もつれた糸の解き方(続)
「それで、話って何だよ」
ポールは向かいに座ったディミトリを睨む。
「まずは謝罪したい。王宮のパーティーなのに護衛の数が足りなかったのは、私の妹のせいだ」
「あんたの妹?」
「ああ、クラリス嬢と同じ十七歳なんだが、中身は全く子供でね」
ディミトリはため息をつくと、エリザベスが勝手についてきたせいで、王宮の警備が不十分になった経緯を説明した。
「だから、今回クラリス嬢が誘拐された原因の一端は我が国にある。本当に申し訳なかった」
ディミトリは席を立つと、深々と頭を下げた。
「……ディミトリ様」
「あんたの話はわかった。でも、今回のことは王国の問題だろう。公国のあんたには関係ない」
「関係なくはないさ。ウィリアムもアンソニーも私の大切な友人だ。そして、君達にとってもね」
「……俺達は友人でも何でもない。王侯貴族と平民が友人になれるはずがないんだ。あいつらにとって、俺達は替えのきくコマに過ぎない」
「……」
ポールの隣で、クラリスは唇をギュッと噛んで俯いた。
「私はそうは思わないよ」
そう言うと、ディミトリは何かを思い出したかのように、くつくつと笑った。
「あの騒動の後、私が妹を国に連れ帰るために一時帰国する旨を告げに、ウィリアムの執務室を訪ねたら、あのウィリアムとアンソニーの二人がソファに転がっていてね」
「え?二人が?何かあったのか?!」
ポールが思わず心配そうに尋ねる。
「ふふふ。二人の間のテーブルには空になった酒の瓶もごろごろ転がっていたよ」
「けっ……酒を飲みすぎて酔っ払ってただけじゃねえか」
「そうだね。だが、王太子であるウィリアムとその側近のアンソニーが酔い潰れるまで飲むなんて、そうそうないことだよ。二人ともかなりお酒は強い方だしね。一、二杯ではまず酔わない」
「……何が言いたい……」
ポールがジト目でディミトリを見る。
「二人とも日中は執務に追われて、ほとんど何も食べずにひたすら書類を片付けていたらしい。そこに夜遅くに痛飲したんだから、酔い潰れてもおかしくはないさ。でも、二人がそこまで飲まずにいられなかった理由はわかるだろう?」
「俺達には関係ない」
「強情だなあ」
ディミトリが苦笑する。
「私はあの後、詳しい話を全部聞いたんだがね、ウィリアムとアンソニーには本当に君達を囮にする気はなかったんだよ」
「……」
「ウィリアムがクラリス嬢に王宮での療養を申し出たのは、純粋な好意からだ。だが、その状況を陛下と宰相殿が利用した。ウィリアムとアンソニーはそれは強く反対したようだが、実家にいるよりも王宮の固い警備の中にいた方が安全だと押し切られてしまったんだ」
「……確かに、王宮に滞在している間、危ない目にあったことはありませんでした。あっていたのかもしれないけど、気づかなかった」
「万が一君達に何かあったら、アンソニーは自害する覚悟だったろうね」
ディミトリが頷いてさらっと言う。
「だが、パーティーのことはどうだ。結局王家はクラリスを守れなかったじゃないか!守るどころか囮にするなんて……」
「それについては、完全にセベール殿の独断だよ。国王陛下と宰相殿はセベール殿の進言をきっぱりと退けたそうだ」
「陛下はセベール殿が暴走するのを懸念して見張りまでつけていたが、セベール殿の方が上手だったんだよ」
「もちろんウィリアムとアンソニーは全く無関係だ。二人は今回のことについては本当に何も知らなかったんだよ」
ディミトリの説明を黙って聞いていたポールとクラリスは、顔を見合わせた。
「ウィルが……コホッ、王太子殿下が俺達に来て欲しがったのは、囮にするためじゃなかったのか」
「ああ。ウィリアムは婚約者のアリス嬢にぞっこんだからね。アリス嬢がどうしてもクラリス嬢に来て欲しいと言ったのもあるだろう」
「アリス様が……」
「もちろんウィリアム自身も友人である君達に一緒に祝って欲しいと思ったから、多少強引にでも誘ったんだろうしね」
ディミトリがにっこりと笑った。
「今回のことで、アリス嬢もウィリアムに激怒していてね。婚約披露パーティーをしたばかりなのに、婚約破棄になりそうな状況らしい」
「え!お二人が?!」
クラリスは、ウィルの隣で美しくはにかむアリスの笑顔を思い出す。
「そんな、アリス様もウィル様のことを好きなはずなのに……」
「アリス嬢は自身の大切な友人である君を傷つけたウィリアムのことを許せないみたいでね。ウィリアムはアリス嬢に決定的な言葉を言われるのが怖くて動けないようだ。全く、あのウィリアムがね」
ディミトリは少し呆れたように微笑んだ。
「さて、私からの話は以上だ。他に何か聞きたいことはあるかな?」
「……あんたがわざわざこんなことをする理由は何だ?」
「言っただろう。愚妹の行為が引き起こした結果に対しての贖罪だよ。王国に借りは作りたくないしね」
ディミトリの顔が冷静な為政者の顔になる。
「それに、窮地にいる友人に手を貸したいっていう個人的な理由もあるかな。私はできれば、君達とも友人になりたいと思っているしね」
先ほどの顔から一転、優しく笑うディミトリは、嘘を言っているようには見えなかった。




