第2話 凶悪凶暴なはずでは?
ここは魔獣皇国から遠い森の中。
鬱蒼とした木々に覆われている。
魔法陣の光が消えて横たわる人間のかたわらには、1匹の魔獣が主人の目覚めるを待っている。
(近くで声が聞こえる。知らない人の声だなぁ)
『思ったより若い主人殿だな、それに貧弱だ』
夢にしたら変な会話だな。
貧弱で悪かったな、これでも部活で鍛えてたんだぞ。
『早く目覚めていただいて人間共に目にモノ見せて慄かせてやりたいものだ』
人間共に目にモノをって?どういうこと?俺だって人間じゃん…⁈
途端に意識がはっきりして飛び起きる。
「ここは…どこ?」
すぐ目の前には1匹の大蜘蛛がこちらに頭を下げて座っている。
漆黒のボディに緑の宝石みたいな目がいっぱい…!オマケにめっちゃデカい。
軽自動車くらいあるのでは?
周りには他に誰もおらず、木々が立ち並ぶ森のようだった。
(誰もいない…もしかしてさっき話声は)
『主人殿のお目覚めを心よりお待ちしておりました!』
黒蜘蛛が俺に向かって話しかけてきた。
しかも主人殿って…。
「いやいやいや!なんで蜘蛛がしゃべってんの?これってまだ夢の中⁈」
『夢ではございませんぞ。吾輩は大魔王様の命により主人殿の従魔としてお仕えする事になっておるのです!さぁ、共に憎き人間を駆逐しましょうぞ!』
え〜と何それ、どういうことかな?
まったくこの状況が理解出来ないんだけど…。
俺の混乱に反して黒蜘蛛はとても興奮気味だ。
昆虫である蜘蛛の表情はわからないけど、話が通じるのならとりあえず色々質問してみることにする。
「あの〜ちょっと教えてほしいんだけど、ここはどこかな?」
『ここは人間の国に近い森でございます。森の中は魔物達の生息領域で森を抜けると人間共の街や村があります』
黒蜘蛛が手足をカシャカシャ鳴らしながら答える。
すごく流暢だ。
「うんうん。じゃあさ、さっき人間を駆逐するって言ってたけど、どうして人間の俺にそんな事提案してきたの?」
『主人殿は人間に対して憤懣や疑念をお持ちで、且つ凶悪な虐殺願望をお持ちだと大魔王様より伺っております』
至極当然と言った感じで伝えられる俺の人物像。 マジかよ。
「う〜ん、それ本当に俺の事かなぁ。そんな願望1ミリも持った事ないんだけど」
『そっ、そんな筈は!吾輩も水鏡でチラリと見ましたが、凶器を持って人間共に斬りかかってましたぞ!その凶暴さを見込んで大魔王様自らがこちらの世界に引き込んだのですから!』
(引き込んだって…はっ!もしかしてあれか⁈)
確かショッピングモールで買い物中だった俺は、誰かの叫び声を聞いてそこへ向かったら、ナイフを振りかざしてる男を見たんだ。
そしてその男が子どもに向かっていったから、思わずその男に体当たりをしたっけ。
そんで、ちょうどその時に何かに腕を掴まれて、そのまま気を失い今に至ったと言うわけだ。
これは…伝えた方がいい流れだよね。
「えっと…すごく言いづらいんだけど聞いてくれる?」
俺は事の経緯を黒蜘蛛に話した。
その凶悪凶暴な男の事件に心当たりがあること、子どもを危害から守ろうとその男に体当たりした時に引き込まれた事を。
黒蜘蛛は黙って聞いてくれていたが、わかりにくい顔色がみるみる悪くなったのがなんとなく分かった。
『で、ではまさか大魔王様が間違えて引き込んでしまったと⁈』
俺の存在が人違いだという事を理解して、黒蜘蛛は気の毒なくらい動揺していた。
そりゃあそうだよね。
これから俺と人間を倒すべくしてここに来てくれたんだから。
「なんか人違いになっちゃってごめんな。どう頑張っても俺にはその凶悪男の代わりは出来ないから、大魔王様に俺から謝って入れ替わらせてもらえるように話そうか?そのついでに俺を元の世界に帰してもらえると助かるんだけどなぁ」
間違えたのは大魔王の責任だけど、下手に出た方がいいと思い提案してみる。
『しっ、しかし大魔王様が間違えたなどと大魔王様の沽券にかかわるのでは…吾輩はあなた様に仕えてあなた様がなさる事を見届けるよう仰せつかっている身なので…』
などなど、大魔王の面目を守りつつ任務の遂行も考えている。
部下とはいえ偉いよなぁ。
真面目で忠実な部下がいるなんて大魔王は信頼されているのだろう。
間違えて俺を召喚しちまうおっちょこちょいな面もあるみたいだけど。
そんなこんなで頭を抱える黒蜘蛛を眺めていたが、俺は無性にお腹が空いてきた。
さいわいさっきのショッピングモールで家族用にパン屋で惣菜パンを多めに買っていたのを思い出した。
ペットボトルのジュースの残りもまだある。
「ねぇ、お腹空いたから一緒にパンでも食べない?」
リュックから買ったパンを出して黒蜘蛛を誘った。
〝腹が減っては戦はできぬ”とはよくぞ言ったもので、空腹では解決する術も思いつけないのだ。
「苦手な食材とかある?これとかソーセージが入ってて食べ応えがあるし、こっちは甘いクリームが入ってるよ」
『吾輩くらいのランクになるとほぼなんでも食べられますが、このような食べ物は初めてです』
黒蜘蛛はそう言いながら不安そうにソーセージ入りのパンを小さく一口たべる。
『う、うまいです!ふわっとした物の中にパキッとした肉があって…!』
あっという間にひとつ完食。
「よかった〜、どんどん食べて」
これを見て俺も食べ始めた。
色んなパンを一緒に食べたら、お腹が満たされて幸せな気分になる。
『大変おいしかったですが沢山ありましたね、お一人分ではなかったのでは?』
と黒蜘蛛が聞いてきた。
「あぁ、バイト代が出たから親や兄弟にもと思って買ったんだ。俺は4人兄弟の長男でさ、全員男だからついボリュームあるパンだらけになるんだよ」
『ごっ、ご家族の…⁈そんな貴重な食糧を』
黒蜘蛛はすごく恐縮してたが、食べきれず残る方がもったいないので気にしないように伝えた。
『吾輩のような魔獣にまでも食糧を分け与える人間など見たことも聞いたこともない…』
黒蜘蛛が呻くように呟いてる。
「そうなんだ?確かに俺の知ってるサイズ感とはかなりかけ離れててびっくりしたけどさ、すごくカッコいいよね」
『え⁈』
「だってさ、真っ黒なボディに緑の目なんて最高じゃん!」
黒蜘蛛に思ったことをそのまま伝える。
「しかも、意思疎通出来て会話出来るんだぜ?まるでゲームの魔物使いになった気分だよ!俺昔っから昆虫や危険生物とか大好きなんだよ」
俺は自他共に認める動物好きなのだ。
動物はもちろん昆虫もめちゃくちゃ大好きだ。
『カッコいいなどと…人間にそのように言われたのは初めてです』
黒蜘蛛はちょっとオロオロしてるようだ。
そんなに驚くことかな?思ったまま言っただけなんだけど。
「とにかく、俺はこの世界の事何も知らないから頼りにさせてもらうよ。よろしくね!」
俺よりはるかにデカい黒蜘蛛の背中?をナデナデさせてもらいながら抱きついた。
犬や猫ほどじゃないけど、ほんのりあたたかかった。
黒蜘蛛も始めは居心地悪そうにしてたけど、そのうちいっぱい触らせてくれたのだった。
こうして俺は人違いで異世界に召喚されたが、カッコいい黒蜘蛛と共に旅をすることになったのだった。
読んでくださった方、ありがとうございます。
まだまだ未熟ですがぼちぼち頑張っていきたいと思ってます。
レビューも大事に読ませてもらってます。
とても励みになります、感謝感謝です。
誤字脱字もありがたいです。
これからもよろしくお願いします。