3
イザブの新総督ロロメイは、襲撃事件などなかったかのように、就任して十日目の総督府内で、きびきびと仕事に励んでいた。
部下への指示や書類の決裁に隙が無く、久々の名総督が現れたと内部では囁かれていた。
「ソーセルカの件だが。巨大になりすぎていないか?」
ロロメイは部下に軍閥の一つである名前を上げた。
「他と比べるとですな。今の様子ですと、総督府に喧嘩を売ってくる前に、他の軍閥領への侵攻に走りそうですが」
若いくせに、芯の通った力強さを持った軍司令官は分析をした。
名前はブルーブ。長身で鍛えた痩身の男だ。
彼は一兵卒からの叩き上げという栄誉をロロメイから受けていた。
第一軍の指揮官だったが、新総督が総司令官に抜擢したのだ。
鋭利な表情に動じない態度。これで二十七歳とは思えない。
「もし、ソーセルカが総督軍と戦って勝てる可能性は?」
「現在の戦力差では、負けますな」
「では勝てるようにしてくれたまえ」
ブルーブは敬礼して、執務室から出て行った。
「なーんか、ピリピリしすぎて早死にしそうだなぁ、ここの雰囲気」
一人になると、ロロメイは思わずぼやいた。
次代を担う、若い核心的な新総督。
そんなキャッチコピーが彼にはあるが、六か国会議では、便利な使用人として送り込まれただけであることに変わらない。
襲撃を受けた時、「ああ、この土地はもうだめだわ」と、ついポロリと本音でつぶやいていた。
彼にできることは、総督府の寿命を伸ばすことでしかない。
借地内では軍閥にテロ組織、人権擁護団体などなど問題が山積みなのだ。
彼はこの数日のうちに各地の名士を招いて、登用していた。
イザブで力をふるう名士という存在を抜きにして、統治が不可能とわかっていたからだ。
とりあえず、毎日八方手を尽くすのみだ。
「あー、帰りてぇ……」
ロロメイは疲れたサラリーマンのような独り言をつぶやいた。
ふと、執務机に少しだけ開いている引き出しに気が付いた。
昨日から触っていないところだった。
退いて中を見ると、一枚の紙が入っていた。
「必ず殺す」
短いが意思を率直に伝えるに足りる短い文句だった。
ユーイナという名前が添えられていた。
伝説のイザブの英雄の名前だ。
ロロメイは紙をぺらぺらと振って丸めた。
「こういうやつがいるから面倒なんだよなぁ」
彼は紙をゴミ箱に投げ捨てた。
ロイザーユの地はイザブ借地内にある軍閥の一つである。
この軍閥は珍しいことに対イザブ総督戦にはほとんど関わっていなかった。
おかげでたの軍閥から孤立していた。挙句、傍にあるもう一つの軍閥、ソーセルカが巨大になり、今にも吞み込まれる寸前だったのだ。
フィシーはこの危機にまったく動じる様子もなかった。
自信がある強力な軍閥というならまだわかるが、ロイザーユの場合は悠長に構えて我知らずといった感である。
危機感を募らせているのは、フィシーではなく、その部下や住民のほうだった。
白いドレスに着替えたフィシーは、しわにならないように気を付けてソファに寝ころんだ。
朝から起きていなければならないのは、久ぶりだったのだ。
「……起きていただけませんか?」
侍従長のセフラが困惑気味に声をかけた。
「……ん、あぁ」
寝てしまっていたフィシーは気が付いた。
「ソーセルカ公よりの使者が参っております」
「今行く」
フィシーは服を軽く払うと、化粧をかがみでチェックし、廊下にでた。
応接間に入ると、見知った顔が数名、待っていた様子で視線を向けてくる。
ロイザーユで主に政治業務を担当して宰相職にあたるといっていい、キージロカという無精髭と顎髭を生やした中年の男と、ソーセルカの執行代理のヒゼッテンだ。
ヒゼッテンはまだ若く、二十四歳。無表情でどこか醒めた男だった。
「お待ちどうでした」
フィシーは一言述べてから、上座に座る。
「ロイザーユ公にはご機嫌麗しく。と、この辺で挨拶はよろしいでしょうか?」
淡々とのんびりした口調でヒゼッテンが確認する。
「良いんじゃない。手間かけるのも面倒でしょ」
「恐れ入ります」
一礼して見せると、続ける。
「率直に言えば、現在我が領内の戦力はロイザーユとの国境にあります。降伏するのがお互いのためだと思いますよ?」
いたって言葉は砕けていたがいたって無機的だった。
月に二回は様々な交渉のために会っているフィシーには、あまり力むと疲れるといった思いがありありと見える態度だ。
「どうせ、ソーセルカのクラィットは突き上げられて動いたんでしょ。ただ、今は総督人気の絶頂。総督府に攻める事ができないからウチに狙いをつけただけ。だけど、ウチを攻めたらどうなるかしらねぇ。総督と対峙しなきゃならなくなるけど、そんな大義名分あるの? 六か国がブチ切れるだけだよ?」
彼女は冷静に分析して見せた。
寝起きに三階からプールに飛び込みたいと思うだけの少女ではないのだ。
「お判りいただいているなら、何かリアクションが欲しいですね。黙殺されたんじゃ、こちらは本気で攻め込むことになる」
ヒゼッテンは決して公にはしない本音を吐き出す。
「あー、ちょっと待っててくれる?考えるから」
「期限は一か月。今、ピストンで補給基地を作っている最中ですから」
「わかったよ」
フィシーは軽く髪をかきあげてから、手を振った。
会談は終わりという合図だ。
ヒゼッテンらが一礼して応接間から出てゆく。
「……なんかアイデアないの?」
終始無言だったキージロカに尋ねる。
「んー、困りましたなぁ」
彼はいつもの口癖で答える。
この男は自らの意見というものを滅多に述べたことがない。
これで政務を担当できるのは、彼の食客から引き抜いて官史にした有能な部下のおかげである。
そして地位は出来上がったキージロカ派閥というものの賜物だ。
「そういえば、本日新たに私の元に名士殿が来るそうです。その方に知恵を借りましょう」
フィシーはまたかと思ったが顔には出さず、うなづいた。
「疲れたなぁ。ちょっと散歩してくるよ」
「お気をつけて」
ヴィーケ一行は、ロイザーユの領地に入る手前の道路で、検問に会った。
三台あった四輪はエンジンをかけたまま止まり、検問官が中を調べる。
彼らのなかに、いかにも雰囲気の違った少女が混じっていた。
なぜか、白いドレス風の服を着ている。
ビージーが眺めていると、外に出たヴィーケが明らかに驚いた様子だった。
イブネフが興味を持つ。
「何事だい?」
先頭について行っていた四輪から三人が降りて彼らの元に近づいた。
「いや、驚きました。こんなところでロイザーユ公に出会えるとは……」
「しー! ちょっと、こっち来てくれる?」
いたって砕けた調子でヴィーケの口を塞ぎ、フィシーは検問所の裏手に回っていった。
人気のないところまで来ると、彼女は向き直る。
「あなた方が、新しくキージロカのところに来た人たちね」
「その通りです。しかし、私は純粋にロイザーユ公をお助けしたく参じました」
「イブネフとビージー、そしてリズィユね」
フィシーはヴィーケの言葉にちらりと視線をやるだけで、残った三人を興味深げに眺めた。
「おや、我々のことをまたどうして?」
イブネフは電子タバコを咥える。
ニヤリとするフィシー。
「調べたからねー。DОLとRRKね。頼もしいわー」
「DОLっていっても下請けだけどな」
イブネフが煙を吐いた。
複雑そうな雰囲気をだしながら、超然としていたのはヴィーケだった。
「彼らを連れて来れば、閣下もお喜びになると思いまして」
強引に割って入るように、ヴィーケは言った。
うなづくフィシー。
「ああ、そうね。忘れてた」
憮然として黙るヴィーケ。
構いもせずに、フィシーは四人を見渡した。
「君たちはキージロカを通さないであたしの直属の部下として働いてもらいたいの」
「これは光栄ですな。喜んで申し出を受けさせていただきます」
考えてないのか大胆にヴィーケは了承した。
「聞きたいのだけどさ、ヴィーケ殿」
フィシーはやっとヴィーケに声をかける。
「何でしょうか?」
「あたしを助けるって、一体どんな?」
「国を富ませる策です」
「へぇ……」
フィシーは目から力を抜いて頭を掻き、あからさまに興味を失った態度を見せる。
「で、聞くけど、どんな? 今のロイザーユの状態を知ってるのかな?」
うなずくフィシー。
「閣下の領地は危ういバランスで成り立っております。この状態を脱するに、国力を増して、存在の大義名分を掲げるのが得策かと」
「具体的には?」
「イザブ人の優遇政策です」
「……へぇ」
露骨に興味もなく質問していたフィシーだっが、最後の言葉に見るべきものはあると感じた。
「彼らは文化的にも資産や技能といった者に特化しています。そこを取り込んでやるとよろしいかと」
「いうだけなら誰でもできるよねぇ。実行可能なの?」
フィシーは上品に一礼した。
「お任せを」
「……わかった。キージロカに伝えておく。君らも街に着いたら宮殿にきてね。部屋を用意しておくよ」
言い終わると、フィシーはその場から離れる。検問所の裏に停めておいた二輪にまたがり、あっという間に姿を消していってしまった。
ロイザーユは砂漠の中にぽつりとそんざいする、緑の街だった。
あらゆるところに樹木が植えられ、瑞々し空気に満ちている。
建物の多くは白塗りで、道路は広くその癖に入り組んでいた。
「都会は違うねぇ、やっぱり」
しみじみとしたイブネフが、街中を眺める。
「まぁ、意外と栄えてるね」
リズィユは素直ではない。
ヴィーケは迷うことなく、白亜の宮殿に到着していた。
キージロカ自らが彼らを出迎える。
「長旅、お疲れ様です」
ヴィーケたちが四輪を降りると、ロイザーユ港の従者たちが荷物を中に運び入れ出す。
「ロイザーユ公から聞いております。なんでも直属の任に当たるとか」
「はい。閣下から直々に申し入れてもらいまして」
「お気を付けを。ウチの食客たちの中には嫉妬する者も多いかもしれませんので」
「ご心配ありがとうございます」
宮殿に割り当てられたのは、それほど広くないとはいえ、ホテルのスイートなみの場所だった。中にいくつかの部屋にわかれ、四人人がそれぞれ使えるようになっている。
「まぁまぁかな」
ヴィーケが室内を値踏みするように見回す。
「ちょっと俺は休むぜ?」
イブネフが、さっさと自分の部屋に入っていった。
広間と言っていいところに、三人が取り残される。
ビージーは相変わらず飴で、気楽そうな弛緩した表情をしている。
「ちょっと、ヴィーケ。座って」
尊称もなく、リズィユは彼に椅子を指さした。
「どうしました?」
気にした風もない彼は、大人しく従った。
「なんでヒュロンを捨てたの?」
「捨ててません」
はっきりとした即答だった。
リズィユが、何故の部分を待っていると、察したヴィーケは再び口を開いた。
「失礼ですが、理由はあなた方なのです」
「あたしたち?」
「はい。例えばリター解放戦線は壊滅させました。しかしいまだ上位の組織がいる。あのままでは、我がヒュロンがテロリストに蹂躙されかねない。RRKも関わってきましたし。ならば私を含めて一時期あの地を離れるのが良いと判断したのです」
冷静な上に大胆。
ビージーですら少女と同じく驚いていた。
ヴィーケを舐めていたのだ。
彼はただの地方で図に乗っているだけの名士ではなかったのだ。
急にビージーはゲラゲラと笑った。
「これは、久しぶりの爆笑もんだ。あんた最高だよ」
馬鹿にするどころか感心を通りこして、ビージーは爽快な気分になったのだ。
まんざらでもなさそうに、薄く嗤うヴィーケだった。
「お酒を取って来ていただきますか?」
「なんだよ、あたしたちはあんたの召使じゃないよ、もう」
「いや、ここに座れと言われましたので」
「もう勝手に好きに動いて良いよ」
「ありがとうございます」
ヴィーケは立ち上がり、セーラーに向かってジンを取ってきた。
グラスに注ぎ、その色を眺めてから、一口、勢いよく飲み込む。
「……これは良い。良い酒だ」
ヴィーケは一人満足げにうなづいた。
こんなことがあってたまるか。
逃げる人々の中に立ちすくみ、炎にまかれる建物をギナーは眺めていた。
爆発を起こしたそこでは、ブラトが演説を行っていたはずなのだ。
何者かが、爆弾を仕掛けていたらしい。
黒煙とともに建物から出てくる人々の中に、ブラトの姿を探す。
いつまでたってもその姿が見当たらず、彼は人々を押しのけ、建物に入って行こうとした。
必死だった。
今ブラトに死なれては、彼の夢も希望も無くなってしまう。
どこまで広がるかわからない暗闇の中、ただ座っているだけになってしまう。
「危ないぞ、あんた!」
誰かにギナーは羽交い絞めにされて、炎の中に飛び込むのを止められた。
ギナーは暴れた。
どうだっていいのだ、自分は。ただ、ブラトだけは。ブラトだけは違う。
とうとう路上に組み敷かれたギナーは唸った。
「ブラト!! ブラトー!!」
絶叫と言っていい声を上げる。
その視線の先には炎と煙が渦巻いていた。
彼の頭を誰かが打って、ギナーは急に意識を失った。
早速の冷たい目。
ビージーら四人は、ロイザーユ宮で出会う人間全てから、ぞんざいなあしらいを受けた。
「こんなことなら、ウチから自前で何人か連れて来ればよかったですね」
ヴィーケが言ったが本人もほかの三人も一切気にした風はない。
唯一あるとしたら、ヴィーケの影響力が実権のないフィシーの気分を紛らわすだけという事だ。
「なーに言ってんだよ。それならここで自前はたいて雇えばいいねぇの?」
ソファーに寝転がっているビージーはいたって気楽そうだった。
「ほう……なるほど」
「あとはフィシーの権力だけど、買収だろうなぁ」
「おお……」
感嘆を受けているフィシーだが、リズィユは醒めた目をした。
「……しれっと、悪人そのものの考えを言うなぁ」
「聖人君主じゃないからな、俺」
気にもしないで、ビージーは飴を堪能している。
「ちょーといいかなぁ?」
部屋がノックされて、ドア越しにフィシーの声が聞こえてきた。
「どうぞ」
イブネフがゆったりとドアまでいって、開いてやった。
白いワンピースドレス姿のフィシーは、軽い足取りで中に入ってきた。
「全員いるね。よし」
彼らを見渡したフィシーは、満足げにうなづく。
「どうかなされましたか?」
フィシーが尋ねる。
「フィシーは残ってくれて良いよ。あとの三人に話があるの」
「聞くぜ?」
イブネフが椅子に戻って、電子タバコを咥える。
「あなた方には、ソーセルカ領に行って後方攪乱をしてほしい」
「へぇ……」
興味深げにビージーが声を上げる。 「ウチ、攻め込まれそうなのよ。だから、どうにかそれどころじゃなくして欲しいわけ」
隠すところなく砕けた説明をするフィシーだった。
「俺は構わねぇよ?」
ニヤリとして、イブネフは了承した。
残り二人も、うなづく。
「助かるわ」
「何しても良いんだよねぇ?」
念を押すビージーは、口の中で飴を転がす。
「良いよ。問題ない」
「了解。やらせてもらう」
ビージーが言うのだ。何か考えがあるのだろうと、あとの三人は同じく思った。
「いっちょ、暴れてやっかぁ」
楽し気にリズィユは残忍そうな笑みを浮かべる。
「一応、報告はしてね。あとは好きにして」
「あいよ」
ビージーは軽く手を上げて、わかったと合図する。
不安げなヴィーケをよそに、三人は快いほど簡単に話に乗ったのだった。
第四章
ソーセルカの都市の一つ、ボロスで工場が爆破された。
ボロスは有名な重工業都市で、ソーセルカでは今だ鎮火しないこの事態を衝撃を持って迎えた。
直後に領内に噂がたった。
犯行はユーイナの仕業だと。
ボロスに住む住人たちが広めたが始めだった。
とたん、我こそがユーイナであるという声明が、各地から上がった。
人々は救国の英雄が出現したことに喜びつつ、戸惑いも生じていた。ソーセルカ領内に住んでいると混乱と破壊に巻き込まれるのではないかと。
「呆れるほどうまく行ったじゃないの」
リズィユがホテルの一室でペーパー・ヴィジョンのニュースを眺めていた。
「DОLの名前使うなって言われてるからねぇ。まぁ名前だけだが」
寝起きの飴を口に放り込んで、ビージーはソファに横になった。
「……うまく行ってもらわなきゃ困る。俺がボロスぶっ壊すのに、どれだけ苦労したか」
イブネフは恨みがましい目をビージーに向けた。
発案は全てビージーだったのだ。
実行する苦労は、イブネフが負わされたため、多少の不機嫌さがある。
「とりあえず、今度はおまえらにも動いてもらうからな」
「へーい」
飴が聞き始めたビージーは力なく腕を軽く上げた。
「今度って何するのさ?」
リズィユが聞く。
「そりゃあ、本家ユーイナになって、ソーセルカ内を暴れまわるんだよ」
彼女はイブネフから、ビージーに視線を移した。
「……まー、ユーイナ役はイブネフなんだけどもねー」
緊張感の薄れる声を出す。
「また俺か!?」
「だって、俺は若すぎるし、リズィユは女の子だし」
「それだわ。リズィユがユーイナの娘ってことでどうだ?」
「あたし!?」
まさかの指名で、リズィユは軽く跳んで驚いた。
「……良いな、それ」
「うそ!? 本気なの!?」
「下手にユーイナやるよりも、人気がでそうじゃね?」
「よーし、決定な」
戸惑う少女を傍目に、イブネフとビージーが意見を同じくしてしまった。
「うそー!?」
リズィユはまだ信じられないという様子で、天を煽いだ。
ギナーはソーセカルでのユーイナを名乗る多数の人間に怒っていた。
どいつもこいつも、ユーイナを利用しやがって!
ごみが散乱した部屋で、飲みかけのビール缶を壁に投げつける。
仕事は植物プラントの作業員をしていたが首になった。
理由はブラト支持によるものだと、上司は言葉を濁しながら言った。
それが、今度のユーイナの件に油を注いだ。
ユーイナは自分が会ったことのある人物なのだ。彼の名前を利用しているという者たちに、それが汚されたような感覚があった。
連絡が来る。
大学病院からだった。
ユーイナはすぐに服を着替えて向かった。
ブラトは生きていて、病院に運ばれていた。
ギナーが訪れると病室で優雅に本をよんでいた。
「無事だったか」
ギナーは心の底から安心した。
「いや、すまんね。今回のは実は自作自演で。心配かけた」
「自作自演?」
「ああ、ちょっと武警らとか人種差別主義の組織がうるさかったもので、一休みしようかなと」
ブラトはむしろ陽気な口調だった。。
「そうか。何でもなかったなら安心した」
「……何でもないというか、最近TKYの連中とあまりいい関係じゃないんだよな」
「なんだ、足の引っ張り合いにでも巻き込まれたか?」
「そんな感じだ。だからちょっと離れて、ロイザーユの所に行こうと思っている」
「……そうか。俺はソーセルカに行く」
「ああ、じゃあしばらくお別れだな」
「そうだな」
ギナーにとってはブラトが唯一の友人であった。
彼の歳になっては友人は貴重だ。
だが、それ以上にギナーには許せないのだ。ユーイナを騙る連中の存在が。
ギナーは別れの挨拶もなしに、病院を去った。
お互い、いずれ会えるだろうという、安直な期待を心の底に置いたまま。
ヴィーケは用意周到な考えを持っていた。
決してその場の思いつき出なはい所をみせたのだ。
「ロロメイに?」
彼にフィシーは聞き返した。
「そうです。総督に許可をいただいてから、優遇政策を行うのです。関係上、取り入ることは、同盟を結ぶことに等しいですから」
なるほどね、とフィシーは思った。
フィシーとヴィーケは早く意気投合した。型破りな彼女と、奇抜な考えのヴィーケである。自分を消し去るキージロカは、文字通り遠くから二人を見つめているだけだった。
ロロメイは、ロイザーユ公から連絡が来たというので、軽く驚いた。
「どうかしたのか?」
通信の第一声から尋ねる。
『今後、我が領地はイザブ人を優遇しようと考えています。総督閣下に一報を入れようと思いまして』
ロロメイはいきなりのことに黙考した。
イザブの借地は、元イザブ人と雑多な人種の集まりだった。元イザブ人は他国の人間から見れば、迫害されていると言っていい。
六か国は取り込めないなら後々、イザブ人を排除するつもりでもあった。
軍閥とはいえ、ロロメイという総督からみれば厄介なイザブ人を隔離してくれるというのなら、これ以上楽なことはないだろう。
ロロメイは納得した。
「問題ない。協力に感謝する」
『いえ、これもイザブ借地発展の一要素だと考えていますので』
ロロメイはうなづいた。
「わかった。ロイザーユ公がそうなら、幾らか補償費を進呈しよう」
『ありがとうございます』
ロロメイは単純に了承したわけではない。
過度な人種差別政策は、国内を混乱させる。
ロイザーユもそれで自滅するなら、これ以上に楽な話はないのだ。
TKYから多額の活動資金を手に入れたブラトが訪れたロイザーユは、比較的落ち着いていた。
即興でイザブ擁護の演説を行ったところ、人々が層をなして集まっていた。
そして、道端で鋭い目線を送っている、六か国からの移住者たち。
元々がイザブの土地なのだ。
だが、移住者たちが異様に静かで大人しいのには、気になった。
彼らには何かあると、直観で感じた。
ここに来たばかりで細かいことは知る由もないが、イザブの領土となりつつあるロイザーユをだまって迎えているようではないのだ。
危険ではないのか?
ブラトは彼らに目をやりつつ思う。
だが、ロイザーユ公は計画を推し進めている。
この領地は、各地から集まりだしたイザブ人の土地となりつつある。
危ぶみながらも、ここにはブラトの望む世界があった。
ブラトが来た。
その報は領地中を駆け抜けてあっという間に広がった。
フィシーの耳にも入る。
彼女は彼を宮殿に招待しようと使者を送ってきた。
「面白い人物が来ていると思っていた」
フィシーはキージロカを連れて、客間でブラトに会った。
「私は理想的な領主に会えたと思っていますよ」
「なるほど。ならば我が領内に来た理由は尋ねるまでもないね」
「はい。ところで、非イザブ人が大人しすぎると感じましたが」
「ああ、それはね。キージロカが処理をしている」
多数の食客を抱えるキージロカは、その人脈を使い、非イザブ人を押さえているのだ。
ぼんやりしている風でも、キージロカはやれることはやるのだ。
「あなたには、これからも頑張ってほしいところなの」
「もちろん、仰せのままに。少なくとも私はイザブ人の味方ですから」
ヴィーケは軽く頭を下げた。
「護衛は?」
「いりません」
「資金は」
「間に合ってます」
「勲章では?」
「あまりジャラジャラした格好は苦手です」
「自由にしてよし」
「ありがとうございます」
リズィユのところに続々と人が集まってきていた。
皆、イザブ人だ。
書類は作らなかった。その代わり、号令の合図を決め、皆を各地に散らして行った。
郊外の貧民窟にあるセーフハウスないで、リズィユが寝ようと着替えた時に、化粧箱が落ちた。
その中に紙きれが一枚入っていた。
文章も何もない。ただ三つの文字。
RRK。
これだけで十分だった。
奴らはいつでも彼女を好きにできると証明したのだ。
恐怖に我を忘れかけたが、何とか持ち直す。
ビージーら二人には伝えないことにした。
へんな雑音が入ると、また面倒になる。
翌朝、イブネフとビージーが、リズィユの元に訪ねる。
「目標は、これだ」
イブネフが紙に書いた地図をテーブルに広げる。
そこには、道路に幾つも赤いバツ印がつけてあった。
「この道は?」
リズィユが指で押さえる。
「ロイザーユ領へ展開している軍の後方連絡路だ。ここを破壊して、同時に……」」
イブネフは、新しくペンで地図の一か所にバツ印を書く。
「ソーセルカ宮殿を襲う」
「ソーセルカ宮殿!? 気でも違ったの!?」
「……いやあ、これは上手くいかなくともいいんだ。襲われかけた、襲う計画があったという事実さえあればいいの」
呑気なビージーが代わりに説明する。
口調から言って、この二つの計画を立てたのはビージーだと、リズィユは確信した。
「……わかったわ。それで行きましょ」
「よし決定だ!」
両手を一回たたいて景気を上げたイブネフは、ウィスキーの入ったスキットルの蓋をあけて、喉に流し込む。
連絡線爆破の件は、新しく募った者たちから選んで各個ふりわけることにした。爆破のための材料を運ぶ班も決めた。ソーセルカ邸へのテロは、彼女ら三人が実行する。
決行日時は、特に爆破準備の材料を運ぶ班と相談して、五日後と決められた。
彼らにも、ただの民衆ではなく、立派な組織を持っている存在が多かったのだ。武器弾薬その他の備蓄や使用方法にも手練れているだろう。
三人は時間が来るまで、貧民窟にこもりっぱなしだった。
外に出るのは時折、食料を買いに行くぐらいだ。
そうして五日が経った。
ヴィジョンがそれぞれ用意が整っているのを、映像で送ってくる。
「俺たちも行くぞ」
イブネフが家の前に停めた四輪に向かおうとしたところだ。
突然に、爆発を起こし、空中に四輪は舞った。
部品が周囲に落ちてくる。
「まずい!」
彼らはすぐに貧民窟の部屋の中に戻った。
ドアが数発、銃で撃たれる。
裏口から路地に出ると、腰を低くしてひたすら走る。
その足のすぐ後ろを弾丸が追うように地面にめり込む。
曲がろうとすると、その足元を撃たれるので、必然的に三人は誘導されていった。
そこは、貧民窟にある家の一つだった。
カーテンを閉め切った中は薄暗く、人の気配がした。
黒い影になった少年が一人、部屋の真ん中に椅子を置き、座っていた。
「久しぶり、リズィユ」
「エアター……何してるんだ、こんなところで」
「挨拶だなぁ。わかってるだろう? でもちょっと、話は違うかもしれないんだよねぇ」
十七歳ぐらいの細身で色の白い少年は、意味ありげに笑った。
「話が違う?」
「RRKを抜けるとどうなるか。君には身寄りがいない。親しい人物もいなかった。それで、僕が選ばれた」
よく見ると、椅子は床に金具で固定され、エアターの片腕は手枷がついて椅子の背に繋がれていた。
「確かに唯一接触しているから仲はよかったけど……」
リズィユは困惑気味だった。
「おめでとう。RRKは君を許すそうだ。その代わり……」
エアターは腕の手錠を掲げて見せる。
「僕を殺せばね」
「な……ちょっと待って……そんな……」
リズィユは明らかに困惑から混乱に至っていた。
エアターはRRK時代の相棒とも呼べる相手である。
その相手を殺せだと?
「どうしたの? 早くしてくれないかなぁ。わかるだろう? 時間をかける愚かさを」
エアターは促す
リズィユは急な怒りで歯噛みした。
よりによって、こういう手でくるのか、RRKは。
「ああ、そっちのDОLの人たち、手を出さないでね。面倒ごとは嫌でしょ?」
二人が動けば、組織が揉めかねない。
ビージーとイブネフには見ていることしかできなかった。
まるで無垢だった。
リズィユはエアターから邪気を感じたことがない。
驚くべき程に、純粋でいて任務に忠実。
これほどにまっさらな人物は見たことがない。
「ねぇ、はやくして。じゃないと、僕のほうから襲っちゃうよ?」
エアターのもう一方の手には拳銃が握られていた。
ゆっくりと持ち上げる」
「そこにいる少年かなぁ?」
リズィユは、怒りに任せて壁を蹴った。
そして、そのまま拳銃を抜くと、エアターの額を撃ちぬいた。
寸前、目をやったエアターは微笑んでいた。
「クソっ! クソっ! クッソっ!!!」
リズィユは悪態の後、絶叫した。
道路の破壊は、見事に成功した。
「辛気臭ぇなぁ」
眠眠靴にある元のセーフハウスにもどったが、リズィユは生気無く茫然としている。ビージーはといえば複雑そうな顔で、飴を普段の倍の量を舐めていた。
これでRRKから解放されたってことだしなぁ、とイブネフは小さくつぶやいた。
ソーセルカ宮襲撃は結局、未遂に終わった。
「なぁ、ビージー。次に狙うとしたら、どこだ?」
空気を変えようと、イブネフは声を掛けた。
「あー、中央銀行」
ぼんやりとした様子で答える。
「ああ、なるほど」
彼らはソーセルカで破壊活動をするとは行ったが、できるだけ民間人を殺したくはない。
無差別テロは好みではないのだ。
だとしたら襲撃先が狭まるが、減ることはない。
「二時間後、ユーイナの部下たちを銀行前に集めるぜ?」
ビージーはうなづく。
参ったものだ。
イブネフはリズィユにちらりと目をやり、思った。
ソーセルカのクライットはビジョンでロロメイと通信をしていた。
「ウチの後方連絡線が断ち切られたのです」
「聞いている」
「このまま、ロイザーユに攻め込んでもよろしいでしょうか?」
ロロメイはその提案に一瞬だけ考えた様子だった。
「……構わん。どうせあそこはイザブ人の地となっている。我々にとっては恰好の標的だろう」
「わかりました。ありがとうございます」
通信を切ったクライットは、南方に展開してある四十個師団の指令官イブミにビジョンで命令した。
意思で固まったかのような雰囲気の青年のイブミは、攻撃の命令を受諾した。
首都への真っすぐ迷いない中央突破が、彼の作戦だった。
発動は明朝三時と決定される。
上空には、まるで苦痛に呻くように、身体をよじるシーホフの巨体が浮かんでいた。
続々とリズィユの部下たちは時間通りに集まった。
ソーセルカ中央銀行は、彼らに完全に包囲された。
各方面からロケットランチャーで壁を破壊されて、彼らは銀行内に突入する。
「幾らでも持っていけ、そして、イザブ人に配りまくれ!」
すっかり我に帰っていたリズィユは、銀行の金庫の前で叫んだ。
壁を破壊された金庫のなかからは、札束の塊や金塊が山ほど目についた。
部下たちは歓喜の声を上げる。
札束が舞い上がり、それぞれ、トラックに忙し気に持ち運ぶ。
「急いでよー。最後は、ここ爆破するからね」
ビージーがヘラった様子を隠しもしないで、皆に言った。
作業は意外と手早く進んだ。
だが、ここで意外な報がイブネフに入ってきた。
ソーセルカ軍が動く。
本国とは物理的に孤立させているはずだが、クライットは賭けにでたのだ。
このままではロイザーユがただでは済まない。だが、イブネフたちには直接侵攻を止める力はない。 「クソ、こんなところで……」
イブネフは舌打ちして、大きく息を吐いた。
第五章
ソーセルカ軍の侵攻が始まった。
イブミは途中でロイザーユの補給集積地を奪取するという選択を放棄していた。
狙うのはロイザーユ首都のみ。
まるで死にもの狂いの勢いに、各地で迎撃をしたロイザーユ軍は粉砕されていった。
ロイザーユ宮内は混乱し、あらゆる者があわただしく走り回っていた。
ぶかぶかのTシャツ一枚でスリッパをはいたフィシーは彼らを眺めて、鼻を鳴らした。
何を今頃。
フィシーは覚悟ができていたために、衝撃を受けるというよりは、納得の方が大きかった。
いずれこうなるかもしれないという考えも頭の片隅にあったのだ。
「ああ、私の作った楽園が……」
肩を落としているのは、ヴィーケだった。
「まぁ、こんなこともある」
フィシーはいたって軽い調子で、彼の肩を叩いた。
この期に及んでフィシーは風呂に入ることにした。
いくら急いでもソーセルカ軍が到達するまで三日はある。
最後の三日間だ。
ゆっくりと堪能しようではないかと、フィシーは思った。
予想に反して、イブミの進撃速度は遅かった。
それは、通過する各都市でイザブ人を虐殺するのに忙しかったからだ。
兵士たちは命令は命令として、それとは別に憎々しいイザブ人を容赦なく銃殺していった。
そして、満足すると前進するのだ。
「貴様のせいだぞ!!」
「こんな政策をとらなければ、ソーセルカ軍が来ることはなかった!」
ヴィーケは宮殿内で食客たちに真正面から非難されていた。
彼は反論したくともできなかった。
屈辱に耐えているところに、ブラトが来た。
「そう彼を責めなさるな。だからと言って事態が好転するわけではあるまい」
「ならば、責任は誰が取る!?」
「責任? 面白いな。戦争が起こるたびに誰かが責め苦を受け無ければならないのか」
「当たり前だ!」
ふむ、とブラトは何度かうなづいた。
「……ならばその責任とやらは、私が取ろう」
「なんだと!?」
「さあ、どうすれば良い?」
ブラトは何でもないことかのような、落ち着いた口調だった。
「今すぐにソーセルカ軍の前にいって進撃を止めろ!」
食客の一人が言った。
「なるほどね。わかった。証人として、誰か一人付いてきてもらおうか?」
最後の言葉に食客たちは戸惑った。が、数人が手を上げたので、その全員で行くことにした。
「ブラト殿……」
ヴィーケは今にも泣き崩れそうだった。
「安心したまえ。私は私の役目を果たしに行くだけだ。あなたはあなたでやれることをやれば良い」
心地よいくらいに静かな声だった。
ヴィーケは死んだ。
文字通り、ソーセルカ軍の真正面に立ち、マシンガンの束で身体を粉みじんにされたのだ。
知らせを受けたギナーは絶望した。
彼にとって唯一の友人だった。
考えは違ったが、あれほどに意気投合した人間はいなかった。
悲嘆と憎しみに燃えたギナーは、すぐさまヴィジョンを使って原因を調べる。
彼はすぐに、ソーセルカ公とロロメイの会話を拾い上げた。
「なるほど……」
殺気に満ちた表情をしたギナーは、顔を上げた。
総督府の建物は、様々な人々が往来していた。
ギナーは普通に入り口から入り、賑やかな廊下を総督執務室に向かって歩いていく。
呼び止められることもない。
ドアは開いていた。
部下が入りやすいように、ロロメイは常にそうしてあったのだ。
ギナーが入ると、ロロメイは執務机について、書類に目を通していたところだった。脇に、女性秘書が一人座っている。
「……どうしたかね?」
彼に気付いたが、姿勢は変えずにロロメイは尋ねた。
「私はユーイナだ、ロロメイ」
「なに……?」
ロロメイと秘書が思わず顔を上げた。
「これは天命だよ、ロロメイ」
ギナーはサイレンサー付きの拳銃を構えると同時に、ロロメイの胴体に数発の弾丸を撃ち込んだ。
あっという間のことで、秘書が茫然としている。
彼女にウィンクをして見せて、ギナーは部屋を出た。
しばらくして悲鳴が背後で起こる。
ギナーはのんびりと総督府を出た。
すぐにユーイナの名が上がった。
租界中に、ニュースが駆け巡る。
人々は歓喜に揺れた。
暴動が起きる。
人々は沸いて、そこらじゅうの総督府関連のものを破壊しだし、殴り合い、酒を飲みだした。
ギナーは帰り際、楽し気にその様子を眺めた。
中央銀行を爆破した三人は、四輪で逃走中だった。
「何だ、何事だ?」
イブネフはバックミラーを見て思わず声を出した。
巨大なクジラ。シーオフが、ゆっくりと彼らの四輪に近づいてきたのだ。
シーオフは小さなジュモを大量に引きつれて、巨大な口を開けた。
四輪はあっという間に、掬われるようにシーオフに飲み込まれた。
それからのことは覚えていない。
ただ、僕は飴を口にすることは無くなったという記憶があるだけだ。
ここはどこだろう?
僕はなにものだったのだろう?
全てがわからない。
了