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第4話目 〜笑ウ吸血樹〜

〜前回までのあらすじ〜


傷もなく血を抜かれる怪事件、"血無し事件"に親友ハナが被害者となってしまった女子高生チアキ、マキ、ナギサ。


ナギサはハナが入院している病院にお見舞いに行こうと提案するが、待ち合わせ場所に提案した柳の木にチアキは違和感を抱く。


夕暮れに会った怪奇現象専門研究家・墨羽くろうの言葉を思い出し、その柳が妖怪だと確信したチアキはナギサに電話するがなぜか繋がらない。


危険を察したチアキは慌てて病院は向かう。


同時刻、警察の取り調べを終えたくろうもカラスからの情報で柳の元へ向かう。


その柳の正体は人間の血を吸う妖怪、『血吸い柳』であると睨んでいるからーーー


 午後8時を回るころ。

 病院前広場は異様なまでに静かだった。


 聞こえてくるのは風の音と遠くで鳴っている車の音。

 赤黄青とカラフルな花畑も、美しく装飾された机と椅子も、緑色の草の絨毯もーーー

 外灯に照らされている部分以外は闇に溶け込んでいる。


 広場の入り口付近。

 マキは待ち合わせ場所である柳の下でスマホを見ては辺りに視線を向けるのを繰り返す。

 

「うぅ、寒ぅ…… みんなまだかなぁ。風邪ひいたら私が入院しちゃうよ……」


 夜風に冷えた体を手で擦って温める。


 スマホの画面にはナギサ本人から送られたメッセージが映っている。


『8時くらいに病院前に集合しよっか』

『おっきい柳の下が目印ね! 』



「この広場に柳はここだけだし、8時なんてもう過ぎてるのにナギサったらどこほっつき歩いてんだろ。電話も繋がらないし……」


 個別LINEに並ぶ不在着信のメッセージ。

 数分おきに増える緑の吹き出しにマキの身体は夜風とは別の冷たさを感じ取る。



「……まさかナギサも…? いや、そんなわけないか。きっとどこかで……」

「マキぃ! マーキーッ!! 」

「……ん? 」


 夜の静けさを破る叫びに視線を向ける。


「チアキちゃんじゃん! 待ってたよー! 」


 正面の小道から来た少女に笑って手を振りかえす。

 親友の一人の花咲チアキだ。

 彼女は遅刻しているからか髪を乱し、メガネを落とす勢いで走ってくる。


 普段冷静な子なだけあってその姿にギャップを感じ、思わずプフッと息が漏れ出る。


 目の前に来たらちょっと揶揄ってやろっか。

 頭の中でイタズラ心が膨らんだ時ーーー


「ヒッ…! 柳……! 」


 チアキの足が止まった。


「あれ、チアキちゃん? なんでそんな所で止まんの? 」


 自分との距離はまだ数メートルも離れてるにも関わらず、彼女はその場で膝を抱えて息を整えている。


 数回呼吸した後、彼女が顔を上げるとこちらを見て一瞬目を見開いている。

 

「どーしたのチアキちゃーん。早くこっちに……」

「離れてっ!! 」

「………へ? 」

「その柳っ! 柳から離れてってば!! 」

「………へぇ?? 」


 突然の彼女の叫びに疑問がさらに深まる。


 「何言ってんの……? 柳は待ち合わせ場所だよ? 今さら動けるわけないじゃん…」


 ここが待ち合わせ場所であることはチアキ自身も知ってるはず。

 それゆえに彼女の言っていることが理解できない。


「もう、何言ってんのチアキちゃん、何で柳に離れなきゃいけないわけ? まだナギサ来てないじゃん」

「えっ、ナギサ来てないの? 」

「そーなんだよ! 自分から8時に来いって言ってたくせに、どこ行ったんだろ」


 ナギサがまだ来てないことに再びイライラが募り始める。

 チアキの方も表情に曇り始めている。

 恐らく彼女もナギサが来ていないことが気がかりなのだろう。


 しかし、マキは彼女の表情が自分のと異なっていることに気づく。

 チアキのそれは恐怖に歪んだもの。

 汗が額に滲み、蒼白になっていく顔色が街頭の下で露わになっていく。


微かに「まさか…… いや、そんなわけない…… でもそうとしか……」とチアキの小声が届く。

 それが耳に届くたびに冷たい感覚が身体の中から膨れ上がってくる。


「も、もうチアキちゃん! 何ブツブツ言ってんの。早くこっちに来なよ」


 マキはチアキに手を招く。

 どんどん大きくなる不安感を早くどうにかしたかった。


 だが、彼女は近づかず、それどころか一歩、また一歩とおぼつかない足取りで後ろに下がっていく。

 何かに怯えたように、その目の奥は乾いたように揺れている。


 「ち、チアキちゃん……? な、何でそんな怖い顔して離れてくの………?? ねぇ、何で近くに来てくれないの…??


 少しづつ遠ざかる彼女に胸が痛くなるほど凍りつく。

 足も小刻みに震え、気づけば涙で視界がぼやけ始めてきた。

 

 心臓が警鐘の如く激しく鼓動する。耳の奥でガンガンとうるさい。もう、自分の声さえかき消されそうだ。


 チアキ必死に手を伸ばす。

 震える指先は、まるで自分の恐怖心を押し殺してるかのようだ。


「ま、マキ。落ち着いて、そのままゆっくりと柳から離れて。その柳が危険なんだ」

「な、何で……? こ、これ、普通の柳だよ……? 」


 掠れた声が自分でも聞き取れないほど震える。


 その微かな声をかき消すように、柳の枝が「ざわ……ざわ……」と擦れ合う。

 それはただの風の音じゃない。耳元で誰かが忍び笑いをしているみたいだった。


「い、いいから! 早くこっちに来るんだ! 」

「そんなこと言ったってて…… チアキちゃん、妖怪とか信じないとか言ってたくせに……!! 」


 混乱で喉が締め付けられる。息もどんどん浅くなる。胸の奥が張り裂けるほど痛い。

 頭では理解しようとしてるのに、足が張り付いてるように動けない。


 柳のざわめきが次第に"逃がさない"と囁くように聞こえてきた。


 チアキが口を大きく開く。


「し、信じられないだろうけど、その柳がーーー」


 その瞬間だったーーー。


"ボトッ"


 マキの真後ろで"何か"が落ちた。

 まるで何かが柳から落ちてきたかのように。

 重く、大きな何かが。


「あ、あぁあ………!! 」


 目の前のチアキが指を振るわせて落ちてきたものを指差す。

 声を出そうと口を開いているが息だけが漏れて声にならない。


 マキはゆっくりとそれに視線を向ける。

 頭の奥で「見てはいけない」と警鐘が鳴るが首の動きはもう止められない。

 自分の身体なのにまるで言うことを聞かない。

 

 そしてそのままマキの目に映ったそれは、濃紺のシャツとベージュのズボン。そしてーーー


「ッッ!? 〜〜〜〜〜ッッ!!! 」



 ポニーテールにまとめられた黒い髪。その下は枯れ木のように干からびた人の顔。

 その輪郭と服装と髪型、まさしく自分たちの親友の一人であるナギサそのもの。


 変わり果てたその姿に声にならない叫びが喉を貫いた。

 全身を走る鋭い衝撃にマキの身体は一瞬で凍りつく。


 

 ーーーその瞬間。


「キキッ…… キキキキ……」

「……え? 」


 どこからか笑い声が聞こえる。


 甲高く、それでいて掠れた不気味な声。

 聞くだけで氷水を浴びせられたかのような恐怖に打たれ、背中にゾワァっと鳥肌が立っていくのが分かる。


「ち、チアキ、ちゃん…… な、なんか、言った……? 」


 不安と恐怖にすぐみながらチアキに尋ねる。

 自分でも立っているのが不思議なほど脚が震え、歯が金具のようにガチガチと鳴る。


 しかし、チアキは首を横に振る。

 不安に染まった目でマキの背後を見据え、指先を震わせて指す。


「う、後ろ…… マキの後ろから……」


 ゆっくり、ゆっくりと振り返る。

 揺れていた柳の枝葉が蛇のように蠢き、乱れていく。

 ザワザワと聞こえるその音はまるで生き物の呼吸のようにあたりに響き渡る。


 

"メキッ… バキバキ……"


 柳の幹が裂ける音が、骨を噛み砕くように響いた。

裂け目から覗いたのは木の内側ではない。


 人間の口。

 赤黒い歯茎に、不揃いの牙。舌は生き物のように蠢き、唾液を撒き散らす。


 幹はさらに裂け、口角が引き上がる。

 それは笑顔に似ているのに、絶望しか感じさせない表情だった。


 そして、その口が大きく開く。


「キキキキキキキッ!!! キヒャヒャヒャヒャヒャッ!!! 」


 甲高い笑い声が耳の中で反響していく。耳に鋭い痛みが走り、身体にビリビリと震えがする。


 全身の細胞が"逃げろ!!"と警告を出すのが分かるが身体が動けない。

 足の裏に根が張っていると思えるほど、逃げたくてもびくとも動けない。


「あ、あぁ……」

「キヒヒヒヒィッ!!!」

「ま、マキっ! 早く逃げ……」


 彼女の首元に柳の枝が巻き付く。

 ギュッと締まった喉は呼吸もままならず、心臓がつかまされたかのように苦しい。


"チュウ…… チュウ……"


 耳元で響く何かを吸ってるかのような音。

 その音が聞こえるにつれて全身の力が抜かれていく。


(まさか、私の血を……!? )


 抵抗しようと身体に力を込める。

 両手で枝葉を掴んで引き剥がそうと引っ張る。


「マキっ!! しっかりしてっ!! 」

 

 チアキも後ろから自分の手を引く。

 彼女が握った箇所は白く変色し骨まで届くほどの痛みが走る。


 けれども柳はビクともしない。

 身体の痛みはドンドン鈍くなっていき、全身の力が抜ける。

 まるで風に当たる葉のように力なく揺れることしかできない。


「キヒャッ! キヒャッ! キヒャヒャヒャヒャヒャッ!! 」

「嫌だっ! マキ、死なないで! こんなの嫌だぁ!! 」


 柳の笑い声とチアキの叫びもどんどん遠くなる。

 意識が深い闇の中に沈み始めてきた。


 頭が真っ白に染まっていく最中、マキの涙が頬を伝う。

 目尻の温もりも一瞬で消え、冷たい感覚に塗り替えられる。

 

 彼女は涙でぼやける目で天を仰ぎ、最後の力を振り絞って喉を震わせる。


「たす………け……て………」


 掠れた声が柳の笑い声に上塗りされる。



 ーーーその刹那。


「カァッ!! カァカァッ!! 」

「ギャアッ!! ギャアッギャアッ!! 」


 突如、何十羽のカラスたちが空を覆い尽くす。

 夜空に反響するその鳴き声は遠のいていく彼女の耳にもしっかりと届く。


「キキィ? 」


 一瞬、柳の締め付けが緩くなる。見上げるように木が空へ傾いた。


 その瞬間ーーー



"ビシィッ!!"

「ギギャアッ!? 」


 3つの小石がどこからか飛んできて、柳に直撃する。弾丸のように鋭い凄まじい速度だ。


「うわぁっ!? 」

「きゃっ!! 」


 柳の締め付けが無くなり、勢いよく後ろに放り出された二人。

 地面に叩きつけられた背中に鈍い音と痛みが走る。


「ゲホッ! ゴホッ! な、何が……!? 」

「い、今、石が飛んで……」


 二人の視線が石が飛んできた方に向けられる。


 黒に染まった闇の中から足音が近づいてくる。


「やっと見つけたぜ、"血吸い柳"。手間取らせやがってこのやろー」


 街灯の光下に現れたのは一人の男。

 喪服のように黒いスーツに黒ネクタイ。真っ黒な服装とは対照的な白い髪。そしてその上に巻かれた赤く細長い鉢巻き。

 片手には数個の石が手の上で転がっている。


 鋭く光る目にマキの背中に緊張感が走る。

 まるで睨まれた獲物のように二人の身体が一瞬すくむ。


「す、墨羽さん……」

「ち、チアキちゃん、知ってるの……? 」

「う、うん。夕暮れに会った怪奇現象専門研究家…… でも何でこんなところに……?


 墨羽と呼ばれた男はそのまま自分たちのそばまで歩むと睨むようにこちらを見下ろす。

 その視線は自分というより、隣のチアキの方に向けられている。


「『柳に近づくな』と言っておいたはずだぜ? お前、死にてえのか?」

「え…? あっ… こ、これはその……」


 ため息混じりと共に呟いた彼にチアキはオドオドとした様子を見せる。

 言葉を必死に探してるのか手を震わせる。


 「いや、いい。聞くだけ面倒だ」


 彼女の言葉を片手で制した墨羽はそのまま顔を柳の方へ向ける。


「ギギィ!! ギギィイィ!! 」


 食事を邪魔されたのがよほど頭に来たのか激怒していることをこれでもかと露わにしている。


 枝は何度も地面に叩きつけられ土埃が舞う。幹そのものが呻くような音を立てる。


「ギーギーギーギーうるっせぇなぁ」


 凄まじい形相の柳を見ても墨羽は涼しい顔を見せる。それどころか指をパキパキと鳴らし、腰を下ろして構える。


「ちょっと静かにさせてやるよ。地獄に送ってな」

 


 カラスの鳴き声が響く夜空の下。


 怒り狂う柳と男が相見える。張り付いた空気がマキの体にピリピリとした感覚を走らせる。


 夢なら覚めてほしいと何ども願った。

 しかし、目の前の白髪の男と怪物の柳がぶつかろうとしている。

 ーーーそれが紛れもない現実だと、背筋が震えるほど分かってしまった


 「カァアァ!!」


 一羽のカラスが一際大きく鳴く。

 鋭く、響く鳴き声。

 

 それが、柳と墨羽の"開戦の合図"代わりとなった。



〜第4話目、完 第5話目に続く〜

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