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クラリスの本命は…?

 コンコン。


 ノックの男が聞こえたかと思うと、聞き慣れた優しい声がした。


「失礼します。私です、トニーです」




「は、はい、どうぞ!」


 机に向かっていたクラリスは慌てて返事をすると、ドアへと向かった。だが、クラリスが動くよりも早く、側に控えていたミミがドアを開ける。


「お帰りなさいませ、アンソニー様」


「ああ、ミミ、ありがとう」


「ア、……ト、トニー様、お帰りなさい!」


「アンソニー様、お帰りなさい。予定よりも早くお戻りになったんですね」


「クラリス嬢、フレデリック殿。ただいま戻りました。私のいない間、何か問題はありませんでしたか?」



 ミミに軽く頷くと、アンソニーは優雅な足取りで客室内に入ってきた。


「ミミさんのおかげでとても快適に過ごしております」


「はい、アンソ……トニー様のご配慮のおかげです!」


 いまだにトニー呼びに慣れないクラリスと、いつも冷静なフレデリックが揃って頭を下げる。



「なら良かった。私の方は思いのほか仕事が捗りまして。先ほど王宮に着いたところです」


 にこにこと甘い笑顔を浮かべながら、アンソニーはクラリスの手を引き、ソファへと座らせた。



「首の傷はだいぶ良くなったようですね」


 隣に座り、包帯の取れたクラリスの首をじっと見つめる。


「はい!あれから毎日お医者様に診ていただきましたし、ジャン様からいただいたお薬もとてもよく効いたようです」


 クラリスは少し頬を染めつつ、元気に答えた。


「よかった……熱は上がってませんか?」


 少し離れたところに立つフレデリックを見やって、アンソニーは尋ねた。


「はい。今までのところ、熱もなく、調子を崩すこともありません」


「そうですか。それなら安心ですね」


 アンソニーは心底安心したという顔で微笑むと、クラリスに向き直った。


「クラリス嬢、これはブートレット公国で購入した本です。貴女へのお土産です」


 途端に甘い空気を醸し出しながら、アンソニーは一冊の本をクラリスへ差し出した。


「え……!これは、ルーマン語の本ですか……!」


「さすがはクラリス嬢。その通りです。以前古語に興味があると話されていたでしょう?こちらの本は装丁も美しく、きっとお気に召すのではないかと思って」


「この本を貸していただけるんですか?!嬉しい……ありがとうございます!」


「ふふ、貸すなどと。言ったでしょう、お土産ですよ。貴女の物です」


「え!で、ですが、こんな高価な物……貸していただけるだけでももったいないぐらいなのに……」


 クラリスは受け取った本をアンソニーの手に戻そうとするが、当然アンソニーは受け取らない。


 優しくクラリスの手を押し返しながら、アンソニーは更に魅力的な提案をした。


「クラリス嬢、この本を読んだらぜひ感想を聞かせてください。そして、今度一緒にブートレット公国に残る、ルーマン時代の遺跡を見に行きましょう」


「ルーマン時代の遺跡……!ぜひ見てみたいです!」


 思いがけない提案にクラリスは目をキラキラさせながら大きく頷いた。


「ふふふ。約束ですよ?」


 頬を紅潮させて瞳を輝かせるクラリスを、兄のフレデリックは複雑な気持ちで見つめていた。




「このままずっとクラリス嬢のそばにいたい所ですが、これから所用でまた出かけなければなりません。また明日、お顔を見に来ますね。もちろん何か困ったことがあれば、いつでも私に言ってくださいね」


「まあ、隣国の視察からお戻りになったばかりなのに、お忙しいのですね」


 驚くクラリスの手を取り、立ち上がると、アンソニーはクラリスの手に軽くキスを落としてにっこりと笑った。


「もう少ししたら仕事が片付いて落ち着くはずです。そうしたら、一番に遺跡を見にお連れしますので」


 片目をつぶって去って行くアンソニーの後ろ姿をクラリスはポーッと見つめていた。





 アンソニーが去り、静かになった部屋で、フレデリックは躊躇いながらクラリスに聞いた。


「なあ、クラリス、お前、アンソニー様のことが好きなのか……?」


「……え!お、お、お兄ちゃん、な、何言ってるの!」


「いや、お前を見ているとそんな風に思えてな……」


「そ、そんなことあるわけないじゃないの!ア、アンソニー様は、公爵家の方よ!私とは住む世界の違う人だわ……」


 必死に否定するクラリスに少し悲しそうな、でも、優しい目を向けながら、フレデリックは続けた。


「お前の気持ちを否定はしない。だが、アンソニー様だけでなく、エラリー様もポールもお前の事を好いているのは間違いないからな。俺は……俺としては、ポールと一緒になった方がお前は幸せになれるんじゃないかと思っている」


「お兄ちゃん……」


「アンソニー様もエラリー様も素晴らしい方だ。貴族なのに驕ることもなく、誰に対しても公平で誠実な対応をされる。しかし、平民のお前が嫁ぐとなれば話は別だ。彼らの気持ちだけで済む話ではない」


「……」


「っ、すまない、お前にそんな顔をさせたかったわけじゃないんだ」


 黙って俯いてしまったクラリスを見て、フレデリックは慌てて弁解した。


「ううん、大丈夫よ。心配しないで、お兄ちゃん。私、もう子供じゃないのよ。ちゃんとわかってるわ」


 兄を心配させまいとクラリスは明るい声で言った。


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