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第0話目・語り出し 〜妖怪の時代、再び〜

 「おいおい、何だよこの騒ぎ…」


 「また"例の事件"が起こったんだってよ…」


 「ニュースで見たあれ? やだわぁ……」



 昼前の住宅地、東京の片隅。


 太陽と赤いパトランプの光に照らされながら、黄色い規制線がざわつく野次馬の侵入を防ぐ。


 人々はその奥、ブルーシートの幕に隠された "何か" を見つめる。


 「す、すみません! どいてください!! 」


 と、スーツ姿の女性が野次馬をかき分け、規制線の内側にいる警察に


 「娘は…! サキはどこ!? 」


 と、訴えると刑事は頷いて


 「彼女のお母さんですね。では、こちらへ」


 と規制線を上げて、彼女をブルーシートの中へと導く。



 「中どうなってんだ…? 」


 「もしかして殺人事件…!? 」


 「やばっ! 写メ撮った方がいいかな? 」


 と、野次馬のざわめきが遠ざかるのを感じながら、彼女は青い幕の内側に入っていったーーー。


 

 ***


 ーーーブルーシートに囲まれた空間。


 スーツ姿の女性は周囲の警察を見渡しながら前を歩く刑事に


 「あ、あの、刑事さん…」


 と、消え入りそうな声で声をかける。


 「さ、さっきの電話は本当なんですか…? 」


 何かに縋るように言葉を続ける彼女であったが、


 「娘は…サキはどこ……に……」


 と、ブルーシートが覆い被さった、横たわっている "何か" が視界に入った途端、凍りつく。


 ブルーシートの周辺には学生カバンとピンクのカバーのスマホが置かれており、


 「あのカバンとスマホは……!! 」


 と女性は手で口元を覆い、涙を浮かべながら声を震わせる。


 「お電話にもお伝えしましたが…周辺に置かれていたスマホとカバンから身元を調べ、あなたに本人がどうか確認してもらおうと呼ばせていただきました」

 

 刑事は震えている彼女に静かに伝えると、ブルーシートの端を持って


 「あなたの娘であるかどうか、見極めていただけないでしょうか……? 」


 と、慎重に尋ねる。


 女性は震える身体でゆっくりと息を吸って吐いた後、


 「…はい。お願いします…! 」


 と、涙に濡れた目で刑事を見据える。


 「わかりました。では…」


 刑事がゆっくりとブルーシートを捲る。


 そして彼女はその下にいた遺体を見た途端、


 「ッ!? さ、サキ……?? 」


 と、口元を手で覆って目を大きく見開く。


 "この制服や髪型、顔の輪郭は完全にサキのそれだ"


 "長年育ててきた私が見間違うはずがない"


 と、彼女の脳内が認めるが、目の前に横たわっている、









 まるで "枯れ木の様に干からびた娘のミイラの遺体" を見た途端、言葉を失った。




 彼女の記憶の中にいる娘とは似ても似つかないほど乾燥した遺体。


 骨が浮き彫りになる程痩せ細り、薄灰色の肌からは一才の生気を感じられない。



 「なんで…なんでサキがこんな姿に……!? いったい、いったい誰がこんなことを!? 」


 彼女はヨロヨロとふらつく身体を刑事の胸ぐらを掴んで支え、


 「ねぇ!! 刑事さんッ!!! 」

 

 と、溢れる涙を拭かずに刑事を揺らしながら叫ぶ。


 しかし、刑事は


 「…分かりません…」


 と静かに返す。


 「傷も、血痕も、何もない… こんな干からびた遺体を見たのは、初めてです…!! 」


 拳を握り締め、声を震わせる刑事。


 そして、彼女は膝から崩れ落ちると同時に


 「サキ……!! サキぃいいい!!! 」


 と、天を仰いで泣き叫ぶしかできなかった。

 

 ブルーシートの幕の中で響き渡る泣き声に、刑事たちはただ無言で見守っていたーーー。





 ***

 

 ーーーブルーシートの外、野次馬の喧騒は続く。


 「大事件じゃん! 写真撮れるかな? 」


 「やめなよ…なんかヤバいって…」



 「はいはーい。下がってー」


 と警察が促しても誰一人として下がる者も、視線を逸らす者もいない。


 皆、泣き声が響いているブルーシートの幕にのみ視線を向けていた。





 






 ーーーただ一人を除いて。


 野次馬の一番後ろ。


 炎が描かれた服を羽織り、頭に赤い鉢巻きを巻いた男が


 "コツ、コツ、コツ…"


 と、ポケットに手を入れたまま靴の音を鳴らして踵を返す。


 そしてその男ーーー "クロ" は鉢巻きでまとめられた真っ白な髪をかきあげて


 「……奴が出やがったか……」


 と呟き、怒りと覚悟を帯びた目を鋭く光らせる。



 そんなクロに野次馬達は誰も気づいていない。


 この事件の裏に潜む、目に見えない”何か”のこともーーー。



 ***



 誰かが死んだ。誰かが消えた。


 その理由を誰も知らないし、誰も知ろうとはしない。


 それはただの事故か事件。


 そうやって片付けられ、次第に人々の記憶から消えていった。



 けれどもその裏には目には見えない "何か" がそこにいる。





 ーーー "妖怪"。


 貴方はそう呼ばれていた存在達を覚えているだろうか。


 

 江戸時代の日本ーーー


 当時はまさしく "妖怪の時代" と言っても過言では無かった。


 夜に "光" が無かった頃、人々は闇に潜む "何か"を恐れ、それに "妖怪"という名を与えた。



 昭和・平成初期ーーー

 

 "口裂け女" や "人面犬"、"トイレの花子さん" などなど。


 "都市伝説" という名の新たな妖怪が生まれ、時には警察が動き出すほど人間の恐怖の象徴となっていた。

 


 ーーーだが、時代が令和と化した頃。


 "妖怪の時代" は人間の記憶から消えていった。


 人々は闇の恐怖を忘れ、ネオンや街灯が光で夜を塗りつぶす。


 人間の悪意や罵詈雑言、世間の情勢が妖怪に代わって恐れられる時代ーーー


 

 そんな令和の時代には妖怪はもう滅んだのか?


 妖怪の時代は終わりを告げたのだろうか?







 ーーー否。


 妖怪はいる。人間がただ "勝手に忘れた" だけ。


 "奴ら" は夜の闇を忘れた人間の社会に奇怪な事件を起こし、人々を狙っている。


 山に。川に。海に。家に。街に。



 そして、貴方のすぐそばにーーー。



 そんな妖怪達の中にも "異質な存在" はいる。


 それはもちろん "人間" ではない。しかし、"妖怪" でもない。


 自らを "化け物" と呼ぶ者。


 その名は、"クロ"。


 

 「カァッ!カァッ!」


 「ギャァッ!ギャァッ!」


 カラスが闇夜に鳴き喚く時、化け物はやって来る。


 仲間の妖怪達と共に悪しき妖怪を退治するために。



 これはそんな化け物と妖怪たちの物語。


 "百物語" では決して終わらぬ、無限に続く怪異の話。



 その名もーーー





 "怪異無限物語"。



 "妖怪の時代" が、再び始まるーーー。

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