第9話 出発とダンジョン到着
翌朝、太陽が昇る前に目が覚めた俺は顔を洗って昨日買った服に着替えた。
着心地は案外悪くない。
色合いが地味なのは仕方ない。
動き易さと値段を重視したからだ。
この世界で目立つ服を着たら魔物に狙われたり街中で浮くだろうし、出来ればそういう事は避けたい。
宿屋で朝食を食べた後、俺たちはすぐに出発する事にした。
司祭様や村の人達が大勢で村の外まで見送ってくれた。
「どうかお気をつけて」
「このご恩は忘れません」
などなど、みんなに感謝されて俺は南のダンジョンを目指して出発した。
「みんな今回の事で懲りてウンディーネとの約束を守れると良いけど」
ウンディーネの言ったように人間って調子の良い所があるから、今は約束を守ってても慣れてきた頃がなぁ。
『どちらの選択をしてもあの者達の運命です。アサヒ様に助けてもらえた事を忘れずにいれば拾った運を台無しにはしますまい』
そうだよな、翡翠もそう言ってるし俺も彼らを信じよう。
のちに清らかな水が戻ったドマニー村は世にもおいしい【ぱんけえき】が食べられると更に有名になる。
そして水の精霊ウンディーネの庇護の下で誓いを守り続け、美しい森と豊かな動植物に恵まれた土地となったという。
そして旭達の旅立ちから2日ほど経った頃、3人組の冒険者が到着した。
「待たせたな、水を汚染させた魔物を退治しに来たぞ!安心するといい!…え?もう解決した?」
結局その冒険者達の依頼は解決済みの為何も出来ず新メニューの【ぱんけえき】をおいしく食べて帰る事になったのだが、その一件を旭は知る由もない事だった。
ドマニー村を出発し森を歩いて1時間ほど経った頃、肩に乗った翡翠が話しかけてきた。
『アサヒ様に提案があるのですが』
「何、翡翠?」
『アサヒ様の歩行スピードでは、南のダンジョンまで3日はかかると思われます』
「えぇっ!3日⁈そんなにかかるのか〜」
徒歩での限界を感じる俺…地図ってけっこうアバウトなんだな。
お金が潤沢なら馬車とかで移動するのもありだけど、残念ながら今はそんなに贅沢は出来ない。
「空間転移は行った事ある所限定だし、他に移動手段のない俺には歩きは仕方ないよね?あっ、ギフトで空を飛ぶスキルとかゲットしようか?」
あと一つギフトがあるからね。
『いえいえ、空を飛ぶスキルは便利だと思いますが勿体ないです』
移動にスキルを使うことには相変わらず反対の翡翠。
「何かないかな?早歩きのスキルとか!…ってそれも微妙かな」
旅する覚悟はあったけど、歩いて3日もかかるなんて…俺の覚悟が思った以上に甘かったことを痛感した。
しかも森を歩くのは中々に難しい。
当然地面は土だし背の高い草や木が多く、土がぬかるんでいる所があったり、とにかく歩きづらい。
『ここからしばらくは森が続きますので、吾輩の背に乗っていただければ木と木をつたって移動する事が可能です』
木をつたう?どういう事?
イメージ出来ない俺を他所に、翡翠は元の大きさに戻って俺を自身の背中に乗せた。
蜘蛛の糸で俺の腰と両足を翡翠の体とくっつけた。
あれ?動けない…固定されてる?
『掴まっててくださいね』
「ちょっと、翡翠…」
これからどうなるのかと聞く前に、翡翠は高い木めがけて糸を飛ばした。
くっつけた糸に引っ張られて翡翠がその木に引き寄せられる。
「わわっ!」
そのスピードに驚く俺だったが、木につく前に翡翠がまたもその先の木に糸を出してくっつけた。
「うぎゃ〜〜ッ」
俺の絶叫をよそに翡翠は木と木の間を振り子のようにスイングしながら進んで行く。
途中舌を噛むとヤバいからしゃべるのは絶対NGだと悟る。
まるで遊園地の絶叫マシンに縛り付けられて乗ってる感覚だ。
絶叫系のアトラクションには強い方だが、身体が固定されてるから目が回る一方だ。
そんなこんなであっという間に森の端の湖まで到着した。
『今日はここで寝泊まりしましょう』
やっと翡翠が止まってくれた頃には俺はもうふらふらだったが、目的地のダンジョンにはかなり近づいたようだ。
「はぁ〜、お、お疲れ様、翡翠。どうなるかと思ったけどおかげでめっちゃ距離が稼げたね」
翡翠なんて俺を乗せてスイング移動してる間も魔物を倒したりしてくれてたもんなぁ。
歩いてたらどんだけかかってた事か…マジ感謝。
ただ次からの移動はせめて座った状態で落ちないように固定してくれるように頼もう。
よし!頑張ってくれた翡翠においしい飯作って食べてもらうとするか!
時計がないから何時かはわからないけど、空腹を感じるから昼はとっくに過ぎてるはずだ。
空の太陽は真上を過ぎている。
「とは言っても、今から食糧調達するならどうしようかな…湖あるし魚釣る?」
釣竿もないしどうしようかなと考える。
『アサヒ様、よろしければ移動中に狩ったターギーがあるのでいかがでしょうか』
「ターギー?」
よく見ると風船みたいに丸い七面鳥のような鳥が10匹木から糸でぶら下げて血抜きをされていた。
「す、すごいな…」
ホント仕事が早いな。
そしてなんとゲットした料理人スキルは調理だけじゃなく、解体が可能だという事が分かった。
「おぉ〜俺すごい!」
自分がしてるとは思えない速さで、ターギーを解体する事が出来た。
羽をむしったり内臓を処理したりとグロテスクだと思ったのは最初だけで、各部位ごとに綺麗に解体出来た時はその手際に我ながら感動した。
スキル最高!
まずは食べられる部位と食べられない部位に分けておく。
食べられない部位は魔物をおびき寄せる時用にアイテムボックスに別で保管する事にした。
「見た感じ大きめな鶏肉だな…おいしかったらいいな」
薪木になる材料を翡翠と集めてドマニー村で買った魔石付きの着火剤で火をつける。
ちょっと魔力を込めるだけで簡単に火がつくから便利だ。
火魔法が使えればこの道具さえ要らないんだけど、俺は火魔法を使うのがこわくてまだ選択肢には入れてない。
捌いた鶏肉にこれもドマニー村で買った塩と胡椒と食用油を多めすり込み木の棒を刺し火の周りに突き刺して並べる。
香辛料である塩と胡椒はけっこうな高級品として扱われていた。
その分値段も高額だったが、現代人の俺には塩味がないのは耐えられないと思い、お金があるうちに買えるだけ買っておいたのだ。
肉の焼けるいい匂いが辺りに広がる。
時々動かして焦げないように気をつける。
食べ頃になったら食材がキラキラと輝く事が判明した。
これもベストなタイミングで食せるようにという料理人スキルの料理人魂なのかもしれない。
料理が上達したら、このスキルでお店とか出せるかもしれないな。
始めは屋台とかでもいいし、お金も稼げるかも。
考えていたらお腹がグゥーと鳴った。
「よしっ、お待たせ翡翠、食べよう!」
『待っておりました!』
翡翠もソワソワしている。
そりゃあお腹空いてるよね。
「食べる時はいただきます!って言うんだよ」
『ん?いただきます?』
「そう、食べ終わったらごちそうさまだよ」
細かい事言うようだが、案外大事な習慣だと俺は思ってる。
『承知しましたアサヒ様、ではいただきます!』
「俺もいただきま〜す!」
2人同時にターギー肉にかぶりつく。
「何これうまっ‼︎」
ジュワッと鶏肉の脂が溢れてきて、旨みが口いっぱいに広がる。皮目がパリッと香ばしく焼けていて身も硬すぎなくてクセもない。
「めっちゃウマくない翡翠?」
翡翠を見ると無言でガツガツ食べている。
「気に入ってくれたみたいで良かったよ」
『焼いただけのターギーがこんなにおいしくなるなんて!』
そう言いながらもどんどん食べている。
焼いただけだけど、絶妙な焼き加減と塩と胡椒がいい仕事してるんだぞ〜。
俺は骨付きもも肉焼き2本でもう腹いっぱいだけど、翡翠はめっちゃ食べていた。
食べた後の残りが5羽分くらいだったから翡翠だけで丸々4羽くらい食べた事になる。
「はぁ〜うまかったー!ご馳走様でした」
『ご馳走様でした、アサヒ様。大変おいしかったです』
満足してくれてるようでなにより。
それにしても翡翠が獲物をたくさんく狩ってくれてて助かったわ。
残った分はアイテムボックスに入れて明日の朝食べることにしよう。
アイテムボックスの中は時間が止まっているみたいで、作ったものも腐らず保管出来るという夢のような便利スキルだ。
ウンディーネからもらった加護を使って洗い物をして片付けていると、辺りはすっかり夕暮れだった。
暗くなって来るとやはり不安になる。
「夜に魔物が来たりしないかな?」
『ご安心くださいアサヒ様』
そう言って翡翠が見せてくれたのは、デカい蜘蛛の糸のバリアだった。
要するに翡翠が作った糸を張り巡らせてくれてるという形だ。
「すごっ!糸に引っかかれば敵は動けないもんね」
『この糸を切れる程の強者もこの辺りにはいないようですし、見張りもお任せください』
やっぱり魔物が来ない訳はないんだな。
そういう世界なんだよなと改めて思った。
「助かるよ翡翠、でもこんなに糸張り巡らせて疲れない?」
『まったく問題ありません、先程のおいしい食事で体力も魔力もみなぎっておりますので!それとアサヒ様、おやすみの際はこちらを使うのはいかがでしょう?』
翡翠が見せてくれたのは、木と木の間に作られたハンモックだった。
「おぉっ!ハンモックじゃん!カッコいい!めっちゃ嬉しいよ。今日は地面で寝なきゃだなと思ってたんだ」
このハンモックにドマニー村で報酬にもらったヤクの毛皮をのせて更にその上にフードマントも重ねると、ふかふかの簡単布団の完成!
試しにハンモックに乗ってみる。
「うは〜最っ高!」
『それは良かったです』
翡翠の方を見ると木の枝から糸でぶら下がっていた。
さすが蜘蛛…似合ってる。
「それにしても、蜘蛛の糸ってくっついてしまうイメージがあったけど全然ベタベタしないね」
毛皮に糸がくっついてしまったかと思ったが、見てもそんな感じがない。
『それはくっつきやすい糸とつかない糸を使い分けられるからなのですよ、アサヒ様』
言われてみればそうだったかも。
蜘蛛の巣もくっつく糸とつかない糸で出来てるんだったかな。
縦糸だったか、横糸だったか…。
そんな事を考えながら俺はあっという間に眠ってしまった。
翌朝、顔を洗って昨日焼いたターギー肉を朝食で食べた俺たちはさっそくダンジョンを目指した。
ダンジョンは俺たちが寝泊まりした湖の少し先にわりとあっさり見つける事が出来た。
当然だが特別な目印もなく、ただの洞窟にしか見えない。
洞窟の奥から冷たい風が吹いてくる。
こんな所に入ろうなんてちょっと、いやかなり怖い。
奥は暗くて他には誰もいない。
「ひ、翡翠、やっぱりやめない?」
『吾輩がついております、さぁ入りましょう!』
「なんか嬉しそうじゃない⁈」
『ダンジョンに入るのは2年ぶりですのでワクワクします』
楽しみにしてるじゃんか!なんだよもう…仕方なく覚悟を決めた俺は村で買っておいたカンテラをアイテムボックスから取り出して明かりの準備をした。
「よしっ、行くか!」
いざ俺の初めてのダンジョン探検!
俺の初ダンジョンへの第一歩は恐る恐る始まったのだった。