1 編入
「まことにめでたい。我が学園始まって以来の快挙だ」
心から喜んだ学園長の話に、ナーナティカことナーナは、表面上はにこにこと聞いた。
これが自分だけならばもっと喜べたのに、と臆面も出さずに「はい」とだけ答える。
ナーナティカ・ブラベリは、自己紹介するならば出来の良い秀才だと思っている。だからこそ、こうして学園長室に呼び出され称賛されるのだっておかしくはない。そう思える自信があった。
「ブラベリさん、チャジアさん。君たちは我が学園の誇りですよ」
きらきらした目でナーナとその隣、長身の不愛想な男に向けて学園長は羊皮紙を差し出した。
国一と名高い中央中立特区にある学園への編入許可証書だ。
田舎の学園からの編入なんて、夢の夢かと思うほどの難易度を誇るそれは、ナーナががむしゃらに頑張って得た結果である。もっとも、その栄誉は独り占めにはならなかったが。
「はい、学園長。この学園で学んだことを生かし、より精進します」
「もちろんです、学園長。ご期待に添えるよう尽力します」
ナーナが返事をすると、示し合わせたように隣の男が追随する。横目で見れば、ばちりと目が合った。
ティトテゥス・チャジア。
長ったらしい名前が戦闘時に面倒だからと、自らテトスと名乗る男。
不本意ながら、ナーナの好敵手である。なにかと器用に熟すナーナに対抗するように出来のいい奴なのだが、どうにも気に食わない。そしてそれは、テトスも同じだった。
「ああ。きっと二人なら上手くやってくれると信じています。チャジアさんの驚異的な身体能力はうちの学園一。きっとあちらでも驚かれるでしょう」
「ありがとうございます」
ナーナを見返す目の挑発的なことといったらない。神経を逆なでさせる眼差しに、唇の端が引きつりそうだ。
「そして、ブラベリさんの魔法制御もまたとないほど素晴らしいものだ。是非、その才を発揮してください」
「ありがとうございます!」
今度はナーナがテトスを見返した。向こうの目が細まっているのを確認して、胸を張る。
(聞いたでしょうティトテゥス! またとないほど素晴らしいって! またとない! つまり私のほうが、すごいのよ!)
すると、テトスが一歩踏み出してナーナの目の前を隠す。こいつ、と負けじとナーナもテトスを押し除けた。
「寂しくなりますが、君たちならば心配はいらないでしょう。我々の期待に、間違い無く応えられるはずです」
「もちろんです。お任せください」
「頑張りますよ。俺に任せてください」
激励の言葉を受け取って、ナーナたちは押し合いながら口を揃える。学園長はにこにこから一変させた渋い顔をして、二人を見た。
「本来ならば、私たち大人が頑張ることを君たちにも託してすまないね。私たちも出来うる限りの助けをしよう」
「領主様、ひいては私たちが住む地に関わることです」
「そうです、ブラベリさん。私たちの因縁が少しでも良くなる。そう願っていますとも」
ナーナたちは、これから中立特区の学園に行く。これは学びのためだけではない。
かつて国の中心から追いやられた者たちが再び手を取り合うためでもある。もっとも、内心ナーナは怪しいものだとは思ってはいるが。
「あちらが仕掛けてこないなら、上手くやります」
「素直な言葉は好ましいが、チャジアさん、あちらでは控えるように。純人主義の警戒を買いすぎてもよくない」
学園長にたしなめられて、テトスは小さく返事をした。しかしその気持ちはナーナにも、わからないでもない。
この国は、純人主義が舵を握っている。
あらゆる種族の血が表面に現れていないことこそ素晴らしいとしているのだ。
世界にまったくの純人など残っていないことは、歴史や現在に及ぶまでに判明しているというのに。
かつて世界中の生き物に、魔力が宿った。そして誰しもが何らかの生き物と溶け合った。
そこから進化して生まれたのは、例えば肌の一部に鱗をもつ人であったり、鰓の名残りがあり水中で行動できる人であったり……つまるところ、異形を持つ者たちだった。それがこの世界の人類の祖先たちだ。
もちろん、人以外も同様に新たな種が続々と生まれた。
それらは血が混ざり、より濃く、通常と掛け離れた異形となればなるほど、強大な力を持つようになった。
やがて、各地でその力を持つ者が協力して国を作り上げ、ナーナたちの国もそうしてできた。
そこまではいい。
その後、さらなる力を求めて、さらなる権威を求めて、ナーナの国は魔力の強い者、とくに異形を持つ者たちを集めて混じらせ始めた。
一時の隆盛を得たのも束の間。
異形化の深刻な被害が起こり、異形の混じりが少ない者は安全であるという運動へと発展した。
そして行く先は、ほんの少しでも異形の要素があれば排斥する国の完成である。
それが今のナーナの住む国だった。
ほとんど人の形であっても、羽根や鱗が皮膚から数枚生えていただけで排除をし、生んだ一族を国の中心から追い立て遠ざけた。
何十年も、何百年もかけて、世界に顕著な人の異形化は見られない今でさえも続いている悪習だ。
この地はそうして追いやられた者が集まって出来たのだった。
「君たちはあちらで多くを学び、知識を得、我々の元へとかえってきなさい。格差が少しでも埋まる助力となることを願っています」
学園長の言葉は、この土地に住む者たちが抱いてきた願いだ。
それが己に託された。責任の重圧、緊張もあるが、ナーナはそれよりも心が奮い立った。
「君たちは優秀で、我が学園、ひいては領土の誇りなのは間違いないですが……どうか、無理はせず」
「はい、学園長! この私、ナーナティカが励みます!」
「はい、学園長! このティトテゥスが憂いを晴らします!」
張り切った言葉はまたテトスと被った。両者とも見合って、苦い顔をした。
「……よく、協力をするように」
噛み締めるように言われた言葉に、二人は顔を前に戻すと、揃って頷いた。
そうして、学園長室から退出してしばらく。
通路を少し歩いたところでどちらともなく立ち止まる。愛想笑いすらなく、互いに睨みをきかせて向き合った。
同時に口が開く。
「体力馬鹿のティトテゥスが選ばれるなんて、あちらの選定基準っておかしいわ」
「魔法馬鹿のナーナが選ばれるなんて、あっちは頭が硬い奴らばかりなのかもな」
「ちょっと! 何回も言うけれど、ナーナティカって呼びなさい。親しくみられるのは心外ですけれど!」
「お前の名前長いんだよ。呼ぶ時間がもったいないだろ。第一、クラスではそう通して呼んできたのに急にちゃんと呼ぶと逆に目立つ。意識してるっぽくて嫌だ」
「うっ……確かに、それは気持ち悪いわ」
お行儀よくと育てられていなければ、舌打ちでもしていたかもしれない。
ナーナはいらだちを抑えて髪をかき上げた。自慢の黄金色をしたボリュームたっぷりの長髪が、ふわりと揺れる。今日この日のためにとリップをつけた唇も、テトスへの文句を告げるために開くとはと、嫌な気持ちになった。
「仕方ないわね、譲歩しましょう。それよりティトテゥス、へましないでよね。同じところから出てきた奴が失敗してしまったら私まで笑いものになるわ」
「そっちこそ。お前はただでさえどんくさいから気をつけろよ。魔法ぬきじゃ、どう足掻いても体力試験ぎりぎりだったろうが。よく編入できたなあ?」
互いに憎まれ口を叩いて見合って、同時に顔を逸らす。
(ああもう! こういうところで息が合うとか、やめてほしいわ! ティトテゥスと双子だなんて、最悪!)
「仮にもお姉さまにそういう口をきいていいのかしら?」
「俺がお兄さまだろうが。間違えるなよ」
またにらみ合って、ふん、と鼻を鳴らす。
ナーナと見合うテトスは、双子だというのにちっとも似ていない。目鼻立ちも容姿の雰囲気も正反対と言っていいほどだ。
金髪碧眼のふんわりとした雰囲気のナーナ。大きなぱっちりした目でにこりと微笑んでいれば、誰もが可憐だと称する容姿をしている。
対するテトスは、濃茶の短髪に碧眼の硬質的な印象を受ける偉丈夫だ。真顔でじっとしていると、睨んでいるかと思うような威圧感がある。
「あ、ブラベリとチャジアまたやってる……」
「あれでどちらも優秀なんてねえ」
「よほど気が合わないのかな」
こそこそと周囲の声が漏れ聞こえて、どちらともなく姿勢を正す。だがもう遅い。取り繕うには、ナーナたちの張り合いはいつものことであり、その仲についても周知の事実であった。
(うるさいわよ外野。ポッと出てきた双子がこれなのよ)
周りの声にナーナは溜息をつきたくなった。
ナーナとテトスは、生まれて間もなくして、それぞれ違う家に養子に出された。実家の都合なのだと親から説明されて育ったが、片割れがいるなんて聞いたのは思春期真っ盛りのころ。この学園に入学したときだ。
(もっと可愛い弟や妹、素敵な兄や姉ならどんなによかったか)
二人の初対面は散々だった。
期待して出会ったら、まったく似ていない姿だったのは、まあいい。それより何より、ナーナの主義である「魔法は剣より強い」論に、反対の「剣は魔法より強い」論を主張したことが問題であった。
性格は奇しくも多少なりとも似ているのか、どちらも引かないまま月日が過ぎ。
以来、気づけば競い合うようになった。
それが余計に双子だと勘ぐられない要素の一つとなってしまったわけである。
(……憂鬱だわ。でも、今後のために、多少の協力はしないといけないのよね)
華やかなる中央中立特区。そこに建てられた国一番の学園。ミヤスコラ。
今の学園に通うよりも遥かに多くのコネと伝手が集う場所。
よりよい知識と伝手を得て、恩返しをするチャンス。ナーナは愛すべき家族が自慢の娘だと誇ってもらえる人間になりたいのだ。
気に食わないが、テトスも同じだろう。仲は決していいと認めたくないが、テトスの事情もナーナは承知している。ナーナと同じくして、いい家族に巡り合えたテトスは、これまたナーナと同様に家のため奮起していた。
だからこの度の編入を志したのだろう。ナーナにとっては枠を奪うライバルだったので、目障りだったが。
しかし、こうして共に編入生として認められたなら話は別だ。同じところから来た者として、片方が下手を打てばもう片方まで損をする。
「もう一度言うけれど、絶対、絶対、ぜーったい、へまはしないでちょうだい」
「同じ言葉を返す。お前もへまするなよ」
互いに言い捨てて、胸を張って廊下を歩く。周りがまたかという目で見るのを素知らぬ顔で無視してナーナたちは歩きを進めた。
(それにしても、編入者の挨拶がティトテゥスからだなんて。絶対私のほうが優秀なのに)
足を進めながら、ナーナは息を吐く。ウワサで聞いたが、向こうの学園からの評価順で挨拶をするらしい。
もしそれが本当ならば、ナーナは二番手ということになる。
澄ました顔で大股で歩くテトスが追い越していく。こういう、ナーナに歩調を合わせる気がさらさらないところがまた癇に障る。
(まあ、いいでしょう。せっかくのまたとない機会だもの。しっかりしなきゃ)
その背を見て、馬鹿らしい、とナーナは肩を竦めた。
明日は早い。今からでも準備をしておかなければならない。それに、ああだこうだとテトスに文句を付ける一方で、ナーナはこの土地から出ることが楽しみだったのだ。
しなければならないことはあるが、それはそれとして期待がある。
(服に食事、装飾品も。色々チェックしたいこともたくさん! ああ、こうしてはいられないわ)
これからのことにわくわくしながら、ナーナはいつも通り背筋を伸ばして教室へと戻るのだった。
だが、学園に着いてから間もなく。
ナーナは予想外の出来事に頭を抱えることとなった。
「……素敵だ」
(あ、あ、頭すっからかんティトテゥス! 何考えているの!?)
互いに切磋琢磨し、好敵手と見込んだ片割れが挙動不審になった。それも、編入代表挨拶のところで。
言葉に詰まってぼうっとしたテトスの足先を思いっきり踏んで、テトスの分までナーナは用意されていた挨拶を読み上げた。
とんだ幕開けである。