救いの手
*最後の方に少しだけ残酷な描写があります。
「全く、これだからお坊ちゃん達は。わきが甘いんだよ」
「ボス、娘と男は縛り上げて地下室に放り込みましたが、あの三人はどうしますか?」
「まあ、外に捨てておいてもいいが、一応は依頼主だからな。報酬を受け取るまでは面倒みてやるか。中に連れてきてやれ」
「あいよ。おい、お前達、依頼主様達を部屋に運んでこい」
「「「へいっ」」」
「あの娘はまだ目が覚めないのか」
「それが死んでるみたいに大人しくて。一応、息があるのは確認しましたがね」
「あの薬の効果を見てみたいんだがな。起こせないのか」
「やってみますか?」
「いや……ひとまず、依頼主様達を先に起こしてからだな」
ボスと呼ばれた大男が少し考えてから答える。そこに、部下の男達が三人の貴族令息を引きずってきた。
「ボス、連れてきました」
「三人のうち一人は顎の骨が折れてますぜ」
「こっちも顎をやられています」
「話せそうな奴はいないのか」
「こいつは顔は大丈夫そうです」
エラリーのパンチを最初に脇腹に浴びた男が呻いた。
「おい、にいちゃん、生きてるか」
「う……う……は、腹が……」
「そこに座らせてやれ」
ボスの指示に部下は手近な椅子に男の身体を放り投げる。
「う、うぐわぁっ」
「お前達を襲った男は誰だ?あの嬢ちゃんの関係者か?」
「う、あ、あの男は、エラリー・ド・キンバリー、伯爵家の次男だ」
「その伯爵家の次男様がどうしてここに来た」
「わ、わからん。いつの間に後をつけられたのか……だが、その男の父親は騎士団長だ。だからそいつも騎士の真似事を……」
「何?よりにもよって、厄介な相手を連れてきやがって」
ボスが呆れた声を上げた。
「おい、ここはまずい。引き上げるぞ。女を連れてこい」
「男はどうします?」
「いらん。騎士団長の息子なんて連れて行ったら、地獄の果てまで追いかけられる。女は報酬代わりにもらっていく」
「わかりやした!おい、お前達!」
「「「へいよ」」」
下っ端三人が地下へと向かう。
「ま、待て、まだ計画は完了していない、勝手なことをするな」
腹を押さえたまま、貴族の男が声を上げた。
「計画だと?はっ、騎士団長の息子に後をつけられた時点で、おぼっちゃま達の計画はおじゃんだよ。俺達はあの薬が簡単に手に入るって聞いてこの話に乗ったんだ。騎士団のお尋ね者になるなんて聞いてねえ」
「だ、だが、シリーが、イディオ侯爵令息が前金を支払っているはずだ」
「ふん。あんな端金で足りるかよ」
「そんな……裏切るのか」
「裏切るも何も、最初から俺達とあんた達は仲間でも何でもないだろ」
「くっ……」
貴族の男はボスの言葉に何も言い返せない。
「「「ボス、連れてきました」」」
男達がクラリスを荷物のように担いで戻ってきた。
「よし。行くぞ」
ボスが立ち上がった、その時だった。
ガシャーン!
地下から大きな物音がした。
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「エラリー、エラリー」
優しく自分の名を呼ぶ声に、エラリーは薄らと目を開いた。身体を動かそうとして、後頭部の痛みに顔が歪む。
「これはひどくやられたね」
どこか歌うように言うその声は、兄のセベールのものだった。
「……!兄上!どうしてここに!」
「詳しい話は後だ。立てるかい?」
「ああ、大丈夫だ……っ!クラリス嬢は?!」
手足の拘束を解かれ、ふらつきながらも立ち上がったエラリーは、セベールの肩を両手で掴み、問いただした。
「しー。あまり大声を出さないで。クラリス嬢は上だ。あいつらに連れ去られる前に助けなければ」
「っな!」
ガシャーン!
セベールの言葉に、エラリーは牢の扉を蹴り開け、慌てて廊下に出たが、どちらに向かっていいかわからず顔を左右に振る。
「そんなに慌てない。階段は右だよ」
それを聞いてすぐさま右に走り出そうとしたエラリーだったが、頭を強く打たれたせいで、ふらついてしまって走れない。
「エラリー、無理はしない。ここは私に任せて」
頭を押さえてその場にうずくまる弟を優しく労わると、セベールは軽やかな足取りで階段を登って行った。
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「な、何だ、今の音は?!」
「やい、てめえら、男もきっちり縛り上げたんだろな?!」
「あ、当たり前じゃないですか!」
「あんな男、拘束なしで置いておけませんよ!」
男達が騒ぎ立てる。
「ええい!いいから逃げるぞ!ぐずぐずするな!」
ボスの命令に手下達も一斉に玄関へと向かおうとした、その時だった。
「おやおや、そんなに急いでどうしたのかな?」
この上なく優美な笑顔を浮かべたセベールが階段の上に姿を見せた。
「な、なんだ、てめえは!どっから湧いて出やがった?!」
「どこからって、私は君達が来る前からここにいたよ。君達を待っていたんだ」
大男の威嚇にも全くひるまず、セベールはニコニコと告げる。
「何だと?お前は何者だ?!」
セベールがボスの問いに答えるより先に、手下達がいきり立つ。
「ボス、やっちまいましょう!」
「こんなヒョロヒョロした奴、簡単にやれますよ!」
「俺がやってやるよ!うらああ!」
ボスの答えも聞かず、手下の一人がセベールに殴りかかった。
その刹那。
「うぎゃあああ!」
セベールの手にナイフが光ったかと思うと、男の顔がズタズタに切り裂かれていた。
「あ……あ……」
肉片と血が飛び散り、目も口も鼻も、最早、男の顔でその機能を保っている器官はなかった。
顔をおさえてのたうち回る男に、誰も近寄ろうとしない。
「さて、まずは一人。次は誰の番かな?」
セベールが凄絶な美しさをたたえて、その細い首をかしげた。




