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5 色抜き歯形


 ためらいながらもヨランが横を向いて小さな声で「どうぞ」と言った。詰め寄られて眉間に皺が寄り、頬が赤らんでいる。

 テトスとは違う可愛らしさが目について、ナーナは努めて優しく触るように心がけた。


「徐々にではなくて、急に色が落ちているのね」

「あの、ついていますか?」

「いいえ。それは大丈夫そう」


 ナーナに言われて、あからさまにヨランの表情が和らぐ。

 柔らかな癖毛を指先で触れ、擦り合わせながら観察してみたところ異物はついていない。


(本当に噛んだ(あと)みたい)


 黒にも近い深緑の色が、突然白くなっている。

 人の歯が噛んだような痕は、改めて見ても奇妙だ。

 しかし、そう見えるのに髪が折れたようでも傷んだ様子もない。健康な髪そのものに見える。


「魔法の痕跡を見てみましょう。ティトテゥス」

「わかってる」


 目に集中するので、周囲の注意がおろそかになるのだ。故郷でも何度か付き合ったこともあり、テトスは軽く応じた。

 軽く息を吸って、ナーナは短く呪文を唱えた。


「≪現れよ()不可視を捉えろ()知覚せよ()≫」


 ナーナの視界に、薄く燐光が出現した。

 普段生活するときには見えない魔力行使の痕跡。それを己の視神経へ干渉させ可視化させる、複数の魔法を凝縮し構築した緻密なものだ。この技術一つでも当代きっての実力者と評されることを当然のように一言で発動させる。

 だが、それは傍目には見えない。

 ナーナの瞳が捉えた魔力の痕跡を反射して淡く光るのみだ。

 ただ異様な雰囲気にヨランが息を呑む。


「動かないで、ヨラン。薄く伸びて……伸びて? まだ繋がっているみたい」

「まだ魔法が使われているってことか」

「悪用された魔法だから正確には呪いよ。構築を覗くわね。もう少しそのまま待って」


 ナーナの呟きに、ヨランは疑問を声に出した。


「それはどういう」

「俺もこれに関する説明はさっぱりだが、ああと……魔法構築学とっているだろう? 魔法を使うには力ある文字の組み合わせでできるってやつ、もう習ったか?」

「はい。曖昧な要素を排除して確立したもののほうがよく効果を発揮する、ですよね。構築式を考えるのは楽しいです」

「単純構築式なら俺も平気なんだけど、まあともかく。ナーナはそういうのを見ようと思えば全部見れるんだよ」

「ええと?」


 苦手なんだよな、とぼやいたテトスは眉間に皺を寄せて考えながら言った。


「自分が発動した魔法でなくても、魔法が関わるのならどんなものでもどういった構築で出来ているのか見れるんだよ」

「それは」


 ヨランは目を丸くして、ナーナを見た。

 そんなことは普通できない。人間離れの極地である。

 そう、ナーナも自負している。魔法の天才と謳われる一因となったこの能力は、これまで大いに助けとなってくれた。

 この特技があったからこそ、ナーナは選ばれてミヤスコラにやってこれたといっても過言ではない。

 今、ナーナの視界には魔法を成り立たせるキーワードが踊っている。特別にイカれた魔法をかけた、とびきりの魔法具と同等の瞳が成せる技だ。


(どれどれ? 色落とし。魔力の減衰。搾取に移行。群体。同期と統率……? ほかにも、ぐちゃぐちゃだわ。あとからどんどん書き足して変なことになってる。私ならもっと綺麗にまとめるのに)


 文字が重なり合って読み取りづらい。

 睨みながらナーナが格闘しているそばで、呑気なテトスの解説が続く。


「そんで、干渉して改変するのが大得意なんだ。呪い一歩手前だから、弱みとして使いたいなら使っていいぞ」


 確かに、魔法を悪事に転用すれば呪いとなる。ナーナの得意な魔法は、人に干渉するという点が危ういのだ。もっともそうすることはないと分かった上での軽口である。


「現在進行形で私に世話になっておいて言うことかしら」

「おう。で、何かわかったか」

「そうね。やっぱり今もヨランの魔力が盗られているようだわ。媒介は噛まれた髪で、量は少しずつみたいだけれど……体調にかわりは?」


 ナーナがたずねれば、ヨランは首を横に振る。


「それはよかった。でも、ごめんなさい。この呪いに干渉してもすぐに戻されるの。つまり、進行形で呪いを使われ続けてるってことで……」

「要は元を絶てば解けるタイプの呪いってことだろ」

「簡単に言えばそう。ヨラン、呪いをかけられる覚えはあるかしら」


 またヨランは首を横に振った。


「でしょうね。特定の人物だけを執念深く追い求めるものではないし。現に他に色抜け歯形にあったっていう人もいるでしょう?」

「ナーナの目で、ヨランの魔力を食べるヤツは追えないのか」

「ヨランの魔力を食べる虫なら見つかるけれど、虫を蔓延らせた大元までは無理。せっかくなら大元を見つけたいわね」

「それなら、虫から改めて辿るのは?」

「難しいと思うけれど……でもヨランは助かるかしら」

「じゃあやってやれよ。かわいそうだろ。見ろよ、ヨランの顔。ナーナが余計なことまで話すせいで」


 テトスがヨランの顔を指さす。

 今もなお呪われ続けている。それも虫が関係すると想像して、ヨランの顔色はまた悪くなっていた。小生意気そうな愛嬌のある顔立ちが曇るのは、ナーナとしても心苦しい。


「今するところ! ≪共有せよ()視るものを()片割れへ()≫」


 双子だからこそ、干渉魔法に用意すべき媒介はいらない。ナーナの魔法を受け取って、テトスは数度目を瞬かせると「ふむ」と振り返った。


「じゃあ、手早くとってくるから待ってろ」


 そう言うなり、目にもとまらぬ素早さで駆けて行った。瞬きの間にその姿はもうない。


「え、え?」


 取り残されたヨランは呆気にとられている。


「あの、テトスは」

「今あなたを呪っている元を採りに行ったの。すぐ戻ると思うから、悪いけれどもう少しだけ付き合ってもらえないかしら。講義は取っていない? ご飯は食べた?」


 人形めいた容姿は頼みごとをするときにプラスに働く。しおらしく上目遣いをすれば、大抵は受け入れてもらえるのだ。ナーナは少しの計算をこめてそう頼んだが、ヨランは逆に身構えた。


「……講義は取ってないです。昼も、まだです。あの、もう離れてもいいですか」

「ええ、構わないわ。でも離れすぎないでね。何があるかわからないから」


 愛想よく続けて言うと、ヨランは触れられていた髪のひと房をいじりながら聞いてきた。


「本当にこれが用事だったんですか」

「私はそうだけど……ああ、あのお馬鹿さんのせいね。あの男、今頭が花畑になっているから説明が足りなくて不安になったのね」

「あ、いえ、その、まあ」


 歯切れ悪くヨランが曖昧な相槌を打つ。


「そもそも私は同郷の脳足りん男に巻き込まれた側よ。ヨランのお姉さんが貴方のことで思い悩んでるからって連れてこられたの」

「そうだったんですか」

「でも、私の友だちがあなたと同じ呪いで迷惑を被っているのもあって、調べたかった気持ちもあるわ」

「なんだ、てっきり」


 ばつが悪そうにヨランはうつむいた。


「すみません。姉のことか、そうでないなら家の稼業に近づくためかと」

「稼業?」

「嘘をついていないことはわかったので、あやまります。でも詳しくは言えません」


 それだけ言うと、黙ってしまった。これ以上は話さないつもりなのか、口を引き結んで目を合わせようとしない。


(複雑なお家事情でもあるのかしら。まあ、言えないことの一つや二つはあるものだろうし、他人だものね)


 ただ聞き分けの良い優等生の評価を保つためにも、ナーナは気にしていないという風に笑顔で引き下がった。


 そして会話が終わって沈黙が降ったと同時に、風を切ってテトスが戻ってきた。


 軽い音を立ててナーナの隣へ着地したテトスは、片手にハンカチを丸めて摘まんでいる。それをナーナの前へ無言で差し出すと、両目の間をもんだ。魔法を解除しろという合図だ。

 無言で解除をしてから、テトスのハンカチに魔法をかける。

 虫がいるのだから好き好んで触りたくないのだ。


「それ、思ったより気持ち悪かった」


 それはそうだろう。ナーナも再び間近で観察したいものではない。


「《変われ》」


 ハンカチが手のひらから浮いて円柱を形作る。そして布地が一瞬きらめいて、継ぎ目が消え、透き通った瓶へと変わる。変形魔法の応用だ。

 完全に密閉した瓶へと変化したものをナーナは掴み、ヨランへと見せた。


「これがヨランの髪の色を抜いた原因よ」

「うわ」


 ヨランが嫌そうに声をあげた。

 でっぷりと太った芋虫だ。

 ただし、立派な虫の顎の奥に人間の歯が並んでいる。粒々と並びの悪い歯列が見え隠れする。威嚇なのか、がちがちと鳴らす様はやはり不気味としか言い様がない。


「うわ、これ、寝ている間にこれが……うわあ」

「問題はこれが学園のあちこちにいるかもってことなのよね」


 ナーナが言えば、さらにヨランは顔を歪めた。そして間をおかずにテトスが聞いてきた。


「あっ!? おい、ナーナ! これがいることでジエマさんが被害を受ける可能性も高いってことか!」

「そのジエマさんだけでなく、全生徒が対象になりそうって話にはならないのかしらね」


 人は恋するとこうなるのか。自分はこうはなるまい。

 戒めの気持ちを再び抱いたところで、ヨランが「あ」と声を上げた。


「虫が」


 瓶の中の芋虫が藻掻いている。

 細かに身を振り、薄衣を脱ぐように空へと蠢く。

 皮はゆるやかに後退して、新たな皮膚が光沢を帯びて現れた。


 分厚い顎と不揃いな人間の歯列はそのままに、てらてらと光る甲殻の体を持つ羽虫がそこにいた。

 うわ、とテトスがぼやく。


「進化しても気味が悪い。人の一部があるだけでこう思えるもんなんだな」

「そもそもどうして歯なんだろう……」


 ヨランの呟きに、ナーナは思わず声を大きくして指を鳴らした。


「そう、歯! 歯だわ!」


 謎がとけてすっきりした心地だ。ナーナは不可解そうな二人の視線をものともせず、瓶をかかげる。


「代替? いえ、これは代償を使ったのだわ」

「呪いの種類がわかったのか」

「ええ、代償と指向性を組み合わせた地方独自の古い呪いね。それこそ貴方が図書館で開いた古本にやっと載っているくらいのものよ」

「じゃ、その地方出身のやつか?」

「それはどうかしら。本に載っているのだから、他にも知る人はいるでしょう」


 言外にジエマもそうだと言えば、テトスは苦い顔をする。


「あの、歯がその代償だというなら、歯は呪いを使った人ということでいいのですか?」


 ヨランが虫を指さす。


「私はそうだと思うわ。貴方が信じてくれるならだけど」


 ナーナがそう答えれば、ヨランはおずおずとうなずいた。


「それで、歯の主をどう探すんだ」

「それは……そうね、ひとまず持ち帰って調べてみなきゃ。ヨラン、いいかしら」


 瓶を軽く振ったら、中から羽音が響く。

 人差し指に届くかというほどの大きさが、瓶に何度もぶつかっている。重低音がそのたびに鳴った。


「かわいそうだけど、私が責任を持って仕留めておくわね」


 憐れみをもてたのは、ミミチルの影響も大きいのだろう。客観的に自分を評しながらナーナが言えば、ドン引きした風な男二人と目が合った。


「何か文句でも?」


 思わず瓶を構えて凄む。

 慌てて二人はなんでもないと首を振って返した。




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