第三話
初回三話投稿の三話目です。
ううう……頭が痛い。口に苦味が広がる。なんで私は地面にぶっ倒れてるんだ……?確か毒キノコを食べて気を失って……ん?この唇の温かさは……?目を開いて確かめねば。
目を開いて最初に目に飛び込んできたのは、綺麗な瞳だった。上質な翡翠を想起させるような緑色……じゃなくて、私今…………キスされてる!?
あわあわとしている間に、男は一仕事終えたように立ち上がった。そして、水差しから水を口に含み、口をゆすぐ。なかなか様になる仕草だ――――。とそこで、先程の行為の意味するところに気づく。
「へ、へ、へ、変態ーーーー!!!」
「変態とは心外です。俺は医師としてただ医療行為を行っただけですから」
「うら若き乙女のファーストキスを奪っておいて何が医療行為よ!そんな趣味はないんだから!」
この男は一体どういうつもりだろう。ありったけの警戒心を込めて男を睨みつける。もし男が強引に迫ってきたら……キノコを食べたいい匂いのする串で応戦するしかないだろう。
「ちょっと待ってください。これは明らかに誤解です。俺は貴方を傷つけるつもりは全くないし、配慮に欠ける振る舞いだったことは謝ります。でも、俺がしたのは医療行為です。それに関して間違いはありえない」
黒衣の青年は断言する。
「ほーう、医療行為……。私も少しは医学の心得があるけど、あんたのした事について説明してもらえる?」
「構わないですよ。俺がしたのは口移しによる投薬です。貴方は気を失っていましたし、噛んで飲み込むタイプの薬なので、他に手立ても時間もありませんでした。仮に倒れていたのが四十過ぎたおっさんでも俺は構わず施術します」
一応筋は通っている。それに、方法はどうであれ命を救ってくれた恩人だ。ていうか四十過ぎたおっさんと若い娘を同列に扱うな。
「まあ……助けてくれたことには感謝する。きっとあんたが通りかからなければ私は死んでいたしね」
「光栄です。それではこれで」
いや、ちょっと待て。毒キノコに当たった女に薬だけ与えて帰って行くか、普通。せめて街まで送るのが筋だろ。というか、送ってください。お願いします。
「あのー、もし差し支えなければ街まで送ってくださると、嬉しいんですけど……」
「……貴方はもう患者ではないので俺の管轄外ですが……おんぶはしませんよ。肩くらいなら貸します」
青年は先程の帽子とマスクを付けると、手を差し出してきた。医師とはとは思えない、男らしい手だ。その手をとって、立ち上がる。近くで見ると、なかなか美形な男だ。使用人だったライルズに勝るとも劣らない。残念ながら、無愛想で目を合わせずに喋るところが玉に瑕だ。
肩を貸してもらい、森の出口へ向かって歩き出す。肩の高さが合わず、向こうが少し身体を傾けるような姿勢になる。男の珍妙なマスクが目を引いた。
「ねえ、その嘴みたいなマスクと平たい帽子はどういうセンスなの?」
「……センスとかではなく、これは俺の国での医師の格好です。ペストという病が流行ったので、それへの防護服みたいなものです」
「全身黒で統一してたから、正直センスを疑ってたけどそういう事か」
「……貴方ちょくちょく辛辣ですね」
そういえば、この男の名前を聞いていなかった。
「そうだ、あんたの名前はなんていうの?私はマリン。名字は名乗りたくないから言わないけど」
「ヴァンです。……同じく、名字は名乗りたくないので」
二人並んで、「緑の森」を抜ける。途中少し世間話をしたが、医師として喋っていた時と比べて、ヴァンは口下手だった。もう少しで森の出口だ。まさかこれから毒キノコ以上の困難が待ち受けていようとは、夢にも思わなかった。