表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

第5話目 〜血吸い柳対墨羽くろう〜

〜前回のあらすじ〜


全身の血を抜かれる怪事件、『血無し時間』が発生する。


女子高生のチアキは被害者である友達の見舞いに病院に向かう。


しかし、病院の広場で突如、甲高い笑い声を上げる柳の木に襲われる。


その柳の正体は今回の事件の犯人である妖怪『血吸い柳』。


危うく血を抜かれると思えた瞬間、一人の男が血吸い柳に向かってくる。


その男は、『怪奇現象専門研究家』を自称する人物ーーー『墨羽くろう』だった。

 静寂の病院前の広場。

 月に照らされた光景にチアキは目を疑った。


「ち、ち、チアキちゃん……。これ、どうなってるの……!? 」


 隣で友達のマキが震える。

 薄暗い夜の中でも、顔の血が引いてることが伝わってくる。


 ーーー今どんな状況か。

 そんなこと、自分にだって分からない。


「こ、こっちのセリフだよぉ……」

 

 涙で歪む視界。

 そこに映っているのはーーー



「ギギィッ!! ギギギギィイッ!!! 」


 枝をひたすら地面に叩きつけ、怒りを露わにしている柳ーーー妖怪"血吸い柳"と、


「ギーギーギーギーうるっせぇんだよ。ちょっと黙ってろ」


 白い髪を掻き分け、柳と相対する男ーーー自称・怪奇現象専門研究家の"墨羽くろう"。


 目鼻の先が、この世のものとは思えない。

 チアキとマキはただ、ガタガタと震えることしかできない。

 

 痛いほど張り詰めた緊張感に、全身の毛が逆立つ。

 恐怖心が、風の音すら遠くに感じさせる。


 先ほどまで喚き散らしていた血吸い柳が、突然静まる。枝も振り回さずに、ただ風に揺らしている。


 いや、静まったのではない。

 "堪えてる"。爆発寸前の怒りを、鋭い牙を食いしばって抑え込んでる。


 対するくろうは、ただ黙って指を鳴らす。

 骨の音が、くろうの闘争心を代弁している。


 静寂の中、はっきりと聞こえてくる広場の設備時計。

 


"カチッ… カチッ… カチッ…"

 

 規則正しくなる音。

 短針が9、長針が真上を指した瞬間ーーー


"ガコッ!"


 静寂が破られ、戦いの火蓋は下ろされた。


「ギギギギィィ!! 」


 血吸い柳の枝が、一斉にくろうに向かって迫ってくる。

 寸前で跳んだくろうの足元を、暴れ狂う緑の鞭が叩きつけられる。


「っと、危ねえ。そう簡単には殺らせねぇってか? 」


 右、左、上、下、前、後ろ……

 あらゆる方向から、蛇の如くしなる枝。

 ほんの小さな虫でも、通れないほど飛び交う緑の幕が、くろうとの間に広がる。

 

 だが、くろうはその狭間を一歩、また一歩と進む。

 しゃがみ、逸らし、手と足で弾く。

 洗練されたその動きに、枝は空を切るか、明後日の方向に弾かれる。

 

 そして、くろうが脚を曲げ大きくしゃがんだ瞬間ーーー


「そこだーーー」


"ダンッ!!"


 曲げた膝を一気に伸ばして、土を散らす。

 バッタ顔負けに跳躍により、柳との距離が一瞬で無くなる。

 

「ギッ!? 」


 血吸い柳の口元が歪んだ刹那ーーー


 拳が幹の中央にめり込む。

 耳の奥まで響く、鈍い音。強力な打撃音が空気を割く。

 木の皮が裂け、僅かなヒビが街灯の下で明るみになる。

 

 彼の腕が完全に振り抜かれた時、血吸い柳は飛んだ。

 大量の土や石を宙に飛ばし、とんでもない速度で根っこごと吹っ飛んだ。


「ギガァッ!! 」


 地面が柳によって抉られた跡を残す。

 見上げるほど高かった柳の木が、根を露わにしたまま倒れている。

 

 夢と勘違いするような現実に、チアキは目を丸くしている。

 恐怖心とは違う感情が、胸の奥で熱を帯びている。


 マキも同様だ。先ほどから、彼女が自分の腕を掴む力がどんどん強くなってくる。


「す、すごい……」

「や、柳の木を、根っこごと……」


「グギ… ギギッギィ……!! 」


 息を呑む二人をよそに、血吸い柳はゆっくりと身体…いや、幹を起こす。

 根がタコ足のように蠢き、全身を支えている。


「ヒッ…! ま、まだ動けるの…!? 」


 その姿は、もはや柳どころか植物の域を超えている。

 チアキの胸の内側は、それを見た途端再び冷たくなっていく。


 だが、この場で唯一、くろうは別だった。


「根っこぶち抜かれたくせに、起き上がってくるんじゃねぇよ。真っ二つにへし折られてぇのか? 」


 吐き捨てるよう様に言ったくろうは、そのまま拳を作って腰を落とす。

 その鋭い目は、再び一撃叩き込むことを、無言で物語っている。


「ギギッ!! 」


 血吸い柳は、枝を天に伸ばす。

 緑色のムチたちは、扇状に柳の上で広がり、気味な威圧感を放っている。

 その姿は、さながら動物園で見かけた、羽を広げた孔雀だ。


「え、枝が…! 」

「まだ多少は動けるみてぇだな」


「ギガガァアッ!! 」


 夜空に叫びが響いた瞬間、枝が一斉にくろうに迫る。

 草原の葉を散らしながら、地面スレスレに彼の足元を狙う。


「芸がねえな。何も来ても同じだよ」


 くろうはその場で、小刻みなステップを刻む。

 軽快なリズムを鳴らす足は、絶妙なタイミングで枝避け続ける。

 風を切る音と足音が混ざり合い、静寂な夜の間を駆け抜ける。

 

「す、すごい。全部避けて……」

「ち、チアキちゃん! 前! 前!! 」

「へ? 」


 チアキの視線がくろうたちから目の前に移った時ーーー


 枝がこちらに向かってきてるではないか。

 放たれた矢の様に俊敏な2本の牙が、二人の首元めがけて突っ込んでくる。

 

「ヒッ…! 」


 本能が『逃げろ』と叫ぶ。

 しかし、身体が上手く動いてくれない。

 どれだけ逃げたくても、全身が地面に縫い付けられた様に動けない。


 そうこうしてるうちに、枝はもう目の前まで迫っている。

 もはや、今動いても確実に間に合わない。


"死んだ"。


 その一言がチアキの頭を埋め尽くす。

 全身の力が抜け、目が反射的に閉ざされる。


 闇に包まれた視界の中で、チアキはマキを強く抱きしめて"死"を覚悟するーーー



 


 

 だが、チアキの身に痛みや苦しみが来ない。

 それどころか、身体に触れられた感覚すらない。


 チアキがゆっくりと瞼を開くとーーー


「……ッ!? す、墨羽さん!! 」


 目の前で見えたのは、くろうの背中。

 黒いスーツの上に、枝が何重も巻かれている。


「グッ……!! 」

「キキキキキッ!! キーッキッキッ!! 」


 彼の呻き声をかき消す血吸い柳の甲高い声が、耳の奥までつんざく。

 

 僅かに"チュウ… チュウ…"という音がくろうの方から聞こえてくる。

 見ると、彼に巻き付く柳の枝が血管の様に、微かに脈打っている。


「ち、血を……! 」


 血の気が一気に引いていくのが瞬時にわかる。


"もし、彼がやられてしまったら"ーーー


 そんな考えが浮かぶたび、どんどん顔が冷たくなる。

 まるで、血が凍りついた感覚だ。


「キキャキャキャキャッ!! キャッキャッキャッキャァッ!! 」


 彼の血がよほど美味いのか、あるいは邪魔者を始末できた喜びか。

 血吸い柳は、幹に浮かぶ口元を目一杯開けて、この場で唯一笑い狂う。


 黒一色に染まった広場で、吸血妖怪だけが笑っている。




 ーーーそう、見えた時だった。


「……え? 」


 後ろから僅かに見えた、くろうの顔。


「……おい、血吸い柳」

 

 明らかに上がっている口角。

 闇の中に見える白い歯。

 そして、一切鋭さが衰えてない目。


「ギギ? 」

「そんなに嬉しいかよ。俺の血が吸えたことが」


 この場で、この状況下で、くろうは笑っていた。

 

 その時だ。チアキの耳に"妙な音"が聞こえてきたのは。


"ブチッ… ブチブチッ…"


 何かが千切れる音が、どこからか聞こえてくる。

 どんどん鳴る頻度が増えていき、1秒も絶え間なく、何かが切れ続ける。


「もう、充分に吸ったろ……? 腹も、たまってきたろ……? 」


 音の出ごろは、くろうの方からだ。

 巻かれた柳の枝の下、何かが膨らみ始めている。

 腕部分で、重圧に耐えられなくなった枝が次々と吹き飛んでいく。


"ブチッ! ブチブチッ! "

「もう、満足したんじゃねぇのか……? 」


 破裂寸前まで膨らむ緑の幕。

 くろうの足が、一歩前へと踏み込んだ。


 そして、ついにーーー



「なら、今度はーーー




こっちの番と行こうかぁあ!!!! 」



 緑の幕が破られた。

 下から解放された彼の両手が広がり、辺りに枝の残骸が舞う。

 繋がれた緑の鎖が解き放たれ、彼は自由の身と化した。


「ギギギィイ!? 」


 引きちぎられた血吸い柳の枝は、吸収途中だった血液をぶちまける。

 周囲を真っ赤な血で汚しながら、のたうち回り、暴れ狂う。


 くろうは赤く穢れた白い髪を上げる。

 目の前の獲物をまっすぐと見据えながら、その瞳に光を宿す。


「さぁて、反撃開始と行きますか」


 静かに告げるその言葉に、夜の空気が震える。


「ギ…… ギギッ……!!」


 血吸い柳の根が触手の様に蠢き、ジリジリと後退する。

 下がる口元が恐怖に歪んでいる。


 さっきまであんなに恐ろしかった妖怪が、今では小さく見えてくる。


「おいおい。何逃げようとしてんだよ」


 くろうは親指を立てて、人差し指を伸ばした。

 その指先の狙う先は、血吸い柳の中心。


「指の、銃……?? 」

 

 まるで子供の銃真似。

 だが、チアキはその姿に息を呑む。

 本物の銃を構えられたような、肌を刺す緊張感が背中を這い上がった。


 ーーーその時。


"ヒュォォォォォ……"


 風が唸り声を上げる。

 草が揺れ、木々の葉もざわめき始める。


 マキが震える指で指して叫ぶ。


「ち、チアキちゃん見て! あの指先、光ってる! 」


 くろうの人差し指の先に、青白い光が集まっていく。

 空気そのものが圧縮され、弾状のエネルギーとなって脈打っていた。


「散々人間の血を吸っておいて、今更逃げられるとでも思ってんじゃねぇよ」


「ギ、ギギギィイ!! 」


 血吸い柳が雄叫びを上げる。

 枝が暴れ狂い、土埃を巻き上げる。


 だが、そこに恐怖心は感じられない。

 暴走。恐怖に駆られた生物の、ただの足掻きだった。

 

 鞭のような枝がくろうの心臓を狙う。

 その瞬間ーーー



「『空気弾丸』!!!! 」


 直後、轟音が地面を揺らす。


 指先から放たれた迅速な弾丸が闇を裂いていく。

 迫り来る枝を最も簡単に散らし、青白い光の尾を引く。


 弾丸が狙いをつけた中心に激突する。

 

 ーーー瞬間、空気が爆ぜた。

 爆発のような衝撃が辺りを貫き、衝撃波が草を巻き上げる。

 

 チアキとマキは思わず腕で顔を覆い、吹き荒れる風に堪える。

 少しでも気を抜けば、その瞬間に持ってかれそうな勢いだ。

 耳鳴りと衝撃の余韻が彼女たちに襲いかかる。



 やがて、風が止む。

 恐る恐る二人が目を開けるとーーー



「ギッ…… ギガ、ゴ……」


 そこに立っていたのは、妖怪の残骸だった。

 幹の中央にぽっかりと穴を開けられ、赤黒い舌をダランと垂らす血吸い柳。

 あれほど振り回していた枝すら力を失い、地面に垂れ下がってる。


 そして、血吸い柳はそのまま煙の如く"ドロン"と煙に巻かれる。

 怪しい煙が晴れた時、その場に残っていたのは青くゆらめく人魂だけだった。


 チアキとマキは、声を出すことすら忘れていた。

 あまりに現実離れした光景に、心の奥が麻痺していく。


 ただ一つ、分かることと言えばーーー



 血吸い柳は、くろうの手によって倒されたという事実。

 長い悪夢が終わりを告げるように、妖怪が消えた。



〜第5話目、完。第6話目に続く〜

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ