雨降って
話が終わり、食堂を出るディミトリをポールとクラリスが見送る。
「あんた、一人で来たのか?」
ポールが訝しむ。
「一応これでも公子だからね。離れた所に護衛がいるよ。心配してくれてありがとう」
「ふんっ、心配なんか」
「ああ、そうそう。今日ここに来る前にエラリーに会ってね」
「エラリー様のお怪我の様子は?!」
エラリーという名にクラリスがいち早く反応した。
「良くはなっているようだが、まだ包帯は取れていない。身体を動かすのはキツそうだったね。そんな身体なのに、彼は一人でここに来ようとしていたよ」
「なんだって?!」
「恐らく今回の話を聞いたんじゃないのかな。君達のことをとても心配していたよ」
「あのバカ……!」
「エラリー様はどうされているんですか?!」
クラリスの問いに、ディミトリはにっこりと笑って答えた。
「安心して。ちゃんとベッドに寝かせてきたよ。心配ならジャンとイメルダ嬢と一緒にお見舞いに行くといい。あの二人は毎日のようにエラリーの元に来ているようだからね」
「……」
「……」
クラリスとポールは再び顔を見合わせた。
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「「「「あ……」」」」
一夜明け、学園に登校したポールとクラリスは校門のところで、久しぶりに登校したウィルとアンソニーとばったり出くわした。
四人は一瞬気まずそうに顔を見合わせたが、クラリスが精一杯の大声で挨拶した。
「お、おはようございます!ウィル様、アンソニー様!」
「おはよう、クラリス嬢、ポール」
その声にウィルがフッと笑うと、二人に声をかけた。
「……おはよう」
ポールは横を向いたまま、小さな声で答える。
「……クラリス嬢、ポール……」
アンソニーは驚きを隠せず、呆然とした顔で二人の名前を呼ぶ。
「あれー、みんなでこんな所に固まってどうしたのー?」
と、その後ろからジャンの呑気な声が聞こえてきた。
「おはよう、ウィル、アンソニー。そして、ポール、クラリス嬢」
「皆様、おはようございます」
ジャンとイメルダがにこにこと挨拶する。
「ああ、おはよう、ジャン、イメルダ嬢」
「おはようございます…!」
ウィルとクラリスも笑顔で返す。
ポールとアンソニーだけが、どんな顔をしていいのかわからず、戸惑っていた。
「さ、早く行かないと授業が始まっちゃうよ!」
ジャンの声に、ひとまず全員でS階へと向かった。
「じゃあ、またお昼休みにね!」
ジャンが言って、一年生三人と三年生三人が別れた。
「あの、ジャン様、イメルダ様、すみませ……」
「クラリス様、何も謝らないでください」
教室に入り、ジャンとイメルダにこれまでの態度を謝罪しようとしたクラリスの言葉をイメルダが遮った。
「で、ですが、私はお二人にも失礼な態度を取ってしまって……」
イメルダがクラリスの手を優しく取り、首を横に振った。
「クラリス様、また一緒に図書館で勉強しましょうね」
「もちろん僕も一緒にね」
ジャンがイメルダの横から顔を出して、にっこりと笑う。
「……はい!喜んで!」
クラリスは目尻の涙をそっと拭った。
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「あ~、その、なんだ、悪かっ……」
三年生の教室の前で立ち止まったポールが少し顔を赤くしながら、ウィルとアンソニーに頭を下げようとしていた。
「ポール。生徒会室へ行こう」
ウィルがポールの言葉を遮り、教室を素通りして先へと向かう。
「ウィル様!」
慌ててアンソニーが後を追い、ポールも口をぽかんと開けたまま、後に続く。
「お、おい、授業はいいのか?お前らは久しぶりの登校なんじゃ……」
「授業よりも大事なことだよ。トニー、鍵を」
アンソニーが生徒会室のドアを開ける。
三人が中に入り、ドアを閉めるや否や、ウィルがポールに向かって深く頭を下げた。
「ポール、すまなかった」
それを見たアンソニーも隣で頭を下げる。
「ポール、本当にすみませんでした」
「謝ってすむ問題ではないだろうが……それでも謝らせて欲しい」
「な、な、な、ちょっと待て!二人が謝る必要はないだろう!聞いたんだよ、全部。あのお節介な公世子から」
「ディミトリ様から?」
アンソニーが少しだけ顔を上げて、驚いた表情を見せる。
「ああ。わざわざ食堂に一人で来たんだよ。今回のことはウィルもアンソニーも何も知らなかったんだろ?前のことも二人は猛反対してたって聞いたぞ。……なのに、俺が勝手に早とちりして暴走しちまった……すまなかった!」
ポールが勢いよく頭を下げる。
長身の男達が、数秒の間、無言で頭を下げて向かい合う。
「……ふふふ」
「…はは」
「…へへっ」
そのうち誰からともなく笑い出し、三人は、ひとしきり爆笑した。
「全く、お前らといい、あの公世子様といい、変な奴ばっかりだ」
ポールが目元をぬぐいながら言う。
「変なのはポール、君も一緒ですよ」
「そうだな。あんなに真正面から王族に噛み付く男はそうそういないぞ」
ウィルとアンソニーも笑いながら言う。
「ふん。俺達は友人なんだろ。じゃあ、王子様だろうが貴族だろうが関係ないじゃないか」
少し不貞腐れた様子でポールが横を向く。
「ポール。友人と呼んでくれてありがとう」
ウィルが微笑みながら右手を差し出す。
「ふ、ふん、こちらこそ、だよ!」
ポールがその手をがっしりと掴んだ。
「私も仲間に入れてください」
そこにアンソニーの右手が重なった。




