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2 寮へ


 転入生の紹介が終わり、それぞれの寮の席についてからナーナはあえて大音量で相手に干渉する魔法をテトスへと飛ばした。


(≪ティトテゥス!!≫)


 いくら魔法が得意であっても、咄嗟のことでは短い言葉しか送ることができない。だが今はそれだけで十分だ。

 遠くからテトスの驚いた声が聞こえたのでいい目覚ましになっただろう。

 ナーナはすました顔でミヤスコラの学園長が話し始めるのを待った。


「新たに若き友が増えたこと、実に嬉しく思う。ともに我が学園のもとで技を磨き、体を鍛え、国の誇りとならんことを」


 抜け目のなさそうな中年の紳士は、撫でつけた髪を整えるように触りながら演説を続けている。ナーナは早々に、中身がなさそうな内容だわと見切りをつけて、あたりの様子を注意深く見回した。

 すると隣の女子生徒と目があった。そして待ってましたとばかりに話しかけてきた。


「素敵なご挨拶でしたわ。でも、話す人は違ったように見えましたけどね」

「ちょっと都合があったので……ええと」

「あら失礼? わたくし、モナ・ランフォードよ。あなたの同室」


 勝ち気そうな顔つきの、すらりとした容姿をしている。つややかな黒髪をいじっている爪先も綺麗に整えられている。

 女子生徒は、その見た目の通りに気取った風な口調で、ぺらぺらと話を続ける。


「もう一人いて、貴女が入って三人部屋になりますわね。今まで広く使えていたけれど、それも昨日まで。あら、ごめんなさい。悪気があったわけではないの。わたくし、衣服の仕事をしているから荷物が多いの」

「あー、ええ、そうなの」

「ヒッキエンティア寮でよかったとどんなに思ったか。体力馬鹿の多いカラルミスだったら、わたくしの大好きなドレスたちが臭くなっちゃうかもしれないもの」


 テトスの顔を浮かべて、それはわからなくはないかもと曖昧にナーナはうなずく。するとますます気をよくしてモナは続けた。


「貴女がよければ貸してあげてもよくってよ。仲良くしましょ」

「ええ。こちらこそ。私はナーナティカ・ブラベリ。ナーナと呼んでくれると嬉しいわ」


 にこやかに微笑むと、モナは満足そうにうなずいた。

 それからそわそわとしながら「ナーナ」と呼んで、モナは声をひそめて前を指さした。

 前方では学園長が注意事項を声高に言っているところだ。


「あの学園長の前ではお行儀よくしていて正解ですわよ。ひどい純人主義なの」

「ここは中立特区と聞いたのだけれど」

「もちろん。といっても名前だけ。都外から来たなら夢見てしまっても仕方ありませんわ。でも気をつけて。あの学園長の前で生粋の純人主義の子と喧嘩したなら、贔屓で負けてしまうわ。ほら、貴女って辺境の出でしょう」


 徐々に口数が多くなるモナは、前に居た生徒が煩わしそうに咳払いをしたのを聞いて、早口で言った。


「そうなんだ、ありがとうモナ。気をつける」

「ええ、そうして。でも不思議。辺境っていうからもっと純人から離れているかと思ったけれど。あっ、ごめんなさい。言い方が悪かったわ。それだけ、とっても貴女が素敵だと思ったの」


 そこまで言ったところで、とうとう前の生徒が振り返ってモナに注意した。おまけでナーナまで睨まれて、慌てて謝る。

 しかし鼻を鳴らされて、すぐに元の位置に戻ってしまった。


(話に聞いていた通りだわ)


 ナーナは鼻白む気持ちを抑えて一つ呼吸をした。

 モナも言っていたが、この学園についてある程度は聞いている。

 中立特区は各国からの苦言により、融和政策で作られた。都から離れた位置の、周囲の半分は山、残りは広い湖と隔絶されている場所にある。

 『未来ある若者を、まっさらな土地で、差別なく等しく扱います』というアピールのためにできたそうだ。

 この国に暮らす対象年齢の者であれば、都や地方を問わず誰でも門戸を開く……という理念が掲げられている。現実は、純人主義の下地教育を施された都の者が過半数を占め、平等と都での旗揚げを夢見て通う地方の者が肩身を狭くして通っているという。


(こんな有様なら、学園長のご心配の通りに進みそう)


 ナーナたちには地方の底力を見せ、良い成績を目指して励めと言われてきた。

 一方で、そうして目立つことで排斥が起きるかもしれないとも言われていた。

 だが、学園長の上にいるお偉い方々はこぞって都連中に馬鹿にされてはならないと思っているようだった。金の卵になるナーナたちをつかまえては、激励の言葉ついでに遠回しでうんざりするくらい指示された。


(あっちみたいに和やかっていう感じじゃないわ……見渡す限り異形持ちの子はいないし)


 隠しているだけかもしれないが、誰もかれも同じような格好で同じような風にナーナには見えた。前に通っていた学園の方が、視界がにぎやかすぎたのだ。それが少し寂しい気がした。

 それに、この学園に入ってからなんだか嫌な空気を感じる。


(ともあれ、気を引き締めて行きましょう)


 ちょうどタイミングよく長い学園長の話が終わったようだ。

 それぞれの寮監督だろうか。最高学年らしき生徒が数人誘導に動き始めている。寮のトップには男女の数名が立って取りまとめているのだろう。

 ナーナはこういった細かいところは観察しておくべきかと静かに指示に従い寮へと戻った。




 この学園には三つの寮が存在する。

 武術全般を奨励しているカラルミス寮。

 学問研究を奨励するヒッキエンティア寮。

 残るひとつは、芸術や創造探求を奨励するコウサミュステ寮である。

 どれも寮内でさらに学年と男女ごとに分けられて、およそ3人や4人の共同部屋となっている。

 欲を言えば一人部屋が好ましいのだが、わかっていたことだ。

 ナーナの部屋には、先ほどのモナともう一人大人しそうな女子がいた。ぱっと見た印象は、藁のようなぼさぼさの長い髪をそのままにしていて、お世辞にもおしゃれには程遠そうだった。

 モナにせっつかれてやっと挨拶できたが、ずいぶんと引っ込み思案な性格をしているのか、名前だけ言って自分のスペースに閉じこもってしまった。シャッと音を立ててカーテンで区切られている。


「ミミチルっていつもああですの。人と話すのが苦手だからって。人見知りもほどほどになさらないと」


 おしゃべりなモナとは正反対のようだ。きんきんと高いモナの声はいやでも耳に届く。カーテンで区切った先のミミチルのスペースから「ほおっておいてよお」と声がした。

 それでも仲が悪いわけではないようだ。からかうでもなく心配そうに目をやってから、モナは化粧をした顔をにこりと和らげた。


「貴女もこちらに来てばっかりで疲れているでしょう? 交流を深めたいところですけれど、障りがあってはよくないわ。ゆっくり休んでちょうだいね。ああ、何かあったら声をかけてもらって構わなくてよ」

「ありがとう、モナ」

「夜は一緒に食事をとりましょうね。わたくしとミミチルが案内するわ。ねえ、ミミチルもいいでしょう!」


 遠くに声をかけると、ふさがったカーテンの隙間から手が出て上下した。


「あら、よかった。いいのですって。じゃあ、あとで」

「ええ、またあとで。お言葉に甘えて少し休ませてもらうね」


 ルームメイトの人選はどうやら幸運に恵まれたと、ナーナは一息ついた。


 自分に与えられたスペースに戻る。

 ナーナの位置は都合が良いことに、窓近くの一角だった。

 ベッド周りに重ねられた荷物を避けて、壁伝いに束ねられたカーテンを触る。まとめていたカメオを触ると、自動でナーナのベッド周囲をカーテンが覆った。

 共同のスペースに繋がる方向の位置に触れてみると、なるほど、軽い防音の魔法が掛けられているとわかった。これなら声を潜めれば聞こえないだろう。


(そうとわかれば……)


 ナーナは荷物から一枚のボードを引っ張り出した。つるつるとした薄い石と木版をくっつけたものだ。大きさは手帳ほどで、さほど重くもない。

 そこへ同じく取り出したペンを近づけてさらさらと書き出した。


『ごきげんよう、ティトテゥス』


 すると、しばらくしてその文字は消えて新たに文字が浮かんだ。


『お前、勝手に魔法道具入れるなよ』


 角ばった字はテトスのものだ。


『使える手は使うもの。情報交換手段はあって損はないでしょう』


 文句は返ってこない。得意な気持ちになって、ナーナはさっそく自分が感じた情報を書き込んだ。


『学園に入ると嫌な気配がしたの。なんらかの魔法がかけられているみたいな』

『馬鹿。国一の学園なんだから魔法の一つや二つはかけられているだろ』


 するすると文章が白い板面に現れていく。

 ナーナが実家から運び出した道具は、実にいい仕事をしてくれる。この道具を選んだ自身の審美眼も、これを加工した技術の腕前も満足いくものだ。

 達成感を抱くナーナとは別に、テトスの文字が淡々と続く。


『ただ、癪だが同感だ。嫌な感じがした。見られているかもな』

『何に』

『わからん。けど、言われた通り目立てば、どのみち注目はついてくるだろ』

『たとえば純人主義をくすぐって、田舎の出が好成績を修めたら?』

『俺はやるけどお前は? やらないなら俺の独り勝ちだろうけどな』

『誰に言っているのかしら。初日早々間抜けをさらしたあなたに言われたくないわ』


 思わず笑ってしまいそうになるのを抑えて、ナーナは軽やかにペンを動かした。そして奇しくも同じタイミングで同じ言葉が浮かんだ。


『科目評価で勝負』


 ペンでボードの縁を打って、ナーナは丁寧にボードを机に立てかけた。すると、ボードの表面はぴかぴかと輝いて鏡面へと変化した。


「さて」


 くるりと振り返って、放置したままの荷物を目に移す。腰元に手を当てて一呼吸。それから腕まくりをするとナーナは自分のすることを呟いた。


「荷ほどきしなくちゃ」




●補足●

寮について

・カラルミス、ヒッキエンティア、コウサミュステの3寮

・入学時に、個人の資質と希望で決まる

・寮によって必須講義はないが、似た傾向の生徒が集まることで仲間ができ易いため、寮によって選択する科目の偏りがある

・寮担当教員の割り当てはあるが寮内のことは基本的に生徒自治に任せられている

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― 新着の感想 ―
[良い点] 複雑な事情を抱えながらも、ライバル心剥き出しで張り合うナーナとテトス。 でも、そこに怨嗟の情や妬心が窺えないのは、やはり血の繋がりがあるからなのでしょう。 それぞれに個性的なナーナのルーム…
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