」

「これはロウディ様へ会うための正装です。

信徒はみな、参拝時は必ずこの格好でなければなりません。

なので、旅のお方は宮殿には入れますが、参拝までは叶わないですね」

「正装はどちらで用意されるんですか」

「あちらの宮殿は見えますか?

宮殿の本殿の左、あちらが太陽宮といって司祭たちの詰所なのです。そこで入信の意志をお話しいただければ手渡されると思います」

二人は信徒が手で示した建物を見つめた。

存在感を放つ本殿から伸びた通路の先にまた同じような建物が続いていた。

──つまり、仮面の男はロウディ教の教徒なのか……?

しかし、信徒たちを見渡すと、みな同じ模様の仮面をつけているのに対して、男の仮面のものは模様が異なる。

「ありがとう。先にそちらを伺ってみるよ」

「えぇ、貴方たちの旅路に幸あらんことを」

「そちらさんも幸あらんことを」

信徒たちに手を振りながら、ルアンはシーヴァルの手を引いて列から脱却すると、近くの路地に入り込むとシーヴァルが小さい声で話している。

「どうしたんだ、シー坊」

「いや……あのその、手……」

「手?」

ルアンが手に目をやると、信徒の列から離れる際に握られた手は路地にいる今もそのままだった。

「あぁ……なんだ、恥ずかしいのか?」

挑発的に揶揄うルアンは、シーヴァルが真顔で「そんな訳ないでしょう?」と言って手を離すものかと思っていた。

しかし、実際の彼は俯いて黙り込んでいる。

「俺だってもう、成人する男なんですよ」

──そうだった。もう、シーヴァルもこどもじゃないんだ。

しかし、目の前にいる男は耳を赤くしながら自身より背丈の低い女のために腰を曲げて話し、照れくさくても小さい手を無理やり振りほどいたりしない。それが何よりも可愛く見え、ルアンは空いてる手で、シーヴァルの柔らかい髪を撫でる。

「なっ」

「わたしにとっては、ずっと可愛いこどもだよ、お前は」

「……こども扱い」

成長して見れなくなっていた頬を膨らませて拗ねる姿は、彼が彼であることを裏付けるようだった。

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