【第一話】「告白と、すれ違いの始まり」
どうも、はじめまして!
この作品を手に取っていただきありがとうございます。
世のラブコメやラノベでよく見る「幼なじみがラノベ好き → その作品の作者が実は主人公でした!」という王道(?)展開。
でも、もしその“テンプレ”が現実で起こったらどうなるのか?
そんな素朴な疑問から、この物語は始まりました。
主人公は勘違いラブコメ脳。
ヒロインは健気だけど不器用。
そして二人は、すれ違い続ける……!
「ラブコメあるある」を逆手に取った、勘違いと青春が交錯する物語を楽しんでいただけたら幸いです。
それでは、どうぞ!
――俺には、ずっと好きな幼なじみがいる。
名前は白石 美咲。隣の家に住んでいて、保育園のころから一緒に遊び、小学校・中学校も同じ。高校生になった今も、同じクラスにいる。
明るくて、友達も多く、テストでは常に上位。運動も得意で、委員会活動も真面目にこなす。誰から見ても「完璧ヒロイン」みたいな存在だ。
そんな彼女に、俺――桜井 悠斗が恋をしているなんて、まあ、クラスの誰も気づかないだろう。
いや、正直な話。幼なじみなんて立場は「攻略対象ヒロインから一番遠い」ってラノベで散々読んできた。十年以上も一緒にいたら、普通は家族みたいにしか思われない。
それは俺も頭ではわかってるんだ。……だけど、好きになってしまったのは仕方ない。
俺にはもう一つ秘密がある。
それは――趣味でラノベ作家をやっていることだ。
もちろんプロじゃない。だが、投稿サイトに小説を載せていて、そこでちょっとした人気を得ていた。読者コメントも毎回ついて、ブックマーク数も数千を超えている。
タイトルは『勇者様の明日はどっちだ!?』。異世界コメディ路線で、俺の全力を注いだ作品だ。
……そして、ある日気づいてしまった。
美咲が、俺の書いたその作品をスマホで読んでいることに。
放課後の教室。窓際でにやにや笑いながらスマホをタップする美咲の姿。
クラスメイトが「なに読んでるの?」と聞いたら、美咲はこう答えたんだ。
「え? これ? 『勇者様の明日はどっちだ!?』っていうんだけど、めっちゃ面白いんだよ!」
俺はその瞬間、心臓が止まるかと思った。
まさか、俺の幼なじみが俺の作品の読者だったなんて――!
しかも、美咲はクラスメイトに熱弁をふるった。
「もうね、ギャグのテンポが最高で! 主人公がドジなのに妙にかっこよく見えるとことか、ほんと好き!」
「わかる人いる? この面白さ!」
その言葉を聞いた瞬間。
俺の脳裏に、ラノベあるあるの展開がよぎった。
――もし、俺が作者だって打ち明けたら。
――きっと、美咲は俺のことを好きになるんじゃないか?
だって、ラノベの世界ではそうだろ?
「実は私の好きな作品を書いてるのが、ずっとそばにいた幼なじみでした!」
――そこから恋に発展するのがお約束だ。
……現実はラノベじゃないってことを、このときの俺はまだ知らなかった。
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そして数日後。
俺はついに、美咲に真実を打ち明ける決意を固めた。
日曜日の午後。ファストフード店。
テスト勉強を一緒にしようと約束していた俺たちは、ポテトをつまみながら問題集を広げていた。
「ねえ、美咲」
「ん? なに?」
スマホをいじっていた美咲は、顔を上げて俺を見る。
その画面には――やっぱり俺の作品が開かれていた。
よし、今しかない。
勇気を振り絞り、俺は口を開いた。
「あのさ……美咲が読んでる『勇者様の明日はどっちだ!?』って小説……」
「うん! ほんと面白いよね、これ!」
「……実は、それ、俺が書いたんだ」
静寂。
美咲の表情が、一瞬止まる。
「……は?」
「いや、だから……その作品の作者、『悠月』ってペンネームなんだけど……俺なんだ」
しばしの沈黙。
そして、美咲の目がぱちぱちと瞬き、驚きと困惑が混ざった声を漏らした。
「……え? ほんとに……?」
「ほんとに。証拠もある。……で、その……どう思う?」
言った。言ってしまった。
さあ来い、ラノベ的展開! 「実は私もずっとあんたが好きだった!」みたいな言葉が飛んでくるはず――!
だが。
「すごい! 本当に作者だったんだ! ……悠斗って、やっぱりすごいね!」
「……え?」
「いや、感動した! だってこんなに面白い作品を書ける人が、ずっと隣にいたなんて……! ほんと尊敬する!」
美咲は心の底から驚き、そして褒めてくれた。
けれど、その声色はあくまで「尊敬」。
そこに、恋愛感情は――微塵もなかった。
「……それだけ?」
「え?」
「いや……その……好きだとか、そういうのは……?」
美咲は少し困ったように笑い、言った。
「悠斗。作品が好きだからって、作者本人を恋愛対象として好きになるわけじゃないよ?」
――その一言は、俺の胸に鋭く突き刺さった。
いや、冷静に考えれば、当たり前だ。
ラノベの世界じゃあるまいし、「作者=好きになる」なんて理屈は現実には通用しない。
だけど――だけどさ。
俺は、どこかで期待していたのだ。
「美咲が俺の作品を好き」=「美咲が俺自身を好き」。
そんな短絡的な願望を、信じてしまった。
「……そ、そうだよな。はは……」
なんとか笑ってごまかしたけど、心臓の奥はずしんと重い。
ポテトの味もしないし、勉強する気力も抜け落ちていく。
「ごめん、変なこと言った」
「ううん。……でも、本当にすごいと思うよ。悠斗は、ずっと小説書いてたの知ってたけど、ここまで人気になってたなんて気づかなかった」
「……ありがとな」
――尊敬。感謝。憧れ。
だけどそこに「好き」という言葉は、最後まで混ざらなかった。
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帰り道。
夜の住宅街を歩きながら、俺は深くため息をついた。
「やっぱり現実はラノベみたいにはいかないか……」
淡い期待が砕け散ったあとに残るのは、どうしようもない虚しさだった。
これから美咲とどう接していけばいいんだろう。気まずさしか残らない気がする。
足取りは重く、家に着くころにはぐったりしていた。
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一方そのころ。
自室でベッドに腰掛けていた美咲は、両手で顔を覆いながら小さくつぶやいていた。
「……私、本当に馬鹿だ」
昼間の悠斗の真剣な表情。
「俺が作者なんだ」と言ったときの、少し誇らしげで、それでいて不安げな眼差し。
そのすべてが、胸に焼き付いている。
――そう。美咲は、ずっと前から悠斗のことが好きだった。
明るくて、少し不器用で、でも努力家で。
幼なじみとしてそばにいるうちに、自然と惹かれていった。
けれど今日、真実を知ってしまった。
悠斗が、あの『勇者様の明日はどっちだ!?』の作者だったということを。
美咲は、あの小説が大好きだ。読むたびに元気をもらっているし、何度も笑わせてもらった。
そして――悠斗がそれを書いていると知った今、もっと好きになった。
でも。
「……もし、付き合ったら」
声に出すと、胸がきゅっと痛んだ。
もし付き合ってしまったら、悠斗の執筆に影響が出てしまうんじゃないか?
恋愛で浮かれて、締め切りを守れなくなったり、話が破綻したり。
最悪、悠斗の大切な夢を壊してしまうかもしれない。
そんな恐怖が、美咲の心を締め付けた。
だから――わざと「尊敬」としか言わなかった。
だから――本当は好きなのに、「恋愛感情じゃない」と装ってしまった。
「悠斗の夢を守りたい。……そのはずなのに、こんなの、ただの自己満足だよね」
美咲の瞳には、悔しさと涙がにじんでいた。
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翌日の教室。
「おはよ、悠斗」
「……お、おう」
いつも通り声をかけてきた美咲に、俺はどぎまぎと返す。
昨日のことが頭にこびりついて、まともに目が合わせられない。
美咲もまた、平静を装ってはいたが、内心はぐちゃぐちゃだった。
本当は今すぐにでも「好き」と言いたい。
けれど――「作家としての悠斗」を思うと、その一言が言えない。
こうして、俺と美咲の間に、言葉にできない「すれ違い」が生まれ始めていた。
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翌日の昼休み。
教室の後ろでは、男子数人が集まって騒いでいた。
「なあ桜井、お前ってさ――」
「ん?」
「ラノベ作家なんだって?」
……なぜバレてる!?
慌てて周囲を見回すと、同じグループの田中がニヤニヤしながらこっちを見ていた。
「昨日、美咲が『悠斗すごいんだよ! 実はラノベの作者だったんだ!』って話してたぞ」
「……おい、美咲……!」
思わず振り返ると、前の席の美咲が「あ、やば」と小声でつぶやき、肩をすくめた。
「いや、なんかみんなにも知ってほしくなっちゃって……ごめん」
「お前なぁ……」
俺は額を押さえる。
せっかく秘密にしていたのに、幼なじみの口から拡散されるなんて。
「でもすげーじゃん! ネットで人気あるんだろ? もうプロの作家みたいなもんじゃね?」
「おいおい悠斗、実は売れっ子だったのか!」
「そういや美咲もずっとあの小説読んでたよな? まさかの作者本人ゲットかよ~!」
「……は?」
「え?」
男子たちの軽口に、俺と美咲の声が重なる。
「いやいや、付き合ってるってわけじゃ!」
「そ、そうだよ! ただ尊敬してるだけで!」
慌てて否定する二人。
……なのに、クラスメイトたちはにやにや笑って、好き勝手に盛り上がっていた。
「へぇ~、じゃあ美咲が悠斗の一番のファンってことか!」
「おい悠斗、これはもう彼女にするしかないだろ!」
「お似合いだって~!」
「ち、ちがっ……!」
顔を真っ赤にして否定する美咲。
俺も「違う!」と叫んだが、否定すればするほど周りは盛り上がっていく。
……完全に、クラスの中で「俺と美咲はそういう関係」みたいな噂が立ち始めてしまった。
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放課後。
「……だから言っただろ、広めるなって」
「うう……ほんとにごめん」
下校途中。美咲は小さく肩をすくめて謝ってきた。
その横顔が妙にしょんぼりしていて、怒る気持ちがしぼんでしまう。
「……別に、まあいいけどさ」
「悠斗、怒ってるでしょ」
「怒ってねぇって」
実際、怒ってるのは「噂が広まったこと」よりも――
「美咲は俺のことを尊敬でしか見てない」という事実の方だった。
けど、それを口にする勇気はなかった。
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一方で、美咲の胸中も複雑だった。
「(ほんとは……好きって言いたい。でも、言えない。今はまだ)」
噂になったことで、余計に言いづらくなった。
「付き合ってるんでしょ?」と冷やかされるたび、照れて誤魔化すしかない。
本当は肯定したくてたまらないのに。
そして――誤解は、少しずつ広がっていく。
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次の日の昼休み。
購買帰りの佐伯が俺に耳打ちしてきた。
「おい桜井、お前と美咲って、やっぱりそういう関係なのか?」
「ち、ちがうって!」
「でもさ、美咲、すげー楽しそうにお前の作品語ってるぞ? 『悠斗の小説は最高!』とかさ」
「……は?」
思わず聞き返した。
――美咲が、俺の小説をみんなの前で「悠斗の」って言った?
佐伯の言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中で勝手な解釈が膨らんでいく。
「(まさか……昨日は『尊敬』って言ったけど……実は気持ちを隠してただけで、ほんとは……?)」
ラノベ脳全開の俺は、都合よく結論を導き出してしまった。
「美咲は照れ隠しであんなこと言ったんだ」――と。
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もちろん、美咲の本心は「作品を褒めたい気持ち」+「悠斗を守りたい気持ち」だった。
だが、俺はそんなこと知る由もない。
こうして小さな誤解が、確実に芽を出し始めていた。
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放課後の図書室。
俺は小説の資料を探すふりをしながら、心ここにあらずだった。
「(美咲……昨日は『尊敬』って言ったけど……やっぱり本当は……?)」
佐伯から聞いた話が頭から離れない。
美咲が「悠斗の小説は最高!」と嬉しそうに言っていた――。
もしそれが本心なら、やっぱり俺のことを……。
「悠斗、何探してるの?」
不意に声をかけられて顔を上げると、そこには美咲が立っていた。
本を数冊抱えていて、その笑顔はどこかぎこちない。
「べ、別に。ただの資料」
「そっか……」
短いやり取り。
だけどその沈黙が、妙に重かった。
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勇気を振り絞って、俺は切り出した。
「なあ、美咲」
「ん?」
「昨日のことだけど……本当に、尊敬だけなのか?」
心臓がばくばくと跳ねる。
正直、怖かった。
けど、このまま曖昧にしておくのも嫌だった。
美咲は一瞬、目を見開き――そして小さく笑った。
「……そうだよ。尊敬。すごいなって思う。……それだけ」
「……そうか」
胸の奥が、また重く沈む。
けれど、その裏で美咲は必死に自分をごまかしていた。
「(違う。本当は好き。でも、言っちゃだめ……!)」
――悠斗の夢を壊したくない。
――自分がブレーキになるのは嫌だ。
だからこそ、わざと笑ってみせた。
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その瞬間、俺の中では別の誤解が膨らんでいた。
「(……やっぱり、美咲は照れ隠ししてるだけだ)」
否定すればするほど、本心を隠してるんじゃないか。
昨日もそう。今日もそう。
でも周りには「悠斗の小説最高!」って言ってるんだ。
――そうだ、これはラブコメの「あるある」だ。
「本当は好きなのに、素直に言えない幼なじみ」。
ならば俺が勇気を出せば、美咲はきっと……!
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だが、美咲の胸中は全く逆だった。
「(悠斗……やっぱり疑ってる。もし気持ちを悟られたら……どうしよう。私は悠斗の夢を壊したくないのに……)」
彼女は彼女で、「気づかれてはいけない」という方向に必死だった。
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こうして俺と美咲の間に、
「好かれていると勘違いする俺」と
「好きだけど隠そうとする美咲」という、完全なアンジャッシュ式すれ違いが生まれたのだった。
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帰り道。
「……じゃあね、悠斗」
「ああ、また明日」
交差点で別れるとき、美咲は小さく手を振った。
その表情は、ほんの一瞬だけ寂しそうに見えた。
――けれど俺は、そのサインに気づけない。
「(よし……次こそ、ちゃんと気持ちを確かめよう)」
そんな決意を胸に、夕焼けの下を歩いていった。
一方、美咲は心の中で呟いていた。
「……悠斗のために。今はまだ、言えない」
---
こうして、幼なじみ二人のすれ違い青春コメディが幕を開けたのだった。
【第一話・完】
ここまで読んでくださってありがとうございます!
第1話は「告白」と「すれ違いの種まき」を描きました。
主人公は「ラノベ脳」で勝手に都合よく解釈してしまい、
ヒロインは「好きだからこそ言えない」という真逆の理由で気持ちを隠してしまう。
その結果、二人の間に生まれるのは“勘違い”と“誤解”ばかり。
コメディがここから始まっていきます。
次回からはクラスメイトや友人も巻き込んで、よりカオスな誤解ラブコメに発展していく予定です。
ここまでお付き合いいただけたなら、ぜひ第2話も読んでいただけると嬉しいです!
ではまた、次回の更新で!