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1話:夢を追うもの

今日もこの街は賑わっている。

それは大通りから外れた傭兵たちが募う酒屋も変わらない。

「今日も大活躍だったねぇ、ルアン!アンタがこの街に来てくれてから、アタシたちの仕事も楽になったったもんよ。

どうだい?この街で腰を据えるってのは」

ルアン、と呼ばれた女はグラスいっぱいに注がれたアルコールを一気に体内に取り込み、頬を赤くしながら上機嫌に手を振る。

「あっはっは、姉さん。そりゃぁわたしのことを過信しすぎだよ〜!

この街にいるみんなは強い。それに言ったろ?私がこの街にいるのは、私の夢を叶えるための通過点に過ぎないんだって〜」

「気持ちは全く変わらないのかい?」

「悪いね。かれこれ、長年もがいてる夢なんだ」

黄金色の美酒が注がれたグラスを片手に、ルアンは赤茶色の長い三つ編みを揺らして正面に座る恰幅の良い女に語る。ルアンが姉さんと呼ぶ女は慈愛に近い表情を写し、しかし、すぐさま陽気な表情へ仮面をすり替える。

「アンタを手放すのは惜しいが──アタシは大きな野望を抱く子が大好きだ!さぁ!明日は旅立ちの日!今日は飲みな!!アタシの奢りよ!」

「流石姉さん!理解も早くて太っ腹!!!

野郎ども、飲んで飲んで、騒ぐぞー!」

「アンタは程々にしとけー!」

「ルアンの姉御の旅路を祝うぞ!!」

「あっはっは!」

ルアンは活気に溢れたこの街で出会った傭兵仲間と酒屋の酒が尽きるまで飲み続けた。



すっかり夜は更け、人の姿を見えなくなった頃。

腹と脚を露わにした装いをしているルアンは、肌に心地よい風を浴びながら中期滞在者用の宿へとまっすぐ向かう。その傍らには、ルアンより年下の、まだあどけなさを残しつつも大人の顔を付きへ変貌していた青年シーヴァルの姿があった。彼は、自身より背が低い女性であるルアンの腰に手を当てて千鳥足が崩れないように支えており、長年連れ添った師匠との数多ある内のひとつの習慣であった。

「ルアンさん。真っ直ぐ歩いて」

「ん〜?地面が斜めってるだけさぁ」

シーヴァンは呆れる素振りすら見せない。

艶やかで短い金髪を夜風に揺らしながら、前を見据えている。

「まったく。飲み過ぎですよ」

「シー坊も飲めるようになりゃわかるさ。美酒の美味さと楽しさが。

にしたって、シー坊もおっきくなったねぇ〜。ちょっと前まではあんな小さくて、ちょこちょこわたしの後ろを着いてきてたのに、今やこんなしっかりしちゃって」

「貴方と何年旅してると思うんですか。

俺がしっかりしないと貴方は宿に帰れないでしょ」

「あっはっは、それもそうだねぇ」

二人はかつて戦場で出会った。


七年ほど前。

ルアンが18歳──成人した頃には既に傭兵として食い扶持を稼ぎながら世界を回っていた。彼女は昔からの夢があった。それはかつて、貴族たちの娯楽であった闘技場で共に闘士として駆り出されていた奴隷で、たった一人の肉親である弟のサリアスを蘇生させることだった。

サリアスは不審な死を遂げた。それは賭事に巻き込まれる闘士としての宿命だったのか、犯罪に巻き込まれたのか定かではないが、彼の死体は無惨だった。──それが、彼女の人生を狂わせた。

それからというものの、彼女はサリアスを生き返らせるという一心で、人の目を縫っては逃げ落ちて、偽名を名乗って傭兵として生きていた。そして、その中でルアンが生まれ育った南ヴァルハルには、世界のすべてが集まる楽園『最果て』があるとの噂を聞きつけて、大陸中を練り歩いていた。

そんな中、地方都市の領主に傭兵として雇われて駆け回った戦場で、手数の一つとして駆り出されていた貧困層の少年兵──それが、当時まだ10歳くらいのシーヴァルであった。

彼はまだ背丈も小さく、今より遥かに貧相な身体つきをしており、とても大人が振るうような剣を持ち歩けるはずもなかった。ただ一人作戦から遅れて、数刻前までは同じように影を落としていた兵士たちを薙ぎ払った敵の傭兵であるルアンの剣技に惚れ込んだ。

「ボクも、アナタみたいに強くなりたい」

血と煙と瓦礫に塗れた悲惨な都市の一部で、目に光を宿して訴えかけるようにそう呟いた少年にルアンは剣ではなく、手を差し伸べた。


それからというものの、二人は傭兵として共に旅した。

かつて愛らしかったシーヴァルの面影はすっかり消え去り、どちらかというと男らしく逞しくなっていた。

──あぁ、サリアスが生きていたら、こんな風だったのかな。

ルアンは気が付けば高い位置に登ったシーヴァルの顔を見つめ、夜風で高揚した頭を冷やしながら、考えていた。

近頃は仕事を終えて昼間に二人で出掛けると酒屋で給仕をしていた若い女の子たちがシーヴァルに話しかけ、楽しそうに談笑してる姿も見かけていた。

「ねぇシー坊?」

「……なんです」

「シー坊はここに残りたかったかい?」

「……」

ルアンの声色から良からぬことを話すであろうと内心身構えていたシーヴァルは、彼女からの発言に言葉を失う。

ゆっくり歩いて、暗闇を真っ直ぐ見つめる彼女の瞳は太陽のように眩しい。

「ほら、街の若い子たちと仲良くなっていただろう?

わたしは長くても半年程しか同じ街には留まらない。シー坊には寂しい思いをたくさんさせちまっただろう?」

慈愛に満ちた瞳は細まり、シーヴァルへ問いかけるような視線を見せた。

その瞬間、シーヴァルは酔っぱらいの師匠の頭を軽く手刀で叩く。

「イタッ」

「全く。何を言い出すのかと思いきや。

ルアンさんが酒屋であの人たちと言葉を交わし、最果てについて手がかりを掻き集めているのと同じで、俺も人との意思疎通を図っているだけです」

不服そうな青い双眸がルアンに向けられ、彼女は思わず笑い出す。

「静かに。ご近所迷惑ですよ」

「ふふ、悪い悪い」

ルアンは悪そうに思ってないように口角を上げて笑う。

「そうだよなぁ、過保護すぎかね、わたしも」

「も、とはなんですか」

「自覚はあるくせに」

他愛のない話で気が付かば宿の姿が見える細い裏道に入り掛けた時だった。シーヴァルは背後を振り返り、ルアンの身体を自身の背後へ回した。そうして、突如何もない空間から腕の長さと等しい銀の盾が現れ、同じような物質を弾き落とした音が聞こえる。

「……刺客か?」

先程までの酔いは嘘だったように、冷静な声がシーヴァルの耳に入る。

「殺意は感じられません」

「そう」

暗闇の中から浮き出たそれは、背丈はシーヴァルと同じくらいの男だった。装いは商人や傭兵、物流関係者が利用する飲食店や宿屋が主なこの街に住むものにしては華美で整ったもので、顔には目元を隠しているが、目だけ見える仮面を身につけている。

「アンタは何者なんだい」

ルアンはシーヴァルの背後からスっと出てくると、腰に携えた刀身の短い剣──カットラスの柄を握りながら男の問う。しかし、男から発された言葉は質問とは全く異なるものだった。

「『最果て』には近寄るな」

「──何者だ」

その言葉と共にルアンは駆け出す。女にしては長い足で一気に間を詰めて剣を振るうが、男は宙を浮いた葉が舞うように躱していく。

──まるで、わたしの動きが分かってるようだ。

より深く、相手の胴を切るように薙ぎ払うがそれすらも躱される。ルアンはその攻撃が避けられたことを確認して、大きく下がって間合いを取る。

──真正面から挑んだ所で当たらない。なら、こちらだって策は練る。

右手を後ろに回し、挑みに行ったルアンの邪魔をしないように見守るシーヴァルに合図する。

シーヴァルはその合図を確認するとルアンの胴を隠せるほどの盾と先端の刀身が両刃となってる槍を手にして男に迫る。盾で隠された槍で突き、手に骨を断ち、肉を貫く感触が得られてない彼はそのまま薙ぎ払った。払われた刃は、男が身につけた羽織に付いた紐を掠め、男は予想外だったのか、はらりと落ちる紐に視線を取られた。

その瞬間。シーヴァルの背中に息を潜めていたルアンが一気に駆けて下から大きく薙ぎ払う。

男はルアンが突然間合いを詰めてきたことには気がついたが、動作に遅れを取っていた。ルアンが払った剣は狙っていた胴や手をすり抜けたが、男の仮面の端を掠めて大きく弾いた。

カランカラン、と石畳に落ちた仮面を剥がした男の素顔にルアンは言葉を失う。

「…………サリアス…………?」

「……」

シーヴァルは目の前の男を凝視した。ルアンの口から何度も聞いたその名を、この男が。素顔を晒した仮面の男はルアンとは似つかない顔だった。ルアンは赤茶色の癖のある髪と同じ色の瞳。その瞳を包容している目元は垂れており、二重で掘りも深い方だった。唇も立体的で肌は濃い。

しかし、男は黒茶色の直毛に瞳の色は黄金に近く、目元もつり上がり鋭い印象を受けた。二重ではあるが、顔も肌の色も薄い、そんな青年の顔である。

「ルアンさん」

シーヴァルは男を観察した上で立ち尽くしていたルアンに声を掛ける。普段、戦場では冷静さを欠かない彼女が動揺していることは誰の目から見ても明らかであった。

「私は忠告したぞ」

「っ、待て!!」

闇に溶け込み消えていく男をシーヴァルは追おうとするが、彼は今の状態のルアンを置いて追いかけることはできなかった。足元に転がっていた仮面を拾い上げて、ルアンの手に握らせた。

「……ルアンさん。帰りましょう。俺たちの家に」

ルアンは手元に握られた仮面を見つめて、「あ、あぁ」と不安定な声で同意した。

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