8 ナーナティカの干渉
蠢いている。
視界の隅で、逃げてもいつの間にか忍びこむ虫がいる。
学園のウワサに上っていたあの色抜き歯形はもういなくなったのに、まだらになった髪の色がそれを否定する。
食んでいる。
なにかが、自分の髪を食んでいる。
そして、気づけば自分もそれに合わせて口を動かしていた。
なんだか鈍く動くだけの虫のようなものになっているかのような。自由に駆ける足もなく、体を起こす腕もない。
四肢が胴にくっついただけの人の形をした虫になって、自分はゆるく顎を動かしていた。
視界は薄暗く、やがて暗がりになれてもぼんやりとしている。よく見えない。
目を凝らして、ようやく暗がりは無数の虫だと気づいた。
息を飲む。
どこからともなく現れた無数の虫が、自分を目掛けてにじり寄ってくる。一匹たりとも道を逸れず、まっすぐ向かってくる。
まるでこう言っているようだ。
女王様。これを捧げます。
どうか新たな種を祝いたまえ。
来るなと言いたいのに、口からもれるのは空気音と呻きだけ。
顎が上下に動いて、それだけだ。
だって虫に歯はないのだから。ヒトの言葉をうまく話せるわけがない。
今度こそ、二度と邪魔をされない王国を。
ひそやかな暗がりでひそかに蠢きながら繁栄を。
虫が来る。
ゆるやかな蠕動を繰り返して虫が来る。
叫びだしたいのに声が出ない。
しゅうしゅうともれた空気が通るばかりだ。
いやだ。来るな。
誰か。誰か助けて。
精神はとうに限界が近い。なのに体は重たく動かない。ああ、虫が寄ってくる。
ある夜。
カラルミス寮に、絶叫がこだました。
発狂もかくやの狂乱を起こしたとある生徒たちが、部屋で噛みつきあって、ひどい怪我を負ったらしい。
センセーショナルな醜聞は、あっという間に学園のウワサとして巡り、ナーナは好奇心を抑えきらないモナによって顛末を聞かされた。
「もう聞きましたわよね、ナーナ。急にあんなこと……それに、部屋で男女が一緒だったなんて、あちらの寮の風紀はどうなっているのかしら」
「そうねえ。怯えようがひどかったそうだから、逃げられない最悪な夢でも見たのかもしれないわね」
そう答えながら、ひそかに隠された小さな歯をナーナは指先で潰した。
乾いた音は誰の耳にも届かずに、やがて灰になって消え落ちた。
一章終わりました。ありがとうございます。
現時点の主要面子、簡単な紹介。
●ナーナティカ・ブラベリ → 魔法が得意な辺境からの編入生。干渉・分析・改変をできる範囲で自由にできる。自称、辺境一の魔女。
●ティトテゥス・チャジア → 体を動かすこと全般が大得意な編入生。ジエマに一目惚れしたが、まだ出会う機会を伺っている。
●ヨラン・レラレ → なにかと目を向けられる姉を持つ、商家の子。音に関する特技がある。好奇心と真面目さの板挟みな苦労しい。




