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 路地には様々なポスターや落書きに混じって、一枚、汚れの目立っていないものがあった。

 ユーイナ。

 文字で書かれた名前は、イザブ共和国当時から圧倒的な住民の支持があった救国の英雄の名前だった。

 身体中の痛みを抱えながら、三十二歳のギナーもそのポスターにうっとりと見入る。

 借地内では、時々ユーイナが現れ、総督府の正規軍や、無法の党組織にダメージを与えているという。

 彼ほどの力があれば、イザブ解放も夢ではなかろう。

 路地向こうは人々が多数道路に押しかけていた。

 皆期待と不安の中に歓声を上げている。

 ギナーも何事かと、彼らの背後まで脚を引きずって寄っていった。

 道路を二輪や四輪がゆっくりとお通りすぎる。  

 その中で中心ともいえる位置に、天蓋を外した馬車のような乗り物に、スーツ姿の青年が一人と制服姿の男が四人、乗っていた。

「リブアルー!」

「リブアル総督!」

 若い女性の嬌声にも聞こえる呼び声だ。

 どうやら新しく着任する総督がパレードを行っているらしい。

 ギナーは吐き気がした。

 唐突に、先導する四輪が爆発炎上した。

 次の瞬間には、煙が路上各箇所から上がる。パレードの中のリブアルの姿は濛々としたなかに姿を消した。

 一斉に護衛が銃声を上げる。

 襲撃者や護衛らの声は、道路わきにつめていた人々の悲鳴に掻き消される。

 ギナーがあっけにとられていると、前面の人垣が次々と倒れ、混乱した彼らはその場から散っていった。

 茫然と立ち尽くすギナー。

 煙の中から男が一人、よろめきつつ現れた。

 三十代だろう。

 歳の割に整った容貌は血に汚れて鬼気迫るものがあった。スーツ姿の各所が破れ、赤く滲んでいる。

 ギナーと彼の目が合うと、ニヤリと残忍な笑みを向けられた。

「……おい、おまえ。人気のないところまで連れていけ」

 語尾とともに、ギナーに身体を預ける形になった。

 倒れかけたのだ。

 どこかのテロリストか?

 ギナーは血に汚れてはいた顔の表情にどこか魅かれるところがあった。

 腕を肩に回し、路地裏へとなんとか引っ張って行く。

 男は途中、荒い息のまま吐血した。

 レンガとレンガの狭い間まで来る頃には、男の意識は朦朧としているようだった。

「俺はユーイナだ……」

 やがて繰り返す言葉。

 出てきた名前に驚いたギナーは、彼を道に横たえさせた。

 脂汗が噴き出していた。

「俺はユーイナだ……!!」

 男は手を空に伸ばし、絶叫した。

 ギナーは彼の手を握ったが、直後に力が無くなり、だらりと腕は下がった。

 



 TKYのブラトは、丁度演説中だった。

 彼はまるで怒る感情の塊のように、移住民たちを非難し、イザブ人の権利を訴えていた。

 炎を吐き出しているかのような口調に、観衆は一語一語耳にしては、歓声を上げていた。

 予定ではそのまま総督府までデモ行進を行うはずだった。

 ところが演説が終わったときに、リブアル新総督がテロリストに襲われたとの報が入った。

 彼は無事だが、総督府は事件のせいで極度の緊張化していた。

 今デモをやるのは、火に油を注ぐだけになりかねない。

 ブラトは予定を中止した。

 集まった人々を解散させて、自分も四輪に乗った。

 TKYの本拠にそのまま向かうと、建物の彼の部屋で、泥と血で服を汚した男がソファーに座っていた。

「酷い恰好だな」

 ブラトはギナーを見て、呆れた。

 電子タバコを片手に、ギナーは小首を傾げる。

「ユーイナに会ったよ」

「とうとう、頭までイカレたか」

「なら俺もまっとうに戻るんだがなぁ」

 ブラトはサイドボードから無造作に酒瓶とグラスを二つ取り、ウィスキーを注いだ。

 一個をギナーに渡し、自分は机につくと一気に煽る。

 大きな音を立ててグラスを机に置いた。

 熱い息を吐く。

「RRKから裏切者がでた」

 いきなり、ブラトは核心の言葉を述べる。

「へぇ。あそこも意外と一枚岩じゃなかったってことか」

「設立以来の事件だよ。早く始末しなければ、情報が洩れる」

「だろうなぁ。けどそれ、事故ってやつだろう?」

 グラスを片手に電子タバコを吸うギナーは、淡々としていた。

 一方のブラトは芯が強く、頭の回転が早そうな雰囲気で今にも飛びかからんばかりの圧倒的存在感を醸し出している。

 二十四歳。TKYに所属したのが三か月まえ。彼はあっという間に、組織の広報官とイザブ人民の指導者となっていた。

「時間は合わせてある。ユージュが来る予定っだよ」

「ああ、あいつか」

 ギナーのうすら笑いを浮かべながらの口調には含みがあった。

「疑ってるのか?」

 敏感に察したブラトが再びグラスに手にした。

「信用できない奴だと思ってるだけさ」

 その返事に、ふむとうなづいてブラトはまたウィスキーを一口含む。

「……使える奴でもあるさ」

「へぇ。それはご立派」

 会話が途切れて、時間だけが流れた。

「お待たせしましたね」

 十五分も経たなかった時、勢いよくドアを開き、長身痩躯の男が現れた。スーツにコートを着て、髪はさっぱりと後ろになでつけられている。目は鋭く、物腰は武警というよりも、ギャングに近いものがあった。

 武警の警部補で、三十八歳のユージュだ。

「いやぁ、参りましたよ。びっくりしたわー。

まさかの新総督襲撃事件が起こるとはね。武警中、大わらわですわ」

 一人、自分だけは違うと、まるで他人事のようだ。  

「それだが、リブアルは無事だったのか?」「無事だよ。おまえらには残念かなぁ」

「いや、あんなテロを起こされるのは、まずい。むしろ無事でよかった」

 ユージュは驚いたような顔をユージュに向けた。

「総督排除は君らTKYの主張でもあっただろう?」

「それはイザブ住人の蜂起によってなされるものだ。どっかのテロリストが殺したんじゃ、この地はさらに混乱しか招かない」

 ブラトは冷静に説明した。

 ふむとうなづく、ユージュ。  

「それより、RRKの事件のほうだブラト」

「ああ、あれなぁ」

「あの組織を潰す恰好のチャンスだ。誰か打診できる人間はいないのか?」

「その件か……こちらとしては、RRKはまだ使える組織だ。潰すわけにはいかない」

「潰すときの大義名分になるようなものは得られないか?」

 ブラトは食い下がる。

「まぁ、なくもないがね」

「その線で頼む」

「わかった」

 一気にそっけなくなったユージュは、勝手にサイドボードの酒をグラスで飲み、手を振ってそのまま部屋をでた。




 ヴィーケからの礼の一つに、ヒュロンの裕福層のいる地区に邸宅を一つ与えられていた。

 ここには、イブネフが時折訪れることになった。

 たまたま邸宅にいるとき、ヴィーケから連絡が入る。

『こんにちは、イブネフ。調子はどうでしょう。ちょっと話があるのですが』

「どうしました?」

『私は、ロイザーユ公の所に行こうと思います』

「……ほう、急ですな」

 ロイザーユ公は、変わり者の軍閥の指導者として有名だった。食客を百人以上抱えているのでも名が知られている。

『複数のテロ組織が私を狙っているという情報を得たのもあり』

 なるほど。それで総督の意のままにならない軍閥のところに転がり込む気か。

『私には、新総督を迎えたイザブについて、考えることが色々あります。それで、ロイザーユ公を補佐しようと思うのです』

 大義名分としては立つ。

 彼を狙うイブネフとしては、判断のしどころだった。

『それで、君たちにも来てほしいとおもってね』

「俺たちも……?」

『ああ。君は優秀です。ぜひ私の元で働いてほしい』

 イザブに影響を持つDLОを取り込みたいらしい。イブネフはそう思った。

「構いませんよ? ただ、俺一人という訳には行きませんが」

『もちろん例の二人を連れてきてもらって大丈夫です』

「わかりました」

 詳細な日時などはまだ未定だと言うとヴィーケは通話を切った。

「急がなきゃなんねぇなぁ」

 イブネフは頭を掻きながら独白した。




「事情が変わった。ヴィーケと一緒にロイザーユの所に行かなきゃならん」

 イブネフはビージーとリズィユに向かって、貧民窟の家にいた。

「ヴィーケの暗殺はどうなるんだよ?」

 ビージーが酩酊した様子を隠さないまま、聞いてきた。

 この状態で説明してもわかるのかと、リズィユは思ったが。

「もちろん、やる。ただ、DLОとしてもDОLとしても、名前は伏せたいのに変わりはない」

 一方のリズィユは、何か考えている様子だった。

 今更ヴィーケを殺してもRRKからの殺害宣言が取り消されるわけはない。彼らはやると言ったらやる。

 ならば、舞台はロイザーユ領ということになる。

「リズィユは事情が事情だから好きにしてくれていい」

「……なんだよ、その放り投げは。おまえらには、あたしを守るという約束があるだろうが」

 抑え気味の声を出すが、どこか迫力に欠けていた。

「あー、リズィユはいて良いんじゃね?放り出されるとヤバいんだろう?」

 ビージーが言葉の手を差し出す。

「当たり前でしょ!」

 彼女は思わず大声になっていた。

 ただ、どうしていきなりそんなことを言い出したのかがわからなかった。あれだけ強引にここに来たのに。

 二人のことはすでに調べていた。だがビージーのほうは情報がほとんどなかったため少しの間悩んだくらいだ。 

 一体何者なのか、まったくわからない。

 加えて何を考えているかもわからない。

 面倒くせぇ。

 リズィユの一瞥も気にしないで、ビージーは飴を堪能している。

「それにねぇ、まだやることがある」

 ビージーの言葉に、イブネフはうなづいた。

「やること?」

 いぶかし気なリズィユに、ビージーはいつもの嗤いを浮かべるだけだった。




 イブネフとビージーはいつもの時間の火曜日午後九時にヒュロンの中心部にある邸宅に入った。

 すでに陽は落ち、砂漠特有の寒さが街を包んだ。

 影の一つが二人を確認すると、他の人影に連絡を入れる。

 彼らは、まわりの道路に潜み、しばらく様子をみた。

 監視カメラはリビングで息抜きする二人の映像を移していた。

 人影が指示をだす。

 とたん、邸宅が大爆発を起こした。

 空気自体が鳴り響き、炎と煙が湧き上がる。

「……良し」

 人影の一人が小さく声をだした。

「なーにが良いんだ?」

 急に後ろから声がした。

 振り返ると、電子タバコを口に咥えた男が、ナイフを手に立っていた。

「おまえ……」

 言葉の途中で、首筋を綺麗に切断されて、人影は倒れた。

 鮮血が石畳の道に噴き出し、やがて枯れた。

 イブネフは携帯端末を奪う。

「奴らは裏から出てきた。すぐに集まれ」

 変換器で声音を変えて伝えると、すぐに移動する。

 人影たちが、邸宅のベランダに面した道路に集まりだす。

 五人。

 一人が急にかがんだ。そのまま動かなくなる。

 何事かと他の男女が思った次には、別の二人が頭をのけぞらせる。

 敵!

 気付いた時には、残りの二人は身体を躍らせるようにして、石畳に崩れ落ちる。

「んー、お見事だねぇ」

 ビージーは、リズィユの隣で感嘆したようだった。

 サイレンサー付きのライフルを持ち、井家崖に構えていたリズィユは鼻を鳴らした。

「こんなの、歯ごたえがなくてつまらないぐらいだわ」

 時間を掛けて今まで一人一人狩っていった、 リター解放戦線の生き残りたちだった。

 監視カメラの映像は以前、この時のために撮って置いたものだ。

 当然、監視カメラの存在もとっくに気付いていた。

「よぉ、終わったか?」

「終わったぞ」

 イブネフに、ビージーが簡潔に答える。

 辺りの住民が騒ぎ出し、消防や武警が集まりだす。

「じゃあ、行こうか」

 途中で停めてある四輪まで、三人は移動した。

 邸宅の騒ぎは一切無視である。

 四輪はそのままヴィーケ邸に向かう。

 ホールに到着すると、数名の客がヴィーケと談笑しているところだった。

「……イブネフ様にお二人方、ご無事でしたか!」

 彼らを見つけると、ヴィーケは驚きと喜びの顔で、両手を軽く広げた。

「どうも。リター解放戦線を殲滅してきたところです。しばらく、治安当局とかうるさいので助けてもらいにきました」

 イブネフはふてぶてしい笑顔だった。

「それはそれは! ご苦労様でした。もちろん、処置は取らせていただきますよ」

 ヴィーケはその場で携帯端末を操作した。

 すぐに何件かに連絡を入れ終わらせる。

「これで大丈夫です。現場の処理を入れました。あとは、お部屋を用意させてもらいますので、ご休憩ください」

「ありがとうございます」

 イブネフは礼を言う。

 勝手知ったるリズィユが案内の来る前に先導するように歩き出した。

 きびきびした動きが、不機嫌そうだった。

 大きな客室に、二人を招きいれる。

「なんだ、同室なのか」

「その方が安全でしょ?」

 イブネフの疑問にもっともな答えが返ってきた。

 椅子にドスリと座り、ひじ掛けに置いた腕で頬杖を突くようにして、その指で自分の頬をぺしぺしと叩く。

「そんなにここに来るのが嫌だったか?」

 イブネフはソファに納まった。

 最後にビージーが身体を広げてベッドにダイブをして寝転がった。

「あのねぇ。汚れ役をあたしにさせた理由はわかるよ? どーせこれで裏切れないようにするつもりだったんでしょ?」

「あー、バレてたか」

 イブネフは電子タバコを咥えた。黙々とした煙を吐き出して、苦笑して見せる。

「それはいいの。別に今更だよ。だけどさ!」

 急にリズィユの声が大きくなった。

「お礼の言葉一つもないって何!? ふざけてるの!? 馬鹿なの!? くそったれなの!? どういうこと!?」

 吐き出す言葉は熱をもってまるで怒涛のようだった。

「あー、いやぁ見てたけどさぁ、リズィユはさすがだったよ。あの暗さで光学装置もなしなのに、無駄弾なしで一気にやちゃったんだもんなぁ」

 ごく自然にビージーが褒め始めると、リズィユは、当然とした顔で軽く顎を浮かせてた。

「あ、ああ、そうだな。おまえがいて助かったよ。ありがとな」

 満足げな表情の癖に、二人に対して鼻を鳴らす少女だった。

「祝杯でも挙げるか」

 イブネフは立ち上がってワインセーラーから自分用に一本、二人にも疑似ビールの瓶を一本づつ持ってくる。

「祝杯の言葉はなんにする?」

「これからの苦労と苦難に乾杯」

 ビージーが勝手に言い、飴を吐き出して、ビール瓶をラッパ飲みした。

 のこった二人は目を合わせて、乾杯と言うと、同じく瓶に直接口をつけた。




 RRKは未だに気配すら見せていない。

 ヴィーケはロイザーユの所に行くと決めてから、人々との接触が多くなった。

 ヒュロンの有力者たちが同行を願い、ロイザーユの方からは相手の値踏みも兼ねた挨拶と先に伝えておくべき案内役の者。

 ホールでの立食会は毎晩続いた。

「ライフルで射殺すればいいのに」

 リズィユはいつもの二人と立食に参加しつつ、小声で提案する。

「上は、ただ殺すだけじゃなくて、もっと派手に行きたいらしくてねぇ」

 イブネフがボヤキくような口調になった。

「へぇ……」

 リズィユはその言葉に、今回のRRKが探っているであろう手口に察しがついた。

 できるだけ派手に。

 組織の名前が世間で喧伝され、人々が恐れおののく程の衝撃を与えるように。

 どちらも共通しているのだろう。

 ボーイの一人がリズィユの脇を通り過ぎ際に、耳に口を近づけた。

「……俺たちはおまえを必ず殺す」

 驚き振り向いたが、もうそのボーイの姿は人々の群れの中で消えていた。

 ざわりと悪寒が走る。

「どしたー?」

 イブネフは珍しく青白い顔をしたリズィユのそばに来た。横には明後日の方向を眺めているビージーがいる。

「なんでも、ない」

 わずかに声が震える。

 リズィユはいつのままにか、用意されていた自室に戻り、椅子のうえで両足を抱えていた。

 そこに、ビージーが現れる。

 部屋の照明はつけられていない。

 彼はそのままにして、リズィユの後ろに立った。

「……どうした?」

「なんでもないって言ったでしょ……」

「おまえは小さい頃から人の目を気にして生きてきた。おそらく、養父と実家の両親の影響だろう」

「……」

 リズィユの幼少時は子供ながら利発なところがあった。

 それを見た街の名士の食客が、実家から買い取ろうとしたのだ。

 加えてリズィユは目を見張るほどに美少女だった。

 彼女は食客のいやらしい性的な目を覚えている。

 実家は事業が倒産したために借金地獄だった。

 両親は多額の金を渡されて、泣く泣く娘を手放した。

 親に裏切られた。

 それまでお嬢さんでいたわけではない。

 彼女の意識は倒産寸前で荒れた家庭にそだった。

 リズィユのことは喧嘩の種にしかならなかった。

 食客に売られた時、裏切られた感は両親への感情のとどめとなった。

「殺してよ、あんな親たち」

 リズィユはある日、うかつにその言葉を食客に漏らした。

 次の日、食客はリズィユの両親をナタで切り刻んでいた。

 リズィユは全てを背負いこみ、書客の元から逃げ出した。

 拾ったのがRRKである。

 ところが、リズィユは再びRRKを裏切ってイブネフの元にいる。

 繰り返す。

 トラウマと恐怖が理性を惑わす。

 リズィユは今、ただ震えている。

 なぜ、ビージーがそのことを知っていたのかという疑問も出ないままに。

 ビージーはすぐ横にあるベランダに通じる窓の外をみた。

 窓と窓の間に、丁度リズィユは座っていたのだ。

 夜のヒュロンは、星が見えないほどに光輝いていた。

 空には、その代わり、巨大な姿のクジラが悠然と大量のジュモとともに現れていた。

 シーホフを狙い、賞金稼ぎが群がる。

 良くある風景がここでもみられるとは。

 ビージーはしばらくその様子を眺めていた。




 バルコニーから見える朝の風景は変わり映えしない。

 いつものイザブ人解放デモと、それを冷たい目で眺めながら通り過ぎる人々。

 ロイザーユ公フィシーはTシャツ一枚だけの姿でスリッパを履き、あくびを繰り返していた。

 長い髪に、体つきはスレンダーだ。十九歳歳。生まれたころから、死んだ父に連れられて、軍閥の成長を補佐し続け、今の支配にいたる。

 片手に紅茶のカップを持って、時々口に運んでいた。

 眠気がまだとれない。

 バルコニーの真下には、庭のプールがある。

 飛び込めば目が覚めるか。

 一瞬考えたが、この高さからの水面の硬さは尋常ではないことを思い出した。

 数年前にやって、骨折したことがあるのだ。

 客が近々来るという。

 おかげで早起きを強制された。

 たまには、朝の光を浴びるのもいい。

 部屋に戻ると、キセルを取り出した。

 先っぽに葉を詰めて火をつけ、煙を吐き出す。

 どうも客は一癖も二癖もあるらしい。

 実に楽しみだと、フィシーは思いつつ、煙を目で追っていた。

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