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第一話

新連載小説です。本日三話投稿予定中の一話目です。

姉の結婚が決まった。相手は、王国有数の名門貴族、ローレンス家の一人息子。以前から婚約していた二人は、周囲に喜ばれながら式を挙げた。私は親族席で、幸せそうな二人を祝福していた……。


――と、これは外用の作り話。本当は、一人屋敷の地下室で本を読んでいたのだ。別に、この待遇は今に始まった話ではない。双子の姉とよく似た私は、ことある事に冷遇されてきた。屋敷の地下室に閉じ込められているのもその一つ。


そんな私を今まで育ててきた理由は、姉の保険だ。


結婚までの間に姉の身に何かあれば、代わりに私をローレンス家に嫁がせるというのが両親の計画だった。その為に、幼い頃から教養や作法、姉の婚約者であるフェリペ・ローレンスの好みなどを徹底的に教えこまれた。


だか、恐らくその日々も今日まで。無事フェリペと結婚を果たした姉にとって、自分とよく似た私は目障りな存在になるだろう。この地下室から一歩も出られなくなるだけならまだいい方だが、最悪秘密裏に殺される…なんてことも。



「マリン様。リリス様がお夕食にお呼びしていらっしゃいます」



使用人のライルズだ。屋敷の中の陸の孤島である地下室と、上の世界を繋ぐ唯一の人。作法や教養を教える家庭教師のような役割もしている。年齢は私とさほど変わらず、容姿も美しい。女装すれば大物貴族も釣れるのではないか、と思う。



「お姉様がお夕食に?珍しいこともあるのね。今行くから、ちょっと待っててちょうだい」


「かしこまりました」



大方幸せの絶頂にいる自分を見せつけ、優越感に浸るつもりだろう。それに飽きたら……先程の最悪の場合の想像が頭を過ぎる。だが、来いと言われて行かない訳にもいかない。読んでいた医学の本をパタンと閉じ、埃を被ったディナー用のドレスを引っ張り出した。


大広間の上座には偉そうにふんぞり返ったフェリペが座っており、その右手側には姉のリリスが。左側では頬の緩んだ両親が嬉しそうに談笑していた。が、私が到着したのを見て露骨に眉をひそめた。フェリペもこちらに気づいたようで、驚いた顔をした。



「おや、君は…我が愛しのリリスの妹の……」


「マリンですわ、フェリペ様。この祝福すべき席に同席させてあげようと思ったのだけれど…そんな古ぼけた服で来るなんて、ヨーク家の面汚しもいいところだわ」


「なあリリスよ、そんなに憤慨するな。確かに衣服は汚らしいが容姿は君と瓜二つで美しい……艶やかなブロンドの髪、透き通るような蒼色の瞳……妾として養うのも悪くないな」



そう言ってフェリペは大笑した。大失策だ。こんな事なら、酷いメイクでもしてくるんだった。姉はこちらをものすごい怒気を孕んだ目で睨んでいる。これは恐らく処刑ルート……事故とでも偽って私を殺すだろう。でも、私はまだ死にたくない。


ここは一つ、芝居を打たせてもらおう。



「フェリペ様、ご冗談を。私よりお姉様の方が何倍も美しいですわ。もしそれでもよろしいと仰るならば…どうぞ私を妾にしてくださいませ」


「そ、そうか…ではお前の望み通りに……」


「ちょっと待ちなさい!フェリペ様は私の夫よ!?それを妹である貴方が手を出そうとするなんて…この汚らわしい泥棒猫!」



日頃から姉の暴言には慣れている。ここで、もう少し油を注げば…。



「お姉様ともあろうお方が、私が妾になっただけで焦るのかしら?私に負けない自信があるのではなくて?」


「……!あんた…人を馬鹿にするのもいい加減になさいよ……!」



機は熟した。後は結論を上手く誘導するだけだ。それで、死なないばかりかやっと自由な生活が手に入る。



「あーら、お姉様はお怒りのご様子……そんなに私が気に入らないのならば、”追放”すれば良いのではなくて?それとも…」


リリスを不敵に睨んだ。


「そうできない理由でもあるのかしら」



私が姉を導いて出させる結論は、“追放”。散々馬鹿にされたこのタイミングで追放の二文字を出せば、単純な姉が引っかかるのは間違いない。もしそうでなくても、ここで私を追放しないのは不自然だ。それこそ、私を殺す算段をつけていない限り。姉も、フェリペに妹殺しのようには思われたくないだろう。“追放”されてしまえば、姉や両親の手の届かないところに逃げ、自由な生活を手に入れることが出来る。



「さあ、どうするの?」


「くっ……。いいわ、あんたのお望み通り追放してやるわよ!!いいわね、パパ?」


「あ、ああ。勿論だ。ローレンス公爵も、よろしいですか?」


「ううむ、惜しいがリリスがそう言うなら仕方がない。元々、ヨーク家の問題だ。好きにすればいいだろう」


「聞いたかしら?それでは、マリン・ヨークはこの場を持って追放とします!即刻この領地から出ていきなさい!!」



姉は自分の下した決断を意気揚々と言った。こちらは何もかも思い通りに事が運んで笑いをかみ殺すので必死だというのに。このお嬢様口調で喋るのもこれで最後になるだろう。



「了解しました。それでは、失礼致しますわ」



結局、食事に手をつけることなくディナーを抜けた。部屋に帰ると、少ない荷物――本や少しの服、生活用品を荷物に詰め、服も動きやすい庶民服に着替えた。当てつけに姉が送ってきた服も役に立つものである。



「マリン様」


「げっ、ライルズ。いつからそこに居たの…着替え見てないよね」


「マリン様の着替えを見るなんてとんでもないです。自分はただ、マリン様に最後の挨拶を申し上げようと……」



なんだ、びっくりさせるじゃないか。ライルズはこの屋敷での数少ない私の味方だった。というより、彼一人だが。歳もそう変わらないのに面倒を見てくれた兄的存在である。この屋敷を去るのが惜しい唯一の理由だ。もう残された時間は僅かなのだから、駄目元で同行するか聞いてみる事にした。



「…ライルズも、一緒に来ない?貴方がいると心強いのだけど」


「……!じ、自分はまだ年季が明けていませんので」


「そう……」


「で、でも…!自分はマリン様を応援します!だから…困った時はいつでも頼ってくださいね」



少年のような、はにかんだ笑みだ。少しくせっ毛の髪が可愛らしい。実は大人びた言動をしていただけで私より年下なんじゃないだろうか。今となってはもう聞くような事ではない。なら、せめて。



「ありがと。ライルズも、元気で」



そう言って、にっと笑ってみせる。なんの権力もない今の私に出来ることは、ライルズを心配させないことぐらいだ。詰め終わった荷物を持って、暗い地下室を出る。ライルズは、何も言わずに私の後をついてきた。


地下室を出て、高価な絨毯が敷きつめられた廊下を歩く。遠くでリリスとフェリペが喧嘩する声が聞こえた。しかし、彼らの今後など私には関係の無い事だ。


屋敷の裏口はひっそりとしていて、静かな街道へ続く道が延びていた。目にうっすらと涙が浮かぶライルズの手を握り、大丈夫、と言い聞かせる。彼も安心したようで、お元気で、と返した。


月が真上に昇り、幾千の星が空に輝く頃、私は気詰まりな屋敷を出た。







毎日一話投稿します。応援宜しくお願いしますm(_ _)m

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