恋と愛と友情と
「お嬢様、早く起きないと学園に遅刻しますよ!」
パーティーの翌朝。専属メイドのカイシャがアリスの身体を揺らす。
「……今日は休むわ。気分がすぐれないの」
「え!お嬢様、大丈夫ですか?!」
「大丈夫よ。少し疲れただけだから」
「そうですよね、昨日は遅くまでパーティーだったんですしね。今日は特別にお寝坊を許可しましょう!」
「ふふ。ありがとう。朝食もいらないから今は一人にしてくれる?」
カイシャは頷いてアリスの部屋を後にした。
(学園には行けないわ……クラリスちゃんに合わせる顔がないもの……)
めでたい席が一転、埋めようのない溝を生む夜になってしまった。
セベールの話は本当だろう。昨日のパーティーでのことは、ウィルとアンソニーはもちろん、国王も宰相も予想していなかったに違いない。
だが、その前のこと、クラリスとフレデリックを囮にして反乱分子を捕らえたという話は、アリスにはどうしても許せなかった。
(ここは貴族と平民という身分制度が存在する世界だって知っていたけど。だからって友達を、駒のように扱うなんて……親しい友人だって、大事な仲間だって、ウィル様だってそう思っていると信じていたのに)
「でも、クラリスちゃんからしたら、私も貴族で、ウィル様達と同じ立場なのよね……」
昨晩のクラリスの泣き声や悲痛な声が耳から離れない。
(あの時のクラリスちゃんとポールは全身で私達を拒否していたわ……)
二人の傷ついた顔を思い出すと、胸が痛む。
「こんなことになるなら、婚約披露パーティーなんてするんじゃなかったわ。せっかくプロポーズの返事をする心の準備ができたと思ったんだけどな。婚約披露パーティーの直後に婚約破棄じゃ笑えないわね」
枕がアリスの涙を優しく吸い取った。
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「……」
「……」
王宮内のウィルの執務室で、ウィルとアンソニーはひたすら書類仕事を片付けていた。
昨晩の騒ぎの後始末のせいで、国王と宰相は大忙しだった。そのため、二人にも膨大な量の仕事が回ってきていた。
「殿下、アンソニー殿、少しはお休みになった方が……」
朝からずっと、ほとんど休みなく一心不乱に書類を捌いていく二人を心配した侍従が声をかけるが、二人は手を止めない。
「大丈夫だ。もう少ししたら休む」
「私ももう少し処理したら休みます」
「……そうですか。では、私はこれで失礼いたします」
「ああ、ご苦労だった」
侍従が下がり、二人は再び無言で書類と格闘する。
時計の針が一番上を指し、日付が変わったところで、二人はようやくペンを置いた。
「ウィル様、何か食べる物を探してきましょうか」
「いや、いい。それより喉が渇いた。一杯付き合ってくれ」
アンソニーの言葉にウィルは首を横に振ると、キャビネットを開けた。
「……私もちょうど喉が渇いていたところです。喜んでご相伴に預かりましょう」
ソファに移動し、アンソニーが毒味を済ませた酒をウィルは一気にあおった。
「ふう。なかなかキツイ酒だな」
「ウィル様、そんな飲み方は身体によくありません」
「わかっている。今日だけだ」
言ってウィルは自らグラスにお代わりを注ぐ。
「……明日こそオストロー公爵家に行かれた方がいいですよ」
「……行っても、アリスは私に会おうとしないだろう」
「ですが、あまり時間をあけない方がいいと思いますが」
「そういうお前はどうなんだ。クラリス嬢の元には行かなくていいのか」
アンソニーの言葉に、ウィルは少し不貞腐れたように言い返した。
「ふっ。私はもう駄目ですよ。クラリス嬢からは完全に嫌われてしまいましたから。もともと私の一方的な想いだったんです」
少し投げやりに言い放つと、アンソニーはあの晩のクラリスの悲痛な言葉を思い出した。
『ウィル様やアンソニー様を殴ったらポールお兄ちゃんが処分されてしまうわ!』
あの言葉は、貴族であるアンソニーと平民であるクラリスとの、その間にある見えない壁を可視化するものだった。
たとえポールに非がない状況だったとしても、王太子や公爵令息を殴れば、お咎めは平民であるポールにいく。それが許せなくて、クラリスは身体を張ってポールを止めたのだろう。
だが、アンソニーは自分がそんな狭量な男だとクラリスに思われていたことがショックだった。
「いっそのこと、気が済むまで殴って罵ってくれた方がどれだけ良かったか……」
アンソニーの呟きにウィルも無言で頷く。
「なあ、トニー。私達はこれからどうしたらいい?」
「ウィル様はひとまずアリス嬢と向き合うべきです。貴方達は婚約者なのですから。そう簡単に壊れるような仲ではないはずです」
「……私は自分がこれほど臆病者だとは思いもしなかったよ。アリスに拒絶されるかもしれないと思うと怖くて身動きが取れないんだ」
「ウィル様……」
「ポールとクラリス嬢にも、もちろん謝罪したいんだが、受け入れてもらえるか」
「……」
アンソニーは激怒していたポールを思い出す。その顔には怒りと共に深い悲しみが浮かんでいた。アンソニーの胸がズキッと痛む。
「……大切な友人を傷つけてしまったのですから、やはり、我々にできることは謝り続けることしかないのではないでしょうか」
「……そうだな。まずは誠心誠意謝るしかないな」
疲れているはずなのに一向に眠くならず、二人がソファで眠りに落ちたのは、ウィスキーのボトルを数本空にした後だった。




