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4 コウサミュステのヨラン


「……さて」


 ナーナは静まり返った部屋に向かって、指を一つ鳴らした。

 灯りが小さくなり、あたりが薄暗くなったのを確認してから、自分のスペースにあるカーテンを閉める。

 机上に置いた立鏡の前に立って指先で弾いた。

 鏡面が波打ち、真白く変化する。


『呪いの話。そっちで騒ぎになっていない?』


 指先で書きこんでしばらくすると、返事がきた。


『なってる。寮で演劇でもしてんのかと思ったね』

『それ、ホリィ・ムーグっていう女子ではない?』

『そういう名前だった気がする。彼氏が瀕死の重体だそうだが、そいつ、俺が図書館でやり返した奴だぜ』

『元気だったじゃない』

『「おお、私の愛しのモール! 誰がモール・トイットを害したの! 可哀想なモール!」だぜ? 心優しい俺も涙が出てくる』


 向こうで呆れかえったテトスの顔が容易に浮かぶ。その文字を見たナーナも同じ気持ちである。


『とりあえず、その色が抜ける現象を起こすものは分かったわ』


 ナーナはそれから、今日あった出来事を簡潔に伝えた。

 こういうところで双子の絆を感じたくはなかったが、ある程度の描写で理解されるのは助かるものだ。


『そうなるとその虫は全寮に潜んでいるってわけだな。誰がそんなことしたんだ』

『ティトテゥス、もう少しムーグに事情聞けないの?』

『馬鹿言え。田舎男に迫られるとか騒ぐぞ、アレ。嫌だね。それに俺は一筋なんだ』

『そっちこそ馬鹿を言わないで。解決したいのなら色んな情報が必要になるの。現物の虫も先生に取り上げられたのに』

『絶対嫌だ。それなら、ナーナが見たコウサミュステの奴に聞いたほうがマシだ』


 余程嫌らしい。テトスの言葉が矢継ぎ早に更新されてくる。


『それがいい』

『そうしよう。そいつ下の学年だろ。そんで魔法構築学の講義とってて……わかった、当てがある。そっちがいい』


 ナーナが呆れかえっている間に、テトスはこれで決まりだとばかりに送ってきた。


『明日、昼に食堂集合な』


 そうして、元の鏡面に戻って反応が途切れた。


(また了承もなく……! もう!)


 しかし明日行かなければ、もっとうるさくなるのが目に見えている。モナたちがいる前で喧嘩を売ってこられたらたまったものではない。

 ナーナは腹をくくって、立鏡を戻してベッドに入り目を閉じるのだった。




 次の日の昼。

 気は進まないながらも食堂に行くと、入り口にすでに待ち構えていたテトスが軽く手をあげた。

 その横には見たことのない男子生徒が立っている。ナーナに小さく会釈をするとテトスが軽く紹介をしてくれた。


「ベイパー。俺の同室」

「どうも、ベイパー・ウァリエタトンだ」


 前髪を後ろに撫でつけて、長い髪を一つに束ねている。身だしなみから察するに、庶民ではなさそうだ。


「ごきげんよう。ウァリエタトンさん。ナーナティカ・ブラベリです」

「かしこまる必要はないぜ、ナーナ」

「あのねえ、それでも礼儀は必要でしょう」


 それも本人の前で言うことではない。ナーナがテトスを睨むと、ベイパーは軽く笑った。


「気にしなくていい。俺の家はそこまで身分や都外に拘らない家だ。テトスの言う通り、ふつうに話してくれ」

「ほらな」


 ベイパーよりも当然という顔をするテトスには頭が痛くなる心地だが、いちいち突っかかってもしょうがない。ナーナは一つ息をついてからうながした。


「それで、どうしたのかしら」

「ああ。テトスがヨランに用があるっていうから、どいつか教えるためにいるってわけだ。あいつの家、ちょっとは関係あるからさ」

「ヨラン……」


 聞き覚えがある名前だ。

 頭の引き出しをのぞいてみて、最近聞いた場面をナーナは思い出した。昨日、テトスが言っていた当てとは彼のことなのだろう。


「しかし、愛はのろまが嫌いとはいうが、拙速すぎるのもどうかと思うがねえ」

「どういう意味だ」

「ほら、お前が好きな愛しのジエマ嬢の弟だから会いたいんだろう? そっちの子も同伴するのはわけわかんないけど」


(あら、そうだったの)


 だからあんなに強硬に推したのか。納得しそうになったが、当のテトスも目を丸くしていた。知らなかったらしい。


「あ、来た来た。おおいヨラン」


 コウサミュステの生徒数人が固まっているところを、ベイパーが呼びかける。その中から一人、濃い緑の髪をした少年が顔をのぞかせた。


「こっちこっち。ちょっと話がある」


 心配そうに引き留める友人たちに何か言って聞かせて、ヨランはこちらへと向かってくる。

 やや緊張した面持ちでやってきたヨランはベイパーの前に立つと、近くにいるナーナ達に不可解そうに視線を向けてから、またベイパーを見上げた。


「どうも、ベイパーさん。話とは?」

「おう。俺じゃなくて、こっちのテトスがお前に用があるんだとよ」

「初めて見る人ですが……」

「あ、また商品世話になったって親さんに伝えといてくれな。イニエも喜んでくれたし、良かったよ。じゃあ、ほら、テトス」


 そう言うと、ベイパーは横に居るテトスを引っ張ってヨランの前に出した。

 それから一歩下がって、ナーナに小声でたずねてくる。


「あいつの姉さんにつなぐの、凄く嫌がるんだよ」

「なのに、引き受けたの?」

「テトスは気の合う友人だし、イニエ……恋人の相談ものってくれてるからなあ。紹介したから俺は戻るけど、ブラベリはどうする?」

「それとは別件のことで聞きたいことがあるから、私は残るわ。ご親切にどうも」

「そっか。じゃあな」


 そそくさと去っていく後ろ姿は、貴族のような威厳はみじんもない。

 視線をテトスたちに戻せば、ツンとした表情のヨランがテトスを警戒して見上げている。

 まだ成長途中なのだろう。背はナーナより少し高いくらいで、まだ幼さの輪郭を残す顔つきは可愛らしいともいえる。

 特徴的なのは瞳の色と不揃いな癖のある髪だ。とくに、色変わりをした山の葉を思わせる深く暗い品のある赤は目を引く。

 あの図書館で出会ったジエマの弟だと言われたら、そういえばと思わせる名残があった。


「……姉に何か言うことがあるなら、自分で仰ってはいかがです」


 先に沈黙を破ったのはヨランのほうだ。

 テトスはヨランの顔を眺めていたが、たずねられて思い出したように応えた。


「そうだな。もっともだが、まずは自己紹介をしよう」

「はい?」


(突然何を言い出しているの、この男)


 ナーナは思わずテトスを咎めるように見たが、こちらを一瞥もしない。さらにはきょとんとしたヨランに構わず、手を差し出した。


「ん」

「え、あの」

「ん」


 一言の圧に、ヨランは困った様子で自分の手を差し出した。すかさずテトスがその手を握って上下に振る。


「俺はティトテゥス・チャジア。気軽にテトスと呼んでくれ」

「はあ……」

「そしてはじめまして。君と近しくなりたいので、是非君の話を聞きたい」

「は?」


 その場の空気が凍った気がした。

 ナーナは言わずもがな、ヨランも未知のものを見る目でテトスを見上げている。やがて握りこまれた手とテトスを交互に見返して固まった。


「は?」

「なっ……お゛ッ……ばっ」


 もう一度、唖然とした声をあげるヨランと同時に、喉から罵声が飛び出すのをナーナは懸命に堪えた。かわりに、素早く握手をしたままのテトスの腕に手を置いて、離させようと試みた。

 びくともしない。

 ナーナが魔法で補助をかけても震えながら対抗している。それでいて、ヨランの手は握りつぶさないようにする器用さを残しており、場所が食堂前でなければ盛大にテトスの頭を叩いているところだ。


(《ティトテゥス!!》)


 かわりにテトスの頭めがけて、干渉魔法を放った。脳内に声を最大音量で届けるだけのものだが、こういう不意を打つのにも最適だ。

 緩んだ手元を急いで離させ、数歩距離を取った。ナーナに庇われたヨランが強張った声で言う。


「僕にそんな趣味は」


 まずい。

 何がまずいって、全部がまずい。


 好奇の視線が飛んできている。そうナーナは悟ると、咄嗟の行動を取った。

 このままテトスが汚名を着せられるのはどうでもいいが、注目を浴びて同じ出のナーナまで色眼鏡で見られてはたまったものではない。


「ああ、ああっと、ヨラン。私もあなたに用があって、ここじゃちょっと、ちょっと話せないことだから付き合ってくれるかしら。そう! 快く応じてくれて嬉しいわ!」

「えっ、あの、誰。何」


 早口で捲し立て、ナーナは有無を言わさずヨランの背を押して移動させた。




 食堂前の廊下から離れた袋小路。

 人通りもほとんどなく彫像や掃除用具などが乱雑に置かれているので、一時的な倉庫として使われているのだとわかる。

 ナーナがヨランを押してちょうどいい場所を探しているときに、こっちだとテトスが見つけた場所だ。

 ひとまずそこで落ち着いて話そうと押し込めて、真っ先にナーナが行ったのは謝罪であった。


「うちの同郷の考えなしが、ごめんなさい! 決してやましい意味は……な、くはないけれど、あなたにどうしても聞きたいことがあって」


 ナーナが言うと、ヨランは目を瞬かせてテトスとナーナを見比べた。


「ええと、あの、僕に用があるのはこちらの人では」

「こちらの人ではない。テトスと呼んでくれ、ヨラン」

「……テトスの用ではなくて、貴女が?」


 多少含みはあるが言いなおしたヨランに、満足そうにテトスがうなずく。それを横目にますます謝りたい気持ちを抑えて、ナーナは口を開いた。


「この馬鹿はひとまず放っておいてちょうだい。私はナーナティカ・ブラベリ。ご存知だと思うけど」

「ああ昼の。あれは」

「それは別に構わないわ。言われ慣れているし、あなたは諫めてくれたでしょう」


 ヨランが言い淀む。昼の友人たちの軽口を思い出してばつが悪くなったらしい。平気だと伝えるために軽い調子で言えば、ほ、とヨランの息が緩んだ。

 テトスが軽口を開こうとするのを《だまれ》と魔法で制してからナーナは続ける。


「私たち、色抜き歯形について調べているの。友だちがちょっとした被害に遭ってしまって」


 物は言いようだ。

 呪いを直接くらったわけではないが、ナーナの友人ミミチルが疑いを持たれたことは被害と言って差し支えないだろう。

 心配そうに言うナーナに、ヨランも眉尻を下げた。


「それは、御気の毒に。でも、僕も起きたらこうなっていたので、とくに分かることはないんです」


 指先で暗い深緑の髪をひと房ヨランが摘まむ。

 左右不揃いな髪は、左側だけやや長い。


「うちは商家なので、こうして僕もちょっとした小遣い稼ぎをしているのに……これのせいで支障がでてしまって泣きたいくらいです」


(優秀な魔法使いの髪は貴重な材料になるし、売っているのね)


 ナーナの実家は魔道具屋だ。そういった材料を用いて作成している様子を見たことがある。

 ヨランの不揃いな髪型に納得したところで、ナーナはそろりとお願いをした。


「あの、よければその髪を見せてもらっても?」

「え、と」

「実は、それを引き起こす元凶を見つけて。小さな虫なのだけど、色を抜いた近くに卵を植え付けていく恐れがあるの」


 ミミチルがモナの服から卵を見つけたことを思い出しながらナーナは言った。

 途端、サッとヨランの顔色が悪くなる。


「えっ、つまり僕の髪に卵があると?」

「それがあるか見させてほしくて。大丈夫。魔法で痕跡を見つけたらすぐに取ってあげるわ」


 ぐいぐい近寄れば、ヨランがのけぞる。下手にナーナに触らないよう気遣っているのか、両手は軽くあがり、助けを求めてテトスに視線が動く。


「魔法の腕だけはいいから、やってもらうといい」


 魔法の抑制が解けたテトスが、なんてことない風に言う。

 ヨランはそれを聞いて、やがておずおずとナーナの方を向いた。


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