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2 図書館にて


「次の紋章美術まで時間に余裕があるから、様子を見てこようかしら」

「ミミチルの? 放っておいてもよろしいわよ」

「でもあれから調べているんでしょうし、私も気になるから。図書館のどこかはわかる?」

「もう……そうね、あの子のことだから奥の机があるところじゃなくって? 窓が少なくて薄暗いところ」

「ありがとう、モナ」

「世話焼きはほどほどにしたほうがよろしくてよ」


 呆れた表情を隠さずに言うモナと別れて、ナーナは図書館へと向かった。

 広大な敷地の中にある学園にはいくつか棟がある。教室が並ぶ学術棟に職員棟、研究棟に特別棟。図書館は特別棟付近に独立して建っている。

 国一番の名に恥じない幅広い書物の数々は、ナーナにとっては宝の山だ。もっとも、辺境や混じり血、異形待ちといった都における忌避するべきものは禁書扱いになっていたのには苦い思いをするが。


 行き交う生徒たちの波を抜けて、棟を出る。舗装した路地を少し歩けば立派な外観の建物が見えた。

 赤い屋根に特徴的な鳥の雨どいがつけられている。肥大化した頭に眼鏡をはめ込んだような大きな目玉のずんぐりとした鳥は、知啓の象徴として語られる伝説上の魔鳥らしい。何も知らなければ、少し不気味で不恰好な鳥に見える。

 重厚な扉を開けて中へ入る。じろりとナーナを見たのは、図書館司書のホークネットだ。


「こんにちは、ホークネットさん」

「ごきげんよう」


 小さな丸眼鏡ごしに見てから、小さく「よろしい」と呟いてうなずいた。図書館に不要な物、相応しくないものを持ちこんでいないかを、魔法道具の眼鏡で観察したのだろう。

 すたすたと足早に去っていく姿を見送って、ほ、と息を吐く。

 少しして「四番席、誰です飲料を持ち込んでいるのは!」とヒステリックな声がした。神経質な司書の叱る声である。追って、ペンと紙が頭上を飛んでいき、叱られている生徒の情報を書き込んでいった。


(罰則を言いつけられているのね。禁止事項を安易に破るからよ)


 こんなに素晴らしい宝物の山のなかで無作法をするからだ。他の生徒たちも馬鹿なことをした生徒を遠目に見てそそくさと離れている。

 ナーナも同じくして離れようとしたところで、見覚えのある姿に立ち止まった。

 相変わらずの無愛想な顔で、騒ぎの元を眺めているテトスだ。よくよく見ると、ナーナと同じ青い瞳が薄く笑っている。


「あなた、やったのね」


 近寄って言うと、テトスはナーナを見て唇の端を上げた。


「最近付きまとってきて面倒だったからな。ちょっとしたいたずらだ」

「そう。ばれていないなら文句はないわ。ばれていないならね」

「証拠は残してない。頭の中を覗かれないかぎりは、俺は優等生だぜ」


 真面目な顔をしているが、やったことは優等生というには少々陰湿だ。

 ナーナはテトスが、指先一つで図書館に入る前に飲料を忍ばせたのだと気づいた。


(相変わらず馬鹿みたいな身体能力で器用なことをするわねえ。やることはしょうもないけど)


 テトスとは張り合う仲だから分かる。ただ付きまとってきただけでなく、郷土やテトスの大事なものを馬鹿にされたのだろう。そうでもしない限り、テトスから手が出ることはないからだ。


「それなら早くここから離れたらどうかしら。現場に居たなら怪しまれるでしょう」

「言われなくてもそうするさ」


 そう言ってどちらともなく歩き出したが、歩く方向が一緒だ。


「……仲良しこよしする気はないのですけど?」

「俺もだよ。ナーナに用はない」

「はあ?」


 注意されないように小さく言い合いながら本棚の間を歩いていく。

 ナーナの目当てはミミチルだが、テトスまで同じとは思えない。本か文献でも探しているのかもしれない。

 そう思ったナーナの前で、テトスは腕を出して遮った。


「待て。静かにしろ」

「何、いきなり」

「しぃっ」


 口に手をあてようとしてきたので、体をひねらせて腕を叩く。テトスはそんなナーナを気にするべくもなく、一点を向いている。

 視線を追えば、一人の女生徒が静かに本を選んでいた。


(……ただの女子生徒のようだけど)


 あの生徒が何だというのだろう。

 怪訝そうにナーナはテトスを見上げて、ぽかんと口を開けた。


 ものの見事に、見惚れた顔だった。

 ナーナは人が恋している様を目にしたことは今まで一度もなかったが、これがそうなのだとはっきりと分かる有り様だった。

 視線が彼女を追いかけ、表情は緩み、夢見心地。これが恋に落ちている姿でなくてなんだというのか。


(えっ、何、とうとうおかしくなった?)


 思わず女子生徒とテトスを二度も見返してしまった。

 やがて彼女は丁寧な仕草で本を閉じ、そっと表紙を指先で掃うように触れてから本棚へと戻した。

 見た目は、大人しそうな少女だ。制服の寮章から、コウサミュステの生徒だとわかった。

 薄茶のふんわりと内側にカールした肩までの髪を耳にかけて、露わになった横顔を見てもその印象は変わらない。

 整った容貌は甘やかで美しい。それでいて近寄りがたさを感じさせない柔和な印象を与える。所作のひとつひとつに品があり教養の高さをうかがわせた。

 ナーナの横から「可憐だ」とため息混じりに聞こえる。思わず天を仰ぎたくなってしまった。


(あーそう。あなた、ああいう雰囲気の子が好きそうですものね)


 テトスが惚れただろう女子生徒はこちらに気づくことなく、そのまま反対側の通路を通って歩いて行った。歩く姿まで徹底された品を感じさせる。

 その後ろ姿を未練がましく視線で追って、こそこそとテトスは女子生徒がとっていた本を手に取る。


「えっ、ちょっと気持ち悪い……」

「うるさいな。見るな。関係ないだろ」

「いえ、弟が女子に迷惑をかけるなんて、私の矜持が許さないわよ」

「弟じゃない兄だ」


 背の高いテトスがさらに高い場所に本を上げるより先に、本の題を盗み見る。

 『呪いとその掛け方』

 表紙には蔦とドクロの古式ゆかしい危険のシンボルが描かれている。


「呪いの本」

「授業の予習か復習じゃないか? 彼女はそういうことをするタイプではない」

「あなたの妄想でしょう、それ。そもそもあの様子だと、一方的にテトスが知っているだけのようだけど」

「そのうち知り合う予定だ」

「親切心で教えてあげるわ。こそこそ嗅ぎまわる奴は、嫌われて当然よ」


 ぐっと黙ったテトスはそれでも本をぱらぱらとめくった。

 何がそこまで掻き立てるのか、恋をしたことがないナーナにはわからない。むしろこの無愛想で家族以外自分本位なテトスがそうなるほどなのかと、恐ろしさすら感じる。

 第一印象は害のありそうな毒花ではないものの、高嶺の花だろうなと思えた。

 さらには、寮も違う。実技方面の講義を多く取るテトスと知り合うことはほぼないだろう。

 身内の実るに難しい恋路を分析していると、テトスは軽い音を立てて本を閉じた。


「……おい、ナーナ。魔法に関してはお前に分がある」

「何、急に」

「彼女、ジエマさんはご家族が呪いにあったのではと心配しているんだ」

「それで?」

「色が抜ける呪い、知っているか」

「呪い? 魔法でなく? しかも色だけ?」


 ナーナが聞き返せば、テトスはそんなことも知らないのかと軽く鼻で笑って言った。


「最近増えている話だぜ。どんくさいだけじゃなく、流行にも疎いのかよ」

「いいから続き」


 いらいらする気持ちを抑えて、ナーナは先をうながす。


「朝起きたら突然髪の色が抜けるんだとさ」

「放っておいて、伸びたところで切るのはだめなの?」

「切ったとしても、伸びるとまた同じところから色が抜けるみたいだ。その色が抜ける境目に歯形のような跡がついているって話だぜ」

「歯形……」


 そこまで聞いて、ナーナは先ほど教室で話していた男子生徒たちを思い浮かべた。


「その話している人たち、私も見たわね。そう、それで」

「どうだ。心当たりあるか」

「ちょっと待ってちょうだい。いくらなんでもすぐに出てこないわよ」

「じゃあ、こういった歯が関係する呪いは知っているか」


 テトスが持っている本を開いて見せる。

 代償を伴う呪いについてところ狭しと書いている。眉唾ものから実践的なものまで網羅しているページは、よほど古い本なのか傷んでいる。


「知らなくはないけど……」

「じゃあ明日」

「あなたが決めないでくれるかしら。そもそも私は手伝うなんて」


 飄々とナーナが手伝うこと前提で話を進めるテトスに、静止の声を上げたところで、それは止められた。

 後ろからおずおずと声がかかったのだ。


「な、ナーナ……あの、えっと、今いいかな」


 振り返れば躊躇いがちにこちらを見ているミミチルがいた。手元には分厚い図鑑と筆記具、親指くらいの小瓶がある。

 しかし珍しい。ミミチルが会話に割って入るなんてめったにない。人見知りが激しいのだ。少しの間、共に過ごしただけで十分にわかるほどの人見知りにしては、なんとも稀な行動だ。

 ナーナは目を丸くしてうなずいた。


「じゃあ、よろしく」


 テトスは言うだけ言うと、さっさとその場から出て行った。それを落ち着かない視線で見てから、ミミチルはナーナに近寄ると頬を紅潮させて言った。


「ねえナーナ。発見。凄い発見をしたんだよ」

「発見って、その小瓶のこと?」


 ひとまず目についた物を言えば、何度もミミチルがうなずく。


「そうなの。あ、いったん寮に帰ろう。うん、そのほうがいいな」


 そう言うなり、ナーナを連れてミミチルはぐんぐんと歩いていく。

 呆気にとられるまま寮の部屋まで戻ると、ミミチルは息を整える時間も惜しむ様子で小瓶を差し出した。


「あのね、新種の虫かもしれない!」


 目を爛々と光らせて、ミミチルは言った。


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