第二話
初回三話投稿の二話目です。
何とか、生家の屋敷を出ることに成功した。追放という形なので、ヨーク家の領地内に留まることは出来ない。どこか新天地を探す必要がある。その為に必要なものは……。
「あっ、金がない」
暮らしていくのに金を使う生活をしていなかった罰か。このままだと飢え死にコース……。嫌な想像が頭をよぎる。何とかして、自分の手で生計を立てていかなければなるまい。幸い、手持ちの荷物には医学の本が入っている。地下室での軟禁時代に読み耽っていた愛読書だ。確か、調剤方法も載っていたはず。
医師兼薬師……うん、良さそうだ。物事を覚えるのは得意だし、手持ちの本に書いてある内容は大体頭に入っている。そうと決まれば、材料探しだが。
「流石にあの森はねぇ……」
ヨーク家の領地はさほど広くなく、一歩外に出ると鬱蒼とした森、という所が大半を占めている。その中でも、「緑の森」は格別に恐ろしいという噂だ。ていうか誰だ、この安直な名前付けた奴。
ぶらぶらと街道沿いを行くと、領地の境が見えてきた。空を見ると、少し東の方が白み始めていた。東に行くか、西に行くか。高価な薬草が採れる方に行きたいので、医学書を開いて薬草の生息地を調べてみよう。エーゲ大陸、中西部ヨーク領周辺は……。
「オクスリソウ、か。生息地はここからだと西側。まーた安直な名前だな」
オクスリソウの生息地である西側に目を向ける。そこには、昼でも暗い鬱蒼とした森が広がっていた。心なしか、獣の唸り声が聞こえるような気がする。
「げっ、緑の森じゃん。行きたくないなぁ……」
あまりの億劫さにボヤいてみたが、他所の土地の小娘がありきたりな薬を売ったところで、買ってくれるお人好しなど居ないだろう。自分の命を賭け金にしたギャンブルにはなるが、「緑の森」に入ってみるしかない。
意を決して、立ち入り禁止と書かれた札を通り過ぎ森に入っていく。そこは外とはまるで別世界だった。
まず目につくのは黄、赤、青の三色で構成されたカラフルな鳥だ。確か、マニアルという名前だったか。それが三羽、仲良く並んで梢に腰掛けている。ライルズが持ってきた図鑑に絵が描いてあり、一度この目で見てみたいと思っていた鳥だ。
それからカサカサという木の葉が揺れる音が印象的に感じられる。石造りの屋敷の地下では風を感じることは出来なかったので、とても新鮮である。
その他にも、二つ頭の鹿や触手のようなモンスターの死体など、光と闇が織り成す「森」には色々なものが生息していた。目に映るそれらのものはどこかこちらの好奇心をそそる。
「森の探索は意外と楽しいな。これで時折聞こえてくる唸り声が無ければ最高なんだけどね……」
森で一番怖いのはカエングマであるという事を誰かが書いていた。これもその名の通り、火を吐く熊である。今聞こえている音はカエングマのものではないと信じたい。危険生物と鉢合わせする前に、薬の材料を探さなくては。
小一時間程探索して、森は薬草の宝庫だと思い知らされた。ハナミズクサ、ハルダケタケ、ドクドクダミ……。名前のついた薬草だけでも数え切れない程生息している。
「後は……本命のオクスリソウだけか。どれどれ、『アカツルマツの周辺に自生しており、付近に紫色のカゼマツダケが生えていることも多い。このキノコは食べると大変美味である――』なるほど、この目立つ見た目のキノコを探せばいいのか」
そうと決まれば話は早い。がむしゃらに紫色のキノコを探すこと約二時間、ようやくそれっぽいキノコを見つけた。これが、どうやらカゼマツダケであるらしい。確か食べると美味とか書いてあったっけ。昨日から何も食べてないしな……。よし、薬草を採る前に腹ごしらえしてしまおう。
まずは火の確保だ。日当たりのいい場所を探し、燃えやすい草木を集める。火種には、文字の小さい本を読む為に持ってきた虫眼鏡を使えばいいだろう。直径1cm程の一点に光が集まるように調整して……。正午の光は、草木を燃え上がらせるには十分だった。
「よし、火はついた。なんでも挑戦してみるものだね。後は枝に刺したカゼマツダケを炙って……」
キノコが焼ける香ばしい匂いが鼻腔を刺激する。空きっ腹を満たす食事としては少し物足りないが、今はただ食べ物が恋しい。そろそろ、食べ頃だろうか。
「いっただきまぁす!」
大きく口を開けてキノコにかぶりつく。美味い掛け値なしに人生最高の食事だ。噛む毎にジューシーな汁が溢れ出し、キノコ特有の豊かな香りがすっと鼻に抜けて、なんとも言えない豊潤な味わいが舌を喜ばせる。ただ、少し舌先にピリピリとした違和感が……?
「一応あの本で確認するか。ええと、『――このキノコは食べると大変美味である――――が、神経障害を引き起こす可能性があり、最悪の場合死に至る』……!?」
終わった。なんというか……終わった。少し目の前が揺らいできた気がする。頭痛、吐き気も襲ってきた。森の中でキノコを食べて死亡なんて、洒落にならない。折角自由な人生を手に入れたというのに……。
意識が段々朦朧としてくる。堪らずに横になった。瞼が重い。ここで、死ぬのだろうか。薄れゆく意識の中で最後に見たものは、烏の嘴のような謎のマスクと帽子を被った黒ずくめの男だった。男はこちらを見るなり駆け寄ってきたが、当の私はもう起きる気力がない。
瞼はゆっくりと閉じていき、目の前が真っ暗になった。そして、眠りに落ちていった。