14 つながっていく言葉
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「おい。そこのコウサミュステ生、お前、あの事件の時に居たやつだろ」
威圧的な声が、少年の背に投げかけられる。
講義がある教室へ向かって歩いていたナーナは、その光景を見て足を止めた。
通路の隅、人気のいないあたりに数人が固まっている。行き交う生徒もいるが、我関せずで忙しく歩いていく。関わりたくないのだろう。
(テトスが言っていたとおり……って、あれ)
カラルミスの生徒がコウサミュステの生徒に絡んでいる。上背のある男子生徒たちが二人、一人は横幅もあるせいで絡んでいる生徒を隠していた。
しかし、言われている内容に覚えがある。そして、静かに反論する声で誰が絡まれているかわかってしまった。
「なんの御用ですか」
ヨランだ。体を動かして隙間から見えた姿で確信する。
ナーナはあたりを見て、カバンの中でこっそりノートの一部を細長くちぎった。それからカラルミスの生徒たちの足元へと、息を吹きかけてちぎった紙切れを飛ばした。
「お前があの虫を俺たちの寮にやったんじゃないのか。おかげで迷惑してるんだよ」
「それが仮に本当なら、今頃僕はここにいません。どうやったって言うんですか」
「そんなの、あのときみたいに呪いを」
ヨランの淡々とした口調に、口をひんまげて生徒たちがなじる。おかげで注目はあちらにある。
(今! ≪変えよ≫。それから声を届けるために……≪声を届けよ。あの場へ≫)
紙切れを魔法で芋虫の姿へと変化させる。ついで、ナーナの声だけをカラルミスの生徒二人に聞こえるようにする。
「あっ、虫。足もと」
届けた声はこれだけだ。
だが、驚くほど効果てきめんだった。カラルミスの生徒二人は自分たちの足を見つけて、悲鳴を上げてばたばたと走った。
(まがりなりにも武術に励む寮として、どうなのかしら)
テトスが見たなら、一緒にするなと言いそうだ。
≪戻れ≫と魔法を解除して、ナーナは偶然気づいたとばかりにヨランのもとへと駆け寄った。
「ヨラン。偶然ね」
ヨランは、カラルミスの生徒二人が去っていったほうとナーナを見比べて言った。
「ナーナティカ……よくできた偶然ですね。ありがとうございました」
「いいえ。手を出される前で良かったわ。もっとやり返したほうが良かったらするけれど」
コウサミュステの事件は、最終的にはヨランもついてきたが成り行きだ。何より、今回の虫とはまったく関係もない。
「言われるより先に、周りにまやかしの魔法の一つや二つかけちゃいましょうか」
意気込んで言うナーナに、ヨランは目を瞬かせた。
「……いや、それをしたらナーナティカにひどい負担がかかるでしょう。なによりその域は呪いじゃないですか」
「上手く組み合わせればいけるわよ?」
「いいです。言わせておけば」
「でも、言われっぱなしはつらくないかしら」
「やり返さないとは言ってませんよ。あとでほえ面かくのは、あっちですし」
意外と好戦的な言葉に、ナーナは思わずヨランの顔を見た。ツンとした表情はいつものもの。ヨランは目が合うと、やや驚いた様子のナーナを不思議そうに見返した。
「どうかしましたか」
「いいえ。もしかしてテトスの影響かしらって思っただけ」
「え。そう、ですか……そうなのかな」
微妙そうにヨランが言う。
誉め言葉ではなかったので、喜ばなかったことにナーナは若干の安堵を抱く。仲良くしている分、あのテトスと同じようになったなら、たまったものではない。
(そうだ。ティトテゥスで思い出したわ。ヨランにも注意しておかないと)
ここで出会ったのもいい機会だった。
「ねえ、ヨラン。ちょっとついでに来て」
ヨランの腕を取って、通路をつっきって人が居ない袋小路に進む。
広い学園内には、大小さまざまな教室や部屋がある。大体が物置や教師による講義準備室と化している。そのため、罰則掃除を言い渡されない限りは、進んで入り込む生徒はあまりいない。
そうでなくても、最近は人目がないところは虫が近寄るかもと考えられているようで、さらに人気はない。安心して会話ができる位置まで連れ込むと、ヨランが不思議そうに聞いてきた。
「何かあったんですか」
「虫のことについて、情報共有をね」
ナーナは、テトスから聞いたことやミミチルと調べた結果について、ひとしきり話した。
ぺらぺらと話し過ぎた唇を湿らせて、言葉を区切る。
「そんなことが……被害者が出たとは聞いていませんでした」
「関係者以外は緘口令が出たのかしらね」
「だから最近多かったのか」
ヨランがぼやく。
片手が所在なさそうに口元をいじっている。
「最近って、今のほかにも絡まれてたの」
「あ、いえ、はあ。まあ、そんなことより、ああして突っ込んでくるので情報がこっちも集まっているんです」
「ふうん。そう」
「ええと、偶然でも会えてよかったです。大事なことでしたから」
ナーナの咎めるような視線に気づいて、慌てたようにヨランが笑ってごまかす。
「あの虫、アミクが知ってました」
「アミクが?」
聞き返すと、ヨランが何枚かまとめて折りたたんだ紙を、ポケットから出した。広げたそこには、様々なものが描かれている。
何かの本の表紙と、その内容らしき絵が描いてあった。どれも精巧で、よく描けている。
ナーナはその精緻な線を眺めて、感心の声をあげた。
「あら、上手な絵だわ。もしかしてアミクが描いたもの?」
「はい。ウァリエタトン家の者が残していた覚え書きを模写したものだそうです」
なんでも、アミクは美術の才能があったために、家にある画集や代々のスケッチ集を模写して勉強しているそうだ。そこで写したものの一つにあったという。
ヨランが「どうぞ」とナーナへ紙切れを手渡す。
受け取って描かれた紙をめくる。そこには虫の絵がかいてあった。ミミチルが描いた虫と同じ虫だ。
「これって」
ナーナが呟けば、ヨランはうなずいた。
「絵と一緒に変な文章があったから、よく覚えていたと言っていました」
「どんなもの?」
「虫が通り過ぎたあとに、若木が出る」
「それって……ねえ、アミクが見た本はいつのもの? 描いた人はどんな方?」
どきどきしてきた。ナーナが早口を抑えられずに聞く。
「200年くらい前で、とっくの昔に亡くなっています。それも、異形化して亡くなったそうです」
「どんな?」
「枯れ木のような姿に変わった、と。晩年の自分の変化まで、スケッチしていたみたいです」
模写が描かれた紙切れをめくる。しわしわの腕らしきものがあった。腕の形をした木だと言えば伝わるほどのひからびた状態だった。
もしやとナーナが思ったことは、ヨランも同じだった。
「枯れ木の若木」
二人して声が重なる。
「スピヌム先生が仰っていたウワサ話にも引っかかるわ。ほら、木になるって話。それに、もしかしたら、エミル領主の文章にジエマの予知も」
「はい。ここまで揃って出てくるなら、虫と木は関連がある気がします」
「すごい。ヨランお手柄じゃない!」
声が大きくなって、慌ててナーナは口を抑える。
一呼吸ついて、咳ばらいをして気を取り直す。紙に描かれているものを見つめて、控えめの声で続けた。
「呑気に探検どころじゃないわね。あの文章は危険生物の存在を教えてくれただけで、宝なんて結局なかったんだわ」
「いえ、それが」
ヨランはナーナが握っていた紙を一つ選んで、引き抜く。そして、その紙切れを裏返した。
そこには立派な笏が描かれている。白黒のスケッチだというのに、きらびやかな姿がよく伝わってくる。宝石の輝きや握る部位の艶やかな質感が素晴らしい。
「なあに、これ」
「その、アミクが言うには、若木の文脈のところで意味深に描かれていたそうで。それも何本も」
「……つまり、あるかもって、こと」
「おそらく」
二人して見合って、沈黙する。
先に沈黙を破ったのはヨランだった。
「テトスに、伝えますか」
ナーナはぐっと黙って目を閉じる。あれこれと考えて、ゆっくりと答えた。
「あとにしましょ」
面倒なことになると予想できたからだ。
ヨランもそれには同意見だったようで、ほ、と一息ついた。
「では、それ以外は伝えておきます」
「あら。私から伝えるのに」
「いえ、昼休みにアミクがベイパーさんと会うそうなので。ついでに」
「カロッタの目が入らない? 大丈夫なの?」
「さらにそのついでに顔を売るので」
思いのほかしたたかだ。あっさりと言ってのけたヨランに、ナーナの言葉が詰まる。
「僕のことより、ナーナティカのほうこそ気をつけてください。予知のことがあるんですから」
「あっ、はい」
「じゃあ、また」
忘れていたわけではないが、突きつけられるとうすら寒い心地が湧いてきた。
なんとはなしに隅が気になったが、それを無視してナーナはヨランと別れた。
(嫌だわ。振り返るときや暗がりって、こんなに気味が悪かったかしら。これからこれを気にしなきゃいけないなんて)
楽観するには嫌な予感ばかりが、じわじわと噴き出てくる。一度意識するとへばりついてなかなか擦っても落ちない染みみたいだった。
不穏な予知をもらうと、こんな気分になるのか。それと向き合ってきただろうヨランの背中が、なんだか大きく見える。
息を吸って、吐く。
「……うん。大丈夫」
自分で自分を叱咤して、ナーナは足を踏み出した。




